地方都市スフル
「ここが異世界? 言われてなかったら地球と何も変わらんぞ」
次の瞬間、ショーゴは川沿いにある草むらに立っていた。
目の前にある川は10mほどの幅があった。見た感じは浅そうだが、けっこうな速さで斜面を流れ下っている。川の両側にはそれぞれ15〜6mの川原が広がり、ショーゴのいる草むらは30mほどの幅があった。その様子から、ちょっとした雨が降るたびに川原を呑み込むほど増水して30mの川幅になり、大雨の時には草むらまで濁流に呑まれて100mを超える幅で荒れ狂ってることが読み取れる。
その草むらと木立ちの間に道ができている。増水が起きても、ギリギリ水没しない場所の目安だ。山に入るための道だろう。人が並んで通れるほどの広さはあるが、今は道行く人の姿は1人も見えない。
「あの山は火山かな?」
川の上流に目を向けると、そこには高い山がそびえていた。山頂は尖ってるのではなく、見るからに平らになっている。そこに火口があるのだろう。だが、山の斜面にもいくつもの火口ができている。きれいな形をした成層火山ではなく、ボコボコに穴のあいた火山だ。
その山頂付近は雪化粧し、その下は半分ぐらいの高さまで岩肌が剥き出しである。その山肌もやがて緑に覆われて、ふもとには森が広がっている。
手前にある森の上では小鳥の群れが飛びまわっていた。その群れがパッと割れると、そこを急降下してきた猛禽が通り抜けていく。それが急旋回して向きを変え、逃げる群れを追いかけていく。地球と変わりない食物連鎖が、このマキアーの世界でも繰り広げられているようだ。
「検索、周りの地図……で出るかな?」
ショーゴが空中に手をかざして地図を呼び出した。
「お、ちゃんと出てきた。これはウルス川というのか」
地図は大きめに表示されていた。それを小さくして表示される範囲を広げ、
「あの山がブロクス火山で、南東側のふもとはスフル地方というのか」
地図で周りの地形を確かめる。
「これから行く街は、この川の下流にあるのか……」
地図で現在地と周りの地形を見比べたショーゴが、草むらから出て道を下り始めた。
「あの山の裏側にあるようだな」
左側から伸びてきた尾根が、この先の視界を隠していた。川はその尾根を避けるように、右に向かってゆっくりと曲がっている。このあたりはなだらかな斜面だが、この先、左右から山が狭まってきて、短い谷ができているらしい。
川原近くの草むらが広くなってきた。そこに至る前、左側から小川が流れてきていて、そこに架けられた小さいけど立派な石橋を渡った。
雨が降ると、このあたりは谷に流れ込む水が一定以上にならないように、水量を調節する天然の治水ダムになっているようだ。そのため草むらの一部は湿地となり、そこだけ周りとは違った植生の草が茂っている。
「日本語? というかキロメートルって……」
橋を渡り終えると道が分かれていた。ショーゴの歩いてきた太めの道から、細い道が小川に沿って左へ伸びている。
その三叉路の横に高さ2mほどの杭が立てられ、矢印になった板が何枚も道を示すように打ちつけられている。道標だ。
『スフル市 5km』『ブロクス山頂 28km』『スフル洞窟 7km』
カタカナと漢字、それと数字とアルファベット。まんま日本語だ。ただ『頂』のつくりは横棒が1本足りなくて『百』になってるし、洞窟の『窟』も下が『出』ではなく『土』になっている。微妙な違いではあるが、読む分には気にはならない。
「まさか、テルラではメートル法が使われてるのか? というか、同じ長さなのか?」
疑問に思ったショーゴが、すぐに「検索、テルラの単位系、地球との違い」と調べる。
「地球より、わずかに長いのか」
ほんの1%であるが、テルラの方が長くなっている。その理由を知っておこうと、「閲覧、単位系の違いの理由」と詳細な情報を求めた。
「なるほど。長さを定義する時に、地球を真似て北極と赤道の間の距離を測って使ったのか。それを9000kmとすると、地球の1mに近くなった……か」
と、その時、近くの草むらがガサッと音を立てた。すぐに身構えたショーゴが、音のした方へ目を向ける。
「草が動いてる。しかも近づいてきてるな」
不意打ちに備えて、
