第3話『拉致』
夏休みに入って一週間ほどが経った。
高校3年の夏休みはそれは重要である。
京介の友人連中も、進学組は遊ぶ暇どころか休む暇もなさそうで。
京介はというと。
何せ進路もまだ決めていない。
京介に課せられた夏休みの宿題は、進路の決定というところか。
それが決まらない事には勉強のしようもない。
「私は料理学校に行くの。そ、専門学校」
冷房の利いた喫茶店で、京介の向かいに座った小手先まほが京介の出した質問に答えた。
友人が受験勉強に勤しんであぶれているもの同士、暇を持て余していたのだ。
まほとはウマが合うのか、あれ以来何度が会って話したりしている。
「やっぱみんなちゃんと考えてんだなあ…」
京介は喫茶店のソファーにもたれ掛かる。
「任意の持ってる能力を活かせば、大体の事は出来ちゃうんじゃない?」
何回か会ってるうちに、君付けだったのが呼び捨てになっている。
「あんまし能力に頼った生き方はしたくないんだよな」
これからずっとこの能力が持続するとも限らない。
実際一度なくした事があるので、余計だ。
「小手先は何だ、もう一回アイドルやりたいとかは、ねーの?」
「こりごり」
と笑う。
そのタイミングでまほの携帯が鳴る。
「ちょいゴメン」
まほは断りを入れると電話に出る。
「どうしたの?…えっ? 嘘…うん………う、うん…わかった、すぐに行く」
電話をしながら、まほの顔色が変わっていく。
(…なんだ?)
まほは電話を切ると青ざめた表情で京介を見た。
「…吉岡君が拉致されたって」
「うん!?」
予想外の言葉に京介は間抜けな声を出してしまう。
「…誰に?」
「能力者だって天空は言ってた」
電話の相手は天空コスモだったようだ。
「ごめん、ちょっと行かなきゃ」
席を立つまほの手を京介はつかむ。
「俺も行こう」
「でも…」
ここ何回か会って話して、京介はまほにもう能力者絡みの事には係わり合いになりたくないと話していた。
それでこの反応である。
「女一人危険な場所にやれるかよ。行くぞ」
「う、うん…」
京介は喫茶店を出ると、予備のヘルメットをまほに渡す。
「乗れよ」
そしてオートバイにまたがり、後ろに乗るように指示した。
「うわ、私2ケツはじめて」
まほはスカートを気にしつつ後ろに乗り、京介の腰に手を回す。
「いいな? 行くぞ!」
「やって!」
二人を乗せたバイクは走り出した。
指定された位置まで来るとコスモと菱田が待っていた。
合流して極端に人気のないビルの路地裏の影に進んで行くと、人影が3つあった。
大柄な男と女が二人。
男は長髪をオールバックにしてヘアバンドで止めている。背は高くガッシリとしていて、眼光が鋭い。腕には一部刺青がしてある。
女のうちの一人は女子高生のようで染めたであろう金髪と褐色肌、釣り目が特徴的だ。
もう一人の女は目が据わっている黒髪の、20後半といった所か。極端に幸が薄そうな細身の大人の女性だ。
なんとも統一感のない3人組だ。
「…吉岡を拉致ったってのは、あんたたちか?」
京介が沈黙を破って話しかける。
男が手にした携帯をこちらに向けると、束縛された吉岡の動画が映し出された。
「…目的は何だ?」
その問いに男は横にいた女子高生と顔を見合わせる。
「別に、この男が俺らの能力を嗅ぎ付けて来やがったから取りあえず黙らせただけさ」
男は肩をすくめる。
「…そいつは悪かった。二度とあんた達には近付かせないから…吉岡を返してもらっていいか?」
「条件がある」
(だろうな)
京介達は身構える。
「オメーらも能力者なんだってな…」
男は携帯の画面を消す。
「オレらと勝負して取り返すってのはどうだ?」
「…なんだって?」
「やりあってみたいんだよ能力者と」
「やりゃあいいじゃないか、横の女と」
「女とやるのはセックスだけだ。殴るのは趣味じゃあない」
男は同意を横の女子高生に求めるように見ると、そっぽを向かれて苦笑した。
(…軽いヤツだなこいつ)
「…というのは建前で。こいつらの能力はヤバイ。普通に勝てる気がしねぇ」
と両脇の女性の肩に手を伸ばし、各々にかわされる。
「ある程度勝負にならないとつまんないよな、ケンカはよぉ」
同意を求められても困る、と思った京介だったが、釣り合わない相手と戦う事のしんどさの方は理解できる。
「…勝負しないと、吉岡はどうなる?」
「殺しはしねぇよ?」
多くは言わないのが逆に怖い。
京介は横の菱田の顔をちらりと見ると、余裕がない。
相手のビジュアルだけでびびってしまっている。
(この場で相談って感じでもねぇな)
「時間が必要か? じゃあ明日、決戦の地で待つってのはどうだ?
