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064 夕暮れの森



「暗くなってきたなぁ」


 夕日が沈みかけている空を見上げながら、マキトが呟いた。


「神殿も全然見えてこないのです……」

「キュウ」


 ラティに続いて、ロップルもくたびれたような声を出す。

 無理もない話であった。追っ手からあちこち逃げ回った挙句、ノーラともはぐれてしまった。帰り道も全く分からず、どこに敵が潜んでいるかも分からない。不安と恐怖を感じるのは、むしろ当然だと言えるだろう。


「せめて森の魔物さんに会えれば、道を聞くこともできるのですが……」


 ラティが周囲をキョロキョロと見渡す。


「全くいないのです」

「気配とかも?」

「はい……」

「参ったもんだな」

「キュウ」


 とりあえず、森の魔物たちに助けを求めるという策は取れなさそうだと、マキトも判断せざるを得なかった。

 要するに自分たちだけでなんとかしなければならないと。


「ただでさえどっちへ行けばいいか分かんないのに……」


 明るければ少し先を見渡すこともできた。しかし暗くなってきた今、それも難しくなってきている。

 それは、ラティやロップルも感じていることではあった。

 下手に動くほうが危険であることも含めて。


「せめてどこか、ゆっくり休めそうな場所でもあればいいのですけどね」


 ラティが呟きながら周囲を見渡す。マキトやロップルも同じようにするが、やはりそれらしき場所はない。

 すると――


「キュ?」


 ロップルが何かに気づいた。そしてとある方向に駆け出しながら、猫のような耳をぴくぴくと動かす。

 まるで何かの音を探しているかのようであった。

 そして数秒後、ロップルはそれを見つけた。


「キュウ、キュキュウーッ!」

「水の流れる音? もしかして川があるのでしょうか?」


 ラティがロップルの鳴き声を通訳した。川があるかもしれないという情報は、今の状況においては願ったりかなったりであることは間違いなかった。


「よし、そっちのほうへ行ってみよう!」

「はいっ!」


 マキトたちはロップルに続く形で駆け出していく。勿論、周囲の様子に気を配ることも忘れない。

 その役割は主に、ラティやロップルが担う形となった。

 気配察知に関していえば、やはり魔物のほうが圧倒的に優れているため、マキトも素直にラティたちに任せることとした。


「んにゅ……」


 霊獣が身じろぎをする。しかし目を覚ます気配はまだなかった。


「待ってろよ。すぐに休める場所を見つけるからな」

「具合が悪い様子でもないのは良かったのです。ゆっくり休ませれば、きっと元気になってくれるのです」

「だといいな」


 マキトは素っ気なく答えるも、その表情は笑っていた。ラティの言葉に励まされた気がしたのだった。

 そしてしばらく森の中を駆けていき、やがてうっそうとした景色が開けた。

 ロップルの言ったとおりの光景が広がっていた。

 なだらかな川は大きく、絶えず聞こえる水の流れる音も実に心地良い。日が沈みかけている中、森の中に比べると一段と明るくなった気さえする。


「川だ……川があるぞ」

「良かったのです。ここなら落ち着いて休めそうですね!」

「あぁ」


 そうと決まったマキトたちは、早速動き出した。

 柔らかい芝生を探して霊獣を寝かせ、マキトは薪を集めに向かう。ラティはマキトからハンカチを受け取り、それを川の水で湿らせて、霊獣の額に乗せた。

 ロップルは霊獣の様子を見ながら、周囲の様子を伺っている。

 野生の魔物が襲い掛かってこないか不安に思っていたが、森の中と同じように気配の一つも感じなかった。

 とりあえず襲われる心配はなさそうだと、ロップルは安心する。戻って来たマキトやラティにもそれを告げると――


「そっか。じゃあ、とりあえず良かった感じだな」


 ラティの通訳を聞いたマキトは、ようやく肩の力が抜けた気分となった。そしてラティも同じく、安心の笑顔を浮かべる。


「霊獣ちゃんの面倒を見るのに専念できそうなのです」

「キュウッ♪」


 しかし――マキトたちは気づいていなかった。

 それが極めて不自然であることに。

 森の中というのは、魔物たちにとっては格好の隠れ場所である。森の中は魔物の気配が常に濃く、平原よりも圧倒的に危険であることは、小さな子供でも当たり前のように習う常識問題の一つだ。

 つまり、森の中では魔物の気配はあって然るべき。それが全くない時点で、何かがあると疑うのが基本である。

 その点で言えば、マキトたちも冷静ではなかったと言わざるを得ない。

 しかしながら無理もないと言えなくもない。

 切羽詰まっていたというのもあるが、なによりマキトには、圧倒的に経験値というものが足りていない。何せ現段階で言えば、力どころか知識すらも皆無に等しい状態なのだ。

 もし彼が普通の子供であれば、もうとっくに命を落としていただろう。人並外れたレベルで魔物に懐かれやすい魔物使い――それ故に、今日まで楽しく生き延びてこれたようなものだ。

