065 魔物研究家のジャクレン
「なるほど、この霊獣がウワサのガーディアンフォレスト、ですか……」
魔物研究家を自称する青年ジャクレンは、ロップルにもたれるようにして眠る霊獣を物珍しそうに見つめる。
「こうして見ると、とても昔、暴れ回っていた存在には見えませんね」
「やっぱり、そう思う?」
「えぇ」
焚き火を囲いながら、マキトとジャクレンが語り合う。心なしか距離も近く、昔からの知り合い同士だと思われても、不思議ではないほどであった。
「……マスターは一体どうしちゃったのでしょうか?」
ラティは戸惑わずにはいられない。マキトは基本的に、特定の人物以外には近づこうとすらせず、まるで獣の如く警戒心を高める。そういう意味では、ジャクレンに対しても最初はそうだったが、今はもうその様子は欠片も見られなかった。
「キュウキュウ……」
「えぇ。まぁ確かに、あの人から危なそうな気配はしないのですけどねぇ」
不安そうな表情を浮かべるロップルに、ラティも頷いた。
ジャクレンが敵ではないことは、見ていればなんとなく分かる。どんなに表面を取り繕ったとしても、その裏に秘めた汚らわしい気配は読み取れてしまう。魔物という存在は、そういうところも敏感だったりするのだ。
しかしマキトに至っては、ラティたちから告げる前に、自ら心を許してジャクレンと雑談を始めてしまっていた。
――どう考えても、いつものマスターじゃない。
それが今の、ラティとロップルが一致させている、率直な気持ちなのだった。
「しかしながら、この地で封印が解かれた霊獣となれば、十年前にシュトル王国で大暴れした霊獣に間違いないでしょう」
ジャクレンが狙いを定めるかの如く、目を細くする。
「見た目と中身が同じであるとは限らない――あの霊獣も、恐らくそのクチなのかもしれませんね」
「へぇ」
マキトもまた、興味深そうに霊獣を見つめる。そんな彼の表情に、ジャクレンはフッと笑みを浮かべた。
「キミは、随分とあの霊獣のことを、気にかけているようですね?」
「え? 何で……」
「だってそうでしょう? 僕は今、あの霊獣はとても恐ろしい存在なんですよと教えたんです。なのにキミは恐怖を覚えるどころか、むしろより気になる存在だと見なすようになった……なんとなく僕にはそう思えたんですよ」
穏やかに、それでいて見透かすような視線を向けてくるジャクレン。それに対してマキトは平然としつつ――
「まぁ、確かに気にはなっているな」
あっさりと自分の気持ちを認めるのだった。おや、以外――そう言わんばかりにジャクレンが目を見開くが、マキトはそれに気づくことなく続ける。
「アイツ、さっきも少し目を覚ましたけど、俺には凄い警戒してたからさ。どうしても無理なら仕方ないけど……やっぱり仲良くなりたいし」
どこか切ない表情を浮かべ、霊獣を見つめるマキト。その気持ちに偽りはなさそうだと思いつつ、ジャクレンは口を開く。
「――キミはどうして、あの霊獣と仲良くなりたいんですか?」
突然の質問にマキトは軽く驚きながら振り向く。そこには真剣な表情を浮かべたジャクレンがいた。
「少なくとも僕の思う限り、ガーディアンフォレストという霊獣は、ヒトをあまりいい目で見ることはないと思っています。過去にそれなりの出来事があったことも確かですからね」
淡々と語るジャクレンの言葉が、やけに大きく響いた気がした。それだけマキトの心を叩いており、注目せずにはいられないのだ。
「仮に霊獣に記憶がなかったとしても、心の奥底に刻み込まれている可能性は非常に高いと思われますよ。キミを相手に激しく威嚇したのがいい証拠です」
「…………」
そうかもしれない――と、マキトは心の中で思った。
どれだけ時間をかけたとしても、あの霊獣が自分に懐くことはない。それは確かにあり得るだろうと。
しかし――
「それでも俺は……絶対に諦めるつもりはない」
気持ち良さそうに眠る霊獣に視線を定めたまま、マキトはそう呟いた。
おぼろげではっきりとせず、それでいて確かに存在した出来事を、どうしても見過ごすことはできない。
(――今度は絶対に、目を逸らさない!)
