73.等級と火球
ルクスがお仕事を終えて、こちらにやってきた。
「オデット様、そろそろ昼食のお時間なので…………」
「うん。下級は終わった」
「流石ですね。それでは、午後は下級魔術の実践をいたしましょう」
そう告げたルクスに私は頷きながらも、目の前の本に視線を落とす。
気になっていることがあるのだが、昼食の時に聞いても良いのだろうか。
あまり長い話になるのであれば、午後にした方が良いだろうし。
悩まし気な表情をしている私を見て、ルクスは何故か嬉しそうに笑った。
「ふふふっ。魔術の等級についても、午後にお教えいたしますよ」
「っ!…………うん。気になってた」
「ですよね」
私が疑問に思ったこと、思い悩んでいたことをさらりと言い当てたルクスは、そう告げて魔術書を本棚に戻しに行った。
その背中を見ながら、ぼんやりと、何だかルクスは私の考えを言い当ててくれることが多いな、と思った。
皆で食堂に向かい、ウィテハの昼食を頂いた。
その時にふと思ったのだが、この食事を詩人が詩にすると、どのような感じになるのだろう。きっと、よく分からない例えが並ぶのだろうな。
昼食を終えた私たちは、いつもの第三屋内訓練場に向かった。
カルメたちは少し離れたところで待機している。
私はルクスの横に並ぶのではなく、目の前に立って、彼を見上げる。
魔術の実践の前に、まずは疑問を解決したい。
そんな私の様子にルクスはくすりと笑みを零した。
「それではオデット様。魔術の実践の前に、午前中にお読み頂いた魔術書について、解説をしましょう」
「うん。あの等級って何?」
「元々はただの区分だったそうですよ。魔術を習い始めたばかりの者によって、扱い易いものから、扱い難いものを程度によって分けただけの」
「今はそれだけじゃない?」
「はい。その後、等級の考え方が広まり、浸透し、一般的になり、形骸化し、と変遷を経て、今は等級重視の価値観が広まっています」
「等級重視って何?」
「等級を重視する者たちは、例えば、同じ火の魔術であっても、火球と火の壁は別物だと考えます。そしてそこには絶対的な威力と難易度の差があると信じています」
「ふーん」
「魔術を学んでいれば、そうではないということに気付く者も多いのですが、習い始めの者にはその差異は気付き難いでしょう」
「そうかも」
「下級魔術の火球であっても、極めれば上級にも劣らない攻撃をすることができます。午前中にオデット様にお読み頂いた魔術書は、きちんと等級の意味を理解している著者が書いたものですから、下級魔術は扱い易いものばかりだったでしょう」
「うん」
「しかし、世の中には等級重視の者が書いた魔術書もありまして、そのような本は魔術の威力で分類されていたり、現象の派手さが基準になっていたりします。どのように分類されている魔術書を教科書として選ぶかは、教師次第なので、少し注意が必要なのです」
「うん、確かに」
なるほど。魔術をどう分類するかは、人によって違うんだな。
まぁ、派手さは兎も角、威力で分けるという考えも分からなくはない。
ただ、それだけの威力のある攻撃をしようと思うと、自然と難易度が上がるので、結局は扱い易さで分ける方が良いと思ってしまうのだ。
「昨日の魔術の練習で、火球だけでもかなりの幅があることが分かったから、その全部を下級で習得するのは難しいと思う」
そう。扱い易いからと言って、それで完璧にできるようになるとは限らないのだ。
先程もルクスが言っていた通り、火球の魔術であっても、上級の火の魔術に劣らない攻撃ができるようになる。
上級の魔術に劣らず、それを凌ぐほどの火球を作るためには、やはり練習が必要になる。
あの魔術書の分類は、基本的な最低限の魔術の発動ができるという基準で分類されているので、それ以上の応用はまだまだある、ということだろう。
「そうですね。ですが、オデット様は魔力量もありますし、魔力操作もできているので、かなり習得されていると思いますよ」
「でも、完璧じゃないんだよね?」
「はい。後は形状と威力、ですね」
「形状、は確かに分からない。けれど、威力については少し気になったことがある」
「何でしょう」
「高温の火と、高魔力の火は違う?」
私の質問にルクスは褒めるように微笑んだ。
