16)初恋の相手は
本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。
アリサは馬にしがみつくように乗りながら歪みそうな顔を必死に堪えていた。
時折、誰に対してかもわからない睨むような視線を辺りに向けている。とても聖女とは思えない顔だったが、気付いた者は見て見ぬ振りをしていた。
馬が森を抜けていく葉擦れの音や足音に紛れ、アリサは「汗臭い」「もういや」「こんなの聞いてない」と呟き続けた。
小声だったが相乗りしている騎士の耳にはしっかり届いた。騎手は「俺も嫌だよ」と思いながらも騎士道精神で耐え、帰りは他の馬に乗って貰おうと、それだけを想い愛馬を走らせていた。
アリサのほうでは「私みたいに可愛い聖女を乗せられてこのひとは大満足だろうけど!」と、騎士の心中にはまるで気付いていなかった。
目的地までは半時間少々くらいの距離だった。全力疾走ではないが、速歩よりも速いペースで移動している。
一度、中間地点で休憩が入った。
身体強化魔法を使う騎士や協会隊の狩人たちは、平地ではともかく、森で襲いかかる魔獣を薙ぎ払いながらの移動はさすがに疲れる。
人をふたり乗せて走る馬のための休憩でもある。
わずかに開けた泉の周りで各々、座り込んで休んだ。
レナは馬が水を貰っている姿を見て顔が綻んだ。少女たちを乗せた馬は少し小さめで可愛らしく、本音を言えば乗せて貰いたかったが、自分で走れるのに馬に負担をかける必要もない。
マレーネが「馬が好きなの?」と声をかけてきた。
「可愛いわよね。ちょっと毛がむくむくしてて」
「そうね、普通の馬より毛が長めでくせ毛よね」
「ねぇ、マレーネ。アシュ叔父さんを気に入ってるの?」
レナは、なんら技もなく直球で聞いてみた。
「え、ぇ。え、ぇ、あ、あの」
マレーネはうろたえ、耳まで赤くなった。
「わかりやす過ぎでしょ」
レナはつい苦笑した。
「す、す、素敵な叔父様よね」
「まぁ、見た目はそこそこ良いかな。それに、めちゃ頼りになる」
「そこそこじゃなくて最高に良いわよ。おまけに頼りになるなんて、完璧じゃないっ」
「もう、マレーネ、落ち着いて。声デカい」
「あ」
マレーネは慌てて口を押さえた。
「アシュ叔父さんは付き合ってる人、いないわよ」
レナはすっかり応援する気になっていた。
「ホント? あんな素敵なのに?」
「うん。女っ気なし。少なくともここ数年は一緒に暮らしてて色っぽい話はゼロだった。好きな女性がいたとかいう話しも聞いたことないわ」
「な、なんで? 女嫌いなの?」
マレーネが嬉しさ半分、不安半分な様子で尋ねてきた。
「さぁ? 忙しかったからかな。けっこう貧乏暮らししてたし。自分の趣味の研究とか調査とかは時間忘れてのめり込んでるし」
「そうなんだ。それは幸い、いや、あの、まぁ」
「迫っちゃう?」
「うぅ。でも」
「どしたの?」
「うん、あのね。アシュ様は、私の初恋の人に似てるの」
「あらま、そっか。だよね、あのアシュがモテるなんて、そんな良い話はないと思った」
レナはさすがにがっかりしていた。
アシュはレナにとって大事な人だ。やはり、誰かの身代わりにされるのは気が進まない。
「そんなことないわ、アシュ様はモテモテでも不思議はないでしょ」
「それは欲目ってものよ」
派手さはないものなぁ、とレナは小さく呟いた。
愛想は悪いし自分から人に声をかけることもない。正体を隠して暮らしているからというのもあるが、それ以前からアシュは典型的な引きこもりタイプの魔導士だ。
信頼して気を許した相手にとってはとことん頼りになるが、そうでない相手には近づこうとしない。美女だからといって態度は同じだ。女っ気のない理由だろうとレナは思っている。
「あのね。私の初恋の、その人。私たちのために片足を失ったの」
マレーネは表情をわずかに引き締めて話し始めた。
「え? 片足、を?」
どこかで聞いた話だ。
まさか。
「才能にあふれる魔導士だったわ。初めて会ったのは討伐任務のとき。魔獣の討伐、ね。五年以上も前になるわ。北部ランギスの山裾。トールコダンの森ほどではないけれど、危険指定区域でね。魔導士隊の隊長のせいよ。今の魔導士隊隊長。あいつ、ホントに無能で使えないやつ。王族だからって。隊員の魔導士たちの命を預かる地位についている」
「そうね」
もう、決まりだわ、とレナは思った。
似てるんじゃなくて、本人だ。
「最低最悪な戦略をたてて、ゴリ押ししてきたの。騎士団の団長は止められなかった。まぁ、団長にはまだ弁解の余地はあるわよ。一度は作戦変更に成功してたわけだし。でも、あいつ。土壇場で自分の思いついた作戦をぶり返させたわけ。魔導士たちを後衛ではなく、前衛で使うって作戦なんだけど」
「ホントに作戦? 無能なやつが変わったことやりたかっただけじゃなくて?」
「それよ。だって、単に魔導士を危険にさらしただけで、工夫もなにもなかったんだから。防ぎきれなかった魔獣たちが隊列に躍り込んで来て、乱戦状態になった。剣を振るうことも思うようにできない状態の中で。ひとりの魔導士が、超難易度の高い空間魔法を放ったの。闇を吸い込む魔法だったわ。闇属性を帯びていた魔獣たちが無力化され、騎士の多くが命拾いした。私もそのひとり。彼は、自分の身を犠牲にして大魔法を放ってくれた」
「その魔導士は」
答えは予想できたが、レナは気付いたら尋ねていた。
