009「こくおうってなぁに?」
今日の朝焼けもとても美しかった。赤が青に染まっていく世界は、どこか別世界のようでいて、ひどく眩しかった。
今日も変わらず絵本を読んで、霙と白鴎が来るのを待つ。漸く「シンデレラ」を読む気にもなり、憧れていたお姫の絵本に目を通す。
シンデレラストーリーなんて言葉を聞くけれども、シンデレラストーリーの結末は王子様と結ばれる事なのだろうか。それとも、好きな人と結ばれる事だろうか。多分どちらも違うと思う。
私にとってのシンデレラストーリーの結末は誰かと結ばれる事ではなく、幸せになる事だ。現在の私は幸せだから、シンデレラストーリーの結末と同じだと言っても過言ではない。
結末が私自身と一緒ならば、より物語を深く楽しめる。
「……おしまい」
ゆっくり読んでいた為、読み終わるまでに時間はかかったけれど、霙達が来るまでに読み終わってしまった。もう1冊の本に手を伸ばそうとしたけれど、今日はそんな気分にはなれなかった。隣を見るとみーも「ゴロゴロしなよ」と言っている気がする。だからといって、布団の上を転がるだけも暇だ。
布団の上で窓の向こうに広がる青い空を眺める。ここに来てから少しだけ時間が経ったけれど、空はいつだって青い。雲がかかる事はあるけれど、雨が降る事はない。それは季節故に降らないだけか、それとも偶然か。もしくは、降水量が少ない国だからか。
どちらにしろ雨はあまり好きではない。嫌いと言われればそうではないけれど、雨を好む人は少ないのではないのだろうか。
「暇だねぇ」
こんなにもやる気が出ない。働きたい訳ではないけれど、ゴロゴロしているだけだなんて罪悪感がすごい。
勿論、働かなくても良いならばその方が良いというのが本音だけれど、それでも衣食住において世話になっているというのに何もしないというのはどうなのだろうか。
それとも「セイジョサマ」はこれが普通なのだろうか。
そもそも背の低い人間を働かせようとはしないだろう。働いていても返って邪魔になる事は分かりきっている。
それならば、私に一体何が出来るのだろうかと考えても答えは出ない。自分の力で出来る事を増やしていかない事には何も出来ない。
「空が青い」
雲ひとつない空は、どこまでも晴れ渡っていて、まるで海のようだった。
鳥さえ飛んでいない空はどこか寂しそうだったけれど、どこまでもどこまでも続く空はきっとこの世界の全てを見る事が出来る。それを羨ましいと思いつつも、どこか恐ろしく思えた。
「おはよう」
「おはようございます」
いつも通り布団で待っていると霙と白鴎が来てくれた。
「何か飲む?」
着替えなどの準備が終わった所で、白鴎がそう聞いてくれたので、私は迷いなく。
「ココア!」
と答える。恐らく食事まではまだ少し時間があるけれど、ココアでお腹を満たしておくのも悪くない。
「分かった。ちょっと待っててね」
白鴎がそう言うとキッチンの方に向かって歩いて行った。私はそんな白鴎を見送りつつ、霙の方に手を伸ばす。霙も既に心得ているのか、私を抱き上げたまま白鴎の方に向かっていく。そうすれば、私は霙の上から鍋の中を覗き込む事が出来た。温かくて甘いココアが出来上がっていく様子を傍で見られるというのも贅沢だ。
目によく焼き付けておきたい。
あぁ、そうだ。絵に描くのも良いのではなかろうか。
「霙さん、あっち!」
スケッチブックがある方向に向かって指さしをすると、霙はそちらの方に向かって歩いてくれた。
スケッチブックと色鉛筆を取り出し、それらを持ってソファーに座る。スケッチブックの2ページ目を開いた所で白鴎がコップにココアを入れて持ってきてくれた。白い湯気が立っている事から、ココアが熱いだろう事ははよく分かる。だからこそ今絵を描いても問題ないだろう。
「絵を描くの?」
「うん、ココアの絵を描くの」
「そっか」
行儀は悪いかもしれないけれど、それを咎められる事は無かった。机の上にあるココアを目の前にしてスケッチブックに色鉛筆を走らせていく。ココアの色は何色だろうか、茶色に見えない事もないけれど、よくよく見ると赤みがかっている。けれど赤ではない。赤茶色というのも少し違うかもしれない。色の配合が難しいけれど、とりあえず、メインは茶色だろうか。ココアは好きだし、美味しそうに描いてあげたい。
