001「せいじょさま……?って私の事ですか?」
空にはお月様がうさぎを宿して笑っていた。
目を開けると、そこに広がっていたのは真っ白な空間だった。
真っ白な床。真っ白な壁。
真っ白な服を着た美しい人間が1人。
そして、床に座っている私の足元には白く輝く魔法陣が広がっている。
今までに無いほど純粋な白に囲まれている。先ほどまでの暗闇と比べると、此処は白すぎて目が痛くなる。
「聖女様……?」
真っ白な服を着た人が、驚いたように目を見開き、驚いたように言う。声からすると、真っ白な服を着た人は男の人だろうか。
「せいじょ、さま?」
セイジョサマという名前に聞き覚えがなく、首を傾げる。一体誰の事を言っているのだろうかと疑問を抱きながらも問いかける事は出来無い。しかしながら、真っ白な服を着た人の目の前にいるのは私のみだ。彼との距離は数メートル以上離れているが、その間に他の人間は見受けられない。辺りを見回してみても同様だ。
「せいじょさま……?って私の事ですか?」
「ああ、そうだ」
私が問いかけると、真っ白な服を着た人がこちらに歩いてきた。その表情は無表情だが、やけに嬉しそうだ。
「間違いない。黒い目と髪。そして、顔立ち。言い伝え通りだ……」
言い伝えとは何の事だろうかと首を傾げる。
「この国に聖女様が現れて下さるとは……」
真っ白な服を着た人の様子から、セイジョサマというのは私の事で、此処に現れたのはどうやらめでたい事のようだ。
それよりも、先ほどまでと全く違う場所である此処が何処か分からない。何故このような所にいるのだろうか。
「ここは……?」
「此処は、空の国だ」
空の国という名前に聞き覚えがなく、そんな地域があっただろうかと地図を頭の中で思い返すが、もとより地名を全て頭に入れている訳では無い為、思い当たる場所は無い。それ以前に日本ですら無い可能性もある。可能性としては今この状況こそが私の想像の産物だ。
何故ならば、瞬きをした瞬間に別の所にいるなど、普通ではない。目の前にいる人にも見覚えが無い。そして私はセイジョサマという名前ではないが、この人にとっては私を表す呼び名なのかもしれない。
真っ白な服を着た人が少しずつ、私に近寄る。何故か分からないが、目の前の人がひどく大きく感じる。
「聖女様、突然の事で驚いただろう」
「はい……」
思わず正座になるのも仕方がないと思う。目の前の人が真剣な顔をして私の目の前で膝をついているのだから。粗相が無いように注意を払う。
しかしながら、私の足元がひどく冷たく感じるのは、床が大理石だからだろうか。
「私は霙という」
「霙、さん……?」
いかにも日本人ではないような顔立ちをしておきながら、日本人のような名前という事に、違和感を拭いきれない。失礼だとは思いつつ、目の前の人をよく観察してみるが、何度見ても白髪に金色の瞳。どう見ても日本人には見えない。今まで生きてきた中で金色の瞳というものは見た事が無い。神々しいそれは、まるで神にでも会ったかのようだ。
「色々と説明をさせてくれと言いたい所だが、このままでは冷えてしまうな」
そう言って霙は手を伸ばした。
「!」
先程より近い距離に来たからこそ分かる。霙は随分と背が高く、手も大きい事から威圧感がある。世界の中で日本人は小さいとされていたが、その中でも、更に小さい私からすると、この人はまるで巨人だ。
「……っ」
怖がる事は失礼だと理解してはいるが、どうしても自分より大きいものを目の前にすると恐怖が勝る。人間とはそういうものだろう。加えて目の前の人は私にとって未知の存在だ。躊躇なく手を伸ばせる訳もない。今現在の状況の原因がこの人だとするならば、尚更手を取る事など不可能だ。万が一私を騙そうとするならば。そのように考えると足元から伝わる冷えが体中を巡ってくる。
「すまない、怖がらせたな」
私の怯えに気がついたのか、手を引いた。強引に連れて行く訳ではないと分かり、安堵の息を吐く。
「だが、このままここにいると風邪を引いてしまう。今会ったばかりの男が一緒では不安かもしれないが、一緒に来てはくれないか」
私の態度に不満を抱く事もなく、霙はそう言い、もう一度手を差し伸べる。
この手の上に私の手を重ねても不満を抱かないだろうか。私の手を握り返してくれるだろうか。
此処にいても、仕方が無い。私はこの空の国という所を全く知らない為、1人になった時の方がより恐ろしい。加えて、あまりにもゆっくりしていると、霙も態度を変えてしまう恐れがある。出すべき結論は決まっている為、悩むだけ無駄だ。恐る恐る、目の前の大きな手に自身の手を重ねてみる。予想してはいたが、実際に重ねてみると、驚くほど手の大きさが違う。彼の手はとても大きく、私の両手を使ったとしても、彼の手を包みきる事は難しいだろう。私が彼の手をそっと握った時、彼は優しく微笑んで私の手を握り返した。
これは都合の良い夢なのだろうか。目が覚めたら知らない世界ではあるが、少し怖くて優しい人が目の前にいる。夢ならば、知らない世界を旅出来るという経験も悪くは無い。目が覚めたら元の所に戻ると考えると、目を覚ましたくないとすら感じる。気がついたら別の所にいるという非現実的な事が起こっている為、やはりこれは夢だろう。
私の妄想が見せた都合の良い夢だ。
霙と手を繋ごうと思えば、私が握っただけでは繋げなかった。彼が私の手を掴む事は出来るが、私の手が小さすぎて彼の手を掴む事は出来無い。彼の指を掴むので精一杯だ。いくら霙の背が大きいといっても、私の手はこのように小さいものだろうか。
「とりあえず、暖かい部屋に行こう。暖炉をつけたままにしてある」
私はそこで漸く立ち上がる事が出来、ゆっくりと歩き始めた。そこで、私はこの人に比べると予想以上に小さい事が分かる。傍から見れない為、正確には分からないが、恐らく私の背は彼の腰当たりまでしか無いだろう。決して霙が早足な訳では無いが、そもそもの足の長さが違う為歩幅も異なり、自然と早足になる。
そして、その状態でしばらく歩く。
「……っ、はぁ、……はぁ」
元々体力の無い私の息はすっかり上がった。しかしながら、初めて会った人に速度を落とすように頼む事など出来無い。歩く事をやめてしまうと、霙は遅いと怒り出してしまう可能性もある。怒られる事を避けるために文句を言わず歩くしかない。
そして先程から感じていたが、出発地点から目的地までの距離が遠い。一体どれ程歩いただろうか。現在地も分からない為、例え目的地の場所を聞いたとしてもどれほど進んだか分からないだろう。現在は建物の中だという事は分かるが、家というにはあまりにも広すぎる。先程から景色が全く変わらない。最初に目を覚ました所と同じく、周りは白一色。異なる箇所といえば、先程のまでいた場所は部屋で、今は廊下という事くらいだろう。
歩いていると、何故か霙は立ち止まった。歩く速度が遅かったのだろうか。私も同じく足を止めて、隣の人の顔を覗き込んでみる。隣の人は不満げな顔をさらす事なく、不思議そうな顔で私を見下ろしていた。
「すまない。歩くのが速かったか?」
「あ、いえ! 私が、遅いだけなので!」
「そうか」
