72.総覧と下級
「これから、何か変わる?」
召喚事件の犯人が分かったところで、現実的に何か生活に変化があるのだろうか。
そうルクスに問いかけると、彼は緩く首を傾げて答えた。
「いえ、特に変化はないと思いますよ。術者の所属していたソラレ・セリセは、公式的な組織ではありません。国もその存在を正式に認可していません。ですから、彼らに処罰が下ることはありません。というか、そもそも処罰することすら難しいですね。何せ、拠点や活動場所すらわかっていませんから」
「なるほど」
「ただ、オデット様が召喚されたということがソラレ・セリセに伝われば、オデット様の身に危険が迫ることになるかもしれません。彼らにとって、オデット様が召喚されたことは実験としては成功でしょうから、そのオデット様を使って更なる実験をしたり、解剖をしたり、と考えるかもしれません」
「でも、情報は制限しているよね?」
「はい。ですが、推測で当てられる可能性はあります。彼らはいつ召喚を行ったかを把握しているでしょうから、その時期に協会で保護された少女という事実だけで、オデット様に手を出す可能性もあります」
そこまで言われてしまった私は、少し不安が湧き出てきてしまい、眉を下げる。
すると、ルクスは努めて穏やかに、問題ないと告げてくれた。
「オデット様の情報はかなり制限していますから、直ぐ様の危険はないですよ。オデット様はこれまで通りに過ごして頂いて大丈夫です」
「うん」
ルクスがそう言うのであれば、そうなのだろう。
まぁいいか、と私はソラレ・セリセのことを、頭の隅に追いやって、目の前の朝食に思考を戻したのだった。
朝食と食後のお茶を終えた私たちは、ルクスの執務室に向かった。
そこでルクスとジュネたちとは分かれて、私とカルメはいつものように、隣の会議室に入った。
いつもの席に座って、紙とペンを用意した私は、カルメから本を受け取った。
一冊目の題名は『古代魔術語3』。
昨日の続きだ。続きの内容と言っても、難易度が上がっているような感じはしなかった。
ただ少し複雑な文章が出て来たり、新しい単語が出てきたりするだけだ。基本の読み方は1で学んだ通り。
私は難なく本を読み終えて、カルメからの確認問題を解いた。そして次の本を手に取る。
二冊目の題名は『古代魔術語4』。
うーん、まだ続いたのか。
そう思いながら本を開くと、文章が長くなっているだけだった。
何だ、新しい文法はないのか、と思いつつ読み進める。
時々出て来た新しい単語を覚えながら、本を読み終える。
確認問題も解いたところで、さて次の本だ。
三冊目の題名は『スナセト』。
著者のラヴェリェという人が書いた詩集のようだ。
他の本と比べると格段に薄いが、内容の理解は他の本よりも格段に難しかった。
常識がない所為で、比喩と比喩ではない部分の区別が難しく、一つひとつ意味を考えて調べて、という作業が必要だったのだ。
しかし、詩自体の表現や言葉遣いは綺麗だと思った。私にはない観点の表現で、新鮮で面白い。
私は日の光を優しさの源だと思ったことはないし、雨の降る街を努力の隠れ家だと思ったことはないけれど、そういう感性は素晴らしいものだと思った。
三冊の本を読み終えたところで、休憩の時間になった。
執務室に戻ると、ルクスもちょうど一息ついているところだった。
「オデット様。申し訳ございませんが、この後はこちらの魔術書を読んでお過ごし頂けますか?」
とても悲しそうな表情のルクスは、そう言って一冊の分厚い本を取り出した。
題名は『詠唱魔術総覧』。著者はヌデラディ。
題名から推測するに、この本に詠唱魔術の全ての詠唱が書かれているのだろうか。
「読むだけ?」
「いえ、この部屋で実際に魔術を発動させてみてください。それぞれ、詠唱、略式詠唱、無詠唱でできるように」
「分かった…………ルクス?」
ルクスからの課題に頷いた私は、ルクスがとても悲しそうな表情で溜息まで吐いていることが気になった。
大丈夫なのかと首を傾げる私に、ルクスはやはり悲しそうに気落ちした表情のまま、理由を告げてくれた。
「いえ、私の仕事が終わらないばかりに、オデット様に魔術をお教えできないとは…………本当に不甲斐ないです」
「えっと、午後は実践?」
「はい、その予定です」
「じゃあ、午後はしっかり教えて」
「はい!それまではその本を読んで、使える魔術を増やして頂ければと」
「うん」
「カルメ、リグネウス。オデット様を頼みます」
「畏まりました」
「承りました」
おぉ。どうやら、二人が私の魔術の練習を見てくれるようだ。
前に話してくれた魔力暴走や暴発が怖いからね。
休憩を終えたルクスは、とぼとぼと執務机に戻って行った。
それを見送った私は、早速、魔術書を開いた。
最初に書かれているのは、下級魔術というものらしい。
魔術は下級、中級、上級、特級、等級外、の主に五つに分類されるらしい。
