クマのエージ
「ごめんよ。ちょいと尋ねるが、ここのギルドには御使いの勇者は何人ぐらいおるのかな?」
ショーゴが異世界に来て9日目。ギルドに体長3m近くある大きなクマが入ってきた。クマは尖ったサングラスを掛けて、迷彩柄のジャケットを羽織っている。左腕にはフリフリのドレスっぽい服を着た女の子が、座るような感じで抱かれていた。
「おお、そこのアラクネ。おぬしも魔物勇者か。他に勇者を知らぬか?」
入ってきた大グマが、シオンを見つけて近づいてきた。その近づいてくる巨体に、
「うわぁ〜。でかぁ〜」
シオンがぽかんと口を開けて、何も答えられなくなっている。そこへ、
「こちらへどうぞ。ここは勇者さま専用の窓口になってますわ」
と、カウンターの奥にいるディアが声をかけてきた。
「ほう。ここには勇者専用の窓口があるのか。では、ここにいる勇者に会わせてもらいたい。同じ境遇にある同郷の者同士、互いに情報交換をしたいと思って旅をしておるのだ」
「それでしたら、こちらに。現在、この街にいる御使いの勇者さまは、こちらのショーゴさまだけですわ」
ディアがカウンターの前にいるショーゴを紹介する。
「ディアさん。今日は出かけないで、俺たちだけ待ってて欲しいと言ってたのは?」
「はい。ご神託で、今日、旅の勇者さまの訪問があるので、ショーゴさまと会わせるようにとありましたので……。と言っても、勇者さま方がご神託通りに行動される保証はありませんので、何と言いますか……」
ディアがどこか言いにくそうに言ってくる。
今日のショーゴとシオンは、ディアに言われてギルドに居残っている。そのためフォエネル組の3人は、久々に3人だけでクエストに出かけていた。
「まあ、いい。俺はこの姫さまを連れて諸国行脚をしているスドー・エージという者だ。見た目はこの通りのイワグマだ。このあたりは俺にとって陽射しが強いのでな。サングラスをしたままなのは勘弁願いたい」
「俺はウツキ・ショーゴだ。まだこの世界に来て間もないので、情報交換と言っても、この世界の攻略情報はないに等しいぞ」
握手を交わしながら、互いに自己紹介し合う。
「俺が聞きたいのは、こっちの世界じゃない。ここへ来る直前の日本の話だ。一人一人が違う時代から来てるので、未来の話を知りたいんだ。いつかは戻る場所だからな。と言っても、こっちで寄せ集めた記憶を持ち帰れるのかは知らんが……」
「未来か。ちなみにエージさんはいつの時代から来たんですか?」
「1998年だ。1999年のノストラダムスはあったのか?」
「何も起きてませんよ。俺が来たのは2026年です」
「2026年か……。あ、姫、ちょっと失礼。2026年というと……」
エージが抱いていた女の子を下に降ろして、アイテムボックスから数冊のメモ帳を出してきた。
そんなエージを見上げる女の子が、
「エージ。こう見えて几帳面なの。だから、頼りになるの」
なんてことを言ってくる。そのエージが、
「日本を壊そうとしてる外国の工作員や日本人スパイが次々と暴かれて、ようやく長く低迷してた世の中が良くなり始める頃か……」
「なんですか? その陰謀論は……?」
エージの話は、ショーゴには知らない話だった。そのショーゴの疑問には答えず、
「それで、アラクネのきみはいつの時代から来たのだ?」
と、シオンにも声をかける。
「あたしはホシザワ・シオンよ。1992年から来たわ。これが平成の何年かは知らないけど」
「魔物のアラクネになったのだ。さぞかし日本では性悪女だったのだろうな?」
「あ、あんただってクマの魔物になってるじゃない。日本で何をやらかしてたのよ?」
痛いところを突かれて、シオンが怨めしそうに言い返した。それにエージは、
「俺がクマになったのは、権力欲の権化だったからだ。高学歴に胡座をかいて会社の役員とか、市会議員とかをやって威張ってたからな。だが、本当の地球での俺はドイツプロイセン帝国のゼクト将軍が言っていた『処分するしかない無能な働き者』だったんだよ。俺には確かな判断力も、深い洞察力も、長として必要な責任ある決断力もなかったからな。だからお飾りとしての社長や理事長、市議会の議長というポストですら、誰も推そうとしなかった。周りからは俺の責任を取ろうとしないで威張るだけのダメ人間ぶりが丸わかりだったんだ。こっちで魔物になったことで、ようやく自分のダメさ加減を思い知ったよ」