そう言い、再び歩みを進めた。どうやら、怒りから止まった訳では無いようだ。しかしながら、霙の歩みは先程よりも遅い。気を遣ってくれているのだろう。歩いてもついて行く事が出来るほどの速度だ。怖そうに見えるが、手や行動は温かく、優しい。
「あの、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ気が付かなくて済まなかったな」
「い、いえ!」
謝らせてしまった事を申し訳なく思う気持ちがありつつも、気にしてくれたという事が喜ばしい。先程までとは異なり、ゆっくりと足を進める。時間はかかるだろうが、その方が有難い。
いくら歩いてもやはり景色は変わらず、白一色だ。違う景色が現れたというならば、花が生けてある花瓶が所々に現れた事くらいだろうか。しかしながら、その花も白である為、景色が変わったという感覚はない。何故、このように白一色に彩られているのだろうか。特別な意味でもあるのだろうか。
歩いていると、変わらない景色の中に少しずつ変化が見え始めた。白いという点に変わりないが、ただの廊下と壁だった所にドアが出てきた。この辺りの部屋は何に使う部屋だろうか。個室だとすると、それだけ多くの人がこの建物に住んでいるという事だ。やはり、家と言うには広すぎる。此処は何かの建物だろうか。宿舎のようなものの可能性もある。それも含めて説明をしてくれるのだろうが、一体どこに迷いこんだのだろう。夢にしては現実的だ。歩くと体力を消耗するし、疲労感も味わう。頬をつねっても夢だと認識しても目が覚める兆しは無い。これが覚めない夢ならば良かったのに。
霙は無口な性格なのだろう。先程話した以降は一切話しかけてこない。こちらから話しかける訳にもいかず、この沈黙は気まずい。先程までは歩く事に一生懸命だったが、今は歩く事に意識を集中させる必要もない事から、考え事をする暇が出来た。霙の顔色を伺うが、表情は変わらず無表情だ。初めて私を見た時の嬉しそうな顔は幻だと思う程顔色が伺えない。出来る事ならば手を離して歩きたいが、霙の力が強くて手を離せそうにもない。無理やり離すと、機嫌を損ねる可能性もある為、強引に離す訳にもいかない。
「あの……」
沈黙の気まずさから何か会話をと思って話しかけようとするが、細く頼りない声は、霙の「ついたぞ」という声にかき消された。霙の声に釣られて、目線を前に向けると目の前には大きなドアがあった。やはりドアの色は他の色と違わず白色だ。数メートル両隣にもドアがあるが、見た目はどれも変わらず、私1人では確実に迷っただろう。
「ここは?」
「此処は私の執務室だ」
「執務室?」
「簡単に言うと、仕事場だな」
執務室という単語は理解出来ないが、仕事場と言われれば理解出来た。彼の仕事場に案内された理由が分からない。彼の仕事を手伝えという事だろうか。果たして私に出来る仕事だろうか。
「あっ、あの。がんばり、ます」
「ん、何をだ?」
「え、と」
何をと聞かれても正直どのような仕事をすべきか分からない為、明確な答が私の中で見つからない。よく分からずに頑張る等と言った事に怒りを感じたのだろうか。霙の表情を見ると、怒りというよりは、心底不思議そうだ。
「お仕事……、を。がんばります」
「仕事……?」
霙の返答を聞くに、どうやら仕事をさせる為にこの執務室へ招待した訳では無さそうだ。では何故この部屋に連れてきたのか理解出来ない。
「えっと、じゃあなんでここに?」
「此処の方が静かに話が出来るからな」
そういえば説明すると言っていたと今更ながらに思い返す。静かにとは言うが、此処に来るまでに誰ともすれ違う事はなかった為、この部屋でなくとも話をする事は十分可能だろう。では何故移動したかと考えるが答えは見つからない。
霙は音を立てながらドアを開けて中に入った。
「入って来い」
霙は手を離して部屋に入り、振り返って私を呼んだ。
「入っても良いの……?」
「ああ」
足を踏み出し部屋の中へ入ると、先ほどまでの冷たい空気と異なり、ふわりと暖かい空気が肌をかすめた。
誰かの部屋にはいるという体験は今までにした事が無い。彼の執務室はとてもシンプルで飾り気がない場所だった。しかしながら、先程まで白一色の物しか見ていなかった為、この部屋の焦げ茶の机や黒のソファは新鮮に映る。部屋全体を見回すが、高い本棚の威圧感に負け、ドアの近くで立ちすくむ。
彼の仕事は一体何だろうか。本の多さや机から察するに事務のような仕事だろうか。仕事部屋があるという事から上の立場にある人だろう。
彼はソファを指さしながら私の方を見る。話をする為、ソファに座れという事だろう。彼の手招きに従い、ソファの方へ足を進めた。
「誰?」
「ひぅっ!」
突如背後から聞きなれない声が響き渡り、私の肩を掴んだ。全く予想していない背後からの奇襲であった為、つま先から頭の先までが震えた。自身でも驚くほど飛び上がり、霙の後ろに逃げ込んだ。出会ったばかりの霙の事を信用している訳では無いが、歩いてくる中で彼私の知る男性よりも優しい人という予感を感じた。恐らく霙の足に抱きついても、怒りをあらわにする事はないはずだ。
「はぁ……。白鴎、彼女が怯えている」
霙は、大きなため息をついて、入ってきた人に声をかけた。
「えー?」
今入ってきた白鴎という人物は、声を聞く限り男性のようだ。美しく綺麗な外見からすると女性のようだが、それは霙も同様だ。霙の後ろから白鴎を覗き見るが、やはり彼も霙と同じように白い服を着ている。白髪に金色の瞳と、容姿まで霙と同じだが、顔はのつくりが全く異なる事から、兄弟という線は薄い。
「で、この可愛い子、誰?」
白鴎は私の方を指差す。自身を表す言葉としては久しく聞いていない単語に胸が震える。
「彼女は聖女様だ」
「へ……、は?」
白鴎は遠慮の欠片も無い眼差しで私を見る。私はその目線に耐えきれず、もう一度霙の後ろに隠れる。
「白鴎、見すぎだ」
「いやいや、そりゃあ見るでしょ。だって聖女様だよ? 長年待ち望んだ聖女様だよ?」
「まぁ、それはそうだな」
待ち望んだという事は、やはり私は歓迎されてるのだろうか。白鴎は霙の後ろに回り込む。視線を感じるが、そのような事をされているのだから余計に顔を上げる事が出来ない。
「それにしても、今回の聖女様は一段と小さいね」
小さいという余計な単語は自身では理解していたとしても他人から言われると一層傷つく。人間ならではだろう。同年代と比べると小さい事は十分理解していた為、それ程傷ついた訳ではないが。
「だろう」
白鴎の言葉に、霙も同意した事に悔しさを覚えるが、次の霙の発言がより私を傷つけた。
「まだ幼子なのにな」
「?!」
背が低い自覚はしているが、幼子になった覚えは無い。霙と白鴎と比べると背が低い事は否定のしようもないが、そこまで小さく見られていたとなると、文句の1つも言いたくなるというものだ。
「あの、私。小さい子じゃないです」
弁解はしたいと思い、霙の足に顔を埋めたまま声を上げる。
「あ、喋った。声も可愛いね」
「!」
白鴎も声は優しいものだった。白鴎も恐ろしい人ではないの可能性がある。もし恐ろしい人である可能性がでたら、その時に逃げれば良い。
