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8話 分析と魔灯塔

“食事の前に、寄りたい場所があるんです”


ヴォルグにそう前置きされ、アマリエはタルーデの中でも裕福層が暮らす南地区を訪れていた。

二台の馬車が余裕ですれ違える道幅の広い車道。

歩道には小さな赤い花をつけた街路樹が等間隔に植えられており、程よい木漏れ日を生み出している。

どの店も白一色に統一されており、洗練された雰囲気を漂わせていた。

その分、個性らしいものはどこにも見当たらない。

アマリエが知っている市街地とは雲泥の差だった。

きちんと整えられた街なのに、少し息苦しい。

生活の匂いも、人の熱も、ここには感じられない。


「――なるほど」


ヴォルグは一人納得したように呟くと、改めて周囲に視線を巡らせた。


「タルーデ街長は、どうやら『謹厳実直(きんげんじっちょく)』な人物のようですね」


ヴォルグは、結論からそう口にした。


「?」


アマリエはきょとんとして、小首を傾げる。


「ああ、突然すみません。説明もなしに」


「いえ、大丈夫です」


「私はよく思うのですが、街というのは人間の縮図なんです。正確には、その街を統べる者の“人間性”が最も端的に現れる場所ですね」


淡々とした口調で、言葉を続ける。

 

「ご覧の通り、この街は過剰なほど整えられている。ゴミ一つ落ちてなく、通行人同士の(いさか)いもない」


ヴォルグは歩調を緩め、ひとつひとつ確認するように語った。


「これは市民の自主性というより、日常的に厳しく管理している証拠です。そして管理を行う側―警邏隊にも、服装や動きに乱れがなく、隙がない。つまり統制が徹底されている」


一旦言葉を切り、続ける。


「さらに街並みは白一色で統一されている。白は、潔白(けっぱく)さや秩序を象徴する色。それを街全体に強いている。これは不正を嫌い、規律を重んじる性格の『現れ』でしょう」


そこでようやく、ヴォルグはアマリエの方を向いた。


「――以上を踏まえての結論です。この街の長は、戒律を重んじる、生真面目で厳格な人物――つまりは『謹厳実直』だと、私は考えたわけです」


「…な、なるほど」


ヴォルグの話すべてを理解できたわけではない。

それでも、その読みの深さだけは真に伝わり、気づけば頷いていた。


「そうそう。身近では、服装でも人間性が現れることがありますね。好みの色や服のデザインなどから大体の予想がつく。ひとつ面白いのは、無意識に自分の自信のあるところを前面に出したがる傾向がある、ということですね」


「っ!分かります!!」


それだけは激しくて同意できて、アマリエは大きく頷いた。


(イレーネお姉様、いつもボディラインのわかるような……特に、胸元を強調したドレスを好んでいたわ)


