和議
豊臣家の家老、大野治長は、始終、上の空であった。
「豊臣家安泰、摂津、河内、紀伊は豊臣家とする、か。悪くない条件だが・・・。」
「どうかされましたか。家老様。」
「いや、なんでもない。」
治長のみならず片桐且元にも家康から密書が届けられていた。且元もおおいに悩み徳川家との和議を思案するようになっていった。
そんな中、治長と且元は、治長邸に集まりとある人物を待っていた。
「来られましたか。天海殿で相違ないですか?」
「いかにも。旅の僧の振りをしてはるばる大坂まで参りました。」
それは、家康の腹心、天海であった。天海は、家康の命である「豊臣・徳川の和議」「徳川秀忠の征夷大将軍職の容認」を押し通す目的でこの会談の場に来た。
深夜ぶっ通しで続いた会談の結果、徳川家の条件を飲むことを大野、片桐両者が合意。さらに抗戦派と位置づける真田昌幸の暗殺を徳川家と共同して行おうという案も出された。治長は、これより講和に向けて豊臣家を導こうとしていく。
舞台は、大坂城。秀頼は、京から来た書状を読んでいた。
「救援か。義父上とは戦しとうなかったが、仕方ないかのう。」
「お待ちください!!我が豊臣は、これより徳川と和議を結びます。関白殿下、豊臣家は、摂津、河内、紀伊の領有を認められます。どうかご決断を!」
「そうじゃそうじゃ!ここは、修理の意見を聞いておくのじゃ。」
「むむ。しかし、母上・・・。昌幸は、まだ見えておらんし、昌幸の意見を聞かねば・・・。」
秀頼は、治長、且元、淀の突然の腰砕けに驚きを隠せない。抗戦派として適切な戦略を立て秀頼に助言を行ってきた昌幸は、この会議の場に居なかった。昌幸は、治長、且元の軍勢により拘束され高野山に幽閉されていたのであった。
「がはははは!!」
「大御所様、やりましたなぁ。」
「ようやってくれたのう、皆の衆。」
「和議により戦わずして京を奪還せしめたわ!わっはははは!」
豊臣秀頼は、昌幸を失い治長らの主張を否定することが出来なかった。豊臣・徳川は、以下の条件で和議を結んだ。
①豊臣家の領地は、摂津、河内、紀伊の三国とする。京は、速やかに戦前の状況に復せしめるべし。」
②徳川秀忠の征夷大将軍職復権を認めること。
③豊臣秀頼は、関白職を引き続き継続すること。
④徳川家は、京に兵を駐留させること。及び、朝廷の警護は、徳川将軍家が務める。
⑤伊勢の丹羽高吉は謹慎処分とし、寺に出家させること。伊勢安濃津藩は、藤堂高虎に領地とす。
⑥正式な和議は、両軍が本領へ撤収後、速やかに京、二条城にて豊臣秀頼、徳川秀忠とその側近による和議の場を設け、手打ちとする。
「で、このまま大人しく駿府へ帰られますか?」
「いや、高虎殿。あちらは、和議により大阪から援軍が来ぬ。こちらから仕掛けようぞ。」
家康と高虎は、ニヤリと笑い合う。和議の報せは、京豊臣軍にも届いているようで陣営の兵の規律が緩んでいることがわかった。
「いざ、鴨川を越える!目指すは、敵将格!!」
法螺貝が大音量で鳴り響くと同時に家康の采配が振るわれた!




