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第35話 カイちゃん

 光が、一気に溢れ出した。


「っ――!」


 レオンが目を覆う。

 視界が白く染まる。

 音も。

 感覚も。

 全てが、一瞬で掻き消えた。


 やがて。

 静かに光が薄れていく。


「……ここ、は」


 ルーメリアが、呆然と呟く。

 景色が変わっていた。

 

 静かに降り続ける白い雪。

 小さな村。

 古びた木造の家々。

 煙突から昇る煙。

 遠くで、子供達の笑い声が聞こえる。


「なんだよ……これ」


 レオンが周囲を見回す。

 エリシアも、戸惑ったように目を瞬かせていた。

 

 カイトだけは、動かなかった。

 灰色の瞳が、目の前の景色を見つめている。

 その顔色が、僅かに白い。


「……教官?」


 レオンが声を掛ける。

 返事は無い。


 カイトは、小さく目を伏せた。


「……やめろ」


 掠れた声。


「これは――」


 その時だった。


『カイちゃーん!』


 明るい少女の声。


 カイトの呼吸が止まる。


 全員が振り向く。

 雪道を、一人の少女が駆けて来ていた。


 黒髪。

 柔らかな笑顔。

 年齢は、今のルーメリア達より少し上くらい。

 その手には、紙袋が抱えられている。


「また一人でどっか行って!」


 少女は、少し怒ったように頬を膨らませた。


「ちゃんと着込まないと、風邪引くでしょ?」


 そのまま。

 目の前の少年へ、厚手のマフラーを巻き直す。


 そこに居たのは。

 黒髪の少年だった。

 灰色の瞳。

 無愛想な顔。

 年齢は十歳前後。

 今よりずっと幼い。

 それでも。

 間違いなく、カイトだった。


 レオンが目を見開く。


「……は?」


 少年カイトは、面倒そうに顔をしかめる。


「子供扱いしないでよ」


「子供でしょ、まだ」


 少女が笑う。


「あと、ちゃん付けやめてって言った」


「えー?」


 わざとらしく首を傾げる。


「カイちゃんって、可愛いのに」


「嫌だ」


「はいはい」


 苦笑しながら、少女は少年の頭を撫でた。

 その仕草が、あまりにも自然だった。


 ルーメリアは小さく、目を伏せる。

 黒い髪。

 灰色の瞳。

 柔らかな笑顔。

 分かってしまった。

 この人が、ノエルなのだと。


「……教官」


 レオンが、小さく声を漏らす。

 カイトは答えない。

 ただ。

 目の前の光景を、静かに見つめていた。

 ノエルは、紙袋から小さなパンを取り出す。


「はい。今日の戦利品」


「……また貰ったの?」


「失礼な」


 ノエルが頬を膨らませた。


「ちゃんと手伝った結果ですー」


「どうせおまけされたんでしょ」


「細かい事言わない」


 笑い声。

 暖かな空気。

 雪の降る寒い村なのに。

 そこだけ、妙に暖かかった。


 不意に。

 ノエルが空を見上げる。

 笑顔のまま。

 でも、ほんの一瞬だけ。

 ひどく寂しそうな顔をした。

 カイトが気付く。


「……姉さん?」


「ん?」


 ノエルは、

 すぐ笑った。


「なんでもない」


 柔らかな声。

 だけど。

 カイトは、少しだけ眉をひそめていた。

 その瞬間。

 景色が、微かに揺らぐ。

 雪景色が歪む。

 黒い影。

 一瞬だけ。

 ノエルの背後へ、黒い何かが滲んだ。


 エリシアが息を呑む。

 だが。

 次の瞬間には、消えていた。

 ノエルは、何も知らないみたいに笑っている。


『カイちゃん』


 優しい声。


『置いていかないでね』


 その言葉に。

 今のカイトの指先が、僅かに震えた。


 ふいに。

 ノエルの笑顔が、白い光へ溶けていく。


 次に聞こえたのは、

 別の少女の声だった。


『レイヴンさん!』


 金色の髪の少女が、立っていた。

 真っ直ぐにカイトを見上げている。


「私に、剣を教えてください!」


 声が、震えていた。


「守られるだけなのは、もう嫌なんです!」

 

 レオンが、目を見開く。


「……エリシアさん、なのか?」


 ルーメリアは、静かにその少女を見つめていた。


「……三百年前から、教官の教え子だったんですね」


 エリシアが、小さく目を伏せる。

 指先が、僅かに震えていた。


「……っ」


 ルーメリアが目を細める。

 光が強い。

 記録が、次の場面へ移ろうとしていた。


読んで頂き、ありがとうございます。

もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、

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