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第13話 俺にも背負わせてください

 朝。

 昨夜の騒ぎが嘘みたいに、空は晴れている。


 けれど、学園に残った傷は、まだ消えていなかった。


 砕けた石畳。

 焼けて崩れた壁。

 

 生徒たちは、不安げな顔のまま校舎を行き交っている。

 誰もが、昨日の怪物を忘れられていなかった。


 ◇


 訓練場。

 乾いた音が、何度も響いていた。


「はぁっ!!」


 レオンが木剣を振る。

 踏み込み。

 斬る。

 叩き込む。


 止まらない。

 汗が地面へ落ちる。


 腕が軋む。

 それでも、止めなかった。


「……壊れますよ」


 静かな声。

 振り向かなくても分かる。


 ルーメリアだった。


「うるせぇ」


 レオンは剣を止めない。


「昨日、怪我したばかりでしょう」


「分かってる」


「なら――」


「分かってるけど!」


 鈍い音。

 木剣が、強く木人へ叩きつけられる。

 レオンは荒い呼吸のまま、俯いた。


「……何もできなかった」


 掠れた声。


「また、助けられた」


 脳裏に焼き付いている。


 怪物。

 恐怖。

 死。


 ルーメリアは黙った。

 エメラルドグリーンの瞳が、静かに揺れる。


「強いかったですね」


「そんな話じゃねぇ」


 レオンは歯を食いしばる。


「なんで、あんな苦しそうなんだよ」


 その言葉に。

 ルーメリアの呼吸が、ほんの少し止まった。


 昨夜。

 怪物を見ていた時の、カイトの目。

 怒りじゃない。

 憎しみでもない。

 もっと深い。


 ――後悔。


 そんな色だった。


「……」


 ルーメリアは視線を落とす。

 そして、小さく呟いた。


「……ずっと、誰かを見送ってきた人みたいです」


「……え?」


「だから、あの人は――」


 そこで言葉が止まる。

 ルーメリア自身も、まだ分かっていなかった。


 でも、ずっと感じている。


 カイト・レイヴンという男は。

 誰かを救うたびに。

 少しずつ、自分を削っている。

 そんな危うさを。


 その時だった。


 訓練場入口から、黒いコートが見えた。


 カイトだった。

 いつも通りの無表情。

 静かな足取り。


 だが目の下には、僅かに疲労の色が残っている。


「教官!」


 レオンが反射的に声を上げる。

 カイトは足を止めた。


「怪我は」


「平気です」


「そうか」


 短いやり取り。

 それだけで終わるはずだった。


 でも。

 レオンは、奥歯を噛んだ。


「……教官」


「なんだ」


「知ってるんですよね」


 空気が、少しだけ止まる。


「昨日の怪物も」


「魔王のことも」


「全部」


 沈黙。

 風だけが吹いた。

 カイトは、何も言わない。


 レオンは拳を握る。


「なんで、一人で抱えてるんですか」


 灰色の瞳が、静かにこちらを見る。


「……別に抱えてない」


「嘘だ」


 即答だった。

 ルーメリアが、僅かに目を見開く。


 だがレオンは止まらない。


「教官、いつも苦しそうじゃないですか」


「昨日だって」


「俺たちを助けた時、全然嬉しそうじゃなかった」


 カイトは黙っていた。

 否定しない。

 レオンは続ける。


「俺、悔しかったです」


「何もできなかった」


「また助けられた」


 拳が震える。


「でも」


 顔を上げる。

 真っ直ぐ。

 逃げずに。


「それでも、助けたいんです」


 空気が静まる。


「怖かった」


「死ぬかと思った」


「でも」


 レオンは、歯を食いしばった。


「逃げたら、一生後悔する気がした」


 カイトの瞳が、ほんの僅かに揺れる。

 レオンは気づかない。


 だがルーメリアだけは見ていた。


「だから」


 レオンは言う。


「俺にも背負わせてください」


 沈黙。

 長い沈黙だった。


 やがて。

 カイトは、小さく目を伏せる。


「……背負う必要はない」


「あります」


「ない」


「あります」


 子供みたいな言い合いだった。

 レオンは、一歩も引かなかった。


 カイトは小さく息を吐く。


 そして。


「……残るんだよ」


 ぽつり、と。

 呟く。


「救えなかった奴の顔は」


 レオンの呼吸が止まる。

 カイトは、遠くを見るような目をしていた。


「忘れようとしても」


 ――『ごめんね』


「いつまでも」


 低い声。

 静かな声。

 なのに、痛いほど苦しかった。


「だから」


 カイトは続ける。


「お前たちまで、そうなる必要はない」


 レオンは、何も言えなかった。

 その時ルーメリアが、小さく口を開く。



「……でも」


 二人の視線が向く。

 ルーメリアは少しだけ迷ってから。


「一人で全部を背負う方が、非合理的です」


 真面目な顔で言った。


 沈黙。

 レオンが吹き出す。


「なんだよそれ」


「事実です」


 ルーメリアは淡々と返す。

 けれど。

 ほんの少しだけ。

 口元が緩んでいた。


 カイトは、そんな二人を静かに見ていた。


 そして。

 本当に僅かにだけ。

 表情が和らいだ。


 ◇


 暗い部屋。

 エリシアは、一人で座り込んでいた。

 鏡を見る。


 首筋。

 腕。


 黒い紋様は、まだ残っている。

 消えていない。

 むしろ少しずつ、広がっている。


「……っ」


 怖い。

 自分が、自分じゃなくなる。

 それが怖かった。

 震える手で、自分の身体を抱く。


 昨日カイトが来てくれた時だけ。

 少しだけ。

 怖くなかった。


 頭の奥で響いていた声も。

 今は静かだった。


「……どうして」


 分からない。

 でも。

 あの人は。

 自分を殺さなかった。


 涙が滲む。


 本当は。

 会いたかった。


 怖い時。

 一番最初に思い浮かんだのは。

 あの人だった。


「……カイ先生」


 小さく名前を呼ぶ。


 それだけだった。

 それだけなのに。


 少しだけ。

 呼吸が楽になった気がした。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

もしこの物語を少しでも気に入って頂けたら、

評価や感想を頂けると嬉しいです。



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