「あ、あの……」
顔だけを霙の後ろから出すが、白鴎を見た時に私は驚きを隠す事が出来なかった。白鴎は座り込んで私の目線に顔を合わせていた。初めて見る顔が近くにある事には驚いたが、上から見下ろしている訳では無い為、怖さは半減した。
「私、15歳です。小さい子じゃないです……」
「え?」
自分の年齢を伝えると白鴎はとても驚いた顔をしたが、これで誤解は解けたはずだ。今後の事もある為、幼い子だと思われていたならば、誤解は早めに解いておいた方がよい。
「いや、十分幼いだろう」
「え?」
しかしながら霙は私が15歳であると弁解したにもかかわらず、幼子だと言い張る。
「うん、まだまだ幼いね」
白鴎も同様にそう言う。心外だ。15歳とは成人していないとは言え、学校に通い、物事の分別もつき一人の人間として行動出来る年齢だ。確かに15歳は大人では無い為、分類としては子どもだが、間違っても幼子ではない。この夢の世界と現実では、時間の流れが異なるのだろうか。
「おいで」
白鴎は私の方へ手を伸ばす。霙の手ですら握る事を躊躇したというのに、たった今出会った人の手を握るというのは相当の勇気がいる。霙の方を向くと、霙は頷いた。つまり、白鴎の手を取るべきだという事だろう。
霙と同様、遥かに大きい白鴎の手を握る。私が握ったのは手というより指だが。しかしながら、先程まで一緒にいた霙から離れる事を不安に思い、反対の手で霙の手を握る。2人の手を握ると、不思議と気持ちが楽になった気がした。
2人にソファに促され、ゆっくりと腰掛ける。ソファはとても広く、私の両隣に霙と白鴎も一緒に座ったが、まだ余裕がある。手は握ったままだ。
「やれやれ、やっと話が出来る」
霙はそう言いながら白鴎の方を見た。まるでお前のせいだとでも言うように。
「だって仕方ないじゃん。聖女様がこんなに可愛いだなんて思わなかったし」
「確かにな。今までの聖女様よりずっとずっと小さいしな」
可愛いという表現は嬉しいが、小さいを繰り返される事は少し複雑だ。まぁ、容姿は変えようがない為、仕方がない。正直、夢の中くらいは背が高くなりたいという理想を叶えて欲しかった。
この夢は一体いつ覚めるのだろうか。
「で、本題に入るが」
霙の言葉に思わず背筋が伸びる。
「は、はい」
「この国の事は知っているか?」
「わ、分かりません」
この国の名前は空の国。私が知っているのはそれだけだ。自分がどういう存在かも分からない。セイジョサマとは一体どういう存在なのだろうか。
「この世界は地の国、太陽の国、水の国、魔の国、そして、空の国に分かれている。今、私たちがいるのは空の国だ」
この世界は全部で五つの国に分かれていて、今は私がいるのは空の国という所のようだ。やはり、此処は日本ではない。私の知る世界は多くの地域に分かれている。5つの国しかない事から、この世界は小さいのか。はたまた、国の名前は地球でいうと大陸のような括りなのかもしれない。
「そして今いる此処は、聖女様が暮らす事になっている建物だ」
聖女様が暮らすという事は、私は此処にいても良いのだろうか。
「あの、私は……」
聖女様が何か分からないが、私の居場所は此処にあると推測するが、否定された時の感情の行き場が分からない。
「安心しろ。聖女様の部屋も今、急ぎ用意している」
「そうそう。何も心配する事はないよ」
どうやら、路頭に迷わなくても済みそうだ。安堵からさ息を吐く。
この建物は本当に広かった。先程の部屋から此処に歩いて来るだけでも時間がかかった。これ程までに広い建物であるならば、私以外にも聖女様は沢山いるのだろう。この広い建物がまさか1人の為だけの物とは思えない。
「急ぎ教える必要があるのは、あと聖女様についてだな」
それは一番気になっていた事だ。私は一体この世界でどういう存在なのか、それが分からないと何も出来ない。何をすれば良いかも分からない。
「聖女様は数百年に1度、どこかの国に落ちてくる。聖女様が落ちてくる場所は国によって決まっていて、この空の国では先程貴方が落ちてきた場所だ」
彼が私が聖女だと気づいた理由が理解出来た。彼は私の容姿に目がいっていたようだが、それだけでは聖女だと確信出来る訳がない。あの魔法陣のようなものが、そうなのかもしれない。
「そして、聖女様の役割だが」
これが本題だ。思わず2人の手を握る力が強くなる。
「いるだけで世界が豊かになる」
「?」
直ぐには理解をする事が難しい。結局、私は何をすれば良いのだろう。思わず首を傾げる。
「つまりね、この世界は聖女様が来るまで自然災害が割と多かったんだよ。でも聖女様は世界に愛されているから、自然災害がすっごく減るんだよ。ゼロにはならないけど、自然災害なんてあったら聖女様が幸せに暮らせないからね。まあ、聖女様が不幸になるなんて事になったら、神様も怒って世界は滅んじゃうけどね」
霙に代わり、白鴎が説明をした。聞き流す所だったが、白鴎の口から穏やかではない単語が放たれた。世界が滅ぶというのはサラリと流しても良い言葉なのだろうか。霙と白鴎の顔を伺ってみるが、大丈夫では無い事が伺い知れ。聖女は神様に愛される存在。ならば私の役割は不幸にならない事だろう。
きゅるるるぅ
自身の役割が分かった所で、私のお腹が情けない悲鳴をあげた。思い返せばしばらく何も食べていなかった。
「何の音だ?」
「さぁ」
2人は何の音か分かっていないようで、宙を見る。それを良い事に私はしらを切る。
くるるるぅ
つもりだったのだが、再び私のお腹が主張をしてきた。今度こそ2人は音の正体に気づいたようで、視線が私のお腹に向かっていた。
「あぅ」
思わず両手でお腹を押さえるが、私のお腹も我慢する事を諦めたのか、3度、4度と続けざまに鳴り出す。
「腹が減ったのか。昼食の時間だしな」
「ふふ、可愛い主張だね」
2人に笑われてしまった。お腹の音を我慢する事を諦めよう。私はご飯が欲しい。
「ごはん、どうやったら貰えますか?」
空腹を我慢できず 、何か食べるものをもらえるだろうかと 催促をしてみる。まだ少し肌寒いため、欲を言えば温かいものが欲しい。
「頼んだらもらえるが?」
「あ、そうじゃなくて、お掃除とか……」
「そんな事はしなくて良いんだよ?」
「でも、」
『働かざる者食うべからず』という言葉もある。親切に見返りがない事が1番恐ろしい。
「聖女様はこの世界にいる事が仕事のようなものだ。それに突然知らない世界に来たんだ。今は甘えておけ」
霙の心遣いがとても恐ろしく、そして嬉しい。此処にいる人達は、どうやら優しい人達のようで、私が何をせずとも食事を与えてくれるようだ。
「ありがとう、ございます」
そして、霙の執務室に料理が運ばれてきた。頼んでくれた食事を目の前にして、驚愕した。嫌いな物が入っている訳でも、食べられない物が入っている訳でも、現実と全然食事が違う訳でもない。ただ単純に、量が多い。なんだそんな事、と思わないでほしい。霙はこの食事を前にして
「少量ずつしかないが、聖女様が何を好むか分からないから色々用意してみた。」
