15)恋人?
本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。
レナとアシュは、ユージンたちを視線の端に眺めながら昼休憩をしていた。
「アシュ、竜退治どうだった?」
レナが煮込みの椀を両手で抱えて尋ねた。
「ん? 相変わらずの暴走ぶりだったぜ、サウラの森の竜と同じだ。数は桁違いだったけどな」
「弓や炎撃で斃したの?」
「ただの弓じゃなくて、強弓な」
「そうか、すごいね。行きたかったな」
「祝詞の詠唱は上手くできたのか」
「それがさぁ、聞いてよ。やらなかったのよ」
レナの声が不機嫌になった。
「へぇ? なんでだ? やるって言ってただろ」
アシュは眉間に皺を寄せた。
「もう、理解不能だったよ。竜討伐で留守番組の戦力は二割くらいしか残ってなかったでしょ。それで、もしも雑魚魔獣用の祝詞の詠唱をやって、雑魚魔獣が苛ついて反撃してきたら残りの弱々しい戦力じゃ心配だって」
「なんだよ、そりゃ。雑魚魔獣を怯ませるための祝詞で、なんで雑魚どもが苛つくんだよ」
アシュがさらに訝しげな顔になる。
「知らないわよ。てっきりウケ狙いかと思った。笑える冗談じゃなかったけど。でね、それを言い出したのが魔導士隊の隊長様でね。騎士団の団長さんが、そんなことはありませんから、やります、って答えたんだけど、万が一のときは責任取れるのかって隊長様が反論して。延々と言い合って」
魔導士隊の隊長は、魔導士長でもあった。彼は王族でもある。つまり、逆らえない。
「はぁ、ホントかよ」
「団長さんは、責任とりますって答えてるのに、こっちは命張ってんだとか、ぐちぐち。魔導士隊長様がちっとも話し聞かなくて。あげく、うちの祝詞詠唱の子たちは貸さないとか言って駄目だった。私だけでもやりますか? って、隊長さんにこっそり言ったんだけど、そのときには雑魚魔獣が散らばって居なくなってたの。一時期はあの竜退治の余波を受けて雑魚魔獣がけっこう来てたのに。詠唱の雑魚掃除の効果を試してみるチャンスだったのにな」
「なるほどな。相変わらずだな、魔導士隊長様は。そこまで無能でも大事な隊の隊長やらせちまうんだから、うちの国も末期だよな」
「あいつでしょ? アシュの片足を駄目にしたの」
レナは遠慮して訊かないでおいたのだが、つい尋ねた。
「あいつだ」
アシュは平然と答えたが、声は不機嫌に低くなっていた。
「もう、国を出る?」
「どこ行くか。隣国で評判が良いのはガディル共和国とか、サラスティ共和国とか。共和国が多いんだよな」
「この討伐任務が終わったら情報集める?」
「いいな」
アシュがにやりと笑った。
昼食を食べながら、皆の話題には密かに「詠唱作戦、中止」の情報が囁かれていた。
ユージンとアロイスのふたりの耳にも、「詠唱」「雑魚魔獣」という単語がどこからか届いた。
「祝詞の詠唱はどうなったんだろうな」
ユージンは、隣のアロイスに尋ねた。
「先ほど料理を取りに行くときに聞いてみたんですが、やらなかったそうですよ。魔導士隊の隊長が、半分以下の騎士しか残ってないから危ないとか言って」
アロイスはこともなげに答えた。
「なにが危ないんだ? 雑魚に祝詞を聞かせてやるだけだろ?」
「それで、雑魚が苛ついて向かってきたら危ないそうです」
「はぁ? 苛つかせる祝詞を唱える予定だったのか」
ユージンは眉間に皺を寄せた。
「いえ、雑魚をビビらせて固まらせたり、魔力を失って縮んだりする効果を狙ったものです」
「よほど下手だと凶暴化するのか」
「そんなとんてもない効果があったら逆に感心しますがね。下手だったら効果がないだけですよ、私が知っている限りでは。こちらの魔導士の力量やら、隠し技は存じません」