と落ち着いた口調で返してくる。こちらに来て間もないシオンとは違い、それだけ長い時間、自分を省みてきたのだろう。
そこにディアが、
「あの〜、ここで立ち話するのもなんですから、場所を移しませんか? お店でお部屋を借りて、ゆっくりお話されるのはいかがでしょうか。そこに、わたしも同席させていただけると嬉しいのですが……」
と提案してきた。勇者さま担当だけに、異世界である日本の知識を少しでも持っておきたいのだろう。
さて、5人は場所をディアがお薦めするレストランの2階にある個室へと移していた。
大きな丸テーブルを囲んで4つのイスが用意され、シオン用には背もたれをはずしたソファが用意されている。蜘蛛の胴体を持つシオンは、その上に脚を曲げて乗っかるような座り方で寛いでいる。
「さて、最初に、俺と姫の関係から説明しようか」
エージの隣に、女の子がちょこんと座っている。そこの前にはクリームたっぷりのケーキが置かれ、それを口の周りを汚しながら美味しそうに食べている。
「姫って、どこかの貴族ですか?」
「うむ。国は明かせないが、北にあるとある王国のホンモノの王女さまだ」
ショーゴの質問に、エージがゆっくりとした口調で答える。
「姫はまだ8歳だが、その国では王族は10歳までに諸国を漫遊して、世界を見てくるという習わしがあるのだ。立派な為政者となるために、幼く、まだ王侯貴族の悪い部分が染み付く前に、多くのことを見聞きするのを目的としている。鉄は熱いうちに打てってヤツだ」
「その旅には、エージさんの他に護衛は何人ぐらいいるのです?」
「俺1人だ」
「1人? よく任せましたね」
「そこは国王には、善悪を見通す魔眼があるからだろう。とはいえ国王には忠誠を誓った近衛騎士がいるのに、俺は王家の直属とはいえただの冒険者だぞ。それも魔物勇者に大切な姫を預けるとは、他人事ながら心配になるよ」
とエージが答えると、それにすぐさま姫が、
「じゃあ、エージは魔物さんだから、悪いクマさんなの?」
とツッコんできた。
「いや。悪さをする気はねーよ。任された以上、姫はちゃんと護ってやるから、そこは心配すんな」
「それなら問題はないの」
それだけ言うと、姫がまたパクパクとケーキを食べ始める。そんな姫の反応に、エージが困った顔をしている。
「旅のお金はどうしてますか? けっこうかかると思いますが……」
「そこは問題ない。各国の首都やいくつかの街には地球でいう大使館みたいな国の出張所がある。そこへ姫を連れていって本国への近況報告を取り次いでもらい、そのついでに旅に必要な金を支援してもらってる。もっとも俺は冒険者として、姫には金を稼ぐところを見せてやろうと思ってやってきてる」
「稼ぐ……ですか。具体的には、どうやって稼いでますか? まさか魔物退治じゃ?」
「姫がいるから荒事はせん。やるのは運送業のマネゴトだ。これから向かおうとする方面への荷物運びを請け負って、その報酬で旅をしてる。このスフルにも前の街から、大量の食料品を持ってきてやったぞ。先ほど街の入口の近くにあった冷凍倉庫に、どっさりと放り込んできたところだ」
「あのあたりか……」
ショーゴは街に入ってすぐのところに、通りに面して並ぶ3階建ての倉庫やオフィスっぽい建物を思い浮かべた。
「それにしてもお姫さまも親元から離れて旅に行かされるなんて、大変ですわね」
とは話を聞いていたディアの言葉。ところが姫は、
「最初は大変だったけど、自分で服を着れるようになったら、好きな恰好ができるから楽しいの」
なんて言ってくる。それにエージが、
「姫の着る服が、どんどん少女趣味になってきてるのはご愛嬌だな」
などと零す。ドレスを着てるのは王女だからではなく趣味だった。となると、元はどのような服装だったのだろうか。
