9、だから今の私達がある(完)
覚悟は出来ていたけど、”舞の浩二君に告白したことがある”という事の真相は、やはり失恋話だった。
それに……私に伝えたい浩二君の本当の想いも込められているものだった。
返す言葉が見つからず、私は黙ってしまった。
唯花さんに初めての彼氏が出来て、浩二君が傷ついていたこと。
それは想像以上の内容だった。
「まぁ……この話しにはまだ続きがあるのよ」
舞は感傷に浸るように、カラカランとラムネに入ったビー玉を転がしながら呟いた。
まだ続きがある……確かに、何かが足りないような気がした。
スキャンダルを聞いているような感覚はない。
耳を塞ぎたくなるような苦しさもない。
私は舞の話しを最後まで聞きたいと思った。
「舞の特ダネ、最後まで聞くよ」
「そうね、出血大サービス、最後まで聞いてちょうだい」
失恋話をしているのに、舞は完全に吹っ切れているのが分かる言い方だった。それだけの時が過ぎ去っていったのだ。
安心して聞いていられるのは、きっと、この舞の心の強さを肌で感じるからだろう。
*
十二月に入った週末、仕事にも慣れてきたあたしは唯花先輩に誘われて、樋坂君と真奈ちゃんを連れて、四人でカラオケに行くことになった。
セルフで設置されている飲み放題のソフトドリンクを手にカラオケルームに入る。
演劇クラスの打ち上げなどで一緒に遊んだことはあるが、職場では先輩である唯花先輩とこうして遊ぶのは初めての事だった。
カラオケに行くことに関して言えば、そこそこ仲良くしていた樋坂君と行ったことはなかった。
曲を入れて順番に歌を歌っていく。
あたしもカラオケは好きだからよく行く。樋坂君も真奈ちゃんもカラオケには慣れている様子で次に歌う曲を難なく入れて楽しそうに歌いきる。
唯花先輩は聞き惚れてしまうほどにプロ並みの安定した声量していて、綺麗なビブラートであたしと比較にならない実力保持者だった。
まだ保育園に通う幼い真奈ちゃんが唯花先輩に歌ってほしい曲があるのか熱心にねだっていた。
それ自体は家族のように仲が良いから疑問に思わなかった。
そして、真奈ちゃんが指定した曲を歌い始めると、あたしは心が震えあげるほどの衝撃を受けた。
リアクションを取ることも出来ず、唖然と液晶画面と唯花先輩を見つめた。
疑いようがない、大ファンのあたしが聞き間違えるはずがない。
唯花先輩は……バーチャルシンガー”minori”本人だった。
あたしの大好きな”minori”オリジナル楽曲「私たちの生きる道」を完璧に歌い切る唯花先輩。
清々しい笑顔を浮かべたまま曲が終わると、あたしの事を見てすべてを察したようにあっさりと唯花先輩は自分の正体を明かした。
「驚いたかな? 舞」
「当たり前です……!! あたし、”minori”の大ファンですから!」
「うん、知ってるよ。そのことも知ってて今まで秘密にしてた。でも、今日まで一緒に頑張って来た舞になら本当の事を言ってもいいかなって。舞なら分かってくれると思うから」
あたしは……唯花先輩の秘密を知った瞬間に涙が止まらなくなった。
推しと実際に会った時の感動と比じゃない気持ちの高ぶりだった。
唯花先輩は狡猾だったのかもしれない……こんな事を知ってしまったら、樋坂君が傷ついていること、何も責めることなんて出来ない。
感極まって、あたしが曲を歌う番になっても歌い出すことが出来なくて……そんなあたしを唯花先輩はギュッと抱きしめて、許してくれた。
あたしは知っていた。あたしと同じく樋坂君も”私たちの生きる道”を着信メロディーにしていること。そして唯花先輩もそれを知っていた。それに限らず、普段からあたしはファンであることを公言していた。目の前に本人がいることも知らずに。
だから、唯花先輩は最初から全部わかっていたのだ。本当の事を伝えた瞬間、あたしにどんな反応をされるのかを。
「……こんなに近くに大好きな”minori”がいたなんて……全然気づきませんでした……」
「それは……これでも一応、上手に隠してたからね」
苦笑いを浮かべて、唯花先輩は余裕のある様子で、あたしの肩を優しく慰めるように撫でてくれた。
そのどこまでも先輩らしい振る舞いに、あたしは一生唯花先輩には敵わないと思った。
*
「そっか……そんなことまであったんだ」
私は舞の感傷的に語る少し大人びた表情を見て、ここまでの話しに感心しながら納得がいった。
「うん、そうなの。これはついでだけど。あたしね、唯花先輩に樋坂君に告白して振られたって伝えたら、彼氏がいること、あっさり教えてくれたの。唯花先輩は三か月でその彼氏さんと別れてしまったんだけど。
その後からだと思う、唯花先輩が樋坂君の事を本当に意識するようになって好きになっていったのは」
「それで……舞は唯花さんの事を応援する側に回ったわけだね」
「そういうこと、結局、最終的には知枝が寝取っちゃったけど」
「寝取ってないからね……!! そんな悪女なことしないもんっ!」
「冗談冗談……分かってるって、樋坂君が選んだんだから、あたしは納得してるよ」
「もう……怖いこと言わないでよ……舞ってば」
舞とここまで深い長話をするのは初めての事だった。
一緒に暮らすようになって四か月。
私はこれまで以上に舞の事を理解できるようになった。
舞は見えない苦労を沢山しながら、本当に純真可憐な乙女だったのだ。
祭りの夜に知った、淡く儚い恋の思い出。
舞にとっても、唯花さんにとっても、浩二君にとっても、今も色褪せることのない記憶に他ならない。
それぞれが今を生きているからこそ積み重なっていく、私は改めてこういう青春に憧れていたんだと胸を熱くさせた。