わかってはいたが、マレーネの口から名を聞きたいと思ってしまった。
「イザーク・ランソル様。あのときの騎士たちは皆、忘れないわ。魔導士隊の隊長は、イザーク様の治癒をするなって。怒りで血が沸騰したわよ。だから、騎士たち皆で治癒薬をかき集めて、それから交代で看病して。それくらいしかできなくて」
マレーネは思い出したのか目を潤ませている。
「そんなことが」
レナはたまらなく胸が熱くなった。
「騎士団の団長は以来、魔導士隊隊長を蛇蝎の如く嫌ってるわよ」
「マレーネの初恋の相手なのね」
「そうなのよ。イザーク様にアシュ様は似てるの。あの当時は、はっきりお顔を見ることさえできなかったんだけど。雰囲気っていうのかしら。身体付きとか、髪の色とか。家名が同じだから、もしかしてご親戚かしら」
「可能性はあるわね」
なにしろ本人だ。知らぬ振りをするのは心苦しかった。
「イザーク様をずっとずっと探してたんだけど。ご友人の家で魔導士として仕えていた時期もあったらしいわ。その家が没落してしまってから、もう行方が全然。ご友人を失った理由も王族絡みらしいから、もしかしたら、国を捨ててしまったんじゃないかって思うの。それも無理はないのよね」
マレーネは残念そうに首を振る。
「そう、かもね」
「ご恩は生涯、忘れるつもりはないけど。でも私は、イザーク様にちらりと関わっただけの名前も顔も覚えられていない通りすがりの新人騎士でしょ。家族とも離れてソロでやるのは気楽で良いけど、友達とも疎遠だし。まぁ、要するに寂しくって。イザーク様への想いが純粋だったものだから、いい加減なお付き合いとかはしたくないの」
そう呟くように話すマレーネの声が切ない。
レナは前世の自分の恋心を思い出してしまい、涙が込み上げて相槌も打てなかった。
「初恋は大切に宝箱に仕舞って諦めて。また、新しい気持ちで恋愛すべきなのかなって、最近思い始めてたの。なにしろもう二十五歳でしょ。行き遅れもいいところ」
「マレーネは魅力的よ」
「ありがと。協会界隈ではね、私みたいにゴツい女でもそれなりに需要はあるのよ? でもねぇ。イザーク様が初恋だったから、つい惹かれるのは魔導士ばかりで。でも、協会に所属して異界の森で稼いでる魔導士ってね、なんつぅか、モテるのよ。野良の魔導士って少ないから。だから、軽い人が多いの。アシュ様のあの生真面目で寡黙な感じとは全然、違うのよ」
「はぁ」
レナは残りの休憩時間、マレーネの「アシュ様賛美」を複雑な想いで聞いていた。
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「休憩時間になったらレナさんにお声をかけるんじゃなかったんですか」
アロイスは木陰からレナとマレーネを盗み見ているユージンに声をかけた。
「お礼を言いたいんだが、スカーフの件は秘密だろう」
ユージンはレナを見詰めたまま答えた。
「それはそうですが。ただお礼を述べるだけなら良いのではありませんか」
休憩に入ったとたん、アリサが「ユージン様」と近づいて来そうになったため、ふたりで木陰に隠れたところだった。ユージンがわざわざ認識阻害の魔導具を使ったために完璧に隠れられた。
ユージンはもう誰にも誤解されたくなかった。自分の立場もあるが、レナに誤解されるのは避けたい。
「アリサ嬢に関しては、きっぱり拒絶しないからじゃないですか」
「これ以上、どう拒絶しろというんだ。王都にいたころから、彼女とは少々、立ち話をするだけの間柄だ」
「それに関しては良かったですけどね。食事の誘いを残らず断っておいて正解でしたね」
「誘われたわけじゃない」
「あからさまに『そろそろお食事の時間ですよねぇ』と迫られていたじゃありませんか」
「食事の時間を知らせただけだろ」
「にぶいにもほどがある」
「なんだって!」
「好きな女がいるからお前は近づくなと言ってやればいいと思いますよ」
「そうか。それは考えてなかった」
「彼女のことだから『私のことね』とか言い出しそうですが」
「そこまで言うのか」
「まだわかってないみたいですね。あの女はなんというか、性悪というより偏執的だと思いますよ。おや? あの令嬢、行動が変じゃないですか」
アロイスは馬たちが水をもらっている一画に目を留めていた。
四人の詠唱係の少女たちも近くで休んでいる。
「他にも変な令嬢がいるのか?」
ユージンがちらりと辺りに視線を動かした。
「ユージン様はそのまま隠れていてください。魔導具がまだ効いてるかもしれませんが。私の角度からしか見えないと思います。やけに目つきが鋭いような? なにを探しているんだろう」
アロイスは水浅葱色のワンピースに黒いズボン姿の令嬢を注視している。たしか、ミネーシャと呼ばれていた少女だ。
ひとつに纏められた淡い茶色の髪は艶やかで、薄青い目が可憐だ。可愛らしく微笑んでいれば少女らしい顔だが、ときおり鋭い目付きをするのが気になる。
「どうも、あの魔導士隊が連れている少女たちは胡散臭いのが多いですね」
アロイスはコレットという少女も殿下の方をちらちらと見ていたことを思い出した。美男だから見ているというより、不安そうな目だった。
その泣きそうに不安な少女の目がずっと気になっていた。
「まったくだ」
ユージンは物憂く相づちを打った。
短い休憩で身体は休めたが、気は落ち着けないままに終わった。