今日のコップは白だから白い色鉛筆と言いたい所だけれど紙は白いから黒で描こう。コップは少し丸みを帯びている。私の角度からは丁度中身も見える。今日はこの間の弁当みたいに沢山の種類が無い為、直ぐに描けそうだ。次は中身のココアだけれど、何色で描こうか。とりあえず茶色で塗る事は決まっているけど、茶色と言われると少し違う気がする。けれども、もう茶色で良いだろう。茶色で、ココアの所を塗るとココアの出来上がりだ。
「あ、」
大事なものを忘れていた。今度こそ白の色鉛筆を取る。
「もくもくもく~」
温かいと主張する湯気は必要だ。円を描くように上の方に流れていくように湯気を描いていく。子どものお絵描きとしては、このようなものだろう。
「でーきた!」
さて、冷めないうちにココアを飲もう。熱すぎず、飲みやすいはずだ。
「絵を見せてくれるか?」
「はい!」
ここで描いているのだから、そう言われる事は予想していた。戸惑わず霙にスケッチブックを差し出す。
「どーぞ!」
霙達がスケッチブックを見ている間に、私はココアを味わう事にする。
決して反応が気になるとかではない。そわそわするから、ココアを飲んで誤魔化してる訳でもない。
「よく、描けている」
この間描いた一枚目の絵の所もペラペラとめくりながら感想を教えてくれる。
「ありがと、ございます」
少し照れくさい。今度こそ照れ隠しにココアを一口飲む。
「?」
いつもと違うように感じる。もう一口飲んでみるけれど、やはり違う。何が違うかと言われても分からない。しいていうならば、いつもの幸せを感じない。美味しい事に間違いはない。飲めない訳ではない。けれど、何かが違うのだ。もしかして、体調でも悪いから味覚がおかしくなっているのだろうか。
「聖女様、どうかした?」
「あ、なんでもない!」
けれども体の不調は特に感じない為、霙達に心配をかける理由にはならない。もしかすると、白鴎が少し分量を間違ったのだろうか。分からないけれども、私は自分でココアを作る事が出来ない為文句を言うつもりはない。
美味しい事に変わりはないのだから。
「ごちそぉさまでした!」
少しだけ下にココアが溜まってしまったけれど、これは味が濃すぎて飲めないから残っても仕方がない。
「おそまつさま」
白鴎がココアのコップを片付けてくれた。キッチンにミントの爽やかな匂いが漂う。
「そういえば、霙」
「なんだ」
「あの事言っとかないと」
「あぁ、忘れていた」
あの事とは一体何だろうか。けれど2人揃って私を見るものだから、きっと私に何か言わなければならない事があるのだろう。正直全く予想はつかないが2人の雰囲気を見るに、お叱りではないような気がする。
2人は先程まで座っていたソファにもう一度座り直す。何やら大事な話のようだ。取るに取らない話だったのならば、白鴎が洗い物をしながらでも話せるはずだけれど、わざわざソファーに座り直して話をするという事は、何か改まった話、もしくは大事な話のだろう。
「あの、それで話って」
2人が顔を見合わせたまま難しい表情をしているのに気づき、私は思い切って話を振ってみる。すると、霙はポケットから一枚の手紙を取り出した。
「?」
その手紙がどうかしたのだろうか。あの手紙は恐らく霙宛の物だろう。私には文通をするような関係の人はいないから、私宛に来たという事は絶対にない。しかしそうだとすると、霙宛の手紙をどうしてわざわざ私に見せるのだろうか。
「この手紙の事なんだが」
霙は今にもため息をつきそうな表情で言葉を続ける。
「国の方には聖女様が現れたという報告をしているのだが、国王から1度聖女様にお会いしたいと手紙が届いた」
「こく、おう?」
「ああ」
こくおう。
「こくおうってなぁに?」
というよりは誰という方が正しいだろう。
「国で聖女様の次に偉い人だよ」
白鴎が簡潔に答えてくれた。
「セイジョサマの次……」
その聖女様というのが私である為、国王とは私の次に偉い人という事だろう。
「どれくらい偉いの?」
私の次と言われても、私がどれだけ偉いのか分からない。確かにここでは大切にされていると思うけれど、それが偉いからか、私が子どもだからかは分からない。