「魔導士隊の隊長は、もしかして討伐の邪魔をしたいのか?」
ユージンは声を潜ませた。
「残っていた騎士団の団長が反対を押し切って遂行しようとしたら、隊長は本気で怖がって震えながら喚いてたそうですから、おそらく騎士団の精鋭が揃っていないと怖かったんでしょう」
「そういう奴を連れてくるなよ」
「皆、同じ気持ちですよ」
昼休憩も終わり、隊長クラスの面々には午後になって打ち合わせの連絡があった。
竜の討伐の影響で魔獣の移動があったらしい。斥候の報告を受け、計画変更が報されるというのでユージンは本営に向かった。
討伐された竜は魔石や素材を集めてから炎魔法で焼いて始末してあった。放っておいても魔獣どもの餌になるからだ。その竜を焼いた煙が、そうとう酷かった。
魔獣の森に若干の影響が出たらしく、雑魚魔獣は逃げ、大型魔獣は匂いに釣られたようだ。
「それで、大型魔獣の移動と雑魚魔獣の移動とが重なって、雑魚どもが崖下の辺りにだいぶ貯まっているようです。そこで祝詞の詠唱をして雑魚を一掃しようと思います」
騎士団副団長からの発表に、集められた小隊長から「それは良い」「一掃か」と明るい声があがる。
鬱陶しい雑魚を一網打尽にできればかなり手間が省ける。皆、喜んでいた。
「雑魚どもがうまい具合に溜まっているうちにやりたいので、すぐに移動します。詠唱係と護衛とで向かいます。移動中、詠唱係たちは戦闘能力は皆無ですから、それなりの数で護衛します。騎士団からと協会隊からと、それに魔導士隊からも少人数がついて来ますが、魔導士隊の者は護衛というより見届けるためですね」
打ち合わせを速やかに終わらせ、護衛のメンバーを決め、移動を開始するために野営地の広場に集まった。
留守番組は周辺の魔獣の間引きをし、雑魚どもが無力化された影響がどう出ているかを調べることになっている。
アシュは護衛として詠唱係に付いていきたかったようだが、午前中の竜退治で魔力がだいぶ減っているために断念した。
「俺は留守番組だな。気をつけろよ」
アシュは残念そうだ。
「そんな悔しそうな顔しないでよ。どうだったか、よぉく教えてあげるから」
レナは朗らかに答えた。やっと役に立てるのだ。嬉しくて仕方が無い。
元女性騎士のマレーネも詠唱に参加する。
「詠唱は気が進まないけど、ちょっと気になるから行くわ」
と彼女はレナにこっそり耳打ちした。
もとよりマレーネは協会から詠唱を頼まれて渋々やることになっている。彼女の声は高い方なので詠唱できるだろうと思うが、できれば護衛役が良かったらしい。
マレーネが「気になる」というのは、やはり詠唱係の少女たちが小型の魔獣を見るだけで顔色を悪くする貴族令嬢ばかりで、使い物になるか心配だからだろう。
移動に際して、詠唱係の四人の少女たちは小型の馬に乗る。半分、魔獣の血の混じった馬でよく訓練されている。こういう時のために数頭が連れてこられていた。魔獣の森でも人を乗せて走れる貴重な馬たちだ。
小柄な騎士が付いて、少女とふたりで一頭に跨がる。
詠唱係の少女たちのうちワンピース姿はふたりで、残るふたりは乗馬服のようなズボンに編み上げ靴という格好だった。
ワンピースのふたりも、ひとりは水浅黄色のチュニックのようなワンピースに細身の黒いズボンと紐靴で走れる格好だ。
町中で着るようなワンピース姿なのはユージンのお相手の令嬢だけだ。
常識外れの令嬢を選ぶとは悪趣味ね、とレナはうっかり考えてから、まるで彼女を妬んでいるようで嫌になる。
そんなつもりはないのだが、ユージンの恋人を悪く思うのはどうしても嫉妬にかられているみたいで後ろめたくなる。前世の恋心のせいだ。
