惜別と新たな物語
『やべーな。俺じゃ届かねぇ。』
何度も聞いてきたその言葉が私を暗澹たる思いにさせた。
何十回、何百回と繰り返してきた輪廻の呪縛。
41年ぶりの終結だがその最後は寂しく、辛く、私に絶望をもたらす。
『冷静になれ。一度状況を整理…』
『すまない。一人にさせちまうな。』
私の言葉を遮るようにして発したその男の言葉はとても優しく聞こえた。
数々の場面が走馬灯のように私の【記憶】として整理される。
あぁそうか。この物語はここで終わる。
落胆している私に最後の言葉がかけられる。
『終わったらどんな景色が見れるのかお前と確かめたかったんだけどな…。』
極限状態の戦闘中だというのに余裕ぶって会話を続けるその男は、もうどう足掻いても自分が死ぬことを理解している様だ。
『でもさ、すっげぇ楽しかった。またな、相棒。』
私も同じだ。これほどまでに面白い旅は初めてだった。
『私も…』
伝えたい言葉はその男に届くことなく、無情なる魔王の一太刀は全てを切り捨てた。
…その後、話は瞬く間に大陸全土に響き渡った。
勇者ゼロディアが戦死したこと。パーティは全滅。人間界最強の男でも勝てなかったという事実。
魔王討伐の夢はまたもや実現に及ばず人々を落胆させた。
少しの時が流れ、私は転生した。
私は六芒星の魔眼より省かれし者。
転生の名を与えられし魔眼。
消滅することなく永遠に記憶が続いていく。
この世界には7つの魔眼が存在し、それぞれが有能なるスキルを保持している。
魔眼を手に入れた者は力を得ることができ、あらゆる幸福を手にすることができた。
しかしその魔眼の中で最も【役立たずの魔眼】とされた私は7つ目の魔眼となり、数千年の間に人々の記憶から消え去った。
私を省いた6つの魔眼は、六芒星の魔眼として人々に求め続けられてきたというわけだ。
(何が起こっている?ここは一体…?)
私は転生する度に魔眼の祠で宿主を待ち、契約を経て魔眼の役割を果たす。
しかし此度の転生場所は祠ではなくどこぞの森の中のようだ。
『あうあぅあー』
(声が出る!?)
どうやら声帯が発育していない赤子のようだが私は宿主の心と会話ができるだけで、言葉を発したのは初めてだ。
魔眼が人として生まれるなんて考えたこともなかった。
理解が追いつかない。
四肢の感覚、空気の匂い、風の柔らかさ、どれをとっても経験したことのない心地よさだ。
『なんじゃあ?籠の中に赤子がおるではないか』
人間?山を探索でもしていたのか、斧を背負った大柄の男が私の入っている籠を覗き込んできた。
『あうあうあーあぁ、あー』
『みなしごか?かわいそうに。まだ生まれて間もないじゃろうに。ひどいことをするもんじゃのぉ。』
男は辺りを見渡し、近くに親がいないか探し回った。
1時間ほど過ぎただろうか。空が黄金色に変ったところをみると、どうやら夕刻になったようだ。
『しかたねぇ。わしが連れ帰っても文句はないじゃろ。』
そう言うと男は籠を肩まで持ち上げ、森を歩き出した。
『子宝に恵まれねぇとこもあんのによ、ひでぇことをするやつもいるもんだぁ』
(この男に子供はいないのか…)
なんとなくそう感じさせたのは男の声のトーンからだろう。
男の顔はどこか嬉しそうだった。
夕刻からさらに1時間ほど歩いただろうか。
あたりは既に暗闇に包まれていた。
『今帰った。おそくなったなぁ。』
男がドアを開けると一人の女性が食卓机にすわっていた。
『よかった。無事だったのね。普段は夕刻前後にかえってくるから、てっきり何かあったのかと…。』
優しい顔だ。魔物に襲われたんじゃないかとでも思って気が気じゃなかったのであろう。
安堵の表情に不安が混じっているのがよくわかった。
『すまねぇ。森でみなし子をみつけてなぁ。親がいねぇもんで、連れ帰ってきちまった。』
髭の生えた大柄の男は、また嬉しそうに笑った。
『みなし子!?なんと可愛い子でしょう。ヴェルディ様からの贈り物かしら?』
ヴェルディというのは大陸で語り継がれている4大天使の一人だ。5000年前には4つの大陸で各地を統治する天使がいたとされており、今もなお語り継がれていた。
ちなみにヴェルディは私と共に生きた魔眼使いの一人であり、その半生を共に過ごした。
『私たちで育てましょう。大切に、大切に育てましょう。』
『わしもそのつもりだ。どーれ、父さんが抱っこしてやろう。がははははー』
こうして私の新たな物語は始まった。
何度目かの物語であり、初めての人生。
絶望していたはずの自分はそこにおらず、今はもう希望に満ち溢れていた。
魔眼となり一万年、数えきれないほどの別れを繰り返してきた。
そんな私が初めて別れを惜しんだ生物ゼロディア。
ゼロディアを思う気持ちが私を新たなステージに進ませたのか…。
定かではないが、とにかく初めてこの世界に生まれ落ちたのだ。
一人一人としか接したことのない私には簡単に乗り超えることのできない試練が山ほど待ち受けている事に私はまだ気付いていないが…
それはまた後の話である。




