銀の国シュトラール編『救出』
宿屋に向かうまでの間に王から返信があり、無茶をするなと心配されたが、
『無茶でも何でも行動しなければ事態は好転しません。一緒に行動してくれている人物に簡単に命を捨てるような真似はするなとたしなめられているので、私も無事に帰ります』
『今から宿屋に入りますので、以降こちらからの連絡を待ってください』
そう返した。
「う~ん……やだあ。まだ飲むぅ~!ねえ、ここのお店なんか静かだね~。水割りちょ~だぁぁぁい!」
宿屋に入るとヴィアがランドルフにしなだれかかり、酔ったふりを始めた。そういう予定になっていたとはいえ突然首に腕を投げかけられ、ランドルフは内心軽く動揺していた。不愛想でキツい物言いもあり、今まで親しくした女性など数えるほどしかいないので、これまで女性と密着した経験があまりない事と、ヴィアの背が高いこともあって顔が近いのが原因だ。その動揺がうまい具合に困り顔に見えたのか、宿屋の主人が気遣わしげにランドルフに顔を向けた。
「その女性はこちらに宿泊中の方ですね。送ってきてくださったのですか」
「ああ。酔って道端で寝ようとしていたので捨ててもおけなくてな。聞くとここに泊まっていると言うので連れてきた」
「それはお疲れ様でした。後は私共が引き受けますので王子は……」
「えーっ?!やだぁ!私このお兄さんと飲むのぉ!」
「お客様。この方はシュトラールの……」
「構わん。これ以上騒がれても困るだろう。俺が部屋まで連れて行って落ち着くまで介抱する。何号室だ?」
「よろしいのですか?」
「俺が女性を宿屋に連れ込んだという噂を立てられると困るが、先刻も言ったように捨ててもおけんしな。拾った責任を取ってそれくらいはする」
そう言ってヴィアの腰を支え、部屋の方へと向かう階段を上っていった。上って行きながらも「わーい!飲もう飲もう」と騒いで酔っているアピールを続け、件の部屋に近付いていく。そこでヴィアの耳が男達の声をとらえた。
『騒がしいな。女の酔っ払いか?』
『見張りも暇だし引っ張りこんで遊んでやるか』
「王子様。昨日の人達がいる。どうやら見張りは暇だから酔っ払いの女を引っ張り込んでエッチな事をするつもりみたい。これ、使えるね」
ヴィアはそうランドルフに耳打ちした。当然ランドルフはぎょっとして耳打ちを返す。
「使えるとは?どうするつもりだ」
「見張りがついているという事はヴァージル王子がいるのは確実でしょ?もう王子様が中に入ってヴァージル王子を救い出すのは既定路線になった。その際多少やり易くする為に私が中の人達を誘惑するから、そちらに気を取られている隙に王子の身柄をキープして。それが一番危険がない方法だから」
「なっ!」
「しっ!あの人たちがドアに近付いてきた。王子様は一度私の部屋に隠れて」
ヴィアはランドルフを自分の宿泊している部屋へと押し込んで、自らは男達の部屋へと向かった。間もなく中から二人の男が出てきて、いやらしい笑みを浮かべながらヴィアを見た。
「おっ!思ったより若いな」
「う~ん?なあに?お兄さん達。私と一緒に飲んでくれるのぉ~?」
「ああ、いいぞ。一緒に飲もう。部屋に来いよ」
出てきたのは男二人。その二人はヴィアの肩に手を回し、あまつさえ一人の男は彼女の胸元へと手を持っていく。その様子をドアの隙間から覗いていたランドルフは飛び出しそうになったのを何とか堪えた。三人が部屋の中へと入っていくのを確認し、ランドルフは足音を立てないようにして部屋の前まで移動し、聞き耳を立てる。
「やぁ~ん。飲もうよ~。エッチはその後~」
「お、お姉さんノリがいいな。みんなで楽しもうぜ」