と言った。確かにこの国の人がどのような物を食べているのか分からない為、種類を用意してくれていた方が、その中から食べられるものを厳選して食べれる。有難いとは思うが、その種類があまりにも多すぎる。種類だけでも凄く多いが、ひとつひとつの料理の量がとても多い。これは一体何人前だろうか。霙は少量と言っていたが、そんな事は無い。10人前以上はありそうだ。サラダにオムレツにお肉、魚。そして奥にあるのはうどんだろうか。おにぎりも美味しそう。
「あの、2人のご飯は」
「俺達はまだお腹が空いていないから大丈夫」
「遠慮せず食え」
そう言って2人は私の正面の椅子に座った。どうやら、私一人分のようだ。先に言っておくが、食べきる事は不可能だ。残したら怒られるだろうか。けれども怒られるくらいならば慣れている為、耐え切れる。お腹がはち切れるよりは良いと思う。
「いただきます」
若草色をした野菜をもそもそと口に入れる。これはキャベツだ。不思議と、以前よりもずっと美味しく感じる。トマトは食べてみたけれど、好きではない。茹でたニンジンはとても美味しい。ニンジンが1番美味しい。フォークでニンジンばかりを刺して食べる。
「ニンジンが好きなのか?」
霙にそう言われ思わず首を傾げる。思い返せば私は、ニンジンはどちらかというと苦手だった。硬くて変な味がする為、どうしても好みではなかった。
「たぶん?このニンジン、甘くて美味しいです」
ニンジンばかり食べていたが、とうとうニンジンもなくなってしまった。
「次は何を食べる?」
白鴎が聞いてくれた為、うどんを指さす。そして、ふと食べる姿を見られている事に気付き、恥ずかしさを覚える。
「これだね」
白鴎がうどんを手前に持ってきてくれた為、フォークでうどんを掬う。
つるん。
もう一度、フォークでうどんを掬う。
つるん。
「…………」
ちなみにこのつるんというのは美味しく食べれた方のつるんではなく、フォークから零れ落ちた方のつるんだ。
「あ……」
フォークで掬うのでは無く、突き刺せば良い事に気付く。
「……、よし」
うどんを突き刺したフォークを口に運ぼうとするが、もう少しで口に入るという所でフォークを刺した所のうどんがちぎれてしまい、お皿の上に落ちた。
「くっ、」
「ふっ」
そんな私の一部始終を見ていた2人が、口元を手で押さえ笑う。フォークでうどんを食べるというのは、こんなに難しい事だっただろうか。そもそも、フォークでうどんを食べるという経験をした事が無い為、知らなかった。もう寧ろ手で食べるのが正解なのではないかとすら思ってしまう。
「ほら、貸してみろ」
霙はそう言って私からフォークを奪った。そして、フォークでうどんを掬って、私の目の前に持ってきてくれる。どうしてこれほどまでにあっさりとうどんを掬えるのだろうかという疑問も出てくるが、早く食べないとまたうどんがお皿の上に落ちてしまうかもしれない。人に食べさせてもらうというのは本当に久しぶりで緊張もするが、とりあえず、大きく口を開けてみる。
すると、予想通りうどんが私の口の中に入ってきた。久しぶりにタンパク質を食べた為、お腹に溜まっていく感覚がする。結局、5回ほど、霙が私の口にうどんを入れてくれた所で、お腹いっぱいになってしまった。
「これも美味いぞ?」
「!」
霙が指差したそれは、光り輝くハンバーグではないか。美味しいのは分かりきっている分、拒否もしにくい。本当に色々用意してくれたのだなと思う。うどんだけならばまだしも、ハンバーグまでも用意してくれるとは。うどんとハンバーグの組み合わせというのは本当に珍しいと思う。満腹だが、ハンバーグを見逃す事は出来ない。
自分で食べれば良いのに、うどんを食べていた名残でつい口を開けてしまう。霙は笑って口元まで持ってきてくれた。
「んむ」
こういうのをジューシーと言うのだろう。口の中いっぱいに広がる肉汁が美味しさを主張してくる。出来る事ならもう一口食べたいとは思うが、本当に満腹で入らない。
「もう良いのか?」
お腹を軽く叩き頷く。
「今回の聖女様は小食なんだな。赤子でももう少し食べるぞ?」
赤子と同じ扱いをされるのは心外だ。最初にサラダを食べたせいで、満腹になった。それだけだ。
「体調が悪い訳ではないよね?」
白鴎は心配そうに私の顔を覗き込む。寧ろ普段より体調は良く感じる。体調が悪い訳ではない為、白鴎に向かって何度も頷く。
「げんき、です」
「そう……。でも、念のため後で医者に見てもらおうね」
白鴎から嫌な単語が聞こえる。医者は怖いから好きではない。そんな事よりも
「あの、残した分はどうしますか?」
まさか、捨ててしまうのだろうか。そのような勿体無い事をするくらいならば、次の食事の時に回してほしい。
「余った分は使用人達で食べるから心配しなくても良いよ」
その言葉を聞いて安堵した。食物を残すのは良くない。残すと、もったいないお化けという不思議で恐ろしいお化けがやってくる。避けて通りたいものの一つだ。
「久しぶりに、こんなにたくさんご飯を食べました」
満腹まで食べられるというのいつぶりだろうか。普段から最高でも8分目までには抑えているというのに。腹痛にならなければ良いが。
「美味しかったです」
端に立っていた料理人らしき人に向かってお礼を言うと、ゆっくりと頭を下げてくれた。
「それじゃあ、お部屋に案内するね」
白鴎は再び私に手を差し伸べながら言う。
「お部屋?」
「うん。さっき急ぎ準備させているといったでしょ」
思い返せば、その様な発言をしていたような気がする。それしても、私が来てから部屋の準備を終えるまでが早い。部屋の準備というのは数日はかかるものだと予想していた。私がご飯食べてる間に出来上がるものなのだろうか。最低限の家具しか用意をしていなければ可能性はあるかもしれない。
「さぁ、行こう」
再び両手を繋がれゆっくりと歩いていく。今度は最初からゆっくり歩いてくれているようで、私が早歩きになる事もなかった。再び廊下を歩いていくが、やはり一面真っ白で、1人だと既にどのドアが霙の執務室だったのかが分からない。こんな調子だったら、自分の部屋に案内されたとしても、自分の部屋がどこにあるのか覚えられる自信がない。きっと他の人は慣れで部屋の場所を覚えてるのだろう。
「此処が聖女様の部屋だ」
霙がそういったのは歩いて5分ほどした後だった。ちなみに私は此処までの道のりを全く覚えていない。一直線だったような気もするが、角を曲がったような気もする。道のりが真っ白だった為、余計に分からない。多少景色が変わっていれば覚えられると思うのだが。
自分の部屋だという扉を見てみるが、やはり他の扉と変わらない真っ白な扉だった。その扉が他の扉と異なるのはドアノブだ。一見普通のドアノブだが、床とドアノブの間にもう一つドアノブがついている。扉にドアノブが二つも付いている扉を今までに見た事がない。しかしながら、近寄ってみればその必要性がよく分かる。元々あったであろうドアノブは、私が背伸びをして漸く指先が少し触れるという微妙な高さだった。対して、新しく付けられたであろうドアノブは私が背伸びをしなくても届きやすい高さになっている。このドアノブの取り付けをしてくれた人は遠目からでも私の事を見てくれていたのだろうか。そうでもしなければ、このようなドアノブをつけようとは思わないだろう。実際問題、このドアノブがなければ私は背が届かず、部屋を開ける事すら出来ないだろう。お陰で自分の部屋のドアが分かりやすくなった。外のドアにこのようなドアノブが付いている限り、私は部屋を間違える事はないだろう。