「それでだ。俺はこの世界へ来て……というか魔物勇者になってから、そろそろ6年になる。やがて国王から王家直属の冒険者にならないかと誘われて、国王から依頼されるクエストを受けるようになった。姫とはその少しあと、姫が3歳の時に初めて会った。以降は妙に懐かれて、多くの時を過ごすようになった。今回の旅の護衛も、その流れだと思ってる」
「エージといると落ち着くの。モフモフがいい感じなの。だから一緒にいたいだけなの」
そう言った姫の口を、エージが紙ナプキンで拭いてあげる。なかなかの世話焼きぶりだ。そのエージが、
「それよりもだ、ショーゴ。ここからは俺の目的である、未来の話をしようじゃないか」
と言って、十冊以上のメモ帳を出してきた。ショーゴたちの人となりについては、わざわざ聞かなくてもいいという考えだろうか。
「俺がこれまでに会ってきた勇者は、きみたちを含めて73人になる。ショーゴは2026年から来たんだったな」
「そうだ」
「……とすると俺が会った中で、ショーゴよりも未来から来た者は……16人ってことになるのか」
エージがメモを見て、さっと数える。
「16人? ちなみにもっとも未来だった人は?」
「2056年だ。だが、地球で中高生だった9人は、どいつもこいつも世の中で起きてることを知らん連中ばかりだった。しかもそろいもそろって、ばーちゃんゲームとかいうやつにうつつを抜かしておって……」
「ばーちゃんじゃなくて、バーチャル──仮想現実じゃないですか? コンピューターで作った架空の世界に入って、現実世界ではできないことを体験するものです。未来のゲームでも、やっぱり『はじまりの街』は定番かなぁ?」
と言ったショーゴが、ちらっとディアを見た。思った通り「はじまりの街」という単語に触れて、複雑な気分になったようだ。
「コンピューターで作った、架空の世界へ入るのか。それで何をするんだ?」
「ゲームなどのエンタメで使うことが多いですけど、仕事でもいろいろなところで使われてますよ。エージさんのいた時代でもフライトシミュレーターといって、パイロットの飛行訓練で使われてます。飛行中にエンジンが火を噴いたとか、翼を半分失ったとか、台風の横風の中を空港に降りるとか、実際にやったら事故になるケースを再現して無事に生還できるように訓練するんです。俺の時代だと、他に医者が手術の計画に無理がないか予行演習するという使い方もありますね」
「ほう。詳しいな」
「そりゃあ、地球にいた少し前まで、そのバーチャル技術を使ったスポーツ観戦システムの、開発リーダーを任されてましたからね。球場やサーキットには何台ものカメラがあるので、複数台のカメラから選手やマシンを立体映像に起こして、それを好きな場所や角度から観戦するという技術ですよ。俺の勤めてる会社では、処理の速さを取るか、コマ数を落としても映像のキレイさを取るかで意見がぶつかってましたねぇ」
「きみが何者かを聞いてなかったが、メーカーに勤めてるのか?」
「そうです。今はそのプロジェクトから引き剥がされて、半分、管理職に足を突っ込んでますけどね」
「ほう。きみの見た目は若いが、中味はいくつだ?」
「アラフォーですよ」
「あらほお? どういう意味だ?」
「英語のアラウンド・フォーティ。四捨五入して40歳って意味です。正しくは37歳だけど……。そっか、エージさんの時代には、まだアラフォーって言い方がないのか……」
ちなみにアラフォー、アラサーが使われるのは、2008年の中頃からである。
「それでは俺が聞いてきた話を、大きな歴史の流れとして情報共有するぞ。何か気になることがあったら、その都度、話に割り込んでもらって構わん」
そう言ったエージが、メモ帳を広げて見せてきた。まったく読めない文字ではないが、崩した字や略字が多いために、ところどころが読めなくなっている。
「まずは1990年頃に冷戦が終わったあと、日本とドイツがアメリカの裏工作によって、30年間もの長期不況に追い込まれるというのは事実だろうか?」