「聖女様はこの国で1番……、というより、世界全体で1番尊い存在だ」
「……ふぇ?」
予想外の返答に思考が一度停止した。
「………………えぇ?」
理解が出来ない。今まで一般市民、平民、その他大勢。そんな言葉しか似合わないほど普通の一般人だった。偉い、尊いという言葉とは反対だった。そんな私が世界で一番偉い。理解が出来る訳がない。意味が分からない。怖い。
つまり国王は私より偉くはないけど、私が世界で一番偉いならば、その次に偉い国王も偉い人という事だろう。そのような偉い人が私に会いたいとはどのような理由があっての事だろう。いくら今私が偉い存在だったとしても、元はただの一般市民。
そのような偉い人に会いたいと思うはずもない。
「もっと前から謁見の申し込みは来ていたんだが……」
「まぁ、簡単に言うと無視してた」
「えっ?」
偉い人を無視してたという言葉にすっと顔から血の気が引く。ただ今の所は実質的に何の被害もない事から顔色をすぐに戻す。
国王からの申し込みを拒否する事が出来るのならばそのまま拒否し続けて欲しかった。だが、その拒否を霙達の名前を使って拒否していたならば良いが、もし私の名前を使って拒否していたならば。
私はどのような罰を受けるのだろうか。
考えただけでも恐ろしい。
「聖女様が生活に慣れてからと思っていたのだが、5通目を過ぎたあたりから来ないなら乗り込むと……」
「ひぇ」
5通も来ていたのか。
断りする事は可能だろうか。いやしかし、すでに4回は断っているという事だ。これ以上断るのは流石に無理だろう。
「わかり、ました……」
渋々だけれど。本当に渋々だけれど、私はその申し出を承諾するしかなかった。
乗り込まれるのは困る。
「これから会う訳では無いのですね」
あの後、白鴎は「それじゃあ、ご飯にしようか」と言って食事の準備を始めた。
今すぐに行くのだろうと少しでも決意を固めた私の覚悟を返して欲しい。
「急だったら聖女様も、心構えも出来ないでしょ」
「……はい」
正直まだ覚悟は出来ていない。
「だから明日ね」
「あしたですか!?」
心構えが出来ると油断したけれどその油断も一瞬で打ち砕かれた。想像よりも短いその期間は果たして私に本当に心構えをさせてくれるのか。確かにこれからすぐに会うよりは幾分か良いとは思うけれどそれでもさほど変わらない。
むしろ、明日行くという事で、今日は緊張から眠る事が出来ないかもしれない。こちらの世界のマナーなどは大丈夫だろうか。元の世界でも立場の高い人に会う為のマナーなど学んだ事がなかった。少しくらいの無作法があっても仕方がないと思う。霙と白鴎もいてくれるとは思うし、私の方が王様より偉いらしいからきっと何とかなると思う。
それにしても聖女という存在の立場は本当に高いのだと実感する。立場の高い人の一挙一動は多くの人に影響を与えると聞く。これからの行動を気をつけていかなくてはならない。
食事を取りに行っていた霙が帰ってきたのか、ドアの前で足音が止まった。私の気のせいでなければ、足音は霙のものだけではなかった。白鴎はこの部屋にいる為、もしかしたら績や彩月が遊びに来てくれたのかもしれない。一緒に食事をしてくれるのだろうか。
コンコンとノックの音が聞こえてきたので、返事を返す。績だろうか、それとも彩月だろうか。
「聖女様、邪魔するぞ」
入ってきたのは霙と、全く予想していなかった人だった。
「あっ、昨日の!」
「よっ」と、片手を軽くあげた彼は、昨日調理場で会った男の人だ。
「こんにちは」
「あぁ。こんにちは」
挨拶を返してくれた彼の元へ歩いて近寄って行ってみると、彼はやはり料理人だからか美味しいものの匂いがしてきた。先程まで料理をしていた事も関係しているのかもしれない。
「今日はどうしたんですか?」
とはいえ、彼がどうしてここに来てくれたのか分からない。
「ん? 昨日顔見知りになったから、聖女様も俺が会っても緊張しないと思って昼食を届けに来た」
今まで私が彼と会わなかったのは、彼が遠慮してくれていた様だ。そのように気遣ってくれるのは嬉しい。思えば昨日も彼の言葉や態度は優しかった。最初から私が聖女だという事に気づいていたからこその行動なのかもしれないが、それでも私にとっては十分な優しさだった。
