治癒魔法は万能ではありません
「オーレンさん。お連れの方の発熱について、お心当たりはありますか?」
熱が高いのでしょう、お可哀想に。
エンジュ様は息が荒くとても苦しそうなご様子です。
お母様が用意した手ぬぐいで汗を拭うと、水で濡らした冷たかった手ぬぐいは、あっという間に緩くなってしまいました。
「熱を出す前は、身体の不調を訴えることも、それらしい兆候もみられなかった。ところが、今日の朝目覚めるとこの様子だ。」
オーレン様は落ち着いた様子で、そう仰いましたが、声は固く強く握った拳からは焦りが伝わってきます。
お連れ様が、エンジュ様であると言うことは、オーレン様はきっと護衛騎士の方でしょう。
仕える主の危機によくこれだけ平静を保てるものです、騎士の中にも追い詰められると騒いで喚いて色々と理不尽な事を要求してくる方も実際いらっしゃいますからね。
「わかりました。原因がわかりませんので、体力の回復と解熱を重点的に治癒しますね。」
治癒魔法は万能ではありません。外傷に対しては効果は絶大ですが、病気に関してはそうではありません。原因が特定されなければ、完治させることができないのです。
原因がわからないまま治癒魔法を行使しても、症状は治まりますが、それは体力を回復させているだけに過ぎません。
完治させるには原因を特定し、それに合う術式を組まなくてはいけません。
その原因を探るのはお医者様の仕事なので、今の私に出来ることは一時的に症状を抑える事だけです。
私はエンジュ様の手を取り、治癒魔法の中でも最も簡単な、体力を回復させる術式を魔力を用いて展開させます。
私の足元に円形に展開された術式に魔力が満ちて黄金色に輝くと、魔法が発動し、光の柱が私を中心に天から降りてきます、キラキラ輝く光がエンジュ様に吸い込まれてゆき、光の柱が消滅すると、エンジュ様の息も穏やかになりました。
無事成功のようです。
「ふふ、アリスの治癒魔法は相変わらず綺麗ねぇ。見ているだけで癒されそうよ。」
お母様はうっとりとした様子で、ちょっと熱のこもった色っぽい溜息をついてどこかぼんやりとした様子です。
実はこの光の柱が降りてくる現象は、女神様の祝福の一つです。
普通治癒魔法をかけただけでは光なんて降りてきません、女神様曰く前世では神に呪われた娘として罵られていた分、今世では神に愛される娘として皆に大切にされて欲しいということで、私の治癒魔法には誰の目から見ても神々しいような演出がプラスされてしまいました。
この光には、お母様が言うように見ているだけでも多少癒しの効果と不浄なものを消し去る力があるそうです。
お母様はこう言ってくれますが、私は結構恥ずかしいのです。
みんなに注目されますし、それにこの神々しいとも呼べそうな光を教会関係者に見られたら厄介な事になる可能性があります。
事実、前世の弟であるシャノンは心眼の持ち主でしたから、教会関係者に神子として勝手に祀り上げられそうになったこともありますので。
女神様は純粋な好意で祝福を下さっただけなので、そこまで考えてはいなかったのかもしれないですね。
治癒魔法を使わなければ、目を付けられる事はないのですが、その選択肢は私の頭にはありません。
目の前に苦しんでいる人がいて、自分が救う術を持っているというのに見捨てるというのは、私の性格的に無理です。
この光を収める方法を早めに考えていた方がよさそうですね。