ルクスからはそのような説明は一言も聞いていないのだが、まぁこれは、魔術師によって分類が違うのか、そもそも分類する意味があまりないのかもしれない。
まずは下級魔術からだ。
昨日教えてもらった水、火、土、風。これらの球を発生させる魔術。これらは下級に分類されている。
他には、例えば魔力定着の魔術があるようだ。これはマスキを作成する時にルクスが唱えていたものだ。
魔石や魔力を通す物に魔力を含ませて、それを定着させる魔術。定着させなければ、その魔力は時間をかけて霧散していくそうだ。
定着させれば、魔石の摩耗や消耗以外では魔力が減らない。
それも完全な物ではないらしく、ごく微量の魔力は霧散しているため、精確さが求められるような場合にはその霧散する魔力量も考慮するように、と書いてある。
私は早速これを試してみようと、カルメの方を向いた。
「カルメ。魔力定着をやってみたい」
「畏まりました」
私の言葉に返事をしたカルメは、腰に提げている小さな鞄から小さな魔石を取り出した。それは透明に近い色をしている。
そう言えば、ルクスやジュネも腰に小さな鞄を提げているな。魔術師は皆、身に着けているのだろうか。
私はその魔石を受け取って魔力を込める。そして、本に書かれた詠唱を読み上げる。
「我は世界に求める。汝にこの魔力を与える。マギカパーレ・セタリス」
うん。出来た、と思う。魔術が発動した感覚があったし、魔石の魔力は動かなくなっている。
えぇと、それで、これを戻す魔術は…………あった。
「我は世界に求める。汝よりこの魔力を奪う。マギカパーレ・モヴェ」
うん。これも成功だな。これで魔力を回収できるようになる。
それにしても、定着の魔術を掛けても私の魔力はそのままで変質しないんだな。いつも通りに回収できる。
それから私は、略式詠唱、無詠唱と繰り返して魔術を発動させ、魔力定着と魔力移動の魔術を覚えた。
次は回復魔術の下級だ。これは軽度の切り傷、擦り傷、火傷といった外傷を治せるそうだ。
うーん、どうやって試そうか。ここには怪我人はいないし、かと言って自分で傷を作るのは怖いし。取り敢えず、詠唱してみるか。
「我は世界に求める。汝に癒しを。ヘラニゴ」
私の魔力の色である白い光が、私の手から降り注いだ。対象は指定していないのだが、術式が発動した感覚はあったし、魔力も消費されている。
これで成功ということだろうか。
そんな曖昧な感じで、私は略式詠唱と無詠唱でも使えるようにした。
次は身体強化と呼ばれる種類の魔術だ。
これは筋力や五感を強化できる。これらの魔術は最後の言葉以外は同じ文言の詠唱のようだ。
これも詠唱、略式詠唱、無詠唱と覚えていった。最初に流した魔力の量によって、強化の度合いが変化するようだ。
うっかり魔力を多めにして聴覚を強化してしまい、一瞬で頭痛と耳鳴りに襲われてしまった。
これは加減に気を付けなければならないな。カルメに凄く心配をかけてしまった。
そして解除の魔術も覚えた。これはマスキの時にも使用しているカネラが詠唱の言葉だった。
それから光の球を発生させる魔術。これは簡単だったな。火や水の球と何ら変わりはない。
他には魔力回復薬とかを作る時に使用する融解、融合の魔術。マスキを作る時に使った記録、認識の魔術。
これらはカルメに魔石を貰って、覚えていった。この魔術が使えれば、何かが作れそうだな。まぁ、何が作れるのかは全く分かっていないけれど。
そして結界魔術と呼ばれる種類の魔術の中で、下級に分類されている障壁の魔術。
詠唱はバレリエだ。よく分からないままに唱えてみると、白っぽい透明の壁が、思った場所に、思った大きさ、形、厚さで出現した。
うーん、これは良いぞ。出現させた場所から移動させたり、大きくしたりといった変化をさせる時に魔力を消費するようだ。
それから遮音と遮像。これも何を遮るかで違うだけで、似たような魔術だった。
そうしていくつか魔術を覚えたことで気が付いたのだが、魔術には解除するものと、消失させるものという違いがあるようだ。
解除は何等かの効果が持続している時、つまり身体強化などの魔術に使用する。
消失は、出現させるという一つの魔術で完結している時、つまり火球や水球などの魔術に使用する。
という法則のようなものが分かったところで、下級魔術の章は終わった。
何だか、下級魔術だけでこの本の三割程度を読み進めてしまったのだが、本当に等級外魔術まで載っているのだろうか。
もしや、等級が上がるにつれて、習得する魔術の数が減るのだろうか。
そんなことを考えているうちに、昼食の時間になったようだ。
ブクマ、評価して頂き、ありがとうございます。とても嬉しく思います。
お読み頂いている皆様も、いつも、ありがとうございます。
活動報告を投稿しました。
内容はちょっとした、今月の振り返りと、来月の予告です。
宜しければ、ご覧ください。




