魔法使いの街〈ミルディア〉 03
ミルディアに来て三日目。
翌朝。 ミルディアの空は澄み渡り、昨日と同じように塔の紋章がゆっくりと回転していた。
だが今日は、エルドの姿はない。 三人だけで街を歩く、静かな一日だった。
今日はエルドの仕事があり、 三人は自由に街を歩くことになっていた。
「今日はどこ行く?」 少年は少し浮かれた声で言った。
黒猫は尻尾を揺らす。
「にゃん、昨日見れなかったところを回りましょ」
彼女は無言で頷き、歩き出す。
少年はその横顔を見ながら、こっそり胸を高鳴らせていた。
けれど――
彼女は街の魔法をひとつずつ、 まるで“確認するように”見て回った。
彼女は一つひとつに手を触れ、目を閉じ、魔力の残滓を確かめるようにしていた。
その姿は、 何かを必死に探している人のそれだった。
少年は最初こそ気づかなかったが、だんだんと胸の奥に違和感が積もっていく。
ついに、思い切って声をかけた。
「ねえ……何か探してるの?」
彼女は答えない。
ただ、遠くを見るような目をしていた。
代わりに、黒猫がため息をついた。
少年が黒猫を見ると、 黒猫は尻尾を揺らしながら言った。
「昨日の話に出てきた“大魔法使いの弟子”。 あれ、多分……この子の師匠よ」
少年は目を丸くした。
「えっ……!? じゃあ、あの弟子って……」
「そう。 この街のあちこちに残ってる魔力、 どれも“師匠の癖”があるのよ。 彼女はそれを確かめてたの」
少年は混乱したまま言った。
「じゃあ……師匠って……変な人だったの?」
黒猫はピタッと止まり、 じろりと少年を睨んだ。
「にゃっ。 変な人じゃないわよ。 優しくて、真面目で……ちょっと不器用だっただけ」
少年は慌てて手を振る。
「ご、ごめん! でも……じゃあ、どうして屋敷を燃やしたり、追放されたり……」
黒猫は言葉を詰まらせた。
「……それは、私たちにも分からないのよ。 でも、あの人が理由もなくそんなことをするわけないわ」
答えは出ないまま、 三人は沈黙の中で宿へ戻った。
宿に戻ると、入口の前にエルドが立っていた。 その隣には、落ち着いた雰囲気の女性が一人。
「お帰りなさい。紹介したい人がいるんです」
女性は丁寧に頭を下げた。
「初めまして。ミルディア魔法学校で講師をしております」
黒猫が首を傾げる。
「にゃ? 講師さんが何の用?」
女性講師は、彼女をまっすぐ見つめた。
「あなたを……ぜひ、学校の講師としてお迎えしたいのです」
少年は「えっ」と声を漏らし、 黒猫は「にゃっ?」と目を丸くした。
だが、女性講師は真剣そのものだった。
「あなたは、無詠唱で魔法を使っていますよね?」
彼女は無言で頷く。
女性講師は興奮を抑えきれない様子で続けた。
「無詠唱で魔法を扱える魔法使いなんて、ほとんどいません。 あの“大魔法使い”でさえ、無詠唱で使えたのは簡単な魔法だけだったんです」
黒猫が小さく「にゃ」と呟く。
「だからこそ、あなたに来てほしいんです。エルドから沈黙の魔女だと言うことは聞いています!無口でも構いません。私の助手としてでもいい。授業で魔法を見せていただくだけでもいいんです!」
女性講師は、ほとんど懇願するように身を乗り出した。
エルドが横から柔らかく言葉を添える。
「あなた方は“知らない魔法に出会う旅”をしていると言っていましたよね?」
彼女は小さく頷く。
エルドはにやりと笑い、片目をつむった。
「ここは魔法の街。あなたの知らない魔法が、きっと山ほどありますよ。しかも――講師になれば、禁忌図書も許可なく閲覧できます」
彼女は一瞬だけ考える素振りを見せたが、 次の瞬間、迷いなくコクリと頷いた。
「……!」
黒猫と少年は同時に叫んだ。
「にゃー!!」 「えーー!!」
完全にハモった。
女性講師はぱっと顔を輝かせ、 エルドは満足げに微笑む。
黒猫は慌てて彼女の袖を引っ張った。
「ちょ、ちょっと!本当にいいの!? 講師よ!?人前に立つのよ!?あなた無口なのよ!?」
少年もオロオロしている。
「そ、そうだよ!だって……その……講師って……!」
だが彼女は、静かに、しかし確かな意志で頷いた。
その瞳には、 “知らない魔法に触れたい”という純粋な好奇心 が燃えていた。
女性講師は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。 では、明日から学校をご案内しますね」
エルドも嬉しそうに言う。
「きっと、あなたにとっても良い経験になりますよ」
黒猫と少年はまだ混乱していたが、 彼女だけは静かに前を見ていた。
――師匠の痕跡が残る街で、 新しい一歩を踏み出すために。