「検索、アイテムボックス、魔防マント、それと武器は何かないか」
と持ち物を探る。
「槍があったか!」
空中に槍が現れた。刃先が十字になった形で、長さはショーゴの身長よりもある。
それを摑んではみたものの、
「これ、どうやって構えればいいんだ?」
ショーゴは槍の使い方なんか知らなかった。柄の真ん中あたりを両手で持ち、腰を落として刃先を草の揺れてるあたりへ向けてみる。
そこへ草むらの中から、何かが飛び出してきた。それはシャーッと声を出しながら、飛びかかってくる茶色い毛玉だった。引きつけた槍の柄が毛玉に当たり、高く弾き飛ばした。
「ウサギ? ……ってか、牙が長いな。鑑定」
ウサギに手のひらを向けて鑑定スキルを使った。すぐにステータス画面が浮かび、そこにウサギの情報が浮かんでくる。
「え? ラビットウルフ? 見た目はウサギなのに、オオカミだって?」
ラビットウルフのステータスを見て、ショーゴが咄嗟に身を構えた。
他にHP20、MP10、戦闘力15、俊敏さ300、群れに襲われると危険などと書かれている。
そのラビットウルフが、草むらから2匹、3匹と出てきた。道の前後から挟まれている。草むらに逃げ込むという手もあるが、それでは追ってくるラビットウルフが隠れてしまう。
「これはヤバイ!」
ショーゴがあせった。そのショーゴに、目の前にいた1匹が飛びかかってきた。
「うわっ! 来るな!」
ショーゴが身を引きながら槍を向ける。
──ぶすっ
そのまま槍に突き刺され、ラビットウルフがパッと光に変わる。
「…………は?」
地面には黄色く透き通った石が転がっていた。
すぐに我に返ったショーゴが、残る3匹を警戒する。
また1匹が牙を剥いて飛びかかってきた。槍を向けるが刃先が間に合わない。それでも横に突き出した刃がラビットウルフを引っかけた。たちまち切られたラビットウルフが、先ほどの1匹のように光に変わる。
そのあとも残ったラビットウルフたちが、高く跳ねて襲いかかってくる。それらも、
──ぶす、さくっ……
あっさりと槍の餌食となり、4匹とも光となって消えて宝石のような石に変わっていた。
「あれ? 勝っちゃった……?」
まだ何が起きたのかを理解できないでいるショーゴが、
「検索、ラビットウサギ……じゃなくて、ラビットウルフ」
今の魔獣についての情報を求める。
「直線的にしか動かないので、初心者向きって……」
何か言いたい気持ちはあるけど、それを言葉にできないようなもどかしさを感じているようだ。そのショーゴの目線が、転がっている石に落ちた。倒したラビットウルフが光とともに変わったものだ。
「鑑定、ウサギが残した石」
手のひらを石に向けて、それが何者かを確かめる。
「魔石? 魔物を倒したら魔石になるって、まるでゲームじゃないか」
ショーゴが見たのは赤い石だった。直径は3cmもない。そこには『火の魔石』と書かれていた。
最初に倒したラビットウルフが変わったのは黄色で、他に青と紫の石が転がっている。
「検索、魔石。──冒険者ギルドで換金できる。そういえばあの神さま、この世界に慣れるまでは冒険者ギルドに登録して、採集や魔物狩りをするように言ってたな」
これからの方針を思い出すと、魔石を拾ってもっとも近い街へ急ぐことにした。
「これは見事な水田地帯……なのか?」
滝のある狭い渓谷を抜けると、いきなり視界が開けて広めの平地が見えてきた。
山に挟まれた土地ではあるが、かなり大きな盆地のようだ。平地にはいくつもの川が流れていて、その周りを水田が囲んでいる。ところがその水田は、まだ青い田んぼと、稲が実って黄金色になった田んぼが隣り合うように並んでいる。近くで田植えと稲刈りが行われているところもある。地球ではまず見られない光景だ。
それを見たショーゴは、常識が混乱したのか、
「なんだ、こりゃ……。検索、今の季節」
と立ち止まって、調べ物をする。
「今は暦の上では初夏……なのか?」
テルラの暦では今は5月末だった。だが、
「ただし自転軸の傾きが約2度と小さく、北半球では太陽との距離の変化と相殺されているため、テルラ大陸ではほぼ全域で季節の変化が乏しい状態にある……ねぇ。今ぐらいの暑くも寒くもない毎日が、ずっと続くのか。それは過ごしやすそうだ」
