第5話 森の方のお屋敷
――帝国暦三五〇年・春初め 放課後――
校舎の外は、まだ明るい。
「なあ、あの人さ」
ガイが口を開いた。
「あの見学の人」
「分かる。めっちゃ綺麗だったよな」
エドがすぐに乗る。
「声もよかったし」
ルークが腕を組む。
「普通の人じゃないな」
「絶対、どっかの貴族だろ」
サムが少しだけ眉をひそめる。
「だからって、どうするんだよ」
「どうするって」
ガイが笑う。
「探すだろ」
「は?」
「いや、気になるじゃん」
エドも笑った。
「まあ、少しくらいなら」
軽い声だった。
軽いまま、四人は街へ出た。
人の流れ。
店の並び。
いつもの景色。
けれど、話題はひとつだけだった。
「金髪でさ」
「小柄で」
「青い目」
パン屋の親父は首を振った。
「その辺じゃ見ないな」
「見たことない?」
「ああ。そんな子が歩いてたら、さすがに覚えてる」
それはそうだ、と四人は頷いた。
少し進んで、花屋の前で同じことを聞く。
店主は花を束ねる手を止め、少しだけ考えた。
「金髪で、小柄で、青い目……」
「知ってる?」
「良家のお嬢様じゃない?」
「やっぱりか」
ガイが少し身を乗り出す。
「どこの?」
「さあねえ」
店主は首を傾げた。
「でも、そういう子はあまり一人で歩かないでしょう」
分かったような、分からないような答えだった。
四人はまた歩き出す。
「良家のお嬢様か」
「まあ、そうだよな」
「普通の子ではない」
ルークが静かに言う。
「でも、どこの家かは分からない」
「そこが大事なんだよ」
ガイが小さく息を吐いた。
通りの端で、果物を並べていた年配の女が、ふと顔を上げる。
「金の髪で、小柄なお嬢さん?」
四人は足を止めた。
「知ってるの?」
「知ってるってほどじゃないけどね」
女は目を細める。
「森の方のお屋敷で、そういうお嬢様を見たことがある気がするよ」
「屋敷?」
「ええ。でも、あそこの子たちはあまり外に出ないからねえ。違うかもしれないけど」
それだけ言って、女は果物の位置を直した。
確かな答えではなかった。
でも、十分だった。
「森の方のお屋敷……」
エドが呟く。
「貴族の屋敷、いくつかあるよな」
サムが言う。
「クロウの家も、そっちじゃなかったか?」
「たぶん」
ルークが少し考える。
「でも、決めつけるのは早い」
「じゃあ、もっと聞けばいいだろ」
ガイはそう言って、また歩き出した。
次に入った雑貨屋では、話が少し変わった。
「金髪の小柄な子?」
店番の男が棚の品を並べながら言う。
「ああ。前に見たのは、もっと小さい子だった気がするな」
「もっと小さい?」
「うん。猫を抱いてたような」
四人が顔を見合わせる。
「猫?」
「この前の人、猫なんて持ってなかったよな」
「持ってなかった」
サムが首を振る。
ルークが眉をひそめた。
「別人か?」
「いや、妹とかじゃね?」
エドが軽く言う。
「妹?」
ガイの目が少しだけ明るくなる。
「いるのか、妹」
「知らねえけど」
雑貨屋を出ると、今度は通りすがりの老人が、話に割り込むように言った。
「森の方のお屋敷なら、奥様も若く見えると聞いたことがあるぞ」
「奥様?」
四人の声が揃った。
「うむ。お嬢様かと思ったら奥様だったとか、そういう話を聞いたことがある」
「いや、待て」
ガイが額に手を当てる。
「お嬢様?」
「小さい子?」
「奥様?」
エドが指折り数える。
「増えたな」
「増えた」
サムが頷く。
ルークは少しだけ真面目な顔で考えていた。
「つまり、森の方のお屋敷には、金髪で小柄な女性が複数いる可能性がある」
「なんだよそれ」
ガイが言う。
「そんな屋敷あるか?」
「あるから、こうなってるんだろ」
エドが笑う。
笑っているのに、完全には笑い飛ばせない。
金の髪。
青い目。
お嬢様。
小さい子。
奥様。
聞けば聞くほど、輪郭がはっきりするどころか、少しずつ増えていく。
「なあ」
サムがぽつりと言う。
「クロウに聞けば早くないか?」
その場が、少しだけ静かになる。
「……そうだな」
ルークが頷く。
「少なくとも、森の方の屋敷については知ってるだろう」
ガイが肩をすくめた。
「じゃあ、明日聞くか」
「聞くって、何を?」
「色々だよ」
ガイはそう言って笑った。
四人はまた歩き出す。
ただの好奇心。
それだけのはずだった。
でも、少しだけ残る。
森の方のお屋敷。
お嬢様。
小さい子。
奥様。
そして、それを知っているかもしれないクロウ。
夕方の光の中、そのいくつもの謎だけが消えきらなかった。




