表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道化師による楽しいダンジョン探索!!  作者: モノノキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/20

第8話 恥

カーテンの隙間から差し込む朝日が俺の顔を容赦なく叩き起こす。意識が覚醒すると同時に、脳内の再生ボタンが勝手に昨日の記憶をリピートし始めた。


『ほら、どうした! 相手はただのピエロだぞ!』

『ああ……最強だ。俺』


「うわああああああああああああああ!!」


俺はベッドの中で絶叫し、毛布を蹴り飛ばした。

昨日の自分。あの、三色チェック柄のスーツを着て、銀色の靴でステップを踏みながらラビットウルフを蹂躙し、挙句の果てに「最強のピエロ様」などと宣ったあの男。


誰だ。あいつは誰なんだ。俺じゃない。俺であってたまるか。


「死にたい……てか精神的に死んじゃう……」


枕に顔を埋めて悶える。

ジョブスキルの全能感は、一度味わうと麻薬のような中毒性がある。あの圧倒的なキレ、あの冴え渡る五感。

一度あの『高み』を知ってしまった以上、地味な格好で第1階層をうろつくのが、全裸で戦場に立つように思えてくる。


「クソっ! 生き残るためだ。これは、生存戦略なんだ」


自分にそう言い聞かせ、俺は渋々ベッドから這い出した。朝食を流し込み、リュックにあの『視覚的暴力』を詰め込む。

黒いマスクもしっかり持った。これだけが俺の尊厳を守る唯一の盾だ。


外は快晴。絶好の探索日和だが、俺の心は曇天そのものだ。

マンションから歩いて数分の探索者協会へ向かう。

平日の朝ということもあり、ロビーは現役探索者たちの熱気で満ちていた。俺は更衣室の個室に駆け込み、音速で着替えを済ませる。


鏡の中には、今日も今日とて狂った色彩のピエロが立っていた。

背中のハートマークが「お前、今日もやるのか?」とニヤけている気がする。


俺は無言で黒いマスクを装着し、リュックを背負って更衣室を飛び出した。

銀色の靴がカツン、カツンとロビーに響く。

周囲の視線が突き刺さるが、『道化の心得』が発動する。それが恥ずかしさを全能感で塗りつぶす。


「さて、まずは……」


俺はロビーの隅にある鑑定機へと向かった。

探索者カードを差し込み、魔法陣の描かれた鑑定台に乗る。

ホログラムのパネルが空中に浮かび上がり、俺の最新のステータスを表示した。


【道化師 Lv.3】

ステータスボーナス:110P(未割り振り)

生命力:29→34

持久力:13→14

筋力:11

技量:12→13

知力:13→14

俊敏性:7→9

肉体強度:21→24

魔力抵抗:19→21

戦気量:23

魔力量:22


「お、レベル3になってる」


昨日のモンスター狩りが効いたらしい。

相変わらず生命力と耐久面の伸びが良いな。


「よし、行くか」


俺は槍を手に、第1階層へと足を踏み入れた。

今日の目的地は、草原地帯のさらに奥。

最近話題になっている崩壊した大砦からは距離を置いた、比較的人の少ないエリアだ。

砦周辺はモンスターの質も量も上がっているらしいが、今の俺にはまだ早い。


だが、ダンジョンという場所は、いつだって俺の予想を裏切ってくれる。


草原を歩き始めて三十分。

点在する岩場の陰から、そいつらは現れた。


「……ゲッ、まじかよ」


そこにいたのは、三体の『ホブゴブリン』。

普通のゴブリンより二回りほど大きく、筋骨隆々の身体に、粗末だが金属製のこん棒を握っている。

そしてその中心に鎮座するのは、さらに巨大な影。

肥満体型ながら、丸太のような腕を持つ豚頭の亜人。


「オーク、か」


第1階層でも中堅クラスのモンスターだ。

本来なら大砦周辺にいるはずの連中が、なぜこんな草原の外れにいる。はぐれか?


ホブゴブリンたちが、俺の奇抜な格好を見て「ギャハハ!」と下品な笑い声を上げた。

オークもまた、鼻を鳴らしながら俺を値踏みするように見ている。


(……注目されてる。それも、かなり強い敵から)


身体の奥から、昨日以上の熱が湧き上がる。

全ステータスが、面白いように跳ね上がっていく。

だが、同時に冷や汗が止まらない。

相手は、ラビットウルフとは比較にならないほどのパワーとタフネスを持っている。


「グルアァッ!!」


オークの咆哮を合図に、三体のホブゴブリンが一斉に走り出した。速い。そして、一歩一歩が重い。

俺は槍を構え、迎え撃つ覚悟を決めた。


「ギャギャッ!」


先陣を切ったホブゴブリンが、金属製のこん棒を横なぎに振るってきた。だが、今の俺の目には、その軌道がはっきりと見えていた。


「遅いんだよ!」


俺は銀色の靴で地面を強く蹴り、ホブゴブリンの懐へと滑り込んだ。槍の石突をホブゴブリンの顎に叩き込み、そのまま流れるように穂先を心臓へと突き立てた。


ズシュッ!


