8、届かない恋(1)
舞は冒頭からあの頃の自分の気持ちを表現しているのか”樋坂君”と呼んだ。
確か、今は唯花さんと同様に先輩と浩二君のことを呼んでいたはずだ。
そういう細かい部分にも、私は舞の切ない心情を感じ取った。
舞は放課後に浩二君とよくしていたデートの話しをここから沢山してくれた。もちろん、浩二君にとっては友達と遊びに行っているような感覚でデートという認識はなかっただろう。
けれども、今でも浩二君の事をよく目の敵にしている舞からは考えられないくらい、聞いているとドキドキするくらい楽しい雰囲気が私にまで伝わってくるものだった。
ゲームセンターではUFOキャッチャーでよくぬいぐるみを浩二君に取ってもらい、プレゼントしてもらったそうだ。撮りたくても一緒にプリクラを撮る勇気までは出なかったみたいだけど。
今、舞が胸にギュッと抱えている愛嬌のあるカエルのぬいぐるみも浩二君が取ってくれた一匹で、舞の部屋には沢山のぬいぐるみが飾られている。
それは浩二君との思い出の結晶、積み重ねてきた幸せな日々の証だったのだ。
確かに浩二君はUFOキャッチャーが得意で、私も取ってもらった経験がある。これにはとても共感出来て、頭の中でその時の光景が浮かび上がってくるほどだった。
ラーメン屋さんの方は、浩二君のライフワークというか趣味に付き合っている部分が多かったそうだ。
浩二君は舞原市のラーメン屋を制覇するくらいにラーメン好きで、内藤君ともよく出かけていると聞いている。私も家系とか二郎系とか色々教わりながら、この夏休みの間によく連れて行ってくれているのでそれはよく分かった。
私は舞の胸の内に秘めた思い出の数々を噛み締める。
楽しい思い出は、積み重ねていけばいくほど宝石箱になる。
普段から自然体で女の子友達のように接してくれている舞にも、こんな素敵な青春があったのだと私は嬉しくなった。
そして、舞は残されたラムネを飲み干すと、間隔を空けることなく、顔を上げて思い出の続きを語り始めた。