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たまにはアメもいいもんだ

 第五章


 ガタンゴトン、と駆動音が窓外から微かに聞こえてくる。

「あの、説明もなしに僕はどこへ連れていかれるんでしょうか?」

「いいから黙ってて」

 左右にゆらゆらと揺れる電車の中で腕と腕がぶつかり、ひしめき合う。

 隣に座る彼女からはほんのりと甘い香りが漂ってくる。

 これも女子特有のいわゆるいい匂いというやつなのだろうか。

「狭いな」

「そうだね」

「意識しちゃうかも」

「そうだね」

 美成子は微動だにしない。


 様子がおかしい。

 いつも隙さえあれば僕を煽るような言葉を吐いてくるはずの美成子が昼以降、まったくそういった様子を見せない。

 ただでさえ授業が終わった後、無理矢理腕を掴まれ、何の説明もなくここまで言われるがままについてきたのだ。

 様子がおかしいとなるとさらに怪しくなる。

 やはり、何か僕に大事なことを伝えようとしているのか……?

「そういえば昼、屋上から突然いなくなってたけど、飛び降りでもしたのか?」

「南校舎の出入り口から出ていっただけだよ」

「そ、そうなのか」

「……」

「……」

 会話が弾まない……。

「降りるよ」

 と悩んでいた間に目的地に着いたらしく、美成子はパッパと席を立ち、僕のことなんか見向きもせずにさっさと改札へ向かっていく。

「お、おう。……って。え?」

 ここの駅って……。

 見覚えがある駅だった。いや、忘れるはずもない駅だった。

「なあ、お前……」

 そこまで発したところで翔は口をつぐんだ。

 察したのだ。

 彼女がついに、伝えようとしていることを……。

 美成子は改札を出たあと、歩みを止め、横目でこちらをチラチラと見る。

 言いにくいことだというのは見るからに即、理解できた。

 よしと小さく決意の言葉をもらした後、彼女はこちらを向く。

「あ、あの……」

 その言葉は、きっと僕にとっても、

「き、今日はあなたに……」

 彼女にとっても、苦な選択。

「そ、その……」

 そしてそれを僕は。……ってあれ、なんか様子が……。

「付き合ってほしい場所があるの!」

 紅く染まりつつある彼女の顔を見ると同時に、ふと僕の脳裏にはある情景が浮かび上がった。


【中二のクリスマス 雪景色の中 青い思い出とともに蘇る艶やかな光景】

 雪とともに弱々しくも如実に吹く、冷たい風。

 はっきりと体内の温度が低下していくのが理解できた。

 とは言っても、今はまだ夕方。

 本腰は夜からとニュースで報道していたため、夕方にしては少し寒すぎるのではと不可解に感じた。

 にもかかわらず、こんなに寒く感じるのはきっと気候のせいだけではないのだろう。

 それはいま目の前に映っている、物理的ではなく、精神的な意味での温度というものが関わってくるのだろう。おそらくは。

 だが次の瞬間、彼女から出た言葉は驚くべきものだった――。


 と、僕の経験談が元の創作物は、ここらへんでさておき。

 結論、僕が言いたいのは、それほどまでに彼女の表情は意想外にも豊かで、恋をしている顔に見えて仕方がなかった。

 そして何の気構えもしていないかった哀れな男は期待に胸を膨らませ、こう思った。


 なんか思ってたのと違うぞおい。


 ※ ※ ※


「へー。いろんな種類があるんだね」

「ああ。厚いタイプも薄いタイプもあるぞ。でもやっぱり厚い方がオススメかな……。僕、自信ないし」

「薄い方がいいよ。私、早く感じたいし」

「とは言ってもなぁ……。やっぱボリューム感合った方が感じやすいと思うんだよね、僕的に」

「いや薄い方も濃密な内容ならすぐ感じることできるでしょ、私的に」

「薄い方も気持ちいいことは気持ちいいんだけど……。ていうかその言い方誤解を生みそうだからやめてもらっていいですか?」

「いや最後の翔の発言が一番誤解を生むでしょ」

「確かに言われてみれば、今のは僕の不徳の致すところであったか……」

 だが、実際、最初に誤解を生んだのは神坂美成子ということも事実だった。


 話を巻き戻す前にまずは大前提の話から始めよう。

 元来、男という生き物は大抵女の子に少しでも誘惑されたらその気になってしまう生き物だ。

 別に本人に気とかはないけど、なんか優しくされると「ま、少しくらいなら」と自分に甘えてしまうやつだ。

 そしてもちろん僕も男であるため、彼女の意図的行動に対して、少しだけいい気分になってしまい、自分に想い人がいるにもかかわらず、毒されてしまった。

 その結果、変に期待しながら連れていかれた場所とは……。


 DVDのレンタルビデオ店だった。

 店に着いた瞬間、もう絶対に女の誘惑には騙されまいと自分の中で確信を得た。

 もちろん冒頭の会話はそのDVDの内容についての会話である。

 期待した思春期男子は正常な反応なので安心してくれて構わないぞ。

 だが、なぜレンタルビデオ店かというと、なんでも、前一緒に観に行った映画が存外面白かったらしく、今度はアニメにも触れてみたいということで、オススメの作品を教えてくれということで今日は僕を呼んだらしい。

