第二十五話 エピローグ②雨の降る街
誰にも言っていないことがある。
学校が終わり、昇太は荷物をまとめて家に帰った。愛おしい我がぼろ屋。学校で使う荷物は全て放り投げて手に取るのは塔へ行く時に使う『収納袋』だ。それを持って昇太は家を出る。向かう先は塔。
塔での出来事は全て自己責任で、という誓約書に名前を走り書きし、昇太は塔の中に入って、玄関口に存在する階段に足をかける。塔の階段は不思議なことに1層から昇ったとしても必ず2層につくわけではない。2層まで到達しているなら2層にしかいけないが、5層を踏破し6層に到達していれば1層から階段を使って一気に6層へ行くこともできる。
降りる時も同様で、だから昇太は8層から1層ずつ降りるはめになった。
昇太が目指すのは8層だ。一歩一歩を踏みしめるように階段を昇っていく。
誰にも、そう冴子にも、もう一人の師匠である竜也にも、もちろん一也や萌、こころにも言っていない。それは昇太の家族のことだ。編纂機を作った不世出の天才小鳥遊満と小鳥遊謡。そしてその子どもの小鳥遊昇太。
それともう一人。
昇太の鼻は湿った空気を感じ取る。幼少期を過ごした忌まわしくも懐かしい場所。空はいつも曇天で、地面にはたくさんの水たまり。灰色の空と灰色の道路。整然と並んだビルのような建物も灰色だ。灰色に満ちた世界。その世界で雨が止むことはなく、どこまでも広がるその街には静寂と、雨の降る音だけが存在している。
ガシャリ。そんな静寂に雨の打ち付ける以外の音が混じる。
「久しぶり。秋近さん」
昇太の目の前に現れたのは西洋風の金属鎧で全身を纏った「もの」。それは雨に打たれていながらも変異をする兆候を起こさない。だがそれも当然のこと。昇太が秋近と呼んだそれはすでに変異しきるほど変異しきっている。
8層〈雨の降る街〉に延々と降り続ける雨。そして昇太のカテゴリーエラーとして存在する雨は触れたものに不可逆の変化を与えるが、変化に終わりがないわけではない。武者小路が最後、金色に輝くガラス玉になったように、いずれ変化は止まる。
目の前にいる秋近の成れの果てはかつて冴子たちとともに塔に挑んだ【特一級魔法士】の一人だという。雨を浴びた者は最終的にその人間の本質を表すような姿を取るという。そしてその人間が強い霊力を持っていた場合、この秋近のように自我の崩壊した塔の怪物になってしまう。
秋近はバイザーの奥に隠された瞳を赤く輝かせ、手に持った両刃剣を構える。昇太はすでに『落涙の傘』を持ってはいるが、まだ戦闘を始めるつもりはなかった。秋近もそのつもりだろう。
「…遠野。どうせどこかで見ているんだろう?出て来い」
「あら。随分と無粋な呼びかけではありませんこと?お兄様?」
声は耳元で聞こえた。そちらに目を向けるとそこには長い烏の濡れ羽のような黒髪に蠱惑的な赤色の瞳。黒のワンピースを身にまとい白磁のごとき肌を惜しげもなくさらした女が空に浮かんでいた。
「兄弟だろ。変に気を使う必要もない」
「面倒だから?」
唇に白く長い指を当て遠野は昇太の台詞を先読みする。小首をかしげているのがまた腹立たしい。
「嫌ねぇ。親しき仲にも礼儀ありというではないですか。特にわたくしはお兄様しかいませんのに。つれませんわね」
遠野の声はまるで褥へと誘う娼婦のようだ。あるいは生気を喰らう毒婦か。いずれにせよ血をわけた兄へ向ける態度ではない。
小鳥遊昇太の家族。父親である小鳥遊満と母親の小鳥遊謡。そこに昇太を合わせた3人家族と彼を知る者たちからは思われているが違う。実はそこにもう一人。昇太の双子の妹、小鳥遊遠野がいるのだ。
「どうでもいい。というかやっぱり秋近さんを手に入れていたのか」
「当然ですわね。昔からあの人が欲しいと言っていたではありませんか。そして」
遠野の背後に影。3メートルほどの筋骨隆々な体躯。処女雪のごとき白い毛皮の先には闇を映したような手足がある。その姿を一言で言えばゴリラ。森の賢人とも評されるゴリラだがそのゴリラからは知性というものが感じられず、凶悪な獰猛さを全身から漂わせている。
「平塚さんも手中に収めた、か」
