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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
116/116

116.八歳の誕生日(閑話)

今回は閑話です。



終始祭の翌日。


私は新年を迎えた。


今日はセヴェの日ではないのだが、毒慣れはお休みらしい。



何せ、私の誕生日なのだから。



しかし、そう言われても、あまり実感が湧かない。


年をとって八歳になっても、髪が伸びるとか、背が伸びるとか、何か変化が起きる訳ではないからだ。


ただ、年齢というのは大事なもののようで、16歳になれば成人だとか、八歳前後で毒慣れを始められるだとか、そういう話は耳にする。


でも、やっぱり、私の何かが変わるわけではないので、周囲からの見られ方が変わるということなのだろう。



そうしていつも通り、身支度を終えた私は、いつも通りに朝食を取った。


朝一番にルクスやジュネ、カルメにおめでとうございます、とは言われたが、それ以外は普通の朝だった。


ルクスとジュネはその後、軽く仕事を済ませ、その後は一緒にお喋りをした。




そして普通の昼食を済ませた後、私は初めての場所に来ていた。


「それではオデット様、早速始めましょうか」


今いるのは協会内の厨房の一つ。



いや、厨房って何個もあるの?


と思ったが、祝福の少ない食事を別で作ったり、味や匂いが混ざらないようにしたりするために、幾つか厨房があるらしい。


その内の一つを私たちが貸し切っていた。



それ程広くない部屋だが、一通りの設備は整っているしっかりとした厨房だ。


見たことがない設備が沢山あるし、知らないものが沢山置いてある。


私はきょろきょろと周りを物珍しく見渡した。


「ルクスは料理するの?」

「偶にですが、しますよ。野営もしたことがありますし」


ルクスの意外な一面を見れたようで嬉しいが、不安ではある。


料理人でもない貴族のルクスが、料理をする、ということに首を傾げない者はいないだろう。


それに加えて、今日は料理をしたことがない、厨房に来たこともない料理初心者の私がいるのだ。


お荷物どころか、お邪魔だろう。


そう思って、少し引け目のようなものを感じている不安な表情をしていると、ルクスは安心させるように笑みを浮かべた。


「誰にでも初めてはあるものです。私はオデット様と一緒に料理をできることが嬉しいですよ」

「…………うん。ありがとう。でも、何で料理なの?何を作るの?」

「お誕生日には、手作りの料理を渡すと良いそうですよ。でも折角なので、一緒に料理をしてみようと思いまして。そして今日は、ケーキとクッキーを作ります」

「どうやって作るの?」

「レシピは料理長たちに教えてもらいましたよ。こちらに書き留めています」


クッキーは普通のものとチョコレートを入れるものを作るらしい。


材料は小麦粉、卵、砂糖、バター、クリーム。


至って単純で、なるべく簡単なレシピにしてもらったらしい。


私は手を洗い、エプロンというテーブルクロスのような色の布を服の上から身に付け、頭にも同じ布でできていると思われる布を被った。


何だか、調合の時に着る上着に似ているな。ということは汚れないようにするためだろうか。




そうして準備が出来たところで、私たちはルクスに説明を求めた。


「まずはバターをよく混ぜます」

「何と混ぜるの?」

「バター、ですが…………?」


ルクスの言葉に首を傾げると、ルクスにも同じ動作をされる。


早速行き詰った、というか会話が噛み合っていない私たちに、カルメが間に入った。


「バターを空気を含ませるように混ぜるのです。今は塊のようですが、マヨネーズのようになるまで、泡立て器で混ぜます」


そう言ってカルメが見せてくれたのは不思議な形をした道具だった。


下から見ると、光の模様に見える。

これが泡立て器、というのか。

というか、カルメも料理ができるんだな。


カルメの説明にルクスも私の分からないことが分かったのか、得心がいったように頷いている。


私は言われた分量のバターを金属製の丸い器に入れて、そこで固まった。


「えっと、混ぜる、のは、調合でしかやったことがないんだけど、乳棒とは違うし、これはどういう風に使うの?」

「え?あぁ、これはこのようにして…………」


ルクスがお手本として泡立て器を使って見せてくれた。


うん、結構激しく動かすんだな。大変そうだ。


「やってみる」


バターが硬い所為か、混ぜるのが大変だ。


泡立て器も乳棒より断然重くて大きいため、混ぜにくい。


うん、混ぜにくいんだけど…………これで使い方は合ってるんだよね?




