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9話 似た者同士


「女将さん、ただいま戻りました!」


「おかえり。用事は済んだのかい――おや?」


 テーブルを拭いていた女将は、戻ってきたアマリエの後ろに立つ人物の姿を見て、目を丸くした。


「こんにちは」


 ヴォルグは、女将に向かって穏やかに微笑んだ。


「こ、こんにちは」


 面食らった女将はぎこちなく挨拶を返すと、すぐさまアマリエの手を掴んだ。


「え、ちょ、ちょっと女将さん?」

 

 そのまま引きずられるように、厨房前まで連れて行かれる。


「ちょいと!あんた!」


 女将は声を潜めて、アマリエに詰め寄った。


「な、なんですか?」


 剣幕に押されて、アマリエはたじたじになる。


「あの『カッコイイ兄さん』は誰なんだい!?」


「え、ああ…先日お話しした、研究者の方ですけど…」


「それは聞いてたさ。で、なんで(ここ)に居るんだい?」


「食事を取ろうという話になって…まぁ、成り行きで、ここに……」


「どう見ても、一般市民じゃないだろう!!オーラが違うよ、オーラが!!」


 “くわっ!”と目を見開いて迫ってくる女将に、アマリエは思わずのけぞった。


 ――『実は、王子です』とは口が裂けても言えない。


「ま、まぁ、そうですよね。き、貴族の方らしくて」


 咄嗟についたその一言に、女将はぴたりと動きを止めた。


「…あの」

 

 それまで黙って様子を見ていたヴォルグが控えめに声をかける。


「あ、すみませんね!この子が誰か連れてくると聞いてなかったもんで。もうびっくりしちまって!」


 女将は、一瞬で愛想よい笑顔を作った。


「いいえ、突然押しかけてしまって…予約が必要でしたら、後日伺いますが」


「いやいや!うちの店は予約なんて大層なものは必要ないよ。ささっ、適当に好きな所に座っておくれ!」


「ありがとうございます」


 促されて、ヴォルグは店内を見渡し、窓際の席に腰を下ろした。


「ほら、あんたも!!」


 女将にせっつかれて、アマリエはヴォルグの正面の席に座る。


 ヴォルグは、店内を興味深そうに眺めていた。

 こういった一般市民が集う店に入るのは、初めてのことなのだろう。


 黄ばんだ壁紙はところどころに取り替えの跡が残り、色合いもまちまちだ。

木製のテーブルにはクロスなどなく、椅子も形や大きさが揃っていない。


 それでもヴォルグは、嫌な顔ひとつも見せなかった。

 むしろ、その瞳は無邪気な少年のように輝いている。

 今は街の催し物が貼られた掲示板が気になるらしく、熱心に眺めていた。


「二階は宿泊部屋になっていて、一階(ここ)は食堂になってるんです」


 アマリエが簡単に説明をすると、ヴォルグはようやくこちらを向いた。


「なるほど。ちなみに、宿泊部屋はどのような造りなのですか?」


「え?」


 思いがけない質問に、アマリエは面食らう。


「えーと……シングルベッドと、窓際に小さなテーブルと椅子が一脚あるぐらいです」


「ほう。では、寝具に使われている布は何製ですか?」


「……え、何製?」


 さらに予想外の質問に、アマリエは言葉に詰まった。


「あ、えっと…たぶん、亜麻製だったと思います」


 ベッドのシーツの素材なんて、気にしたことがない。


「なるほど。同じ植物繊維でも、綿より亜麻は吸水性が優れていますし、北部に近いこの地域では保温性の点でも理にかなっていますね」


 ヴォルグは淡々と続ける。


「――それに抗菌性も高く、包帯にも用いられるほどです。高価な亜麻であれば、肌触りもそれほど気にならないでしょう」


「そ、そうですよね…!」


 アマリエは咄嗟(とっさ)に知っていたふりをした。


(……そうなんだ、知らなかったわ) 

 

 “研究熱心な人”だとは聞いていたが、分からないことをとことん突き詰める、根っからの学者気質らしい。


 市民である自分よりも、王族の彼の方が詳しい。

そんな事実に、少し敗北感を覚える。


(…ヴォルグ様って、本当に博識ね)


 神殿で過ごした時間が長かったせいで、自分はあまりにも世間を知らないのだと、ここへ来て何度も思い知らされた。

 そのたびに、誰かに助けられてきた。

気づけば、それが当たり前になっていたのかもしれない。


(わたしも、もっと色々と知っていかないと…)