イレーネは露出の高い衣服を好んで着ていた。

しかしそれは聖職者に相応しい服装とはとても言えないものばかりだった。

イレーネは常に人に注目されたいと思う性質があり、批判をする者が誰もいないことをいいことに俗世じみた服ばかりを着ていた。

中には、彼女の装いを『目の保養』などと評する者さえいた。

その言葉を、アマリエはどうしても好意的に受け取れなかった。 

聖職者である以上、守るべき振る舞いがある。

それは誰かを縛るための戒めではなく、聖なるものに仕える者として、自らを律するためのものだ。

それが軽んじられていることに、アマリエはどうしても目を逸らすことができなかった。

神殿の戒律は、すでに形骸化しつつあった。

そこに、イレーネの奔放な振る舞いが重なっただけのこと。

彼女だけが、特別だったわけではないが。

ただその姿が、神殿の腐敗を如実に映し出しているように思えた。


神殿の行く末を憂いたアマリエが難しい顔をしていると、ヴォルグが声を掛けた。


「もっとも、これは私個人の分析に過ぎませんが。ですから、すべて鵜呑みにしないでくださいね」


ヴォルグは少し苦笑いして、話を続けた。


「こんな話をすると大抵の人は距離を取るんですよね。変わったやつだと思われるみたいで」


「そうなんですか? 私はとても興味深い話だと思いましたけど」


アマリエは、率直にそう返した。


「そう考えて、歩いてみると楽しいですね。何も考えず歩いているより有意義な気がします」


そう言いながら、アマリエは街や行き交う人々に視線を巡らせた。

先ほどまでと同じ風景のはずなのに、どこか違って見えてくる。

それが新鮮に感じられた。

そんな様子を見て、ヴォルグがふっと笑った。


「あまり凝視していると不審者だと思われますよ」


「え!?」


アマリエが驚いた顔を向けると、ヴォルグは思わず、口元を押さえた。


「すみません。…冗談です」


そう言いながら、笑いを耐えるように、ほんの少し肩を震わせる。


「冗談……」


一拍置いて、アマリエがむっと唇を尖らせる。

ヴォルグはその反応を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。


――面白い人だ。


「貴女のような反応は、初めてです」


「そ、そうですか…」


今更になって、恥ずかしさが込み上げてきた。


「…貴女は、時々こちらの予想を外す反応をしますね」


それは咎めるでもなく、ただ事実を述べるような口調だった。


「先ほどまで“距離を取っていた”かと思えば、今はこうして素直な反応をする。一貫性がないが――」

 

そこで、言葉を選ぶように一拍置く。


「実に、興味深い」


アマリエは一瞬だけ目を瞬かせて、慌てて逸らす。


「そ、そんな…距離を取っていたなんて……」


うまく隠していたつもりだった。

それを当たり前のように見抜かれていたとは…。


「――着きましたよ」


ヴォルグの声に、アマリエははっとした。

気づけば、緩やかな丘を登り切った先、街を見下ろす高台に立っていた。


「やはり、ここからがよく見える」


ヴォルグはそう呟き、柵越しに街を見渡した。

その視線の先、白い街並みの中心に、ひときわ高くそびえる塔がある。


「あれは…」


アマリエが言葉を紡ぐよりも先に、ヴォルグが頷いた。


「ええ、魔灯塔(まとうとう)です」


【魔灯塔】とは、主要都市に建築されている、魔物を寄せ付けなくする“魔除けの建築物”である。

建物自体はただの石材で作られた平凡な塔であるが、その尖塔には魔物が嫌う光属性の魔石が鎮座している。

その魔石は特殊な加工が施されているが、その技巧は一般に知られていない。

地域によって、発掘される石の質が異なり、加工過程もまるで違うとされている。

そして都市によって塔の造形は異なり、魔灯塔はいわばその街の象徴(シンボル)でもあった。

そのため魔灯塔のある都市部は観光客がとても多く、景気が良い。


「…あれのおかげで、私たちは魔物に怯えずに暮らせているのですよね…?」


魔物の討伐部隊は常に駐在しているが、その必要がないほど魔灯塔の効力は絶大だといわれている。


「ええ。そのため魔灯塔は、国の軍事力と同等に重要視されている施設です。優秀な研究者や技術者を集め、国を挙げて管理しています」


ヴォルグの声は、すぐ傍で確かに続いている。 

だがアマリエの意識は、いつの間にか“白い塔”その一点に支配されていた。


「――管理は街長に委ねていますから、構造がどうなっているのか気になるところですが」


アマリエは、白い塔から視線を逸らそうとしなかった。


「またの機会に……」


彼女の反応が途絶えたことに、ヴォルグは気がついた。


「マリエさん…?」


思わず名を呼ぶ。


「あ、すみません!」


アマリエは弾かれたように、ヴォルグを見て謝った。

 

「…いえ」


ヴォルグは首を振る。


「…では、行きましょう」


わずかな引っかかりを残しつつ、ヴォルグは本来のルートを示すように、そっと来た道に視線を向ける。


「はい」


アマリエは、静かに頷いた。



  ◇ ◇ ◇



「……面白みがないな…」


南区に戻るなり、ヴォルグが独り言を呟く。

アマリエは、思わず頷いた。


南区(ここ)は息が詰まりそうです。私は北区の方が好きです」


「北区、ですか?」


「はい。そちらの方に泊まっているんですが、みんな親しみやすいんです」


「なら、そちらに行きましょう」


そう言うなり、ヴォルグはくるりと進行方向を変えた。


「え?」


立ち止ったままのアマリエを置いて、ヴォルグはもう歩き出している。


「ヴォルグ様!待ってください!!」


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