一体目が光の粒子となって霧散する。

だが、余韻に浸る暇はない。

左右から残りの二体が、連携の取れた挟み撃ちを仕掛けてきた。


「っの野郎!」


俺は槍を振り回し、右側のこん棒を弾く。

ガギィィィン! と重い金属音が響き、腕に痺れが走る。

さすがはホブゴブリン、力がゴブリンとは段違いだ。

弾いた反動を利用して体を捻り、左側の攻撃を紙一重でかわす。

頬を掠めた風が熱い。


「『火吹き芸!』」


マスクをずらし、至近距離で火球を放つ。

ボフンッ!

左側のホブゴブリンの顔面が炎に包まれ、悲鳴を上げてのけぞった。

その隙を逃さず、俺は右側の個体の喉元を槍で貫く。


二体目、撃破。

残った一体は、顔を焼かれながらも執念深くこん棒を振り回してきた。

だが、視界を奪われた攻撃など、今の俺の敵ではない。

俺は冷静にその一撃をかわし、背後に回り込んで首に槍を突き刺した。


「ふぅ……」


三体のホブゴブリンを瞬く間に片付けた俺だが、心臓の鼓動は早まるばかりだ。

なぜなら、本命がまだ動いていないからだ。


「ブモォォォォォン!!」


オークが、地響きを立てて突進してきた。

その巨体からは想像もつかないほどの爆発力。

俺は咄嗟に槍を構え、その突進を受け流そうとした。


ドォォォォォン!!


「ぐっ、うおおぉぉ!?」


受け流しきれない。

圧倒的な質量の暴力。

槍の柄を通して伝わる衝撃が、俺の全身を突き抜ける。

俺の体は木の葉のように吹き飛ばされ、草原を数メートルほど転がった。


「カハッ……!」


肺の空気が全部押し出される。

肉体強度が上がっていなければ、今の衝撃で内臓が破裂していただろう。

だが、痛みに悶える俺の耳に、オークの重い足音が近づいてくるのが聞こえた。


(死ぬ……マジで死ぬ……!)


恐怖。

だが、その恐怖すらも、道化師の才能は燃料に変えてしまう。オークの「獲物を追い詰めた」という愉悦に満ちた視線。


「……ハ、ハハッ」


俺は泥を吐き出し、立ち上がった。

口元に浮かぶのは、自分でも制御できない歪な笑み。


「アッハハハ!! いいねぇ、その豚面最高にムカつくぜ!」


俺は槍を握り直し、自分からオークへと走り出した。

オークは驚きに目を剥き、巨大なこん棒を振り下ろす。


ドォォン!!


地面が爆発したかのように土が舞い上がる。

だが、俺は既にその場にいない。

オークの腕を駆け上がり、その醜悪な顔面へと槍を突き出した。


「オラッ!」


ズシュゥゥゥッ!!


槍先がオークの右目を貫く。

「ギャアアアアアッ!!」という、鼓膜を裂くような絶叫。

オークは狂ったように暴れ、俺を振り払う。

俺は空中で体勢を立て直し、着地と同時に再び踏み込んだ。


「おかわりだ!『火吹き芸!』」


俺は『火吹き芸』を連発した。

手のひらサイズの火球が、次々とオークに直撃する。

熱と痛みに悶えるオーク。その隙を突き、俺は渾身の力で槍をオークの喉仏へと突き立てた。


「これで終わりだ!!」


槍を深々と突き通し、そのまま横に薙ぐ。

オークの巨体が、ゆっくりと地面へと倒れ込んだ。


地響きと共に、オークの体は光の粒子へと変わっていく。

後に残ったのは、拳ほどもある巨大な魔石と、オークの牙と肉。激しい疲労と、それ以上の快感に包まれた俺だけだ。

俺は無理やり笑って回復していく。


「アハハハハ!!…………ふぅ、疲れた。てか、勝った。勝っちゃったよ」


俺はその場に座り込み、天を仰いだ。

青い空が、昨日よりもずっと近くに感じられる。

ホブゴブリン三体に、オーク一体。

レベル3ではあり得ない戦果だ。さすがは希少ジョブ。さすがは俺だ。


「……さて、ドロップ品を回収して一旦戻るか」


俺はドロップしたものを拾い上げ、リュックに詰め込んだ。

これ、いくらで売れるんだろう。

そんな俗なことを考えていた、その時だった。


「……えっ?」


背後から、聞き覚えのある声がした。

それも、絶対にこの場で聞こえてはいけないはずの声だ。


「……紫灯、くん?」


心臓が、オークの突進を受けた時よりも激しく跳ねた。

俺は、ロボットのようなぎこちない動きで、ゆっくりと振り返った。


そこには、驚きで目を見開いた成瀬美緒が立っていた。

彼女の横には、ダンジョンドローンがふよふよと浮いている。


「その格好、その槍、その戦い方……」


成瀬の視線が、俺の銀の靴を、チェック柄スーツを、そして黒いマスクをなぞっていく。


「……やっぱり、あの動画の不審者って、紫灯くんだったんだ」


沈黙。

草原を吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえる。俺は、手に持っていた槍を、そっと地面に置いた。


「……違うんだ、成瀬さん。あの動画の不審者が何のことかは知らないけど…これはその、高度な情報戦というか…」


「……何の情報戦?」


成瀬の目が、ジト目へと変わっていく。


「…………とりあえず、学校では内緒にしてくれる?」


俺の情けない声が、午後の平原に虚しく響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