09・僕自身
どうしてこうなのだろう?
僕自身、ハッキリとした原因が解っていない。
現在の状況とそこに至る推論は出来る。
しかし、自分のことながらかなりアバウトなことしか結論として見い出せないのだ。
知覚的には全く興奮はする。
脳内的な性的興奮によるホルモンの分泌も充分に感じている。
しかし、それが下半身に伝わらない。
そして、性的興奮が身体的代謝、つまり血液の循環として下半身に集中しない。
だから、エレクトもしない。
もちろん、射精もない。
僕の身体の中のどこかで、性的興奮の経路が切れている。
そんな感じなのだ。
症状的な診断すれば、これはEDというよりも、更に包括的なSDではないかと僕自身は考えている。
しかし、僕を担当する泌尿器科の医師はいつもこう言って、僕を励ます。
「大丈夫、大丈夫。井上さんの場合は間違いなく心因性だから。心穏やかにして奥さんの裸体を想像すれば、すぐに性交なんて出来ちゃいますって」
こんな調子の軽いノリで、いつも診察が終わってしまうのだ。
ただ、泌尿器科の医局長に診察していただいた時の言葉は印象に残っている。
「うーむ、これは我々の医学知識を超えている症例かもしれない」
彼に言わせると、僕の症例は辻褄が合わないのだそうだ。上半身の性的興奮が下半身に伝わらずに何処かへと雲散霧消しているのだそうだ。ある神経節から先へと伝わっていないらしい。それもシナプスの軸索の髄鞘の途中から信号が途絶えているというのだ。
「有り得ない」
彼は眉間に縦筋を刻みながら、僕の顔を見る。
「樹状突起のレセプターが機能しないというのなら解る。シナプスのトランスポーターがぶっ壊れているなら、それも解る。軸索が切れてるとか、神経細胞自体が死んでいるとか。それなら一目瞭然だ。だがな、どれも当てはまらないんだ」
彼は首を傾げて、僕を見つめる。
「そのくせ、その先の神経細胞や関連する臓器、この場合は前立腺や睾丸、陰茎になるのだが、そこは正常に働いているのだ。まぁ、若干睾丸の発育が遅れている傾向はあるのだが、そんなことは五十歩百歩だよね、うん……」
彼はいきなり、むんずと僕の肩を掴んだ。
「なぁ、教えてくれ! どうして勃起しない! どうして射精しない! なんで性交が出来ないんだ! なぁ、頼むよ、秘密を教えてくれ!」
涙目になっている彼の腕を払い除けて、僕は言った。
「それを知りたいのは僕の方なんですよ!」
少なくとも第二次性徴以前に、こうなった何らかの原因があると思われる。第二次性徴の特徴である、いわゆる『夢精』を僕は経験したことがないからだ。
「あぁ、思春期にはよくあることですよ。パンツを汚したことを隠そうとしてね、記憶から抹消するってことはよくあります。私もそうでしたから。ははは」
僕を担当する泌尿器科の医師は軽すぎる。しかし、泌尿器科の医局長は重すぎる。
「そ、そ、それは重大な問題だ。そ、それは井上クンの思春期の、もっとも感じやすいハートに大きな心の傷を残してしまいましたね。うむむむ、私は井上クンをどう癒したらいいのしょうかねぇ?」
そう言って僕の肩をむんずと掴むのである。
「心の傷はどうでもいいですから、夢精しない方を診察してください!」
そう言って僕は彼の腕を振り払ったのであった。
幼少の頃に何かあったことは間違いない。そこまでは確証めいたモノがあるのだが、その先の記憶を辿ろうとすると曖昧でうやむやになってしまうのだ。それも仕方がないだろう、何しろ、物心が付くか付かないかの頃の話なのだから。
だから、なのだ。
例の『真っ赤なポケットティッシュ』を無下に出来なかったのは。
あの「キャッチフレーズ」が心に引っ掛かっているのだ。
言っておくが『アバンチュール』とか『後腐れ無し』とか『ポッキリ二十万円』とかの部分ではない。
あくまでも『お医者様に見離されたあなた』とか『性のことでお悩みのあなた』とか『心理的でも身体的でもOK』とかの部分であることを強調しておく。
お読みいただき、ありがとうございます。