「裏工作なんてあったんですか? でも、OECD加盟国の中で、日本とドイツだけが30年間も経済が低迷するのは事実です。日本は1990年代の頭まであったバブル景気の悪影響で『失われた30年』という長期不況に悩まされましたし、ドイツも東西ドイツの統一した影響で旧東ドイツの経済に足を引っ張られて不況が長引いてると説明されてますが……」
「裏工作はきみよりも先の時代から来た2人が語ってたのだ。日本はアメリカの経済植民地にされた時に、大蔵省がアメリカ風に財務省と名前を変えさせられたとも言ってたぞ。本当に名前が変わるのか?」
「たしかに財務省に名前が変わりますが……。え? 植民地?」
ショーゴが聞いたことのない話に、疑問を強めていた。
「そのあとの日本とドイツの財務官僚たちは自国経済を潰すように緊縮と増税を繰り返して、税金で巻き上げた金をCIAの裏工作資金にまわしてたというじゃないか。それが大蔵省に戻ると、そういうおかしな行動がなくなったと言ってたな」
「緊縮と増税については、たしかにやってますね。それが裏工作という話は聞きませんけど、世界の中で先の大戦敗戦国の日本とドイツの経済だけがおかしいので、あってもおかしくない話かも……」
エージのメモを見ながら、ショーゴがうむむと考えてしまう。
「次は2010年以降、日本人ではない者が、全国で何千人も議員になってるという話は本当か? 国会議員や都道府県知事にも、日本国籍を持たない者がなってると言っておったが……」
「議員は日本国籍がないと立候補できませんから、それはないと思いますよ。でも、アメリカや東南アジアで国籍を偽った中国人が議員や知事になってたという事件が起きてるので、日本でも起きてる可能性はありますけど……。それ、事実じゃなくて陰謀論の話なんじゃ……」
「陰謀論が真実だったなんて、昔からよくあることだ」
そう言ったエージが、カップを口に運ぶ。
「次に気になっておるのが、2011年の東日本大震災だ。これが起こるのは3月11日で間違いないか?」
「その通りです。11日の14時46分。M9.0、犠牲者2万2千人を超える大地震と大津波です」
「きみも時間まで覚えてるのか。それだけ多くの人にとって大きな出来事だったのだろうな。それで、その地震で原子力発電所が爆発したと聞くが、本当か?」
「福島にあった2つの原子炉建屋で爆発があったのは事実ですよ。地震の翌日の12日と、もう1回は何日だったかな? 建屋が吹き飛ぶ程度の爆発はありました」
「核爆発か?」
「水素爆発です。それで放射性物質が撒き散らされたのは事実ですけど、チェルノブイリほどひどい爆発じゃありません。理系だから言わせてもらいますけど、あのあとの政治パフォーマンスとメディアのデタラメ報道で、日本がおかしくなりました。空間放射線量が高くなったのは事実でしたけど、日本各地にある温泉地の線量よりも低いのに、除染だ、退避勧告だ、などと……」
「詳しいな。そういう話が聞きたかったんだ」
エージがショーゴから聞いた話を、メモにギッシリと書き込んでいく。
その後もショーゴたちは2001年の同時多発テロや2007年のリーマン・ショック、その後の民主党政権時代やアベノミクス、2014年に始まったロシア・ウクライナ戦争や日韓、日中問題、令和時代のはじまり、そして2020年に始まったコロナの疫病禍と2021年に1年遅れで開催された東京オリンピックなど、エージにとって未来の話についての情報交換を続けた。
「では、先の未来から来た者はコロナの疫病禍は3年半で終わったと言うが、きみの実感ではもう1年かかったという感じで良いのだな?」
「WHOと日本政府が勝手に宣言しただけで、市民生活は翌年の夏頃までマスクをしてました。その頃から日本でもインフレが激しくなってきたと記憶してます」
「米価格が3倍になったそうだな」
「あれは農協と米問屋が仕掛けた悪質な投機ですよ。銘柄によっては5倍になったものもあったそうです」
「5倍か。それは欲を出しすぎだな」
「その通りです。他の食料品価格がまだ3割から5割の値上がりだったのに、主食という立場に胡座をかいて上げすぎましたね。おかげで市民がいっせいにお米を買わなくなって、売れ残った米がどんどん捨てられる異常事態になってます」
