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7話 お誘い


「そうだ。協力してくれたお礼にご馳走させてください」

 

 ヴォルグは、ごく自然な調子でそう言った。


 年頃の娘であれば、頬を染めてその誘いを喜んで受けるところだろう。

 しかしアマリエは、頬を染めるどころか――その場で見事に固まった。


(…流石に…もう)


 これ以上一緒にいれば、どこでボロを出すか分からない。

 正体が知られてしまう最悪の事態を思い浮かべると、取る選択は一つしかない。


「いえ。…お気持ちだけ受け取ります」


 それは断りの言葉のつもりだった。

だが、ヴォルグにはただの謙遜だと受け取られたようだ。


「今日は一研究者として来ています。ですから、そんなに(かしこ)まらないでください」


 そう言われて、アマリエは内心で慌てた。


 ――完全に断ったつもりだった。


 それなのに、まったく伝わっていない…。


「い、いえ、そういうつもりで言ったわけでは…」


「エマ、君も一緒にどう?」


「えっ!……いいんですか?」


 片づけをしていたエマは、ヴォルグからの急な誘いにぱっと表情を明るくした。


「ぜひ!」


 二人はそのまま、どこの店に行くのかという話を始めてしまう。


(まったく、聞いてない…)


 アマリエは、断れきれなかった自分に肩を落とした。



「マリエさん?」


 エマに呼ばれ、アマリエははっと顔を上げる。

いつの間にか話はまとまっていたらしく、慌てて二人の後を追って廊下へ出た。




   ◇ ◇ ◇




「いたいた! エマさん!!」


 背後から呼び止められ、エマは足を止めた。

 アマリエもヴォルグも振り返る。


「あの…この領収書ですが…」

 

 声をかけてきたのは、研究室の経理担当らしい男だった。

 言葉を選ぶように一拍置き、エマに書類を差し出す。


「経費では…落ちないようでして」


「え?」


「その…こちらです――『アルマの媚薬(びやく)』」


「あーーー!!」


 エマは顔を真っ赤にして、慌てて領収書を引ったくった。


「内容そのものが問題というわけではないのですが…」


「提出する領収書を…間違えました…!」


「…そうでしたか。今日中に今月分の領収書を掲出されませんと、すべて自己負担になりますが…」


「そ、それは困ります!」


 エマは慌てて、少し待ってほしいと経理担当に交渉を始めた。


「なんだか、立て込んでいますね」


「…そうですね」


 ヴォルグの言葉に、アマリエは小さく頷いた。


(それにしても…アルマの媚薬って…)


 アルマとは、人間の男を誘惑し骨抜きにしてから食らうという、魅惑的な女性の姿をした悪魔の名だ。

 どうやらエマには、その名にあやかった媚薬を頼ってでも――落としたい(・・・・・)異性がいるらしい。


 アマリエは思わず、隣に立っているヴォルグをちらりと見上げた。


「? なにか」


 視線に気づき、ヴォルグが首を傾げる。


「い、いえ!」


 アマリエは、慌てて視線をそらした。



 やがて話がついたらしく、エマが落ち込んだ様子で戻ってくる。


「すみません…急用ができてしまって。一緒に行けそうにありません」


 明らかに肩を落としたエマに、ヴォルグは穏やかに声をかけた。


「それは仕方がないよ。また今度にしよう」


「…はい」


(なんで、こうなるの…?)


 アマリエは、己の運命を少し呪りたくなった。


「では、行きましょうか」


 そんなアマリエの心中など露とも知らず、ヴォルグは穏やかに微笑んだ。


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