こういう気持ちの乱れは嫌だと思う。
離れて忘れたい。彼が葉月だとしてももう前世の葉月ではない。どうでもいい。そのはずなのに、気持ちの制御が上手くできない。
レナは吐息をついて気を取り直した。
騎士と護衛は身体強化した足で徒歩での移動だ。
レナも徒歩で良いと伝えた。
馬に乗っても森の中の移動なので、そう速さは出せない。徒歩で充分について行ける。昨日から出番がなかったし、トールコダンに来るまでもずっと騎馬だったので身体がなまっている。身体強化の慣らしに丁度良い。
出発間際になって、少女たちの方で騒ぎがあった。
レナとマレーネが「なんだろ?」と耳を澄ますと、女性の高い声が聞こえてくる。
「騎馬の練習はしてきました。ですから、ひとりでも大丈夫です」
レナとマレーネは同時に顔を見合わせた。
どうやら、馬に乗る段階でごねている詠唱係がいるらしい。
「馬の扱いはいつも愛馬を調教して面倒をみている騎士が慣れているので従ってください」
騎士団副団長が若干、苛つきながら説得している。
「でも、私としては聖女候補としての立場がありますので、男性とふたり乗りというのはなるべく避けたいのですが」
アリサは悲しげな顔で目を潤ませている。美少女の半泣き顔に、騎士や狩人たちはあからさまに眉間に皺を寄せていた。
アリサの視線は何度もユージン王子へ注がれているが、肝心の王子は訝しげに眉を寄せるだけでなにも口出しをする様子はない。
「それでは、ここでお待ちください、今回は詠唱はけっこうですから」
副団長はにこやかにそう告げた。
「ま、待ってください、ちゃんとできます。ただ馬のふたり乗りだけ配慮していただければ」
アリサは再度、王子へと困ったような視線を向ける。
困るのはこちらだ。
魔導士長はテントに引っ込んでるとアシュは言っていた。魔獣がわんさかいる谷に行く気はないらしい。
だから我が儘放題してるのだろうか。でも、魔導士長はどちらにしろ彼女の肩を持ちそうだ。
レナは何かできることはないかと思考を巡らし、「あるわけないか」と諦めた。彼女は恋人のユージンと馬のふたり乗りをしたいらしいが、無理ではないかと皆は思っていた。
すると、マレーネがずかずかと少女のそばに歩み寄った。
「ちょっと聖女様! 急いでるのにくだらないことでゴネないでくださいよっ! 雑魚魔獣が移動しちゃうでしょっ! 魔獣の森を移動するのは馬たちにとっても大変なのよっ! 慣れている主人と一緒の方が馬たちには楽に決まってるでしょっ! そんなこともわからないんですかっ! あなたの我が儘で馬を犠牲にするわけにはいかないでしょっ!」
マレーネは情け容赦なく少女を怒鳴りつけると、ユージンの方へ向き直った。
「王子様! 恋人に一言、言ってやってくださいっ!」
思わず、騎士や協会隊の中から拍手がぱらぱらと聞こえた。
ユージン王子は目を剥いて首を振った。
「それは誤解だ! 彼女は恋人などではない、単なる知り合いだ。恋人などとんでもない」
ユージンは怒鳴るように答えた。
「なんだ、そうでしたの」
マレーネは拍子抜けして答えると、アリサをギロリと睨んだ。
「聖女様っ! 行きたくないんだったら、ここに残ればいいでしょっ!」
「い、行きます、わかりましたから」
マレーネのおかげでアリサはなんとか大人しく騎乗した。
気分の悪い顛末に、皆はしらけた様子で出発した。
一連の騒ぎのおかげでふたりの事情がわかった。恋人ではなかったらしい。
単なる知り合い以上の親しさに見えたのは気のせいだったのだろうか。
レナの心情は複雑なままだった。
お読みいただきありがとうございました。
明日も、夜20時に投稿する予定です。