 まあ僕のオススメともなると、好み的な問題でジャンルが著しくラブコメディに偏ってしまうのでそっち方面しか教えられないが。

「しかし、なんでこんなところまでレンタルしに来たんだ?」

 地元の駅前にもレンタルビデオ店は多数ある。

 わざわざここまで来てレンタルする意味はないはずだ。

「んー。気まぐれかな」

「気まぐれだぁ? そんな口実で通ると思ってんのか」

 彼女にとってはそれで通ってしまうかもしれないが、僕にとっては気まぐれという言葉だけで納得するにはいかんせん不十分だった。

「疑われてもなぁ……。最寄りの駅前だと知り合いに会うリスクがあるから、翔も嫌でしょ?」

「まあ、たしかに」

 また面倒くさい奴らに目を付けられても面倒だ。

「それに……」

「それに?」


「二人きりに……なりたかったから」

 なんとも今夜は波乱な予感がしてならない。


 ※ ※ ※


「それで本当に良かったのか?」

「うん。翔がオススメするなら面白いんでしょ?」

 レンタルビデオ店を後にし、行く先もわからないまま美成子の後ろをついていく。

 DVDが複数入った袋を手に持つ彼女は、後ろ姿からでもわかるくらいに、上機嫌に見えた。

「いやまあ、たしかに面白いよ? けどなんか今日の美成子は明らかに僕のことを過度に信用しすぎなんじゃないかと思ってだな……」

 それを聞いた彼女は片目を閉じ、安心と信頼の声(翔名称)で、

「私はいつも翔のこと、信頼してるよ?」

 童貞殺しの口説き文句を言い放った。

「ま、まぶしぃぃぃぃぃぃ‼」

 と太陽の光の如く、すさまじい光に身体は包まれ、僕の肉体は浸食していった……。


 とはならず、

「はい。信頼どうも」

 と軽く受け流した。

 嘘八百にも程があるというものだ。

 彼女は信頼とかそういった前向きな言葉を使う人間では到底ないのだ。

 これだけは彼女のことを少なからず知っているからこそダメージはない。

 僕はせいぜいトイレイン(?)で済んだものの、僕以外の男だったらみんなベッドインだと思うけどな。

「これには引っかからないのか。ふーん」

「あ、いま本性出しやがったな?」

 僕の問いかけには聞く耳を持たず、鼻歌を口ずさみながら僕の前を歩いていく。

 そんないつもとは反して自由奔放な美成子の先導により、様々な場所へ行った。

 ショッピングでは主に試着した服の見せ合いをしたり。

 売店ではアイスクリームを食べ歩きしていたら、「口にクリームついてるよ。なめてあげよっか」などと美成子にからかわれて動揺したり。

 ボーリングでは両者どちらも生粋の下手さでどんぐりの背くらべもいいところだったり。

 いずれにせよ、その間二人の笑いが絶えることはなかった。

 彼女が見せる無邪気な様子はまるでいたずらごころに心躍らせる少女のようだった。

 もしこれが演技で偽りの姿だったとしても、彼女が楽しんでいることには間違いないのだろう。

 だから、まさか唐突にあんなことを言い出すなんて思ってもいなかった。


 ※ ※ ※


 ゲームセンターの店内に入り、ぶらぶらとUFOキャッチャーの景品を見回っていると、

「あれで勝負しない?」

 美成子はアーケードゲームのバスケットボールの機械を指差し、突如として勝負を申し込んできた。

 遊び方は、ゴールに向かってボールをシューティングし、得点を稼ぐ方式らしかった。

 専門用語で言えばフリースロー得点ゲームといったところか。

「ああ、いいぜ。でも僕、バスケは……」

「はいはい。負け惜しみは後でいいから。さっさと行くよ」

 美成子に半ば強引に背中を押され、妙に急かされる。

「随分と自信満々だな」

「私、スポーツならたいていなんでもできちゃうスーパー女の子だから」

「ボーリングは二連続ガーターなのに?」

「あれはルールが悪い。それに翔も人のこと言えないでしょ? 三連続ガーターさん」

 うん。満場一致でガーターとかいうルールが悪い。

「ちなみにガーターは誤用で、本当はガターって言うらしいよ」

「へー、そうだったのか。知らなかった」

 洗濯機をせんたっきと呼んじゃうあれ的なやつだろうか。

「それはそれとして、この勝負、私と賭けをしてみない?」

「賭け? 一体なにを賭けるって言うんだよ」

 僕の尊厳にかかわるものじゃないといいが……。

「んーと……翔が勝ったら私に【なんでも】していいよ」

「なんでも⁉」

 そそそそそれはどういう【なんでも】なんだ?

「うん。なんでも」

「そうかそうか。どんなご奉仕してもらおうかな……くくく」

 美成子は僕の冗談には見向きもせず、ボールを両手に構える。

「けど、私が勝ったら――」


「君の本当に好きな人を教えて?」

 同時にゲーム始まりのゴングが鳴り響いた。

「え?」

 思わず両手に持っていたボールを床に落としてしまう。


 ある先人が言っていた言葉がある。

『深読みは深く読みすぎると逆に浅読みになることがある』と。

 しかし、この場合はどうだろうか?

 彼女は僕の想い人を認知している。

 にもかかわらず、彼女は『本当に』という言葉を付け加えてもう一度同じ質問を繰り返ししてきた。

 その質問の意図としては……。

 はたまた、僕が考えすぎなのか。

 根底から考えるに、これは深読みと呼ばれるまでの定義に達しているのだろうか。

 深と浅だって部首は同じさんずいだ。

 深読みも浅読みもそれほどまで溝はないのではないか?

 そもそも定義とはなんだ? どこまでが定義なのか?

 とこれ以上考えても浅読みの回答しか出てこないらしい。

 とりあえず今は目の前のことに集中することにした。



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