「で、右隣が霙の部屋で、左隣が俺の部屋ね」
「えっ?お隣にいてくれるの?」
白鴎の言葉に思わず2人の顔を見比べる。霙の部屋もあるという事は、執務室とは別の休む部屋があるという事だろう。
「ああ、私達は守護者だからな」
「守護者……?」
「聖女様を守る人達の事だよ」
聖女様を守るという事は、つまり、私を守る人の事だろうか。
「どうして私を守るの?」
「この世界では聖女様はとても大切な存在だからだよ」
大切な存在だから守ると言うのは、理解が難しい。日本では大切な存在だとしても、守ってくれる人はいなかった。自分の事は自分で守るのは当たり前だった。
部屋も隣で常に守る人がいるという事は、この世界は危険だという事だろうか。一体何から私を守るのだろうか。多分これはそういうものだと思って受け入れるべきなのだろう。
「さあ、部屋を開けてみて」
白鴎の声に私は専用に作られたドアノブを回し、部屋を覗く。その瞬間、私は驚きに目が閉じなくなってしまった。
「かわ、いい」
思わず口からこぼれる言葉は紛れもなく私の本音だっただろう。その部屋は全体的に桃色で彩られていた。レースがふんだんに使われ、とても可愛らしい部屋だった。私には似合わないと感じるが、その部屋は本当に可愛らしく、此処が自分の部屋になるという事が信じられなかった。
「このお部屋、本当に使って良いの?」
もしかすると、私の部屋と見せかけて、別の誰かの部屋なのかもしれない。そう感じるほど可愛すぎて私には似合わない。ひどく場違いだ。
「もちろん。可愛い聖女様のために職人が用意したんだよ」
白鴎は出会った時から私の事を可愛いと言ってくれる。そんな事を言ってくれるのは、白鴎だけだ。きっと彼は私が聖女だからそう言ってくれているのだろう。白鴎も霙も聖女に思い入れがあるようだ。もしかすると、私も聖女だから優しくしてくれているのかもしれない。しかし、此処は私の部屋で間違いはないようだ。私が使うには勿体ない気もしたが、私の部屋という事は私しか使う人がいない。
「気に入らないなら別の部屋を用意させるぞ」
霙は気にした風もなく、私にそう言う。彼の場合、本当にそのようにしてしまいそうだ。
「違います、お部屋とっても可愛いから驚いただけです」
私に似合わない様な気がしただけで、部屋自体が嫌いな訳ではない。寧ろとても可愛いと思う。だから部屋を変えてもらう気なんてさらさらないのだ。1歩足を踏み入れると、まず視界に入ってきたのは可愛らしいベッドだった。お姫様ベッドとでも言えば良いのだろうか。ベッドの上部からカーテンのようなものが釣り下がっている。ベッドは少し高かったが、それを見越していたのか、足元には小さな踏み台がある。
早速私は靴を脱ぎ捨て、踏み台に足を置き、そこでとどまる。目の前に広がるベッドを見て、やはり今は此処では寝れないと思い、踏み台から足を下ろす。
「どうした?」
「あのね、お布団入るのはお風呂に入ってからが良いの」
私は少しどころか、とても汚れていると思う。そして、本当に今更だが、今私が着ているものは私のものではない。まるで子どもが大人のTシャツを着たようにダボダボの真っ白なワンピースを着ていた。先ほどまで履いていた靴は靴と呼ぶのもおこがましいものだった。いつから着ていたのかは分からないが、汗もかいてるし、やはり布団に入るならスッキリしてからの方が良い。
「分かった、今からお湯の準備をさせよう」
「良いんですか?」
「もちろんだ」
どうやら今からお風呂に入れるようにしてくれるみたいだ。きっとお風呂は気持ち良いんだろう。
「それまで何かをして待つか?」
霙の言葉にフルフルと首を振る。
「疲れちゃったから、少しだけお昼寝、しても良いですか?」
そう言って私はソファを指差してみる。
「ああ。ゆっくり休め」
2人とも少し微妙な顔をしていたが、汚れたままベッドに入るのは嫌だという私の主張を聞き入れてくれていたのか、頷いてくれた。そして、白鴎はどこからか大きなバスタオルを持ってきてくれ、それをソファにかけてくれた。正直な所、可愛いソファを汚してしまうのも少し嫌だったから、バスタオルを敷いてくれたのはとても嬉しい。ちなみに私は全然潔癖症などではないが、自分のせいで汚れるのが嫌なだけだ。靴を脱いでソファに蹲ると、どこから取り出したのか、霙が私に毛布をかけてくれる。とても暖かくて少し気が抜けた。睡魔に意識を預けていると、急に霙の手が近づいてきて驚いてしまう。しかしながら、霙はどうやら私の頭を撫でようとしてくれていたみたいで、私が目を瞑ると、頭を撫でてくれる。そして、私の体を撫でてくれているのは、恐らく白鴎だろう。優しい手にお腹を押さえていた手も緩んでいく。座っているより寝転んでいた方が慣れないお腹の痛みも良くなるだろうから、お昼寝をしようとしていた。本当は腹痛で昼寝が出来るか心配だった。食べすぎて腹痛だなんて言えない。まだ少しお腹は痛いが、頭と体を撫でてくれる手がとても優しい為、気が付けば私の意識は段々となくなり、暗闇に染まっていった。
次に目が覚めた時、腹痛はすっかりと消えていた。窓の外を見ると景色は真っ暗だった。
「よる、……?」
どうやら寝すぎてしまったようだ。深く眠りに入りすぎてしまった。普段ならば、少しの物音でも目は覚めるのに。ソファが柔らかく寝心地が良かったのも原因だ。周りを見渡してみると、此処には私以外誰もいない。起きた時に近くに誰かがいた方が驚く為、1人の方が助かったが。
目を覚ましてもまだこの世界にいるのはどういう事だろうか。此処は夢の中だと思っていたが、夢の中ではないのだろうか。それとも、夢から覚めてもなお、まだ夢を見てるという事だろうか。現実かもしれないとどこかで思いながらも信じきれないでいる。
コンコンというノックの音が聞こえてきた。返事をするとゆっくりと扉が開いて、入ってきたのは霙と白鴎の2人だった。
「起きたのか?」
「ご、ごめんなさい。何かお手伝いしようと思ったのに……」
自分でもこんなに眠るつもりはなかった。ご飯と居場所をくれた為、お手伝いくらいはと思ったのだが、何も出来なかった。しかしながら、私に出来る事なんて何もないかもしれない。だって私は他の人達と比べるととても小さく、きっと掃除道具だって満足に握れない。役立たずのレッテルを貼られたとしても、何も言えない。
「そんな事は気にしなくて良い。お前はまだ子どもだ」
「そうだよ。まだこの世界に来たばかりなんだから。それに貴女は聖女様なんだから幸せでいてくれる事が一番のお仕事だよ」