「好みではないのですけどね?」
フワリと平塚の肩に乗り、遠野はクスリと笑みをこぼす。
「うふふ。最近二度ほど塔に来ているのは知っていましたけれど、わたくしのところまで来て下さらないんですもの。寂しかったですわ」
「へぇ。遠野は1層には行けないのか」
「ええ。1層ではわたくしの力が強すぎて顕現できないの。だからお兄様からここに来てくれて嬉しいわ。何の御用?ようやくわたくしのものになってくれる気になった?」
遠野はニタリと笑う。彼女もまた8層の雨の影響を受けていない。人外の化け物が4人。この場には集まっている。
昇太が今日することはただの宣戦布告だ。
「まさか。…俺はお前を取り戻す。それだけだよ」
「そう…。お兄様は相変わらずですのね」
どこか寂寞の念を抱かせる様子で遠野は口ごもる。そして遠野は昇太の眼前に浮き、予定調和の言葉を吐きだした。
「では、わたくしはお兄様の心を無理矢理にでも、手に入れるとしましょう」
「させるかよ」
昇太は『落涙の傘』を発動させ、『ドワーフの遊び札』を展開した。秋近は剣をユラリと構え、平塚は拳を握り、姿勢を低くする。遠野は両の手の指先から「糸」を生み出した。
人外が4人。激突する。
昇太は階段から転げ落ちるようにして1層にたどりついた。服はボロボロで見るに堪えないありさま。しかし体には傷1つついていない。
「やっぱ無理か」
敗北だ。昇太は遠野と秋近と平塚の3人に敗北し、殺された。それから撤退し、4度ほど殺されたところでなんとか8層を脱出することができた。
玄関口の周りにいた挑戦者たちの奇異な視線が突き刺さるが、昇太がそれを気にする様子はない。
「でもいつかは…。父さんに頼まれたんだからな」
冴子や竜也には昇太が両親の止めを刺したと言った。だが実際のところは少し違う。とどめを刺したのは昇太だが、致命傷を与えたのは遠野だ。自ら塔に呑まれ、塔の一部になった遠野が両親を欲しがり、それを阻止すべく昇太が殺した。
「俺はいつか、お前を救うよ。遠野」
1層の天井を見上げて、そのはるか先にあるものを見据えて昇太はつぶやいた。
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人が文明を持つよりも前から、塔は存在している。人が文明を持ち、塔を昇る力を得てからは数多の犠牲を出しつつも塔を昇り続けてきた。
ある者は名誉のために。またある者は金のために。力のために。塔を昇る者たちはその数だけ、塔を昇る理由がある。
永い時を生きる老婆は長きに渡る宿願のため。不死の青年は遺志のため。そしてあり方を抱きしめ留める青年は友のために。
時代と共に人は変わり、その願いも変わる。だがそれでも決して変わらない真実が一つ。
塔が変わらずそこにある限り、塔を昇る魔法使いも決していなくならないのだということだ。
これにて「塔を昇る魔法使い」は完結とさせていただきます。ここからはこの話についてうだうだと、作者のあれやこれやを書きます。興味のない方は飛ばしていただいて構いません。
一番始めの前書きにも書いていた通り、この話は以前書いていて、没にした話を添削などして投稿したものです。没にした理由は覚えていません。多分他の作品を書きたくなったか、二章が書けなかったか、そんなところだと思います。
ただその後の話の構想などはあるので、これで完結としつつもまた続きを書くかもしれません。書かないかもしれなせん。結局移り気な作者の気まぐれでございます。構想してい話を全部書こうとすると全20章の長い話になるので、中々手が出せないという裏事情もあります。
さらに余談ですが、この話は1年くらい前にテレビアニメであっていたメで始まってスで終わるアニメに感化されて書きました。あちらは穴に降りていったから、こちらでは昇っていったわけですね。はい。パクリにならないようにと気を使っていた記憶はありますが、全然違う話ですね。はい。
改めまして、ここまで読んでくださりありがとうございました。ブクマ、感想、ポイント評価などを頂けると嬉しいです。励みになります。ではこれにて。




