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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
94/116

94.契約と理論



翌朝、朝食を終えて、小会議室に入った私は、カルメから本を受け取る。


今日の一冊目は『魔術工学研究事典』。


魔術工学は大型化、小型化、効率化、そして、同じ仕組みを利用して別の物を作るという応用を目指す研究が主なようだ。


全く新しい機構や技術を開発する研究もあるのだが、成功例は少ないらしい。


何故なら、大抵の魔術具はこれまでの技術の応用で作ることができるからだ。


そう考えると、発明というものが、どれだけ凄いことなのかが、朧気ながら想像できる。



二冊目は『魔術法学』。


魔術法学は法学の一分野ではあるが、薬学や工学と比べれば、それほど大きな分野ではないらしい。


魔術法学では契約と権利や義務の話、新たな魔術や等級外魔術を発見した時の技術の保護などに関する話が主だ。


そして、契約などの話から、転移時の許可の有無によって変化する消費魔力量の話に繋がるようだ。


魔力の提供や行使に対する対価を支払う契約について、ということだったが、ここまで話を進めてしまうと、魔術法学だけでなく、魔術理論にも絡んでくる話になるそうだ。


魔術法学の本では、主にどのような時にどのような契約が締結され、誰にどのような権利や義務が発生するのか、という話が、実際の例を挙げながら説明されていた。


これはあまり魔術とは関係がないのではないか、と思ったのだが、実際に契約を結んだり、権利を行使したりする時に、魔術が用いられるらしい。



それは契約魔術、と呼ばれる魔術の一種で、他の魔術とは少し毛色が違うらしい。


仕組みとしては、魔術具や陣を用いる魔術に近いのだとか。


魔力をインクとするペンか、魔力を含んだインクを用いて、契約内容を紙に書き、署名し押印する。これら全てに魔力を持たせることによって、魔術的な繋がりができるそうだ。


そうして契約内容に拘束力が発生するらしく、対価が書面に明記されている場合には、そちらにも繋がりが生まれる。対価には財産だけでなく、魔力や魔石も使えるそうだ。



契約魔術については大まかにしか、書かれていなかったので、もう少し詳しく知りたいな。


と思いながら、本を読み終えて、私は休憩のために、隣の執務室に戻った。


「オデット様。今日の本は如何でしたか?」

「魔術工学の本は問題なかった。けれど、魔術法学の本は気になることができた」

「何でしょう」

「契約魔術。これについて、もっと詳しく知りたい」

「ふふふ。やはり、法学の実例よりも、魔術の方が気になりますよね。あれは少々、特殊な魔術なのです」

「魔術だけど、術式操作はしないの?」

「文面のみで契約魔術を行使する際には、術式操作は必須ではありません。ですので、魔術具や魔術陣のようだとも言われるのです」

「うん」

「魔力を含んだ言葉は、魔術になりやすいです。その言葉、詠唱を形にしたものが魔術陣です。貴族や組織の紋章にも、魔術的な意味が込められていることが多いですから、魔術陣と似ている部分もあります」

「へー」

「ですから、言葉に魔力を込めて書面にして、魔術陣と似たような紋章や署名を記す、ということは、詠唱や陣を使うことと同じような効果を持つのです」

「じゃあ、本に書かれている詠唱や陣に魔力がこもっていたら、魔術が発動するの?」

「はい。ただ術式操作をしていないので、効果が薄まったり、発動しなかったりすることも多いです。ですが、きちんと術式操作をして、魔力を込めて、詠唱を紙に書けば、魔術は発動します。ですので、魔術書などには、魔力がこもらないような魔力保護の魔術がかけられていることが多いです」

「ふーん」


そうか。紙に書かれた詠唱でも、魔力を込めると発動してしまうことがあるんだな。

そしてそうならないように、陣や詠唱を書く紙には、最後に魔力保護を施すようだ。


「それに対して、契約魔術では、同様に魔力を込めて、魔術的な効果を発揮させるように書類を作りますが、勝手に書かれた通りのことが起こる無尽蔵なものではありません。例えば、誰かに本を譲る、という契約を交わしたからといって、契約を締結した瞬間に、本が勝手に自動的に、手元から消えることはない、ということです」