2人の言葉はとても優しい。でも、優しすぎるからこそ怖い。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうのは私の悪い所だと思う。こんなに無条件で優しくしてくれる人は周りにはいなかった。人間なんてそんなものだ。それに2人は私が聖女だからこそ、優しくしてくれているのだと思う。そして、信じたくはないが、2人は私の事を小さな子どもだと思っている。日本人は外国人から幼く見られると聞いた事があるが、今現状がそういう状態なのだろう。そして私が元々背が小さい事も関係しているのだろう。しかし、非常に不本意だが、その方が私にとっても都合が良いような気がする。幼い子どもと思われていた方が周りの人達も私に対して優しく接してくれるかもしれない。大人だと厳しく言われるような事でも、子どもだと許してもらえるかもしれない。それに何より、私はきちんと15歳で子どもではないと宣言はしているのだ。騙している訳ではない。私は聖女様らしく、この世界にいるだけで世界が幸せになるらしいから、ひどい事はされないだろう。
それにしても、幸せとはどういう事を言うのだろうか。幸せという意味は分かるのだが、私が幸せになれば世界も幸せになるというのは、幸せの定義がよく分かっていない私からすると、どう行動すれば良いのか分からない。幸せになるという事は、悲しい思いをしなければ良いという事だろうか。この世界は何もしなくてもご飯と居場所はもらえる様だから、一先ず、私が不幸になる事はないと思う。このまま生活をしていれば自然と幸せになれる。
何もしなくて良いと言われているが、何もしないのは落ち着かない。掃除でも料理でもなんでも良いから手伝える事はないだろうか。
私の身長が低いから、かえって迷惑をかける事になりそうな気がする。
「さてと」
霙がソファに座ったままだった私の脇をもって抱き上げる。
「?!」
急に視界が高くなった事にも驚き、思わず暴れてしまう。
「お、おろしてください!」
でも、全く降ろしてくれる気配はなく、寧ろ霙の左腕を椅子のようにして座らされてしまった。白鴎の方を見て助けを求めてみるが、「暴れたらダメだよ」とでも言うように頭を撫でられただけだった。抱き上げる必要がどこにあるのかは分からないが、降ろしてくれない様だ。これ以上暴れて2人の機嫌を損ねるよりは、諦めてじっとしていた方が良いかもしれない。冷静に考えると落ちてしまう可能性もある為、霙の服に抱きつく。そして、霙は私を抱き上げたまま歩き出した。白鴎は優しい笑顔で、笑いながら私達の後ろを歩いて付いて来た。何処に向かっているのかは分からないが、口出しをしても良いのか分からず、向かうべき場所に着くのを待ってみる。向かうのはこの部屋の外のようで、3人で私の部屋から出る。部屋の外に行く時は誰かと一緒の方が良いのだろうか。あまり1人で歩き回らない方が良いかもしれない。歩いていると徐々に体が暖かくなってきてるのが分かった。
体というよりは廊下が温かくなってきたのだろう。だからこそ体も徐々に暖かくなってきてる。一体どこに向かっているのだろうか。もしかすると、用済みで追い出されてしまうのだろうか。聖女はこの国にいるだけで世界が豊かになると言っていたし、私が此処の建物にいなくても、世界は豊かになるのかもしれない。追い出されたらどうしようか。考えたとしても仕方がない。追い出されたら、追い出された時に対処を考えよう。せめてもの抵抗に霙の服を掴む手に力は込めておく。
「着いたぞ」
霙と白鴎と一緒に入ってきた場所は、先程まで歩いていた廊下よりもさらに温かい所だった。
「ここは?」
どうやら追い出されようとしている訳ではない様で、寧ろ優しく私の事を床に下ろしてくれた。
「お風呂だよ」
「お風呂!」
白鴎の言葉に、思わず両腕を上げて喜んでしまいたい気持ちを必死に抑える。この温かい空気は、きっとお風呂からの温かさだったのだ。お風呂に入れるとは、此処は本当に天国ではないだろうか。夢よ、覚めないでくれ。此処はどうやら脱衣所の様で、服を入れるような籠が数人分しかない事から、誰かの専用のお風呂場かもしれない。更に多くの人が使うのならば、籠が沢山あるはずであるし、ロッカーの様なものもあるはずだ。
「さあ、入るぞ」
霙はそう声をかけて床に下ろした私の服を脱がせ始めた。
「…………?!」
あまりの事に驚き、思わず動きを止める。しかしながら、止まっている場合ではないと直ぐに気付く。
「じ、自分で脱ぎます!」
「ん?ああ、もう1人で脱ぎ着が出来るのか」
「まだ小さいのにすごいね」
15歳なのだから出来て当然だ。どうして15歳になってまで大人の男の人に服を脱がされているのだろうか。身の危険を感じてしまう。けれども、この人達は私の事を子ども扱いしていたし。もしかしてロリコンだろうかという恐ろしい考えが頭に浮かぶが、あえて頭の外に追いやる。お世話をしてくれている2人にそんな失礼な事を思うべきではない。でも早くお風呂に入りたい。その為には、服を脱がないといけない。
「あの、お洋服脱ぐから……」
部屋の外に出て行っていて欲しい。そう思うが2人を追い出すような真似をしても良いのか分からない。此処は2人の家のようなものだ。突然来たのは私の方。寧ろ2人を追い出した事で、私がよからぬ事をするかもしれないという事を危惧しているかもしれない。
「なら、後ろを向いている」
霙がそう言って、2人とも私の方を見ないように後ろを見てくれていた。部屋から出ていないにしても、後ろを向いてくれているならば脱ぐ所を見られている訳ではない。私はいつから着ていたのかよく分からない洋服をサッと脱ぎ、近くに置いてあったバスタオルで体を包む。服を脱いだ時に自分についている凹凸が何故かいつもより小さいような気がしたが、恐らく気のせいだと思う。もともとそんなになかったし。
「あの、入ってきます…………」
それでも勝手に入るのは良くないと感じ、おずおずと2人に声をかけておく。声をかけたからもう良いだろうかと思い、2人に背を向けながら浴室があるだろう方へ向かって歩いていく。
「ちょっと待て」
「待って」
行こうとした所で、両腕を後ろから2人に引っ張られる。バスタオルを巻いててよかった。巻いていなかったらずり落ちて2人に全部見られていたと思う。さすがに15歳の女の子として、恥ずかしい。家族ならまだしも、知らない人に見られるというのは、私の羞恥心が耐えられそうにない。
「我々も一緒に入るから少し待っていてくれ」
「え?」
霙の言葉に私は体だけでなく、表情まで固まってしまう。今一緒に入ると言っただろうか。
「ひ、一人で入れます!」
流石に一緒に入るのは無理だ。絶対に何が起きようとも絶対に無理だ。
「いや、しかし危ないだろう」
「危なくないです、私はもう15歳です。お風呂くらい一人で大丈夫です!」
元の世界では当たり前のように1人で入っていたのだ。今更1人が危ないという意味が分からない。
「尚更危ないだろう。まだ幼いのに」
「だから15歳です。幼くないです!」
「お前の身長では、浴槽に浸かる事はおろか、シャワーヘッドに手が届くはずがない」
霙にそう言われてしまうと、私は返す言葉がないと思ったが、そうでもない。今までだって普通にシャワーヘッドには手が届いていた。浴室にだって普通につかる事は出来ていたのだ。
「せ、せめて女の人にして下さい!」