「その通りです。高温にするには魔力を多く込める必要がありますが、高魔力だからと言って、高温になる訳ではないのです。要は魔力の密度の問題ですね」
「魔力の密度?」
私がそれは何だろうと首を傾げていると、ルクスは両手の上に火球を出現させた。
右手には黄色い火、左手には私の身体と同じくらいに大きな火。
どちらも同じ量の魔力が込められているのが分かる。
「そして、これをこのように圧縮していくと…………」
ルクスは左手の大きな火をどんどん小さく圧縮していく。
すると、火球は階位が上がっているようで、赤、紫、青、緑と、どんどん色が変化していく。
「このように黄色い火球を作ることができます。勿論、逆のこともできます」
なるほど。魔力の密度が階位の色に関係しているのだな。
と頷いたところで、ルクスは火球を更に変化させた。
「形状については、主に球、壁、槍、刃、嵐、の形が一般的で、そして詠唱が存在します」
「ん?詠唱が存在しない形を作れるの?」
「はい。オデット様も既にできるようになっています」
そう言ってルクスは四角い水球を浮かべた。それを見て、私はそういうことかと頷く。
「このように魔力操作によって好きな形に変化させられるので、完璧に習得する、ということは難しいのです」
「詠唱がない形と、詠唱がある形があるのは何故?」
「その理由は判明しておりませんが、現状では、四角い水球は丸い水球だと魔術的に見做されているという説、古代にそのような魔術が発明されなかったからという説、古代には発明されていたが失われたという説などがあります」
「ふーん」
分からないのであれば、仕方ない。
私が曖昧に頷いていると、ルクスは話を戻して説明を続けた。
「大抵の魔術理論では、基礎魔術の球は下級、壁と槍は中級、刃と嵐は上級に分類されます。これは魔力の消費量と術式操作の難易度でこのように設定されています。オデット様でしたら、上級の魔術でも難なく扱えるでしょう」
へぇ、そうなのか。まだ魔術書は下級の部分しか読んでいないのだが、難なく扱えるというのであれば、今後が楽しみだ。
「そして、先程も似たようなことをお教えいたしましたが、中級程度の消費魔力量でも、上級である刃の形は作れます。ですので、魔術を行使する際に重要となるのは、魔力と術式の操作になります」
「うん」
「それと、このように黄色の火球を簡単に作るのは、一般的には難しいとされている技術です。ある程度の魔力量が必要ですし、魔力操作もできないといけませんから」
「小さくすれば、今の私でも作れる?」
「そうですね。小さい方が操作しなければならない魔力量が少なくて済むので、小さなものから始めていった方が良いでしょう。ただ小さくする分、繊細な魔力操作が必要になるので、それぞれに長所と短所がある、という感じですね」
「ふーん」
ルクスから一通りの説明を聞いた私は、実際に魔術の練習をすることになった。
基礎魔術である火、水、土、風、これらの形状と魔力量を変化させたり、壁、槍、刃、嵐の魔術を発動させてみたり。
色々な魔術を沢山、発動していった中で、ルクスが目を輝かせて、褒めてくれたのが、人差し指の先に灯した小さな白い火だった。
頬を紅潮させて、目をきらきらとさせながら、それをあの的に投げてみてほしいと言われた私は、その期待を裏切れず、そして的に投げるくらいなら、と軽い気持ちでそれを放った。
その結果、本気で怖くなるくらいの、結構な爆発が起こってしまった。
ルクスはあまり驚くことはなく、それどころかとても興奮していたが、私は予想外の爆音と爆風に、慌ててルクスの影に隠れてしまった。
ルクス、ごめん。でも怖いから無理。
ルクスを盾にしてしまって申し訳ないのだが、ここは私の教師として守ってほしい。
そして直ぐにこちらに駆けつけて来た皆によって、私たちは叱られてしまった。
皆に物凄く心配され、注意をされてしまい、私は大変申し訳なく思っていたのだが、ルクスは未だ興奮冷めやらぬといった様子で、明らかに先程のことを考えているのが分かる表情だった。
そのことで更に皆に叱られることになってしまった。
うん、ルクス。いい加減、落ち着こうね?
余程のことがない限り、白色の火球は使用しないようにしようと、私は心に誓った。