「捨てる?」
「一度精米したら、数週間で売り切らないと鮮度が落ちてダメになるんですよ。山のように積まれた米が。半分も売れないまま処分されてるらしいですよ」
「その前に価格を下げないのか?」
「米業者には損切りの決断ができないんですよ。2026年に入ったら在庫過剰で暴落する、3月の決算前には暴落する、GW前には暴落するって言われ続けてたのに、逆に4月になったら値段を上げてきましたからね。なんでも一部の業者の話ですが、在庫が増えて倉庫代がかかったから、価格に上乗せしたそうです」
「なんだ、それは?」
「ホント。殿様商売でやってきてたから、損切りの決断ができないんでしょうねぇ。……と、俺が語れるのはここまでです。このあと価格の暴落があったのか、値段を下げずに在庫がすべてゴミになったのか。その結論は知りません」
「結論が出る前の時間から来たのだな」
エージがメモに書き込みながら、未来の話を記録に残している。
その日、エージと姫はスフルにある高級ホテルに部屋を取って、街に一泊することになった。
ホテルを決めたあとは、姫の社会見学という口実で買い物だ。中でも食文化を知るための買い食いは重要だ。店先で売ってる串焼きを頬張りながら、
「南へ行くほど、美味しくなってるみたいなの」
姫がご機嫌な顔をしている。
「南へ行くほど美味しい?」
とはショーゴの疑問だ。それにエージが、
「そうだ。ただし、これは食材の問題じゃねーぞ。調理の問題だ」
と教えてくる。
「ミナミントに現れた聖女が、それまで大味だったこの世界の料理に革命をもたらしたんだ」
「その話は前にディアさんからも聞きましたね」
話を聞いたショーゴの目が、一緒に来てるディアに向かう。
「それで今回の旅の目的の一つにミナミントにいる聖女に会って、日本の知識を持ってないか確かめたいんだ。もちろん姫にも会わせてやりたいしな」
そのように話したエージも、串焼きを一口で食べている。
「その聖女さまって、冒険者から聖女になったんですかね?」
「いや、きみのような勇者ではないだろう。俺の聞いた話では、6年前に大災厄で滅びたトルクメント帝国の皇女さまらしいぞ」
「皇女さま?」
「今のところわかってる、皇帝一家唯一の生き残りだ。トルクメント皇族は代々女性勇者を多く娶ってきたそうでな。その皇女さんの母親も元勇者だ。だから母親から日本の話を聞いておらんか確かめたいんだよ。こうやって世の中の料理法を変えるほどだから、かなり詳しく聞かされてるんじゃないかと思うんだ」
そんな話をしてる間に、姫はシオンと一緒に別のお店に行っていた。アイス売り場だ。
「その皇女さまが、今はどうしてミナミントで聖女さまになってるんですか?」
「生まれ持った能力のためだとよ。善悪を見通す魔眼を持っていて、強力な祝福魔法も使えるらしい」
「それは聖女さまになるために生まれてきたみたいな人じゃないですか」
「それよりも魔眼だ。どこの皇帝家や王家、大貴族は、魔眼持ちを継承者の証としてる。その魔眼で邪な者が政治に口を出さないように見張ってるんだ」
「ここでの暮らしが自由で良さそうなのは、そういう事情があるのですか」
「君臨すれども統治せず。ただし魔眼で悪と判断された者は、政治家にも公職者にもなれない。ここはそういう世界だ。そのためにも魔眼がないと、王位継承者にはなれん。今の姫にはそういう力はないが、まだ生じてないだけかもしれん。もしも14歳までに発現しなかったら、ただの政略結婚の道具にされることになる。姫には、そういう道具にはなって欲しくないのだが……」
エージがそう言いながら、アイスを持って戻ってきた姫の頭を撫でた。その話が聞こえていたのか、
「その時はその時なの」
まだ幼いながらも、姫は自分の運命や境遇を受け入れているようだ。だからこそ、今のうちに自由を思いっきり謳歌しておきたいのかもしれない。
「それじゃ、世話になったな」
翌朝、エージたちは次の街を目指すということで、街の外まで見送ることになった。