 むしろこのような状況に陥るのは、遅かったとすら言える。

 無論、マキト自身はそれに気づいておらず、そもそも状況に対して疑問に思うどころか真剣に考えたことすらもないのだが。

 もし、今ここで、考えていることがあるとすれば――


「必ず俺たちが助けるからな。もう少しの辛抱だぞ」


 霊獣が無事に目を覚まし、元気になるかどうかという一点のみであった。

 それはそれで、マキトらしいと言えなくもないのかもしれないが。


「そうだ。薪に火をつけないといけませんね」


 ラティがはたと気づき、マキトが集めた薪を簡単に囲っていく。

 そしてその薪の中心に向かって、両手をかざし――


「――はぁっ!」


 ボウッ、と両手から魔力の炎が生み出され、薪に放たれたのだった。その炎はあっという間に着火し、メラメラと燃える立派な焚き火が完成する。


「ふぅ。これで更に安心なのです」


 額の汗を拭う仕草をしながら、得意げな笑みを浮かべるラティ。それに対して、マキトはポカンと呆けた表情を浮かべていた。


「……凄いな。そんなこともできたのか」

「はい。いつ森で迷子になってもいいように、これだけは確実にできるようにしていたのですよ♪」


 えっへん、と胸を張るラティに、マキトはらしいなと思いながら笑った。

 するとその時――


「にゅぅ」


 マキトの傍から鳴き声が聞こえてきた。霊獣が目を覚ましたのだ。

 ゆっくりと目を開けた霊獣に、マキトも気づく。


「よぉ、起きたか」

「――にゅっ!?」


 しかしマキトが声をかけた瞬間、霊獣は驚いて飛び起きる。そして近くにいたロップルを見つけ、慌てて駆け込むようにして、後ろに隠れてしまった。


「ふうぅーっ!」


 霊獣はロップルの背中から顔だけ出して、マキトに向かって威嚇をする。もはや警戒を通り越してしまっているようにすら感じられ、盾にされているロップルも戸惑うばかりであった。


「あ……」


 マキトは手を伸ばしかけるも、それを途中で止める。今は近づくことすらできないと悟ったのだ。

 やっぱり無理なのか――そう思った瞬間、マキトはハッとする。


(あの時も……)


 突如、記憶の中の光景が、脳内に映し出された。

 目の前の霊獣によく似た生き物が、自分に向かって威嚇する。今にも噛みついてきそうな勢いであり、その姿はとても汚れていてボロボロという言葉がピッタリ当てはまるほど。

 それから生き物が飛びつこうとして――そこで脳内の映像が途切れた。


「大丈夫なのですよー」


 同時に、ラティの優しい声が聞こえてくる。そっと霊獣に近づいて、その小さな頭を優しく撫でていた。


「わたしたちはあなたを助けるのです。傷つけるようなことはしないのですよ」

「キュウ、キュウ」


 ロップルも必死に霊獣に呼びかけている。それが少しは通じたのか、霊獣の威嚇も薄まってきた。

 しかし警戒心はとても強く、マキトには全く近づこうとしない。


「……にゅぅ」


 すると霊獣が、再び力のない声とともに項垂れる。ラティが慌てて支えつつ、小さな子供をあやすように優しく微笑んだ。


「今日はゆっくり休むのです。わたしたちがついてるから大丈夫なのです」

「キュウキュウ、キュー」


 ラティとロップルが宥めたことで、霊獣もやっと少し落ち着いた。それを見ていたマキトは、少しだけ寂しく思いながらゆっくりと立ち上がる。


「俺は少し離れているよ」


 そして霊獣から焚き火を挟むようにして、距離を置いた。


「もし魔物が近くにいたら、すぐに知らせるから」

「すみませんです。マスター」

「いいさ。それでソイツが落ち着くならな」


 これも仕方のないことだと、マキトは無理やりながら割り切った。今は霊獣を下手に刺激させるほうが良くないと、そう思ったのだ。


(それでもいつか、コイツとも友達になれたら――)


 そんなことをボンヤリと、マキトが考えていた時だった。


「周囲の心配なら大丈夫ですよ。このあたりに他の魔物は全くいませんから」


 突如、青年らしき声が聞こえるとともに、足音が近づいてきた。


「だ、誰だ?」

「急に現れるなんて……怪しいのです!」

「キュウ!」


 マキトは勿論のこと、ラティやロップルも驚きを隠せなかった。今の今まで、誰かがいる気配など全く感じなかった。それこそ瞬間移動でもしてきたのではと言いたくなるほど、一瞬にして現れたようにしか思えなかった。

 しかし当の現れた青年は、申し訳なさそうに笑うばかりであった。


「突然すみません。色々と立て込んでいるようでしたので、何かお力になれればと声をかけさせてもらいました」


 焚き火に近づいてくると、ようやく青年の姿がはっきりと見えてきた。

 紺色のローブを羽織っており、サラサラで鮮やかな長めの銀髪が、風に乗ってなびいている。マキトやアリシアよりも年上に見えるが、その笑顔からは得体の知れない何かを感じさせてならなかった。

 警戒心を高め、顔をしかめているマキトを一瞥し、青年はニコッと微笑む。そして自身の胸に手を当てながら、青年は自己紹介をしてきたのだった。


「僕の名はジャクレン――魔物研究家を務めている旅の者です」



いつも読んでいただきありがとうございます。

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