という事情から、ここでは季節はカレンダーの中だけのものなのだろう。
「あ、そういえば、ここの暦や時間はどうなってるんだ? 1年は何か月あって、何日だ?」
ショーゴが大切なことを思い出し、そのあたりのことを確かめる。
「1年は362日で月30日ずつの12か月、6月と12月だけ他の月より1日多い31日。1日は地球時間で24時間と13分だけど、それを地球と同じ24時間制にしている……か」
だいたいのことがわかったところで、再びショーゴは歩き始めた。
川の下流に大きな街が見えている。ゲームに出てくるような城壁に囲まれた街ではなく、大きな堀に囲まれた街だ。堀のいくつかは、天然の川がそのまま使われている。
そんな街を遠目で見ながら下りていく坂道の両側は、水田ではなく段々畑になっていた。畦道には4輪の荷車が止まっている。馬車ともリアカーとも違う、不思議な見た目の車だ。
少し下の畑では、杖を持った人が作物の間を歩いている。杖の先には赤くて大きな宝石が付いていて、それを地面に向けて小さな炎を噴き出させている。雑草を焼き払っているようだ。彼は農夫なのか、魔法使いなのか、そのあたりは不明だ。
別の畑では収穫作業だ。摘み取った作物が宙を浮いて畑の外へ移動している。畑の外にも人が立っていて、漂ってきた作物を摑んでは箱に収めていた。
更に坂道を下りていくと、道が平らになって周りも畑から水田に変わっている。農耕機はまったく使われてないけど、田植えも稲刈りも、魔法で済ませているらしい。
「すまない。道を開けてくれ」
後ろから声をかけられた。振り返ると大きな荷車が近づいてきている。荷台にうず高く稲を積んだ車だ。動力は何だろうか。前に連接された小さな車で、向きを変える仕組みであることだけは見て取れる。
ショーゴが道を譲ると、荷車はゆっくりと追い越していった。馬が牽いてるものもあるが、ここでは魔法で動かしている車の方が多いように見て取れる。
街に近づくにつれて通りが大きくなり、そこを行き交う人たちも増えてくる。しかも多くは何らかの車のようなものに乗っていて、歩いてる人は数えるほどしかいない。
「あの神さま、文明の発展が止まってるようなことを言ってたけど……。けっこう発展してないか?」
そんなことを零したショーゴの横を荷台に布製の屋根が取りつけられ、人を乗せた車が通り過ぎていく。見た感じ、乗り合いバスだろうか。
そういう車が街に通じる橋の前で人を下ろしていた。中までは入っていかないようだ。中へ入っていく車は、別の橋のところで長い行列を作っていた。橋の前で検問をやっている。時々、衛兵に誘導されて、行列から抜けて先に入っていく車がある。貴族とか、街の有力者とか、そういう人たちが特別待遇を受けてるのかもしれない。
そこへ自転車なのかバイクなのか。二輪車に乗った集団がやってきた。見るからに剣士、盾使い、魔導師などの格好をした冒険者だ。2台ほど2人乗りしている。彼らは衛兵とは顔見知りなのだろう。先に入っていくお偉いさんの車に続いて、簡単なチェックだけを受けて街に入っていった。
「あの自転車っぽいのは何だ? 検索、自転車っぽい乗り物」
乗り物が気になったショーゴが、そこでその正体を調べる。
「魔法で動かす魔動バイクか。2人乗りしてるのは、たぶん後ろに乗ってる人が魔法を使えないから……だろうなぁ」
などと事情を察しながら、魔動技術について調べてみた。
この世界ではまだまだ馬車や帆船が主流だけど、街道の整備された場所では魔動バイク、魔動車が普及し、魔動船、魔動飛行機などの魔法を使った乗り物も使われてるようだ。魔法を使えば、人力のみに対して6倍から10倍、優秀な魔導師になると数百倍もの働きができるらしい。それに地球よりも気圧が高いため、翼があれば数割増しの揚力が得られて飛べるようだ。
「きみ。そこに立ち止まって、何をしてるのかね?」
調べ物をしていたショーゴに、衛兵が話しかけてきた。行列から離れたところで立ち止まっていたので、不審者と思われたのかもしれない。
「あ、すみません。初めての街だったので、入る前にいろいろと様子見を……」
