3話 骨董屋の老婆
ちぐはぐな二人組と別れたアマリエは、本来の目的だった宿屋探しを再開した。
ほどなくして宿屋の看板を見つけ、胸を撫で下ろしたのも束の間、手持ちがなかったことに気づいた。
(ど、どうしょう…)
まさか姉に崖に突き落とされ、別の地で宿屋を探すことになろうとは夢にも思わなかった。
当然、所持金も荷物もすべてイオロスの駐屯地に置いたままだ。
今さら、自分を殺そうとした姉のもとへ戻れるはずもない。
(とにかく、手持ちのものを換金するしかないわね…)
こうしてアマリエが辿り着いたのは、明らかに怪しげな雰囲気を漂わせた骨董屋だった。
行灯の仄かな明かりに照らされた薄暗い店内には、
ロバルンレット王国では、滅多に見られない東洋の骨董品や家具が雑多に並んでいる。
多くの商品には埃が積もり、手入れがされている様子はまったくない。
高価そうな陶器の壺さえ、ガラスケースにも入れておらず、床にそのまま置かれていた。
(不用心ね…)
他人事であるが、店の防犯意識の低さを心配しつつ、アマリエは店の奥へと進む。
一段高くなった座敷には、店主らしき老婆があぐらをかいて座っていた。
「いらっしゃい」
老婆は欠けた前歯を覗かせて、「ヒヒヒ」と不気味に笑った。
「えっと、これを換金していただきたいのですが…」
アマリエは着ているローブの裾を摘まんで見せた。
老婆は片眉を上げ、興味深そうにアマリエを見ると、先ほどよりさらに不穏な笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「これなら“五千ミラルド”だね」
老婆が言った金額に、アマリエは思わず目を丸くした。
それは二食付きの宿に、三日は滞在できる金額だった。
「わかりました。それでお願いします!」
良くて一日分の宿賃になれば上出来だと思っていたアマリエは、予想外の高値に素直に喜んだ。
「あいよ。交渉成立だね」
老婆はまた「ヒヒッ」と引き笑う。
「しかし、まぁ…“守りの法衣”を売りに来る客とは珍しいねぇ」
「あ、あはは…」
意味深な言葉に、アマリエは引きつった笑みを返すしかなかった。
【守りの法衣】とは、盾蜘蛛の糸を編み込んだ防御力の高い代物だ。
それは上級神官のみが身に付けられるもので、
アマリエは聖女の補佐役として神殿に入ったその日からそれを着用していた。
つまりは、異例の高待遇で大神殿に迎え入れられたのだ。
そのため、“聖女の妹”というだけで贔屓されていると見られていたアマリエは、神殿内の下級神官たちから――反感を買っていた。
「くしゅん」
肌寒さに、アマリエは身を震わせた。
法衣を手放した今、老婆に渡された古い布を身体に巻き付けているだけである。
「ちょいとお待ちよ」
鼻をすすり始めたアマリエを見かねて、老婆は桐のタンスをごそごそと漁った。
「ほれ、これをやるよ。外を歩くにはその恰好は寒いだろう。もう売り物にはならんやつだからね」
老婆は水色のワンピースを差し出した。
「いいんですか?」
「いいよ、あたしのお下がりで悪いけどね」
「ありがとうございます」
アマリエは深く頭を下げると、急いで着替えた。
スカートは膝丈で、胸下に紺色のリボンが結ばれている。
胸元をやや強調させるデザインの服に、着慣れていないアマリエは気恥ずかくなった。
それでも、年相応の可愛らしい服装に心が浮き立つ。
アマリエが、少し腰をひねるとスカートの裾が空気を含み、ふわりと膨らんだ。
「サイズは良さそうだね。あと、これも羽織りな」
アマリエの様子に満足し、老婆は白いケープを手渡した。
「ありがとうございます。本当に…何から何まで」
「なぁに、気にすることはないさ」
老婆は、アマリエの胸の内を見透かすように言葉を続けた。
「お前さん、あたしがこんな親切にするのが不思議だろう?」
図星を刺され、アマリエは素直に頷く。
「実はね、今日“最後に来た客”に施しをしたら良いことがあるって、出てね」
「え?」
「ふふ、こう見えて、あたしは占い師でもあるのさ」
「そうなんですか!」
「どれ、もう少し恩を売っておこうかね。占ってやるよ」
老婆は懐から数個の石を取り出し、
それを掌の上で転がしてから波紋模様の黒い布の上へ放り投げた。
石は、赤、青、黄色、緑、黒と、色も形も様々だ。
「ほれ、これ。念を入れて、布に向かって投げてごらん」
老婆から白い石を渡される。
「念…?」
「なぁに、深く考える必要はないさね」
アマリエは頷き、石を軽く握りしめて、言われた通りに布へ投げた。
すると白い石に吸い寄せられるように近づく石もあれば、
逆に“ススッ…”と避けるように遠ざかる石もあった。
(磁鉄鉱かしら。…それにしては動きが不自然なような…)
科学的に考えてしまう自分に苦笑しつつ、アマリエは黙って見守る。
老婆は「ほう」と声を漏らし、顎に手を当てた。
「お前さん、今は“変動期”のようだね」
「変動期…ですか?」
「そうさ。まぁ、難しいことは言わんよ」
老婆は、指で白い石を指しながら話し始めた。
「お前さんが投げた白い石は“お前さん自身”なのさ。
それで周りに散らばった石たちはお前さんに浅くも深くも“因縁のある者たち”だよ。
寄ってくる石、離れていく石…いろいろとあるが、これはこれから“出会う者”や“去る者”を示している」
今度は、布を指さした。
「その中で、一番近くに寄ってきた石があるだろう?
そいつは、お前さんに良くも悪くも“大きな影響”を与える人物だね」
そう言った瞬間、老婆はひょいと片眉を押し上げた。
「おや…?」
アマリエが投げた白い石の色が端からじわりじわりと灰色に変わり、さらに黒みを帯び始めた。
「黒に近づくのは…あまり良い兆候じゃないねぇ」
老婆が意味深に呟き、アマリエは無意識に喉を鳴らした。
「ま、所詮は占いさ。深刻に受け取るんじゃないよ」
老婆は身も蓋もないことをあっさりと言い切った。
それでもアマリエが不安そうな顔をしていると、老婆はこう言った。
「ただひとつ、お前さんに助言してやるとしたらね…『去る者は追わず』だよ。去っていく者に囚われても詮無い。それより、お前さんには“これから寄ってくる縁”の方が多いからね」
(去っていく…?)
老婆の言葉に、アマリエの胸の奥はざわついた。
“最も近くに寄っている石”は白い石から離れていない。
なのに「去る者」と言うのが、どうにも引っかかった。
だが、老婆自身の言ったように――
“これは、ただの占い”
占った老婆本人がそう言うのだから、深く考えるべきではない。
「わかりました」
アマリエは頷くと、ずっと気になっていた疑問を口にしようとした。
「あの、さっきから気になっていたんですけど…これって…その…」
『石に仕掛けがあるのか?』と続けようとすると、老婆はニヤリと笑う。
「それは営業秘密さ。教えられないよ」
「そう…ですか…」
アマリエはがっくりと肩を落とした。
「珍しい物を見つけたらまた売りに来な。
あたしの気分次第では、また占ってやるよ」
老婆はケラケラと笑い、アマリエを店の外まで見送った。
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