「此処に女性はいない」
何故、女性はいないのか。いや、今はそんな事よりも
「馬鹿!変態!痴漢!いじめっ子!えーと、えっと、ば、馬鹿!」
「語彙力が乏しいのは分かったから大人しくしてくれ」
私と霙が言い争っている間に、白鴎はもう全部服を脱ぎ、お風呂に入る準備が出来ていた。幸い腰下はタオルで隠してくれている。
「ほら」
霙はそう言いながら私を抱き上げ、そのまま白鴎に渡す。つまり私は今、白鴎に抱っこされている状況だ。そして白鴎は私を抱っこしたまま風呂場に入っていく。
「白鴎さん、待って…っ」
そう言ってはみるが、白鴎は止まってくれず、風呂場に入ってしまった。そして、洗面器で浴槽からお湯を掬い私にかける。温かいお湯を浴びた所で思わず気持ちよさから息を吐いてしまうが、そんな私に構わず白鴎は私の体に巻き付いているバスタオルを剥ぎ取った。
「それじゃあ頭から洗っていくよ」
「??!!」
私は悲鳴をあげる事も出来ず、驚きのまま目を見開いて固まってしまう。白鴎には一切の躊躇がなかった。そして、白鴎は鏡の前にある椅子に私を座らせた。私はそこで別の意味で言葉が出なくなった。
「?!」
裸が恥ずかしいという理由も勿論あったが、今はそれだけではない。霙や白鴎がずっと私の方を見て「小さい」や「幼い」などと言っていた意味が漸く分かったのだ。そして先程私の体についてる凹凸が小さくなったような気がしていたのも気のせいではなかったのだ。つまりどういう事かと言うと、私は本当に5歳児ほどに体が小さくなってしまっていたのだ。低い背丈に柔らかい手足。膨らんだお腹。胸部にない凹凸。そして、幼くなった顔立ち。
どうして今まで自分で気付かなかったのかという疑問も湧いてくるが、本当に幼くなっていた。2人が私を1人でお風呂に入らせない事に納得してしまうくらいには小さかった。
「これが私、ですか?」
「うん、そうだね。聖女様はとても可愛らしいよ」
白鴎は私が何に対して驚いているのかよく分かっていない様子で私の頭にお湯をかけながら髪を洗ってくれる。今まで2人がとても大きいと感じていたが、私が小さくなりすぎていた訳だ。私の背はドアノブに手が届かないし、2人の腰までしか届かない。
「はぁ、気持ち良い」
先程までは恥ずかしくて仕方がなかったが、自分が幼くなった事を自覚してしまうと、裸になった事も不思議と恥ずかしくない。私に対する2人の態度が幼子に対する態度としか言いようがない事も、私の羞恥心を半減させた原因だろう。切り替えが早いとか諦めが良いとかよく言われるが、自分でもそう感じる。自分が小さくなってしまった事はあっさりと受け入れられた。これは夢だもの。これが現実だと良いなと思っていたが、身体の大きさまで変わるというのは、やはり夢としか考えようがない。このような事が現実で起こる訳が無い。
白鴎はまるで頭皮マッサージのようにゆっくりと頭を洗ってくれる。
「流すよ」
「はぁい」
ぎゅっと固く目を閉じれば、白鴎がシャワーで頭を流してくれているのが分かる。目に入らないようにと、より一層固く目を閉じれば、白鴎がクスリと笑う声が聞こえた。
「流石だな」
いきなり耳元で聞こえた声に、思わずビクリと体が反応する。どうやらいつの間にか霙もお風呂に入ってきていたようだ。音や気配を感じなかったから驚いた。
「白鴎の手は気持ちが良いだろう」
霙は私にそう聞いたので、迷わず首を縦に何度も振る。すると白鴎に「あっ。こら動かないで」と言われてしまう。
「よし、髪はおしまいだよ」
白鴎はそう言って私の髪の水気をとり、腰まである長い髪をくるくるとまとめてバレッタで留めてくれた。
「体、前は自分で洗う?」
白鴎の言葉に私は迷わず首を激しく縦に振った。先程遠慮なく私の体に巻きついたタオルを剥ぎ取った白鴎から出た台詞だとは思えないが、一応配慮はしてくれているという事で頷く。白鴎が私では手が届かないような所を洗ってくれている間に、私は自分の手が届く範囲を洗っていく。全体的に若返っている様な気がする。もちろん小さくなっている事もあるが、肌が柔らかくなっている。あと、怪我をして、消えないまま残っていた傷もすっかりと消えてしまっている。ニキビだってない。小さくなってしまった事には驚いたが、良い事もたくさんだ。
「流すよ」
白鴎が体を流してくれたので再び温かいお湯に触れ、気持ちよさから息を吐いてしまう。
「それじゃあ霙、交代だよ」
「ああ」
霙は私を抱き上げて浴槽の中に一緒に入った。どうやら霙は私が白鴎に洗ってもらっている間に隣で洗い終わっていたようだ。霙が一緒に浴槽に入ってくれてよかった。私一人だと足はつくが、立っていないと溺れてしまう。胡座をかいている霙の足の間に座っているが、霙の足は筋肉がついていて、なんだかゴツゴツしている。私の柔らかい肌とは全然違う。きっと力も強いのだろう。怒らせないようにしておこう。
「気持ち良いか」
「はい」
お湯が温かくて良かった。お風呂だから当たり前なのだろうけれど、今日は一段と寒い。
「昼間に、簡単に説明をしたが、他に何が聞きたい事あるか」
霙は急にそう言う。説明というのは、この世界についてだろう。私はこの世界について知らない事しかない。何を聞けば良いのか分からないが、強いて言うならば、
「この建物にはどれくらいの人がいるのですか?」
「この家の主人というと、聖女様だけだ。あとは聖女様の世話係。私達もこれに含まれる。あと、此処に入ってこれるのは使用人だな。何人か住み込みの使用人もいる」
主人は私だけで、後は世話係と使用人というのだから、すごく贅沢だ。もう一つ聞きたい事があるとすれば
「あの、さっきここには女性はいないって……」
これが私にとって驚くべき所だ。それならこの建物には私しか女性がいない事になる。困った時は誰に相談すれば良いのだろうか。
「元々この世界は女性が少ないからな。貴重な女性を外に出そうという男性もなかなかいない。何かあっては危ないからな。聖女の世界では、男女比はどうだったんだ?……ああ、いや。幼いお前に言ってもよく分からないか」
中身は15歳である為、分かってはいるが、幼子で通している為、言うべきか迷う。女性が少ないとは、そんな世界があるのか。日本とこの世界では異なる所があって、面白い。
「何だか眠そうだね」
私達がお湯に浸かってる間に、自分の事を洗い終わった白鴎も一緒に湯の中に入ってきた。余談だが、此処のお風呂はとても広く、体の大きい白鴎や霙が、足を伸ばして入っても更に多くの人が入れる。寧ろ、温泉のような広さだ。白鴎は寝ても良いと言ってくれるが、ここで寝る訳にはいかない。お風呂で寝たら溺死への道まっしぐらだ。せめてお風呂から上がって、脱衣所でないと溺れ死んでしまう。
「お湯には十分浸かったし、そろそろ上がるか」
白鴎はまだお湯に入ったばかりだから、もう少し一緒に浸かっていたい気もしたが、言われてみれば確かに少しだけ眠くなった気がする為、あがる事にする。霙の言葉に頷くと、霙は私を抱き上げ一緒に上がってくれた。
「あの、私は1人でも……。霙さんも少し温まってきた方が……」
「余計な気遣いは良い。1人にしておく方が心配だ」