そして私はふと昨日別れてから気付いた私の失敗を思い出す。
「あの、お名前は?」
彼が私の事を知っていて会話が成立していた為、自己紹介をする間もなかった。
「言ってなかったか? 俺の名前は緑弥だ」
以前聞いた名だ。私のご飯を作ってくれていた人だ。
「緑弥さん、おいしいごはん、ありがとぉ、ございます」
「どういたしまして。いつかトマトも食えるようになろうな」
「……」
出来ない事にむやみに頷いてはいけないと習った気がする。だから、私は頷かない。そっと目を逸らす。
「ははっ、正直者だな」
褒められました。
「聖女様が昨日会ったのってやはり緑弥の事だったんだね」
「はい! 美味しいご飯、くれました!」
もう一度あのトマトスープが飲みたい。トマトは苦手だけどあれなら食べられる。また、あそこへ遊びに行くのもいいかもしれない。例えご飯をもらえなかったとしても、料理をしている所を見るのは楽しそうだ。料理はまるで魔法のようだと思う。ただの食材が料理をする事で、美味しいご飯に変わるのだから。
「はっ!」
つまりは、
「緑弥さんは魔法使い……?」
という事になるのではなかろうか。思わず尊敬の念を緑弥に送る。緑弥は私の言葉にきょとんとした顔をするが、その後にニヤリと口の端をつり上げる。
「ああ、俺は魔法使いだ」
「!」
やはり緑弥は魔法使いだったようだ。
「そんな魔法使いの俺から、昨日約束したご飯だ。ほら、サンドイッチとミートボール」
「!」
早い。昨日お願いしたばかりにも関わらず、早速作ってくれたのか。
緑弥がトレーの蓋を外すと、昨日、私が緑弥に見せたおままごとの食材とそっくりなものが出てきた。
「すごい!」
一目見ただけなのに、こんなにも正確に再現出来るものなのか。目の前の輝かしい食事がより一層美味しそうに見える。おままごとで見た時は分からなかったけれど、本物見てみると、このようなものなのかと、知識として頭に入れる。今まで名前すら知らなかったサンドイッチはレタスやチーズをパンで挟んでいる。
だが、やはりミートボールとハンバーグとの違いが分からない。ただ思ったよりも小さくて一口で食べられそうだという事はわかった。
思わず横におままごとの食材を並べてみたくなる。むしろ緑弥なら私が作った弁当をそのまま再現出来るのではないだろうか。今度実際にお願いしてみても良いだろうか。
そんな事よりも、
「いただきまぁす!」
両手を合わせて目の前の食事を食べる事にする。まずはサンドイッチ。フォークでサンドイッチを突き刺すけれど、何故かうまく刺せない。パンが柔らかいのか、一番上のパンはフォークで刺す事が出来たのだけれど、一番下まで通っていない。このままフォークを持ち上げると、恐らく一番上のパンとレタスだけ取れて剥がれてしまいそうだ。
「……これは手で食べてもいいんだぞ?」
「そぉなの?」
フォークがあったからフォークで食べるものかと思っていた。私が食べるのが下手くそだから妥協してくれているのだろうか。
本当に手で食べても行儀が悪いと怒らないだろうか。
顔色を伺いつつ、手でサンドイッチを持ってみる。思ったよりもずっしりとしている。三角の尖っている所を口に含むと、ふわりとしたパンとシャキッとしたレタスが口の中に入ってきた。卵やチーズ、ベーコンは入ってこなかった。
ただのパンだと思っていたけれど、パン自体に何か塗ってあるのか、ほんのり甘い。
「本当はトマトも入れようと思ったんだが、」
この言葉を聞いて、私は全力で首を横に振る。
「そうなると思って入れていない」
それはとても良い判断だと思う。
二口目を口に入れると卵やチーズベーコンも口の中に入ってきた。
「!」
これがサンドイッチ。
パンだけ。ベーコンだけ。レタスだけ。それだけでも十分美味しいのに。そのままでも十分美味しい野菜たちが、合わさる事で更に美味しくなった。材料を挟むという単純な料理にもかかわらず、こんなに美味しいだなんて。
「また花散ってるぞ」
「お気に召したようだな」
また一つ。小さなときめきを見つけた。
「ほら」
幸せに浸っていると、白鴎がミートボールをフォークに刺して口元に持ってきてくれた。
「あむ」
美味しい事はもう分かっている。緑弥が作ったものだから。迷わずに口を開く。