「身分証は持ってるかね?」
「いえ、持ってません。この街の冒険者ギルドで、登録する予定ですので……」
「初めて街へ来た初心者か。身分証がないと街への入場料が2000ジェムかかるが、手持ちはあるのか?」
「2000ジェム……ですか? ……えっと、銀貨2枚……ですか。それならあります」
アイテムボックスを見ると、路銀として小金貨と大銀貨が2枚ずつと、銀貨30枚が入っていた。ここでの通貨単位ジェムにすると小金貨1枚が2万ジェム、大銀貨1枚が5000ジェム、銀貨1枚が1000ジェムだ。今のところは十分そうな額である。
「そうか。ならば、こんなに離れた場所にいると不審者と疑われる。早く行列に並びなさい」
衛兵はそれだけ注意すると、また検問の場所へ戻っていった。
「やっぱり不審者と思われたのか。まあ、そうかもしれないな……」
周りを見ると、道で立ち止まってるような人はいなかった。それだけに目立ってしまったらしい。
行列の流れを見てても、身分証を見せたり入場料を払ったりとスムーズに流れている途中で、入場料を支払おうとしてるのに質問攻めに遭って流れを止めてしまう人が出ている。
ショーゴはそんな行列の後ろに並んで、入場を待つことにした。
検問は何事もなく済み、銀貨2枚を払って街に入った。
堀の外からも見えていたが、入ってすぐのところは通りに面して3階建ての倉庫やオフィスっぽい建物が並んでいた。看板には「ナントカ公風」と書かれたものが多い。テルラでは「公風」と書いて「コープ」と読む。会社のことだ。日本語風に「ナントカ社/ナントカ商会」と書かれてるものもあるが、そちらは少数派である。とにかく、ここは商社や物流倉庫の並んだオフィス街というわけだ。
「ここは運河になってるのか。でも、下から荷物を揚げてるようには見えないな」
少し進むとまた大きな堀があり、幅のある橋が架かっていた。
下を見ると、ちょうど小さな船が通りかかっている。運河は左側通行なのだろう。どちらも船尾に船頭が乗っているが、一方は杖を持った魔法使いで、もう一方は櫂を持った船頭が動かしている。
この世界ではどのくらいの人が魔法を使えるのだろうか。
だが、それらの船は貨物を運んでいるようには見えない。魔法使いが乗ってる方は遊覧船で、人手で漕いでる方は漁船のように思える。
橋を渡ると、そこは堀に沿って長く伸びた公園と遊歩道になっていた。街沿いには並木が植えられ、緑のカーテンになっている。その裏には区画を周回する小路が通っている。右の区画には宿屋が多いようだ。
「あれ? 冒険者ギルドだ」
橋を渡ったあとも道なりに進んでいったら、真正面に冒険者ギルドの大きな建物があった。ここで通りはY字に分かれ、どちらもその先では大きな建物に突き当たっている。軍事防衛上の理由から街の真ん中へまっすぐ向かう道は作らず、直線の突き当たりにある大きな建物から、侵攻してきた軍隊に向かって矢や魔法で迎撃しやすくしているのだ。その最初の拠点として冒険者ギルドが使われているようだ。
「もっと街の真ん中にあると思ってたのに……」
ショーゴはギルドの前に立って、このまま入るどうかで迷っていた。そして空を見て、
「まだ日は高そうだし。ギルドの位置はわかったんだから、少し街をまわってみるか」
という方針を決めると、左右どちらへ行こうかと考える。
人通りという意味では、右へ行った方が若干人は多そうだ。ほとんどの荷車も、ここで右へ向かっている。一方で左へは、豪華な馬車が向かっていっている。その左の方から、一目で聖職者とわかる女性が歩いてきている。おそらく右へ行くと繁華街があって、左はお役所や教会などの公共施設があるのだろう。
「今のうちに教会の位置を確かめておこう。現地の神さまには、早めにあいさつしておいた方がいいかも……」
そう考えたショーゴは、教会のありそうな方へ足を向けた。
「もしかしたら冒険者ギルド以外も、あっちに行けばあったりして……」
歩きながら、そんな興味も湧いてくる。もしかしたら冒険者ギルドよりも、心を惹かれるギルドがあるかもしれない。
神さまのお言葉に反して、冒険者以外でテルラでの生活を始める可能性も出てきた。




