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066 夜の森



 ――では、僕はここで。用事を済ませなければなりませんので。

 そう言い残して、ジャクレンは去って行った。

 あっという間に姿を消した彼に対し、マキトたちは別れの言葉を告げる暇すら与えてくれなかった。まるで魔法でも使ったかのようだと思いながら、マキトは彼が去って行った方向をジッと見つめる。


「なんかよく分かんない人だったな。まぁ、ご飯代わりに果物を置いてってくれたのはありがたいけど」


 そして食べかけの果物に視線を落とした。

 森で採取したという果物を、ジャクレンが提供したのだった。流石にこれは大丈夫なのかと疑ったマキトであったが、ロップルがすぐに大丈夫だと言わんばかりにかじりつき出したので、それが安全だという証明になった。

 それからマキトやラティもいくつか平らげたが、今のところ体に異常はない。


「なんだか不思議な人だったのです」


 咀嚼していた果物を飲み込み、ラティが言った。


「どうしていきなりわたしたちの元へ現れたのでしょうかね? たまたま通りかかるような場所とも思えないのです」

「言われてみたら……確かにそうだな」


 そもそもここは、ユグラシアが管轄している森である。常に結界が仕掛けられているため、簡単に入ることはできない。見ず知らずの人物が散歩するかの如く現れること自体が、あり得ないと言っても差し支えないのだ。

 残念ながらマキトは、そこまで考えが行きついてはいない。しかしそれでも、彼なりに思うところはあるのだった。


「ラティ。森の魔物たちの気配って、まだ全然ない感じか?」

「全然ないですけど……」

「夕方から夜にかけてって、むしろ魔物たちの気配が増えるんじゃないのか?」

「――あっ」


 マキトの言わんとしていることが、ラティもようやく分かった。


「確かに……特にここは森の中ですから、むしろ危険だらけのハズなのです」

「やっぱそうだよなぁ」


 訝しげな表情で、マキトは改めて周囲を見渡す。


「今更かもしんないけど……こんだけ静か過ぎるってのは、不自然な気がする」

「ですよねぇ……」


 川の流れる音と焚き火のパチパチとした音以外は、何も聞こえてこない。

 そう――本当にそれ以外は『何も』である。

 端的に言えば静か過ぎるのだ。故に妙な不安が募ってくる。


「ユグさんの結界の影響ってことは?」

「ないと思うのです。アレは基本的に、魔物さんには対象外ですから」

「そっか……」

「ちなみに言っておきますと、普段はこのような現象は全く起きないのです」

「やっぱり不自然ってことになるのか」

「そうですねぇ」


 マキトとラティは話しながら、なんとなくロップルのほうに視線を向ける。さっきから会話に参加してきていないのは、眠りこけているからであった。

 ジャクレンが差し入れた果物を食べてお腹いっぱいになり、満足して気持ち良さそうな表情を浮かべている。それを見ていると、自然とマキトたちの表情にも笑みが戻ってきていた。


「森の魔物たちの気配がない理由だけどさ――」


 ここでマキトは、ふと頭に思い浮かんだことを口に出す。


「案外、ジャクレンさんが何かしたからだったりして?」

「それは……」


 ラティは言葉を詰まらせる。あり得ないと言いたかったが、何故かその言葉が喉元から出てこなかった。

 理屈も理由も分からない。けれども何故かそう思えてならなかった。


「あり得そうな気がするのです。本当に……なんとなくですけど」

「だよな」


 ため息交じりに言うラティに対し、マキトは笑みを零しながら、薪を火の中に放り込むのだった。

 ガサッ――と燃えかすの崩れ落ちる音が、やけに大きく響いた気がした。



 ◇ ◇ ◇



「マキトたち……大丈夫かな?」


 窓の外を見ながら、アリシアが不安そうにする。森の神殿のダイニング兼リビングとして使われている部屋は、まさにしんと静まり返っていた。

 角の隅に設置されている白いソファーに、ノーラがちょこんと座っている。

 足をプラプラと動かしており、いつもの無表情に見えるが、そこには焦りと後悔による不安が出ていた。


「アリシア。窓閉めて。冷える」


 ノーラが俯いたままそう言った。しかしその声はどこか冷たく、どこか攻撃的にも感じられた。

 アリシアは言われたとおりに窓を閉めつつ、呟くように言う。


「……ごめん」

「謝らなくていい」


 ピシャリと突き放すように言うノーラ。それに対して、アリシアは苛立ちを募らせることはなかった。

 マキトたちのことが心配で仕方がない――その心情が伝わってくるからだ。


(まぁ、それを言ったところで、からかい文句にしかならないんでしょうけどね)


