プロローグ〜神託〜
「なんなの……これ」
どこまでも続く、白い石畳。
空は、夜をぐにゃりと溶かしたような紫。星屑みたいな光が、音もなく降っては、地面に届く前にふっと消える。
見上げれば、天を衝く神殿。降りそそぐ、幾本もの光の柱。
神話の神々が、今にも舞い降りてきそうな異世界が目の前に広がっていた。
その壮大な絵の、すみっこに。
ぽつんと、ひとりの少年が立っていた。
しわの寄った学生服は、痩せた肩に少しだけ大きい。猫背気味の背中。伏せがちの目。ずり落ちた黒縁眼鏡を、細い指がそっと押し上げる。
どこからどう見ても、気の弱そうな、ふつうの高校生。
この神々しい景色の中で、その場違いさだけが、いっそ哀れなくらいに浮いている。
「…………え? まさかここ、ダンジョン?」
間の抜けた声が、だだっ広い空間に吸い込まれていく。
「え……学校にいたのに。ていうか、なんで——」
——ゴゥン。
返事の代わりに、頭のド真ん中で、声が鳴った。
『選ばれし者よ。ここは「神の修練場」である』
「ひっ……なにこの声。選ばれし者って……誰?」
『ここには君しか、おらんだろ』
「え? 人違いです……すみません、ボクは違います!」
誰もいないのに、反射でぺこりと頭を下げる。
『まあよい。これより君に、神となるための修練を課す』
「か、神……!? ぼ、ボクが……!?」
眼鏡の奥の目が、まんまるに見開かれた。
『修練の期間は——、最長で一万二千年』
「…………は?」
頭が、真っ白になる。
「いちまん、にせん……ねん。なにそれ……終わる前に死ぬでしょ……!?」
じわ、と背中に冷たい汗。
その時、空の彼方で、翼を持つ巨大な"何か"が、ゆっくりと旋回した。
——逃げ場なんて、どこにもない。
こうして、眼鏡の似合う気弱な少年は、神になるための、途方もない試練へと放り込まれた。
……ほんの数分前まで。
彼は、どこにでもいる、ふつうの——。
いや、典型的ないじめられっ子の、高校生だったはずなのに。
(つづく)