1口齧ってみると、中から肉汁が溢れてきた。
「じゅわっていった!」
感動して思わず叫ぶ。どうやって作ったのかは分からないけれど、思ったよりもずっと柔らかかった。
「所でハンバーグとの違いはわかった?」
「……?」
そこまで聞いて、漸く自身がハンバーグとミートボールの違いを見極めたかった事を思い出す。
だが、思わず白鴎の質問に首を傾げる。やはりどちらも丸い。そして茶色。しいて言うならば鳶色と焦茶という違いだろうか。ただ多少の色の違いで食べ物の名前が変わるはずもない。
「分かんない」
どちらも美味しいけれど、味の違いは分からない。
私の舌はポンコツだ。
そして答えは教えてもらえなかった。
私の舌が白旗をあげた。
おままごとの食材の中から見つけ出した大きくて丸いハンバーグと小さくて丸いミートボールを並べる。
なぜ人々は似たものに違う名前をつけたのか。似たものであれば同じ名前でも良いというのに。
そこまで考えて、少し後悔した。
「生き物と一緒だ」
私達にもそれぞれに名前があるように食材に料理に名前がある。それと同じ事だ。自分の不都合になった時だけ名前を拒絶するなど高慢というものだろう。私は神ではないのだから与えられた名前を忌避してはならない。
つまりは、ハンバーグとミートボールは違うものだからこそ、それぞれの名前を与えられたのだろう。
それに少しの羨ましさを覚えながら、おままごとを綺麗に片付ける。
「はぁ、」
暇になると思い出してしまう。私は明日、「コクオウ」という人に会うのだ。どうやら偉い人らしいし、粗相がないようにしなければならない。
「みーはいいなぁ」
腕の中にいるぬいぐるみを眺める。
役割なんてなくて、ただ、愛されるだけでいい。それが羨ましい。是非、変わってほしいぐらいだ。自身の与えられている環境を理解しながらも心底羨ましいと思う。
私に求められている役割も同じようなものだ。何もしなくていい。ただ、毎日を過ごせばいい。
羨ましいと感じていた役割だが、実際にそれを自分が求められていると思うと、どこか複雑だ。
ぬいぐるみのみーからすれば、動いて言葉を話す事こそを羨ましいと感じているのだろうか。
あぁ、本当に私はなんて面倒くさいんだ。こんな事を考える自分も好きではない。
「いいなぁ」
窓の外で優雅に飛んでいる鳥を眺めていると、あのようになりたいとすら思ってしまう。人は空を飛べるはずもない。どうして人間にはあのように綺麗で真っ白な羽がついていないのだろうか。あれほどまでに綺麗な羽を持っていたならば、どこにだって飛んでいけるというのに。
ああ、でも。
「ふふっ」
綺麗な真っ白い羽を持っていながらも、高く飛ぶ事が出来ない鳥を思い出して微笑む。あの「コケコッコー」という雄叫びをもう一度聞きたくなってきた。
ニワトリも空高くそびえる青を一度は夢見たのだろうか。
スケッチブックを取り出し、地をかける白い鳥を描こうとして、やめる。ニワトリは白くて、ここには写らない。白の世界では、彼らは目立たない。
それ程に深く、この世界と馴染んでいる。
きっと描いたら顔しか残らない。そんな姿も面白いとは思うけれど、その為に貴重なスケッチブックの一ページを使うのももったいない。何より今目の前にニワトリがいる訳ではない為、見て描く事も、思い出して描く事も不可能だ。
ニワトリと言われると頭にイメージは浮かぶものの、詳細には思い出す事が出来ない。けれど、別にそこまで描きたい訳ではなかったから、スケッチブックを片付ける。
そのあと、窓の外をひたすらずっと眺めていた。
青い空には白い雲が陰り、鳥は白い翼をはためかせて、空いっぱいに広がっていく。青と白のコントラストが私の視界を埋め尽くした。
青い空が赤色に染まっていく様子は、美しく、まるで燃えているようだった。夕日が見られたのは一瞬で、その後は深い暗闇に染まっていった。
移り変わっていく窓の外を飽きる事もなく、ただ静かに眺めていた。
ぼーっとしているなんて時間がもったいないなんて言う人もいるかもしれないが、私はそんな時間がとても好きだった。
「何も考えずに」ただ、窓の外だけを見つめた。
夜は驚くほどぐっすりと眠れた。
きっと、次には長い長い朝がやって来る。