「みんな~?いっぱいいるのぉ?あまり多いと疲れるからやだぁ~」
「大丈夫だって。3人だけだから。な?」
「3人?じゃ、いっか~。でもまずはお酒ね~」
「OK、OK……って、ん?お前本当に酔っているのか?酒の匂いしねえし、顔も赤くないぞ」
マズい、怪しまれたかと剣に手を掛け、いつでも飛び出せるようにランドルフは身構えた。が、
「そりゃそうだよ~。お酒ちょっとしか飲んでないもん。昨日飲みに行ったところで~、いきなり知らないおじさんに無理やり薬か何か飲まされて~犯られちゃったのぉ~。エッチが気持ちよくなる薬って言ってた~。それからずっとこうだよ~」
などとヴィアが平気な顔をして言う。上手い言い訳ではあるが、よく咄嗟にそんな事が思い浮かぶなと感心するやら聞いている方が恥ずかしくなるやら。いずれにせよ大した根性である。
男達はヴィアの言葉を信じたようで、ドアの隙間から見える顔は生唾を飲み込む音が聞こえてきそうな下卑た笑いを浮かべている。一種の興奮剤のようなものを飲まされたと聞いて、好き放題出来ると考えているのだろう。これではたちまち襲われかねないと考え、ヴィアの狙いがそうなのだと気付く。
(ヴァージルの身柄を確保し易くする為に誘惑すると言っていたな。気を引くくらいの意味で捉えていたが、襲わせるつもりだったのか)
無茶でも何でも行動しなければ事態は好転しない。自らが言った言葉だが、現状無茶をして体を張っているのは無関係の彼女だ。ならばせめて確実にヴァージルを救い出さなければ彼女の厚意が無駄になってしまうと、改めて気を引き締めた。
男達の部屋の扉は薄く開けられていて、すんなり中に入る事が出来た。人質がいる以上、鍵も閉めずに出入りするほどの間抜けは晒さないであろうから、恐らくヴィアがそうしたのだろう。どこまでも気の回る女性だ。
(…………ヴァージル!!)
廊下の陰から身を隠しつつ中を確認すると、目と口にテープを貼られ手枷と足枷を付けられ床に転がされているヴァージルが目に入った。ここからでは目立った外傷はなさそうに見えるがぐったりとしている。そしてヴィアはベッド上で男達に脱がされているところだった。彼女はランドルフに気付き、軽く頷くと、
「あ……ダメ。そんな気分になってきちゃったぁ」
と自分に群がる三人の男の頭を両手足を使って自分の体に押さえつけた。
「お姉さん、すげーいい匂いするじゃねえか。なんだ、これ?」
「知らな~い。興奮するとなんかぁこういう匂いが出る体質なんだって~。育ててくれた人がぁ言ってた~」
「育ててくれた人ぉ?親いねーのか。可哀想になあ。随分慣れているようだし、お前、その育ててくれた人とやらに散々こういう事やらされていただろ。いいぜ。代わりに俺達が可愛がってやっから」
「ほんとぉ~?嬉し~」
ヴィアは娼婦さながら男達に絡みついて自分に集中させる。その隙にランドルフは体勢を低くしてヴァージルに近付き、目と口のテープを剥がした。
「いいぞ、ヴィア!」
ランドルフの声に男達が驚いて振り返ったと同時にヴィアは枕元に無造作に置いていた剣を抜き、聞き取れないほどの速さで何か呟くと指を切り瞬く間に男達を斬った……ように見えた。が、彼らに斬られた痕はなく、ただ気を失っている。
ふぅ……と息を吐いたヴィアは半脱ぎにされた服を整えてベッドから下りた。
「兄上!何故ここが。それにこの方は……」
「ヴァージル!ケガはないか?」
「二人とも。悪いけど無事を喜びあうのはまだ早い。王子さ……ランドルフ王子。この人達を縛り上げて一度私の方の部屋まで連れて行くから手伝って」
「あ、ああ。分かった」