 アリシアはノーラから視線を逸らしつつ、ひっそりと笑みを浮かべる。感情がないのかと思いきや、実はちゃんとあったという事実を知って、少しだけ嬉しさを感じていたのだった。

 年上のお姉さんとして、取り乱す姿を見せられない――そんな気持ちを含めて。


(そもそもノーラって何歳なんだろう? 聞いても答えてくれなかったしなぁ)


 もしかしたら、見た目とは裏腹に自分より年上かもしれない。その可能性も十分にありそうだとアリシアは思った。

 いつか知る機会があればいいなと思ったその時、ドアが開かれた。

 入ってきたのはユグラシアであった。


「二人とも。マキト君たちの無事が確認できたわよ」


 その瞬間、アリシアとノーラが揃って飛び出すように動き出した。そしてユグラシアに詰め寄りつつ、我先にと口を開く。


「帰ってきたんですか?」

「無事?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 流石のユグラシアも対応しきれず、慌てながら二人を制する。それだけ心配だったことを改めて感じつつ、コホンと咳ばらいをした。


「みんな無事だけど、帰ってきてはいないわ。近くの河原で一晩過ごすみたい。ついさっき、知り合いの人が尋ねてきて、そう教えてもらったのよ」

「そう、ですか……」


 アリシアは軽く肩を落とす。確かに一応の安心はできたが、マキトたちだけで外で一晩過ごす事態が、新たな不安を呼び起こしていた。

 その一方で、ノーラが訝しげな表情を浮かべ、ユグラシアを見上げる。


「知り合いって、だれ? まさかとは思うけど、あの銀髪の――」

「えぇ。ノーラの想像しているので当たってるわよ」

「――むぅ」


 あからさまに不満だと言わんばかりに、ノーラは頬を膨らませる。それに対してユグラシアは、思わず苦笑した。


「あの人の情報は信用できるから大丈夫よ」

「でもなんか怪しい。突然現れては消えるし、ノーラはあまり信用したくない」

「まぁ、その気持ちは確かに、分からなくもないけれどね……」


 表情を若干引きつらせながらも、ユグラシアは否定しきれなかった。神出鬼没という面では、確かにそのとおりであると言わざるを得ない。ノーラのような評価を下す者がいるのも、実に無理のない話であった。


「とにかく!」


 話を切り替える意味も込めて、ユグラシアは強めに切り出す。


「マキト君たちが無事なのは間違いないわ。朝になるまでの間に、私たちもできることをしましょう」


 その言葉に対し、ノーラからの反論はなかった。無表情に変わりはないが、そこには確かに同意の気持ちが含まれていると、ユグラシアは感じ取る。


「あの、ユグラシア様――」


 アリシアが何かを思いついたような表情で尋ねる。


「水晶玉で、マキトたちがいる場所を見れないんですか?」

「私もそうしようと試したんだけど、どうやら映像の範囲外にいるらしいのよ」

「……つまり無理ってことですか」

「残念ながらね」


 申し訳なさそうに苦笑するユグラシア。どうやら現時点では、マキトたちの様子を確認する術はないと、アリシアもノーラも理解する。

 今しがた届いた知らせを信じる他はないのだと。


「――分かりました」


 表情を引き締め、アリシアが動き出す。そのまま部屋を出ようとする彼女に、ユグラシアは思わず振り向いた。


「アリシア?」

「錬金部屋に行きます。ポーションを作れるだけ作っておこうかと思って」


 そう言い残してアリシアは部屋を後にした。続いてノーラも動き出す。


「ノーラがちゃんとしていなかったから、こうなった。その責任は必ず取る」


 前を向いたまま、ボソッと独り言のように言う。そしてそのまま、ノーラも部屋を後にした。

 気がついたら一人残された状態となり、ユグラシアは呆然としてしまう。


「――あの子たちったら」


 ユグラシアはどこか呆れつつも、優しい笑みを浮かべる。そして彼女も表情を引き締めつつ、部屋を後にするのだった。

 ドアの閉じられた音が、誰もいなくなった部屋に大きく響き渡った。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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