「うん」

「それでは、契約魔術の拘束力とは、どのようなものなのか、という疑問が浮かぶと思います」

「うん。魔術的な繋がりって何?」

「それが契約魔術が魔術具ではなく、魔術であるとされている所以なのです。実際に試してみましょうか」

「ん?うん」


ルクスは執務机から紙とペンを持って来た。そしてポーチから魔石を取り出す。


紙に何事かを書いていて、インクを浸けていないところを見るに、魔力をインクとするペンのようだ。


ルクスは書き終えると、その紙を私にも見えるように向きを変えて、ペンを差し出した。


「今、ここに簡単な契約を書いてみました。オデット様、こちらに署名をして頂けますか?」

「うん」


その紙には、ルクスが私に、魔石を使って、10000分の5の魔力を、私に譲渡する、ということが書かれていた。


私はペンを受け取って、名を署名する。


「っ!?」

「これで契約が締結されました。どうですか?」


私が変化を感じ取っていることが分かっているような目で、私を見るルクス。


名前を書き終わった段階で、私は不思議な感覚を微かに受け取っていた。


「これは…………術式?」

「はい。そうです」


私の答えに、ルクスは褒めるように微笑み頷いた。


「今、魔術を行使する際の術式の感覚と同じものを感じられていると思います。それでは、こちらをお受け取り下さい」

「うん」


私はルクスから魔力が込められた魔石を受け取る。その瞬間、術式の感覚が消え去る。


何だこれ。面白いぞ。


「ルクス。紙とペンを借りたい」

「はい。どうぞ」


私は先程の紙に続けて、同じような文言を書いた。


私がルクスに、魔石によって、魔力を譲渡する、という内容だ。


ルクスに文面を見せると、彼は頷いて署名してくれた。すると、また不思議な、術式の感覚がしてくる。



ふーん。契約魔術の術式って、こんな感じなんだ。



これで術式の感覚は掴んだから、口頭で契約魔術を発動できるのかな。


そう考えながら、私は魔石に魔力を込めて、ルクスに渡す。ルクスが魔石を受け取ると、すっと術式の感覚は消えた。


「ルクス。術式操作をすれば、口頭でもできる?」

「はい。私、ルクス・プリンシピウムは、オデット・ネヴァフ様に、10000分の15の魔力を、この魔石を使って渡します。了承して頂けますか?」

「うん」


ルクスが契約内容を口にし、私が了承したことで、契約魔術が発動する。そして魔石を受け取ると、それは消える。


「私、オデット・ネヴァフは、ルクス・プリンシピウムに10000分の20の魔力を、この魔石を使って渡す」

「はい」


契約魔術の術式を操作しながら、契約内容を口にする。

それをルクスが了承すると、魔術が発動して、あの感覚に包まれる。

魔力を込めた魔石を渡すと消える。


「契約魔術は発動時に、魔力を消費する。契約が完了するまで、効果が持続する」

「はい。書面では契約内容の文章量によって、消費魔力量が決まります。口頭では契約魔術を発動させた者が魔力消費を担います」

「消費量は下級魔術以下のほんの少し」

「はい。これも契約内容によって変化しますが、多くても下級魔術の球、一つ分には収まります」

「別の人が書いて、署名だけ、はできない?」

「はい。余人の魔力が混ざれば、その者も契約魔術の範囲内に入ってしまうので、他者は介入しないように、当事者のみで締結を行います」

「全部、自分で書くの?」

「はい。これが大変なのですよ」


ルクスは疲れたように苦笑した。


「契約によっては、特約、規約、附則、といったものが多くなりますから。文面を考えるのはその専門家や文官たちの仕事なのですが、書き写すだけでもかなりの作業になります」

「うん。大変そう」

「オデット様。契約書は必ず、全てに目を通し、全ての魔力が一致していることを確認してください。まぁ、大人になってから、の話ですが。今は何か、契約を結ぶ時には、誰かと相談してください」

「わかった」


確かに、別紙にこっそりと特約が設けられていたり、抜け穴があったりしても気付けないだろうからなぁ。


契約魔術についての講義を終えて、私たちは昼食を食べた。




その後は、いつも通りにルクスの研究室に向かった。


「それでは、今日は魔術理論の授業をします」

「うん」

「魔術理論では、消費魔力量と魔術の威力の関係、詠唱や陣の研究、等級外魔術の一般化、といった様々な研究を行っています。またこれまでに学んで頂いた、魔術薬学、魔術工学、魔術法学、これらも広い意味では、魔術理論に含まれます。まぁ工学や薬学は魔術実践の分野にも跨るものですが」

「うん」

「魔術理論に対して、魔術実践では、戦闘、薬品や魔術具の作成、といったことを行います。領域や分野に名前が付けられていますが、必ずどれかに収まるものではありません。全ては地続きになっていますからね」

「うん」

「実践は今後も時折挟みますが、基本的には理論を中心に学んでいきます。魔術は生活をしていく上でも、何度も使用するものですから、実践の機会は多いです。ですが、理論は学ぼうとしなければ、知らないままになってしまう者もいますからね。きちんと理論を理解して、効率的に魔術を行使しましょう」

「うん」


ということは、ルクスは理論だけでなく、実践もできるのか。凄いな。


私が尊敬の眼差しを向けると、ルクスは照れたように苦笑した。




ルクスは『魔術理論基礎』という本を持って来て、それを一緒に読みながら、解説をしてくれた。


基礎魔術の下級の一般的な消費魔力量とその効果。


どのくらいの魔力量で、どのくらいの密度、規模の球ができるか。


そして生成後の魔力操作に必要な魔力量と、どのくらい消耗するのか。


「霧状に細かくするほど、より多くの魔力で操作する必要があり、生成時の消費魔力も多い」

「はい。そして、形状を変化させても、総量が同じなので、消失させる時の必要な魔力量も同じになります」


生成後に温度や含有魔力量、密度を変化させるには、形状を変化させる時以上の魔力を必要とする。


「球を生成した後に壁に変化させるよりも、最初から壁を生成した方が、消費魔力量は少ない」

「はい。しかし、基本形が壁になります。壁を変化させる時には、球を変化させるよりも、必要な魔力量が多くなります。ですので、最初から変化させることを決めている時には、球を生成した方が効率的です」

「うん」


基礎的な内容の本だったが、ルクスが本に書かれている以上の情報を話してくれた。


私の覚書を書く手は止まらず、そしてルクスの頁を捲る手も止まらなかった。


時折、質問を挟みながら、本を読み終えたところで、夕食の時間になった。


私は夕食を終えて、自室に戻り、いつも通りに日記を書いたり、お風呂に入ったりして、寝台に入ったのだった。



お読み頂いている皆様、いつも、ありがとうございます。

先日、2026年4月17日(金)に、この作品が累計5,000pvを達成しました。

誠にありがとうございます。

活動報告と、番外編を投稿しましたので、宜しければご覧ください。

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