「貴重な話を聞かせてもらって、ありがとうよ」
「俺も聖女さまや食べ物の話には興味を持ちましたよ」
そう言い合ったエージとショーゴが、別れの握手を交わした。
「ところで次の目的地はどこですか?」
「ミナミント王国のシラントだ。国境の近くにあって、国の出張所がある街でもある。運搬クエストで、そこまで運ぶ荷物も預かってるしな」
そう言ったエージが、アイテムボックスから大きな魔動バイクを出してきた。左側にサイドカーの付いた特注品だ。そのサイドカーに乗り込んだ姫が、慣れた感じでヘルメットをかぶっている。
「それじゃ、また会う機会があったら、今度は地球の思い出話でもしようや」
そう言ったエージがバイクに跨った。そして、
「またなの〜」
「元気でね〜」
姫とシオンがお別れの挨拶を終えると、バイクは橋を渡って左の方へ走り去っていく。
それを見送るショーゴが、
「ディアさん。ここから南の国境までは近いんですか?」
と、だいたいの地理を尋ねた。
「いいえ。ここから国境まで600km近くありますわ。とても1日で走れるとは思えませんので、今夜はどこかで一泊すると思いますの」
「600kmって、だいたい東京から大阪ぐらいの距離か……。途中で休める場所はあるのかな?」
「そこはご心配なく。ずっと山の中を通る東ルートだと数は少ないですが、南に見える山を越える西ルートでしたら大きな森を抜ける古くからの交易路がありますので、10kmから20kmごとに街道町が作られてますわ。休憩できる場所には困らないと思いますの」
「道の駅というか、宿場町みたいなものかな? その中には大きな街はありますかね?」
「ここより南には、このスフルよりも大きな街はありませんわ。なんせあの山の向こうから国境のあたりまで、ダンジョンが1つも見つかってませんもの」
「やはりダンジョンが見つからないと、大きな街にはなりませんか?」
「この世界はダンジョンから出てくる魔石や魔法石、魔道具で経済が回ってますもの。ダンジョンが大きな富を生むとなれば、多くの人が集まるのは当然ですわ」
「他に街が大きくなる産業はないんですかねぇ?」
「そこは勇者さま方に期待しますわ。この惑星の文明の発展にご協力くださいませ♡」
「他力本願だなぁ……。あ、あのお姫さまの旅の目的って、もしかしたら将来、産業を起こすヒントを集めることなんじゃ……」
ふとショーゴが、そんなことを思った。もうその頃には、エージと姫を乗せた魔動バイクは、もう見えなくなっていた。
その2人の乗るバイクは、南に向かう山道を走り続けていた。
「姫。トイレ休憩はしなくていいか? ここを逃すと、次は山を越えるまで2時間ぐらいないかもしれんぞ」
「大丈夫なの。このまま行っちゃえなの」
魔動バイクが通り過ぎたのは、ダンジョン前にあるバス停のある無人休憩所だった。道はそこでダンジョンへ向かう道と分かれて、どんどん峠道を登っていく。
「うわぁ〜。大きな森なの。地平線の向こうまで続いてるの」
峠を越えた途端、目の前にどこまでも続く大森林が見えてきた。そこから先は山の斜面に沿って作られた長い道だ。
「エージが邪魔で、森が見えなくなったの」
「姫。危ないから立ち上がるなよ」
サイドカーのある左が山側になったため、姫からはせっかくの眺望を楽しめない形になっていた。そこでバイクを停めたエージが、
「仕方ねえなあ。姫、俺の前に乗るか?」
「いいの?」
「ただし、姫が落ちないように、ベルトを着けるからな。暴れるんじゃねえぞ」
「わかった。暴れたりしないの」
エージがまず自分に大きな肩ベルトをした。そこから別のベルトを姫に巻き付けて、お腹の前に固定する。
それでエージの前でバイクに跨る恰好になった姫が、
「じゃあ、出発なの!」
と、元気に右手を挙げた。
「それじゃあ、行くぞ!」
姫がちゃんと落ちないように固定できてるかを確かめて、エージが再び魔動バイクを走らせる。
そこから最高の席で森を見下ろす絶景を楽しむ姫の旅は、山を降りて森に入るまで続くのだった。




