-What's the dream of human beings stepping corridor of green linoleum?- 1-5 舞台暗転/本題
夢ん中ってぇモンは意識がとんと飛んじまって、まるで他人事のように自分を見ちまうモンで。
手前の意識半分、神様仏様お天道様の意識半分、入り交じった摩訶不思議な心持ちになるモンです。
...
目の前に自動販売機がある。どこの会社か分からないが、至って普通のジュースの自販機だ。
そこへ男がやってきて硬貨を投入し始める。そこでおかしな事が起きた。100円で次々とジュースが出てくるのだ。一本120円のご時世に、せめて夢の中だけでも安く買いたいということだろうか。それはそれで夢が無いというか何とも悲しいことだ。
男はポケットから次々に投入し続ける。どこにそんなお金があるのかと思うほど繰り返している。ポケットは別段膨らんでいる訳でもない。夢の中だから、といえば片づいてしまうがこんなのが夢ならばショボ過ぎる。
一枚の硬貨がポケットからこぼれ落ちる。よく見るとそれは100円玉ではなく、プルトップであった。注意深く観察すると、男が投入しているものもまた同様にプルトップである。それでも自販機からはジュースが出てくるのだ。慣れた手つきで缶ジュースを取り出してはプルトップを投入する。
10本以上は買っただろうか、男は満足げに缶ジュースを抱えながらその場を後にする。
その自販機にはさらにおかしな点が見受けられた。男は三種類ほど選んで買っていたのだが、残りの缶にはラベルすら貼られておらず、真っ白な缶の形をした見本品だけが並べられていた。まるで男にとって必要のない情報はすべて意味を成さないかのように。
男は歩いているようにその場で足踏みを続ける。すると後ろで自販機は熱を浴びたように溶け出し、跡形もなく漆黒の地面に融けきっていった。まるで演劇の場面転換のように、男を中心として周囲の背景が形作られていく。とても暑い日という設定のようだ。額から汗が流れだし、蝉の鳴き声が響き渡り堅いアスファルトの上を歩いていた。到着したのは少し大きめの一軒家だった。
「おう、やっと戻ってきたか。遅すぎるだろ、途中で休憩してたんじゃねえの?」
部屋の中に入ると数人の大柄の男達が各々に座っていて、麻雀を打っていたり、テレビを見ていたり、本を読んでいたり。その中の一人が缶を抱えた彼に気付いて声をかける。冗談交じりに笑いかける表情からは往年の信頼関係が伺える。
「ふざけるなよな、せめて罰ゲームでも二人くらいは必要だろ。何だよこんなにたくさんのジュースを俺だけで買いに行かせるってのはよぉ!」
どうやら彼はじゃんけんで一人負けしてこの暑い中、クーラーの効いた部屋から外にジュースを買いに行った、という状態だったらしい。彼の首筋に流れていた汗が部屋に入った途端引いていくのが見えた。
「よーし、ジュース飲もうぜ」
「お前いつまで缶を抱えてんだよ、ぬるくなんだろーがよ」
方々から野次にも似た声が飛び出し、彼もまたその集団の中に埋もれていった。
心の底から笑う男達からは夏休みを満喫する小学生かのような無邪気さと歓びが伺える。このひとときを永遠に享受したい、そんな願いがあるような気がした。
それからも、彼の見る夢は同様に彼に笑顔をもたらす内容ばかりであった。すべてが彼を笑顔にして、その度に幸せと歓びで満たされていくようだった。変わったところと云えば、舞台に登場するモノ全てが時代遅れというか、古いのだ。携帯電話は出てこないし、テレビの中の有名人も昭和に活躍した人物ばかり、何もかもが昔のままでタイムスリップしたような感覚に囚われる。
そして、一頻りの幸せを味わった後、夢は急に姿を消し、辺りには暗闇が広がった。無意識下を離れたのか、つまりは夢の終焉か。
記憶の整理が終わったから、と彼女は云った。記憶のデフラグはそれ自体が中断されても記憶自体に影響を与えない。詰め込める容量の変化ではなく、記憶している内容の情報に辿り着けるまでのスピードが変化する。
夢の内容をすぐに忘れてしまうのは夢と現実の区別をさせるための自己防衛手段ではあるが、それだけではない。単純に夢は起きている間の出来事や経験の記憶化なのだが、睡眠時間は活動時間の半分なのに、活動時間と同じ分の情報量を処理するのは大変困難なことだ。そこで夢は経験を圧縮する。異なる時間軸で起こった出来事を夢の中では同時に経験して記憶化する。盆と正月が一緒にやってきたというヤツだ。違う?鴨がネギ背負って……それも違う?朝にご飯を食べて昼に恋人とプールで泳ぎ、夜にウミガメの産卵ドキュメンタリーで涙したとすれば、夢の中ではそれを同時に行う。海で泳ぎながら食事して亀と仲睦まじく談笑するのだ。水中で食事できないだろとか亀はしゃべらないとか、そんなことは夢の中で記憶化している最中は気にならない。むしろその矛盾に気がついてしまったときは目が覚める頃だろう。
そのようなことを、記憶化した概念を抱えて持ち運び一つ一つを整理しながら彼女は教えてくれた。"夢"が終了した後は彼女の出番で、記憶の引き出しの何処に何を入れるか、どう整頓するかなどを彼女が担当しているらしい。時間が足りないのでは、と問うと「時間なんて概念無いよ」と返ってきた。「有限なのはヒトの記憶の方」と。
幸せな夢を見ている、と云うと彼女は表情を少しだけ曇らせながら「うん」と頷いた。
「この人ね、明日死ぬんだ」
あまりに唐突な告白に胸が高鳴った。彼女の様子から冗談ではないことだけは伝わってくる。
「この人、昔悪いコトして捕まっちゃってね、ずっと刑務所に入ってたの。それで毎日毎日、壁に囲まれた部屋でぼーっとしてる夢ばかり見ててね。でも、それも今日でお終い。……第六感って云われるでしょ。ボクたちは"キマリゴト"って呼んでるけど、偶然でも何でもなくて本当にあり得るの。例えば何か大きな事件や事故があった日に、たまたま普段見ないようなテレビの占いに見入ったり、町の風景に違和感を覚えたり、そういうのって、本人が認識したかどうかが問題じゃなくて実際に起こっているの。キマリゴトに気付かないことも決まり事だったりしてね。この人が明日目を覚ましたとき、この夢を覚えているかどうかに関わらず、キマリゴトは発生した。だから明日、彼には死刑執行が多分言い渡される。もしかしたら無罪放免で釈放、なんてこともあり得るかもしれないけどね。無いだろうけど」
隣り合っているもう一つの夢、というものを歩き渡りながら、正確には霧で霞んでいる視界を晴らすために動き回っているという表現の方が正しいのだろうが、彼の夢の端から端まで歩き続けた。それでもユメオイは居ないし、探している夢も見つからない。
「あれれ、どうしよう。ってボクが不安がってちゃダメだよね。」
眉をひそめる彼女の背景が変容する。地面が盛り上がる …………砂漠!