「どうかしましたか?」


「い、いえ!なんでもないです」


 考えが顔に出ていたのか、アマリエは慌てて笑ってごまかした。


「さて、お二人さん。何を食べるか決めたかい?」


 女将が水を二つ置きながら、声をかけてきた。


「えっと、今日のおすすめランチはなんですか?」


「今日は……ガレットだね!」


「わぁ! 私それにします!」


「はいよ」


 アマリエは、ヴォルグを見る。


「えーっと。……“ヴォルグ様”どうしますか?」


 声を落として尋ねる。


「僕も同じものでお願いします」


「はい、二つね。少し待っておくれ」


 注文を取ると、女将はそのまま厨房へ入っていった。




   ◇ ◇ ◇




 注文後、ヴォルグからの質問攻めは、ぴたりと止んだ。

 今の彼の興味は、窓の外を行き交う通行人に移っているようだった。

 だが、ヴォルグの視線をただ漠然と外を追っているわけではない。

 行き交う人の流れ、立ち止まる人、店の前を通り過ぎる影――

 それらを、静かに、確かめるように見ていた。


(――また通る人たちを観察しているのかしら)


 そう思うと、アマリエは思わず小さく微笑んだ。


 ヴォルグは、興味の対象が次々と移り変わる。

それはどこか、感情が表情に出やすい自分と似ている気がした。


 アマリエは、二人しかいない食堂を見渡す。


(昼過ぎでよかったわ…)


「ところで…」


「?」


 声をかけられ、アマリエはヴォルグの方を向いた。


「どうしましたか?」


「先ほどの料理って…どういったものなんですか?」


「ああ。バソ粉を練った生地を薄く伸ばして、その上に干し肉とか、キノコや野菜をのせて、包んで焼いた料理ですね。この辺りでは、けっこうポピュラーみたいですよ」


「なるほど」


 どこかで似た料理を口にしたことがあるのか、ヴォルグは納得した様子で頷いた。


「実は、野営のときに似たような料理を口にしたことがあるんです」


「え、そうなんですか?」


「ええ、腹持ちがよかった…」


「――お待たせ!」


 割り込むように女将が声をかけ、ヴォルグの前に香ばしいガレットの皿を置いた。

 続いて店主が、両手で抱えるようにして厨房から現れる。その手に持っているのは――


「……え?」


「……え?」


 二人の声がぴったりと重なった。


 ヴォルグの視線が、自然とそちらに釘付けになる。

それは――香ばしい匂いを放つ、山のようにガレットが盛られた大皿だった。


 ドン!


 重い音を立てて、大皿がアマリエの前に置かれる。


「……」

 

 アマリエは、女将を見た。


(ちょっと、女将さん! この量は何!?)


 心の中でそう訴えかけながら、ゆっくりと視線を皿へ戻す。


 ――何枚あるか、数えるのも馬鹿らしいほどの量だ。


 一方のヴォルグはというと――

目を丸くしたまま、素直にその光景を見つめていた。


「…随分と、豪快ですね」


「――ああ。この量、初めて見ると驚いちまいますよね!」


「大丈夫! この子はこのくらいペロッと平らげちゃうからね!」

 

 女将は胸を張って言い放つと、店主と共にさっさと厨房へ戻っていった。


「……」


 アマリエは、残された山盛りのガレットを見つめる。


(…なにもこのタイミングで、この量を出さなくても。――まぁ、食べ物に罪はないわ)


 そう自分に言い聞かせるように心の中で呟き、手を合わせる。


「…頂きます」


 パリッ、と小気味よい音。


「うーーーん!!」


 一口食べた瞬間、アマリエはうっとりと片頬を抑えた。

 

「薄い生地がパリパリで焼き具合は最高!!半熟の卵がとろっとしてて、トマトソースの酸味ともよく合うし、干し肉の味もスパイスが効いてしっかりしているのに、ハーブが後味を軽くしてくれて…――」


 ――そこから先は、もう止まらなかった。


 次々とガレットを口に運びながら、熱のこもった感想が溢れ出る。

 その様子を、ヴォルグはただ静かに見つめていた。          

そして、ふっ、と微笑みながら呟く。


「幸せそうですね」


 その言葉に、アマリエがはっとして動きを止めた。


「…あ、すみません。…夢中になってしまって」


 恥ずかしくなり、視線を落とす。


「謝る必要はありません」


 ヴォルグは、一瞬だけ言葉を探すように間を置いてから、嚙みしめるように穏やかに呟く。


「――誰かと食事をして、こんなふうに楽しいと感じたのは、初めてです」


「そうなんですか?」


「はい」


 短く頷くと、ヴォルグはフォークでガレットを一口サイズに切り分け、静かに口に運んだ。


「――美味しいですか?」


 アマリエの問いに、ヴォルグは少しだけ目を細めて答える。


「ええ、美味しいです」


 ほんの一拍置いて、自然に口をつく。


「――とても…」


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