郊外に廃ビルがある。ニトセビル、検索すりゃ出てくる。
明日の4時、そこで待っててやるよ」
男はニヤニヤと笑う。
「30分して来なかったら『人質の身の安全は保障はしない』」
わざとそれっぽい台詞を使って追い立てる。
「…話は終わり? んじゃあ帰るわ」
黙っていた女子高生が興味なさそうに言うと、その場で言葉通りに消えた。
一瞬でその場からいなくなった。
(……なんだ今の!?)
ハイスピード能力じゃない。移動の痕跡が何も残っていない。
「超能力って言ったら、瞬間移動だろうがよ」
京介の混乱に男が答えを出した。
「テレキネシスの次くらいにポピュラーだろ?」
大手チェーンのファミレス。
窓側のテーブル席に4人座る。
京介とまほ、コスモと菱田が向かい合う形である。
お冷を置かれ、各自注文をウエイトレスに告げる。
そして沈黙。
「…で、どうすんだよ?」
たまりかねて京介が口を開いた。
「どうするって言ったって…戦うなんて言われてもさ」
菱田が青い顔で答える。
まほの能力は戦闘の役に立たない。
菱田の鉄化能力は使いようによってはかなりの戦力になる。
「そういや…天空だっけ、あんたってどんな能力持ってるんだ?」
宇宙人、という事しか聞いていない。
「ワタシデスカ?」
天空コスモの口から胸元をトントンと叩きながら発するような宇宙人ボイスが発せられた。
「…思った以上に宇宙人なんだな、あんた」
「イヤマア、イメージッテタイセツデスカラ」
リトルグレイがヅラをかぶった様な外見から発せられる宇宙人ボイス。
逆に追求されないといったところだろうか。
「で、あんた何か特殊な能力持ってるのか?」
「トクシュ、カ、ドウカハワカリマセンガ、ワレワレハチキュウジンニクラベテ、ナンタイデス」
「なんたい? 軟体か?」
「ソウデス」
「俺の体が鉄化するのも、実はこいつが原因で…」
菱田が入ってくる。
「どゆこと?」
「俺が空き地で拾った石が、こいつらが地球で生活するのに必要な硬質化装置だったんだ」
それを3日ほど身につけていたせいで、菱田の体に硬化が備わってしまったというのだ。
「ソレヲトリニキテ、トモダチニナリマシタ」
なんとなく嬉しそうである。
宇宙的技術の被害者という辺りは、京介と近いのかもしれない。
「軟体って、どれくらい柔らかくなれるんだ?」
「こいつ、鍵穴から入ってきたりしてたよ」
「そいつはホラーだな…」
菱田の言葉を想像してぞっとした。
しかしそこまでの軟体ならかなり役に立ちそうだ。
「…相手の能力はわからないが、何とか戦えないって事もなさそうだな」
「やっぱり、戦うつもりなんだ?」
黙っていたまほが口を開く。
「吉岡がどうなってもいい、ってわけではないんだろ?」
吉岡と一番関係の薄い京介に言われては言葉もない。
「でも、戦った事なんてないから、正直勝てるとは思えないぞ」
「相手もそうなんじゃないか?」
「あきらかにケンカ慣れはしてそうだったわよ?」
まほの言葉にあの相手の男の風貌を思い出す。もっともな意見である。
「じゃああいつの相手は俺がする。場数なら俺も負けてねえ」
能力者相手ならそれこそかなりのものである。
「じゃあ後の女二人か…女の人殴るって言うのもなあ」
「相手は能力者だ、性別によるハンデなんて気にすんな。
瞬間移動なんて使ってくる相手に手加減なんて考えてたら話になんないぞ」
正直なところ京介としてはあの瞬間移動の女は当たりたくない相手である。
ともあれ。
「…前回よりは気が楽だあな」
とりあえず人間相手ってところで。
遠い目をして呟く京介を周りの三人は驚いた表情で見ている。
「…そういえば、任意はインフィニティなんだもんね」
「心強いよ」
意外なところで士気をあげてしまったようだ。
「じゃあ、戦うって事でいいな?」
迷いはあったが、全員頷いた。
「まあダメだと思ったら、何とか逃げてくれ」
瞬間移動相手にどう逃げたものか、などはさておいて。
夏は日が短い。
辺りはもう暗い。
京介はまほの自宅の少し前の角でバイクを止めた。
後ろに座っていたまほが降りて、ヘルメットを脱いで、京介に返した。
「ありがと」
「ああ」
受け取ったヘルメットを座席下に収納する。
「…ねえ、本当にあいつらとやりあうの?」
「あちらの希望じゃ仕方ない」
「私にも何かできない?」
「じゃあ、無事を祈っててくれよ」
「そうじゃなくて!」
京介はふっとため息をつく。
「いざとなれば俺やあいつらは能力で逃げ出せるから。
小手先を守りながらだと、逃げるのも躊躇しちまう。
わかるだろ?」
足手まとい。
仕方のない事ではあるがそうなる。
「大丈夫、勝算がない事もないからよ。
マジで祈っててくれよ」
「…うん」
まほは押し切られる感じで頷く。
京介はそれを確認してバイクを発進させた。