「ご、ごめんなさい」
言葉に反して、霙の手はとても優しい。下を向いている私に構わず、優しい手つきでタオルで水を拭き取ってくれる。髪の毛だって犬猫のように手荒に拭かず、優しく水気を取ってくれる。自分で出来るのにと思いながらも、誰かにやってもらうという経験がない私は胸を踊らせながら身をまかせる。
「腹は空いてないか?」
何故今聞くのかは分からないが、食事を満腹になるまで食べたばかりだから特には空腹になる気配はない。
「大丈夫です」
「そうか。拭き終わったから、これを着てくれ」
霙が差し出したのは、桜色の可愛らしいパジャマだ。ワンピースの様になっており、頭から簡単に着られる。霙は着てくれと言ったにも関わらず、結局は服を着せる所までやってくれた。言いたくは無いが、下着も履かせてくれた。恥ずかしいが、私はまだ小さい子どもらしいので、そういうものと思っておこう。そのように思っておかなければ、私の精神が耐えられない。羞恥で死んでしまうだろく。
こんなに可愛らしいワンピースを着たのは久しぶりだった為、つい頬が緩んでしまうような感覚がする。そして精神年齢が下がっているとは思うが、スカートの裾を持ったまま回ってみる。今は私は子どもだから良いのだ。霙が私を見て吹き出す気配がしたが、気にしない事にした。
「さあ、部屋に戻るぞ」
霙はそう言って来た時と同じように私を抱き上げ、部屋に向かって歩き始める。私は最後にお風呂場の方を見てみるが、白鴎はゆっくりとお風呂に浸かりたいのか、出てくる気配がなかった。
部屋に着くと私は真っ先にベッドに下ろされた。
「寝る前に何か飲んでおかないとな。レモン水は飲めるか?」
レモン水は酸っぱいが、飲めないという訳ではないと思う。
「はい、大丈夫です」
私が頷くと霙は部屋の中に設置されているキッチンの方に向かって歩き、冷蔵庫からレモン水が入ったボトルを取り出した。今までこの部屋にキッチンがある事に気が付きもしなかった。
「あぁ、そうかすまない。この部屋の説明をしていなかったな」
霙は私にレモン水を差し出しながらそう言う。私もベッドばかりに目が行き、他の所に目が行ってなかった為、仕方がない。お互い様というものだろう。
「あっちはキッチン、そしてこっちはトイレだ。キッチンは聖女の高さも足りないし、火は危ないから1人では絶対使うなよ。トイレは大人用だが、子ども用のカバーもはめているから大丈夫だろう。踏み台も置いているからな」
確かに私が大人用のトイレに行ったのならば、お尻がはまってしまう自信がある。先程までの私なら「失礼な!」と思っていただろうが、小さくなってしまったと分かった今では踏み台やカバーは絶対必要だ。
「この部屋にももちろん風呂場を設置してあるが、聖女がこんなに小さいとは思わなかったのでな。一人では入れられんし、この部屋に設置させている風呂場は1人用だから、私と白鴎が聖女を洗おうと思えばこの風呂場では、広さが足りん」
どうやら1人で入らせてくれるという選択肢はないようだ。先程入ったお風呂は誰のお風呂だったのだろうか。私の疑問を感じ取ったのか
「あれは守護者である私と白鴎専用の風呂だ」
と教えてくれた。
「今日はもう疲れただろう寝なさい」
霙は私が飲み終わったレモン水を取り上げ、私を寝かす。横になると途端に眠気が襲ってくるが、まだ寝る訳にはいかない。これはとても素敵な夢だから、こんなに幸せな経験をさせてくれた2人に挨拶もなしに眠る事は出来ない。
「寝ないのか?」
霙は優しい手で、私の頭を撫でながら体を寝かそうとしてくれる。これにより、本当に眠たくなってくるのだから、霙の手は恐ろしい。
「白鴎さんも……、」
「白鴎?もう少しで戻ってくると思うが」
それなら尚更待ちたい。霙の寝かしつけに抗いながら必死に目を開ける。目が閉じてしまいそうになる度にはっと起きる。そうだ。こういう時、羊を数えれば良かった気がする。羊が一匹、羊が二匹、羊が――、違う。それは寝れない時に、眠る為にするものだ。
「もう寝ろ」
首を横に振る。
「何でそこまで寝たくないんだ?」
「あ、あのね。白鴎さんにも、おやすみ、言いたいの」
「……そうか」
ちらりと霙を見てみるが、怒ったような様子では無い。寧ろ、何かを耐えているような様子だ。もしかすると、我儘を言った事に対して怒るのを我慢しているのだろうか。
「ご、ごめんなさい。もう寝ます……」
諦めて寝ようと思い、目を閉じようとする。しかしながら、それを阻止したのは霙だった。
「霙さん……?」
霙は私を抱き上げ、ベッドから降ろした。これは本格的に怒っているのだろうか。布団で寝る価値は無いから床で寝ろという事だろうか。けれども、床には下ろしてくれず、ベッドサイドの椅子に座っている霙の足に座らされた。
「……、まだ寝たくないのだろう。本でも読んでやろう」
「!」
やはり優しい。霙は元々本を読んでくれようとしていたのか、ベッドサイドの引き出しを開けると絵本が数冊でてきた。何故絵本なのかは私の見た目の年齢で察して欲しい。
「ただし、白鴎が戻ってきたら直ぐに寝るんだぞ」
霙の優しい妥協に迷わずこくこくと頷く。
「どれが良い?」
ベッドに広げられた絵本は三冊。『白雪姫』『かぐや姫』『シンデレラ』だった。どれも見覚えのある本だったのが不思議だった。
「これは以前落ちてきた聖女様が書いた本だ」
見覚えのある本である事に納得した。その聖女様は間違いなく日本人だろう。もしくは日本が大好きな外国人。「どれが良い?」と再び聞かれたので『かぐや姫』を指さす。このお話は奥が深い。
しかしながら、絵本を読んでもらう事にしたのは失敗だった。霙が下手だった訳では無い。寧ろ逆だ。上手すぎて、かぐや姫が三つの欲しいものを挙げた所あたりで眠くなってきてしまっている。先程から何度も首が上下している。そろそろ絵本に顔から直撃するのではないだろうか。
「……もう寝よう」
霙は私がそろそろ限界が来ていると悟ったのか、絵本を閉じてしまった。まだ白鴎は帰ってきていない。霙が私をベッドに戻すのを阻止する為に、霙の服をしっかりと掴む。眠くて力が入らないが、きっと白鴎はあと少しで戻ってきてくれると思う。
そして、コンコンとノック音が聞こえた。
「まだ寝ていなかったの?」
待ち望んでいた白鴎がやっと戻ってきてくれた。
「白鴎、聖女に挨拶をしてやれ。睡魔に襲われながらも、お前に挨拶がしたいと待っていたんだ」
「何、その可愛いおねだりは」
「霙、さん……、はくお、さん。おやすみ、なさ…。」
最後まで言い切る事は出来なかったが、なんとか挨拶は出来た。これでもう、思い返す事はない。
「おやすみ」
「おやすみ。また明日」
霙が私を布団に戻し、二人が私を撫でてくれているのを感じながら眠りについた。良い夢だった。これで、私は現実に戻るんだ。
神様、素敵な夢を見せてくれてありがとう。
素敵な夢に感謝しつつ眠った夜。もうこれで本当に夢は覚めてしまうのだと感じながら眠った。あの優しい二人とも、今度こそ本当にお別れだと思いながら「おやすみ」を言った。
それにも関わらず目を覚ますと、再び2人の顔が飛び込ん出来た。