目を逸らしたら絶対に後悔する――それが心の奥底で分かっているからこそ、マキトの気持ちは揺るがない。
むしろ改めて、火が付いたといっても過言ではなかった。
それだけ今のマキトの表情は、強い決意に満ちていたのだから。
「キュウ?」
「マ、マスター?」
ロップルとラティも、戸惑いながらマキトを見上げる。明らかにいつもと様子が違うことに気づいたからだ。
「なるほど、キミの決意は固いようですね」
ジャクレンが目を閉じながら言う。
「では、更に質問をしますが――仲良くしてどうするのですか?」
そしてその閉じていた目を開きながら、マキトに向けて問いかけた。
「現時点でキミに対し、とても警戒しているあの霊獣と、なんとかして仲良くなろうとしている。それはどうしてです? 何か特別な理由でもあるのですか? 嫌がっているといっても過言ではないあの霊獣に、何を求めてるんです?」
まさに怒涛の質問。それもかなり厳しい表情であり、多くの者はそれだけで委縮してしまうだろう。
マキトも完全にポカンとしていた。恐らく彼からこれ以上、何かしらの言葉が出てくることもないだろう。
そう思いながら、ジャクレンも追及を諦めかけたその時――
「あー……どうするんだろ? そういえば考えたこともなかったな」
戸惑いながらも出してきたその答えに、今度はジャクレンがポカンとする。
「考えたこともない、ですか?」
「うん。そもそも仲良くなってどうするとか自体、考えたことないし。てゆーか、何かのために仲良くなるとかも、多分考えたことないと思う」
視線をあちこちに動かしながらマキトは言う。取り繕っている様子もなければ、相手の顔色を窺っている様子すらない。本当に思っていることをそのまま口に出して言っているようであった。
「フフッ……ハハハハハッ♪」
ジャクレンは思わず、大きな声で笑ってしまう。
「いや、すみません。そうですか、考えたこともなかったですか。ふふ……ある意味キミらしいと言えるのかもしれませんね」
まさかここまで素直な言葉を聞けるとは――多少なり取り繕うことすらもしてこないとは、流石に予想していなかった。
薄々感じてはいた。マキトは色々と知らなさすぎる子供だと。それ故にここまでまっすぐな言葉が出てきたのかと、思わず勘ぐってしまう。
(この僕がここまで驚かされるとは……マキト君は凄い子かもしれませんね)
そんなことを思いながら、ジャクレンはコホンと咳ばらいをする。
「実を言うと、少し試させてもらってたんです。魔物研究家として、魔物を粗末に扱おうとする人は許せません。口ではいいことを言っても、心の中までは、残念ながら分かりませんからね」
「そ、そうなんだ……」
マキトは戸惑いを隠せなかった。言っていることもそうだが、なにより相手の変化についてこれてなかった。
ほんの少し前まで見せていた厳しめの視線は、一体どこへ行ったのやら。今のジャクレンの表情は、子供を見守る優しい大人のそれであった。
「しかしマキト君の場合は、心配なさそうだと判断しました。流石は妖精や霊獣を従えているだけのことはあります。それでも――」
ここでジャクレンは、再びマキトの目をジッと見つめる。
「まだあのガーディアンフォレストが、キミに心を開いていないのも事実。これからどうするかは、マキト君――キミ次第ですよ」
スーッ、と気持ちが落ち着いたような気がした。それぐらいマキトは別の意味で心に響いていたのだ。
まだ心を開いてくれていない――その事実を改めて突きつけられたからだ。
故にマキトは、自分の気持ちを確かめるかの如く、表情を引き締める。
「――うん、分かってる。絶対に諦めたりなんかしないよ」
そう力強く宣言する姿を見て、ジャクレンも改めて笑みを深めるのだった。
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