3 今までで一番恥ずかしいと思った瞬間(契約完了)
小動物を思わせる愛くるしさ。天使のように可憐な少女。
背中までの艶やかな髪をツインテールにし、いつも無邪気に微笑みかけてくれる。
そんな彼女がすごいと言ったのだ。
その言葉を偽りにしたくない。取り消されたくない。
「いきなり恋人だなんて、何か事情があるんだろ? よかったら話してくれないか?」
どんな理由を聞かされようが、ひとまず黒霧未夜と恋人になろう、そう決意している最低シスコン野郎……もとい夏陽。
この発言は、一応の体裁を整えるモノでしかなかった。
「うん。実は……あ、その前に、夏陽はSFとファンタジーだったらどっちが好き?」
「え? う~、どちらかといえば、ファンタジーかな」
この質問に何か意味があるのだろうか、と訝しげに思うが、夏陽は正直に答える。
ちなみに、現在夏陽と未夜は、夏陽の部屋で二人きりだったりする。
「うん、じゃあこっちで行くか」
小声でボソッと呟いた未夜は、夏陽を見つめる。
「実は私、異世界人なの。さっきニュースでやっていたニセゆるキャラも、私とは別の世界から来た異世界人で、私は彼らからこの世界の人々を守らなくてはいけない。ううん、守りたいの。でも私一人ではとても無理。そこで夏陽に力を借りたいの」
「……ちなみに、こっちじゃないバージョンは?」
実は先程の未夜の独り言は聞こえていた。
「実は私、未来人なの。さっきニュースでやっていたゆるキャラ型ロボは、私とは別の時間から来た未来兵器で、私は彼らからこの時代の人々を守らなくてはいけない。ううん、守りたいの。でも私一人ではとても無理。そこで夏陽の力を借りたいの」
「いや、本当に話すなよ」
夏陽は呆れ顔である。
「別にいいじゃん。だって、それでも夏陽は私の恋人になってくれるんでしょ?」
「……何でそう思うんだ?」
「え、極度のシスコンである夏陽は、妹さんに嘘つき呼ばわりされたくないでしょ?」
未夜は真顔で言ってきた。
クッ言い返せない、と本気で思っている辺り、夏陽はシスコンであると自覚はしているようだ。
「ていうか、なんで俺たちのことを知ってるんだ?」
「それは調査したからだよ」
「え、ストーカー?」
「私みたいな美少女に付きまとわれて、嬉しいくせにー」
「否定しろよ」
冗談のつもりだったのだが……というか、自分で言うなと、夏陽は思った。
さすがに自分で言うだけあって、彼女――黒霧未夜は飛び切りの美少女だった。
ガラス細工のような透き通った美しい双眸。桜の花びらのような可憐な唇。
流れるような漆黒の髪を持つ彼女は、まるで人形のように恐ろしく整った顔立ちをしていた。
すらっとした体躯に、それなりにボリュームのある胸。モデルでもここまできれいな人はそうはいないだろう。
「まあ、夏陽にとって世界一可愛い女の子は秋穂ちゃんみたいだから、私は世界で二番目ってことでいいよ」
「妥協してそれって……黒霧さん、なかなか良い性格してるね」
夏陽は、未夜の言葉の前半部分をとくに否定しない。
「え、だって私が、私なんて全然可愛くないよー、なんて言ったら、ただの嫌味じゃん」
確かに、と素直に思った夏陽は、微妙に負けた気がしてしまう。
しかしすぐに、言い方の問題だろ、と考え直した。
「まあ、とにかく、私たちは恋人同士ね」
「とにかくって……結局、恋人にならないといけない理由を聞いてないんだけど」
「いや、そこは流されてよ……え、そうだっけ?」
未夜は小声で何かを呟き、恍けたように笑う。
「ああ。異世界人だの宇宙人だの、よく分からない作り話を聞かされただけだからな」
「詳細はともかくとして、一応それっぽい感じの現状だったりするんだけどなー。とりあえず、目を閉じてくれる?」
「理由は?」
とにかくとか、とりあえずとか、全然事情を説明していないのに、話を進めようとする未夜に、夏陽は何か狙いがあるのだろうと思い、警戒していた。
「いや、女の子と部屋で二人きりの状況で、目を閉じろって言ったら、もうこの後の展開は予想できるでしょ?」
「それなりに親密な間柄の男女ならな」
「これだからシスコンは……」
未夜は溜息を吐く。
「シスコン関係ないだろ!」
「関係あるわよ! こんな美少女がチューしてあげるって言ってるのに、断る? 普通」
「初対面の人に言われたら、何か裏があるだろうって警戒するのは当然だろ!」
「そこは健全な青少年の本能を爆発させなさいよ!」
「爆発したら、もっと先まで行くだろ!」
夏陽の思わず出たセリフに、未夜はうわーっと引きやがった。
「いや、今のは……」
「隙あり!」
夏陽が口ごもっていると、未夜が顔を夏陽に近づけてきた。
すぐにそれに気づいた夏陽は、未夜の両肩を両手で押さえ、何とか食い止める。
「ここまで来たら、受け入れなさいよ。なに、ファーストキスは最愛の妹にプレゼントする気?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあいいでしょ! 一回だけ、一回だけだから」
「絶対裏あるやつだろ、それ」
未夜に強引に押し倒されそうな夏陽。
普通逆だよね、と思わずにはいられない。
と、そこで、ふいにドアがノックされた。
「ナツくん。お茶入れたんだけど、入るわね」
「母さん、ちょっと待っ――」
言い終える前に、ドアが開いた。
「あ……」
夏陽と未夜を見て、春恵はポッと頬を染めた。
「そうよね。二人は恋人だものね。そういうこともするわよね」
「違う違う! 誤解! 誤解だから!」
「えい、隙あり!」
夏陽が釈明しようとし油断した瞬間、未夜が動いた。
重なる唇。
夏陽が初めて味わうそれは、とても優しくて甘美で……
「ん……」
しかし、夏陽はすぐに異変に気づく。
何かが入ってくる。
底冷えするような、冷たい何か。
よく冷えた苦いアイスコーヒーのような、でも全然違うような。
未夜がそっと起き上がる。
彼女の頬は心なしか朱色に染まって見えた。
「えっと、お母さんは邪魔よね」
顔を両手で覆い、しかし指の隙間から一部始終をバッチリ目撃していた春恵は、今更ながらに夏陽の部屋を後にした。
「これで契約完了。私の初めて奪ったんだから、責任は取ってね」
奪うの意味間違ってる、と言う余裕がないくらいには、夏陽も顔を赤くしていた。