私はあまり変化のないバターを黙々と混ぜ続けた。


その間にルクスたちは砂糖や小麦粉を計量しているようだ。


私の方はカルメが側で見守ってくれている。


「そろそろですね。オデット様、一度、手を止めてください」

「うん」


このくらいで良いのか。


そう思って、柔らかくなったバターを見ていると、カルメが計量し終えた砂糖をバターの上に入れた。


「それでは、また混ぜて下さい」

「うん」


少しの休憩を挟んだ私は、再び泡立て器でバターを混ぜた。


今度は、二つが馴染んだところで、混ぜるのは終わりらしい。


直ぐにもう大丈夫ですと声をかけられ、私は手を止めた。




そして今度は橙色のぷるんとした何かが加えられた。


「なにこれ」

「卵の黄身ですよ」

「卵の黄身?卵の黄身って分けられるの?どうやって?」


訳が分からない。


という表情でルクスに問いかけると、ルクスはお皿に卵を割って見せてくれた。


卵って白い器に入っているんだね。

白い器は殻というらしい。

うん、図鑑で読んだことあるかも。

それにしても、器、いや殻は使い捨てなんだね。勿体ない。

お皿みたいに洗ってもう一度使えれば良いのに。


納得がいかないような表情をしていた私を訝しんだルクスに、そう告げると、ルクスは面白い発想ですね、と笑って、殻にも使い道があるのだと教えてくれた。


肥料にしたり、薬にしたり、厨房では汚れ落としに使ったりもするそうだ。つまり、消耗品なんだな。


次にルクスは卵の黄身をスプーンで掬い、白身を残して、黄身だけをバターと砂糖の入った器に入れた。


「こうして、黄身と白身に分けられるのですよ」

「白身はどうするの?」

「実は白身だけを使うお菓子もあるのです。ですので、今回余った白身はこのまま料理人に渡します」

「ふーん」

「また機会があれば、白身だけを使うお菓子も作ってみましょう。それではボールの中を混ぜて下さい」

「うん」


この金属製の器、ボールと言うらしい。また新しいことを知ったな。


私はルクスの言葉に頷いて、黄身を混ぜる。


「それでは泡立て器は、ここで終わりです。次は小麦粉を加えて、この木べらでさっくりと混ぜます」

「さっくり?」

「切るように、とも言いますね。捏ねないように混ぜます」


説明しながら、ルクスがやってみせてくれる。


確かに、小麦粉がさくさくと音を立てている。

刃を立てるように、切るように混ぜる、という表現が正しいのも分かる。


私はルクスから木べらを渡され、見様見真似でさっくりと混ぜる。


ルクスに上手ですよと褒められて嬉しくなった。


料理は小さい成功の積み重ねなんだな。


「それではこの生地は保冷庫で休ませます」

「えっと、保冷庫ってあの?休ませるって?」

「はい。保冷庫は魔術工学や機構の本にあったような魔術保冷庫と、普通の保冷庫があります」

「フィラセみたいに?」

「そうです。そして、生地を休ませる、というのは、保冷庫で一定時間保存することです。こうすることで生地が硬くなって扱いやすくなり、食感が良くなります」

「生地が硬いと扱いやすいの?」

「例えば水を想像してみてください。液体のままでは掴めませんが、凍らせると掴めるようになりますよね」

「なるほど。食感が良くなるっていうのは?」

「簡単に言うとサクサクほろほろになります。休ませていないものは固くぼそぼそになります」

「へー」


クッキーの食感かぁ。あまり気にしたことがなかったな。

今まで食べたものはどれも美味しかったから。


保冷庫にボールを入れて、私たちはもう一度、おさらいするように、クッキーの生地を作った。


こちらにはチョコレートを刻んだものも入れて、同じように保冷庫に入れた。




「それではケーキの生地を作ります」


まずはボールに卵を入れ、砂糖も入れる。


「そして、こちらは魔術混合器を使用します」


魔術混合器。確か、これも機構集にあったような…………


効果としては一定速度で回転するだけの割と単純な機構だった。


「ん、これって泡立て器?」

「はい。泡立て器を高速で回転させます」

「へー」

「人間の手でするのは大変な作業ですから。この混合器は流す魔力量によって速度を変化させることができます。魔術回路の許容量を設定し、消費魔力を一定にさせることで無駄な魔力消費を減らし」

「ルクス様、今はケーキです」


機構について語り始めてしまったルクスをジュネが慌てて止める。


私は、機構集を思い出しながら、ふんふんなるほどなるほど、と聞き入ってしまっていたので、ジュネが見かねて間に入ったようだ。



次話は閑話となります。


ブクマして頂き、ありがとうございます。

お読み頂いている皆様も、いつも、ありがとうございます。

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