年の瀬
師走に入り、やっと大滝の荘の分の年貢の集計が終わった。親父殿の計算直しも無事通過できて、大殿と秀時様の前に出て報告する。平年並みより一割ほど多いのは、夏が暑くて野分が少なく済んだからだろう。
「さて、これで今年も無事年が越せますな。で、上納金の分を為替にする買取はいつ来るのです、大殿。」
と親父殿が聞く。
「それよ。ここと出泉の分を合わせたのを、帳面の上で簑島の分とあわせて、あちらで出そうと思うのじゃ。あそこからなら尾張まで舟で米俵が運べる。」
「つまり、ここの米は、今は動かさない、ということでございますな。」
「そういうことよ。出泉の分もここで止めておく。食べきれぬ分は銭に替えるがの」
「なるほど。簑島では元から年貢米を舟で運んでおったそうですからな。川湊には商人が集まるもの。うまくごまかせそうですな。」
親父殿と大殿だけで話がわかって進んでいるようだが、拙には今一つ理解が追い付かない。
「えっと、親父殿。食べきれない米は銭に替えるなら、結局簑島まで運んだほうがいいんじゃないの…?」
「たわけじゃな、弥太。考えてみい、去年の上納金用の米はいつここを出た?」
「年明けの上納金を運ぶとき、ってああ、そうか。」
毎年上納金用の米は、山を越えて陸路で尾張まで運んで大奥様のご実家の伝手で銭にしてもらい、それを持って上洛していたのだ。今年の上納金は簑島の分を合わせるから、とても持って歩けるような金額ではない。安全のために先に為替にしてもらうのだ。でも亀井家が急に豊かになったと見せないようにするために、米は年明けにいつものように運び出すつもりなのだ。
「いつものように尾張まで米を運んで、上納金を持って都に行くのではなく、わしらが使う銭を持って大滝へ帰って来ればよいのよ。」
なるほど、仕組みはわかったが。
「じゃあ、正月の準備の銭は簑島の米の分から回ってくるんだね。」
と拙が念押しすると、
「いや、銭でなく品物を簑島で買い付けて、こちらへ運ぶ方が早いでしょう。どうですか、惣兵衛殿。」
と秀時さまが言った。
「おう、そのほうが手間はかからんが、問題は大奥様というか女子衆じゃな。」
着物やら小間物・荒物やらは女子衆の管轄だ。下手に手を出すと痛い目に合う。以前初めて簑島の川湊の市に行ったときに、女子衆にと買ってきた反物類は非難ごうごうだったのだそうだ。いわく「色は派手だが生地が粗雑で安物」だったのだとか。
「着物のたぐいはおなごどもに直に選ばせるのが一番じゃ。簑島の商人で、ここまで品物を運んで見せてくれるものがおらぬか捜してこい、秀時。後継ぎを生んでくれた嫁にも、褒美をやらねばなるまいて。」
「今年は金額の方は大盤振る舞いできますからな。正月の晴れ着をみなが新調してもよいと言ったら喜びましょう。お願いできますかな、秀時さま。」
と親父殿と大殿様から使命が秀時さまに下る。
「わかり申した。」
と秀時さまがうなずくと、なぜか拙を見た。え、何?
結局、光時さまから拙を一時的に借り受けるという形で拙が秀時さまについて行くことになった。
簑島の市は三と七のつく日に立つ。市の立つ日の早朝に出発した。寒さと眠さであくびばかり出るが、簑島まではもう慣れた道のりである。道中で話し合って、最初に別当のところへ寄って、兄の弥平と嫁のてる殿を連れてくることにした。二人に川湊の市に同行してもらって、よさそうな店を教えてもらおうというのだ。てる殿に入っていただくのは当然ながら男ばかりの目で見たのでは心元ないからである。うまく話がついたら、普請中の屋敷の様子を見て帰る、という段取りになった。
てる殿には拙も初めて会った。兄が言うには「口より手が速い」人なのだそうである。悪い意味ではなく無口なのだ。何もしゃべらないがやることはきりきりやる性格らしい。くりっとした目の、日に焼けた働き者らしいお人だった。市の方へは兄もたびたび出かけているので、目星はつくという。よかった。これならこの使命、なんとかなりそうだ。
てる殿がいうには、古着も売る店よりは、反物ばかりが並んでいる店の方が上等なのだという。てる殿が選んだ2つの店の主に大滝まで荷を運んで売ってくれないか交渉する。
「ご領主さまのご下命とあらば、喜んで行かせていただきます。お代は米でも銭でも構いません。」
と片方の店は二つ返事で了解したが、もう片方は、
「うちは本店が清州にございます。そちらで品物を入れ替えてから改めて行かせていただいてよろしければ、ぜひとも。ここにある品物はこの市で売るつもりのもので、ご領主の奥方様にお勧めできるものではございませんから。」
と言った。弥平が最初の店に
「おまえは市売りだけなのかい。」
と聞いたらそうだという。ならば本店がある方が品物は間違いないだろう、ということになった。日取りを決めて4日後に大滝へ来てもらうということにする。これにて使命終了だ。手伝ってくれたお礼にと、てる殿に一つ反物を選んでもらって拙が支払いをする。親父どのにもらっておいた軍資金だ。
「先に正月の支度ができたな、てる。よかったじゃないか。」
にこにこしているてる殿に兄が声をかける。兄のこんな笑顔は初めて見た。嫁を取るのってなかなかいいなあと思う。
秀時さまのお屋敷は棟上げが終わって、壁も一部できていた。今の大殿のお館よりも大きい。丘の上にあって、大滝から来るときは平たんな道だが、川湊の方からは一段高い。そのかわり簑島全体がひろく見渡せるところだ。今は冬枯れの野原だが、田畑が広がる領地を見下ろして暮らすのは、領主さまの館にふさわしいだろう。いいなあ、がもう一つ増える。
奏子姫さまのお住いも、年明けには棟上げをしたいものだと、ひそかに思った。来年がとても楽しみだ。




