ヘイジジイ、おれは育ち盛りなんだぞ
――あぢぢぢぢ、汗まみれのおれオハヨーちゃん。
六月二十六日、日曜日、朝六時半、クノイチは目を覚ます。起きてすぐにパンツ一丁の自分にぎょっとするが、昨夜のことを思い出して腑に落ちる。――そーだったそーだった、エアコンは大破しちゃったんだよなぁ。
もちろん大破などしていない。「大破」と言いたいだけである。
汗だくなので軽くシャワーを浴び、それからTシャツとハーフパンツに着替えて一階に降りる。すると、紀伊介と春日井がこそこそと小声で話をしているところにでくわした。
クノイチが顔を出すと、二人ともハッとしたような顔をして、にこにこと引きつった笑みを浮かべる。大人がこういう顔をするときは、儲け話かエッチな話をしているというのが相場、だとクノイチは思っている。――怪しいなぁ。ま、いいや。それより朝ご飯が先だぜ……ってオイ!
出されたのはカップ麺ただ一つ。紀伊介は無言でお湯を入れ、クノイチの前に置く。食え、ということらしい。――あれー、ご飯は? 納豆は? 味噌汁は?
「ヘイジジイ、おれは育ち盛りなんだぞ」
クノイチは抗議する。
「安心せい。お前は現時点で育ち切っとる」
「なんだとぅ」――百四十五センチで育ち切るなんてありえね。ありえねえで欲しい。
「新ニーチャンは? ニーチャンがご飯作ればこんな悲惨なことにはならないぜ」
「旅に出た」
「旅?」――なんのこっちゃ。「そーいやさージジイ」
「なんじゃ。洗うのが面倒だからスープも全部飲んで自分で片付けろよ」
「うげー、おれは客なのにー……ってそうそう、客であるおれの部屋のエアコン動かないんだ。困った困った」
「一生困っておれ」
「直してよ」
「自然治癒する」
「シゼンチユ?」
「放っておけばよくなるっちゅうことじゃ」
――よくならねー。
ジジイはあてにできん、と思うクノイチである。
ふと春日井のほうを見やると、パジャマ姿でおっぱいの谷間がくっきりと見える。――あの谷底に顔から落下してみてぇ……。
クノイチはおっぱいばかり凝視していたので気付かなかった。春日井がいつになく真剣な表情を浮かべていることに。もしそれに気付いていれば、この場の空気がいつもと異質であることにも気付いたかもしれない。
――っと、おっぱいばかり見ててもしょうがないや。
クノイチはカップ麺を記録的な速さで平らげ、部屋に戻り、滝川から貰った手帳をデイパックに入れて背負う。手帳はクノイチにとってお守りのようなものだ。持っていると、大人になったみたいな気分になれるのだ。
さらに乗り物があればいいのではと考えたクノイチは、滝川の赤い彗星号を借りることにする。滝川が言うには、なんでも三倍のスピードで走れるらしい。――超ボロいんだけど……。
サドルを限界まで下げても、地面に爪先しかつかないが、無理すれば乗れないことはない。クノイチは赤い彗星号に乗って、『民宿熊島』を出る。
今日も『大人への階段』だと思われるナンパをするために。