表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた国のアリス ~悪魔の帽子屋と時計師  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

第11話 孤独の防波堤


真空のような地下室。


 ねねの狂気じみた宣言が、冷たい壁に吸い込まれる。



「……ハッ」



 チェシャが短く鼻を鳴らす。

 双剣を肩に担ぎ、呆れたように金色の瞳を細めた。 



「マジでイカれてやがる。泥ネズミどころか、強欲なハイエナじゃねェか」



 揶揄するような口調。だが、その声に敵意はない。

 むしろ、腹の底から湧き上がるような獣の笑いが混じる。



 ズズズンッ!!



 激しい地響き。城全体が断末魔のような軋み声を上げる。

 地下室の天井から、細かい硝子の破片が雨のように降り注ぐ。

 女王の空間消去。その浸食が、すぐそこまで迫っている。



「……ねえ、チェシャ」



 ねねは天井の崩落を気にも留めない。

 視線は、結界の中に浮かぶ「壊れた懐中時計」に釘付けのまま。



「あの悪魔は、どうして心を殺さなきゃいけなかったの。女王の最高傑作になるために、どうして」



「知らねェよ。だから言ってんだろ」



 チェシャは忌々しげに舌打ちをした。

 崩れゆく天井——そのはるか上空にいるであろう狂った女王を、冷たい目で見据える。



「あいつの頭の中なんか分かるか。ただ、あのイカれた女王がどんな化け物かは知ってる」



 双剣の刃が、チラリと青白い炎を反射する。



「あの女王はな、死んだ夫を取り戻すために世界の時間を止めた。規格外の魔法で、理屈ごと全部捻じ曲げてな。……だが、皮肉なもんだ。花も散らねェ、風も吹かねェ、誰も老いねェ世界を作ったのに……死んだ夫の命だけは、どうやっても蘇らなかった。取り戻せなかった」



 冷酷なパラドックス。

 時間を巻き戻しても、死者は還らない。

 その絶対的な事実に、女王のシステムは致命的なエラーを起こした。



「今のあの女は、悲劇のヒロインなんかじゃねェ。夫を完全に蘇らせる方法を見つけるまで、世界中のすべてを『美しいまま冷凍保存』しようとする、ただの狂った機械だ」



 チェシャが吐き捨てる。

 獣の牙が、怒りに震える。



「時が進めば、老いる。腐る。愛が失われる。……だから、時を進めるお前のような存在は、あの女王にとって『愛を破壊する害虫』なんだよ。見つけ次第、空間ごと消去する」



 ねねは息を呑む。


 先ほどの、自室での女王の甘い誘惑。 


『誰も直さなくていい。永遠の、動かない人形にしてあげる』


 あれは同情ではない。世界を冷凍庫に閉じ込めるための、呪いのプロセス。


「じゃあ……」

 

 ねねの視線が、再び壊れた心臓へと戻る。

 


「じゃあ、エリー様はどうして。あんな風に、女王に……嫌っているようには、見えなかったけど」  


  

「知るかよ」



 チェシャは無骨な刃を振り上げ、吐き捨てるように言った。 

 


「あいつが本気で女王に従ってんのか、騙してんのか、それとも依存してんのか。……そんなもん、本人にしか分からねェ。知りたきゃ、直して直接聞き出せ」



 ドクン。 

 


 ねねの心臓が、痛いほど跳ねる。

 脳裏で。

 エリーの言葉がフラッシュバックする。

 

『残りの人生すべての時間と、死後の魂まで担保にいただくわ』


『私に負債を返し終わるまで、勝手に死ぬことも逃げることも許さない』


 あの、冷酷で理不尽な奴隷契約。

 あれは本当に、ただの支配だったのか。

 それとも――。



(……いや、そんなはずない)



 ねねの呼吸が浅くなる。

 彼は最低だ。性格が悪くて、傲慢で、人の心を平気で踏みにじる悪魔。

 自分を守ってくれていた? そんな美談、信じられない。信じたくない。

 あの男の本音なんて、何も見えない。

 


「……腹立たしい」



 ねねの口から、低く、ドス黒い声が漏れる。



「あ?」

 


 チェシャが眉をひそめる。

 ねねはギリッと奥歯を噛み締めた。

 あの男が何を考えていようと。どんな過去を背負っていようと。

 そんなことは、もうどうでもいい。

 

 青白い結界の中に浮かぶ、無惨に叩き壊された銀色の懐中時計。

 それを見つめるねねの深緑の瞳の奥に。

 可哀想な被害者を救い出そうとするヒロインの温もりではない、暴力的とも言える職人のエゴが、ジリジリと音を立てて灯り始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