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第12話 「因縁」

「はぁ~~疲れた。やっと終わったよ。なんとか、昼休み終わりまでに間に合ったよ」


「あ、ありがとうございました!柊くん。実は私、東條くんたちに中学の時いじめられてて!だから、その、本当にありがとうございました!」


 眼鏡をかけた少し地味な女子生徒が俺に深々と礼をし、嬉しそうにサイン色紙を抱えて去ってゆく。


 席に着いた後、俺とゆりねは、雪乃のおかげかサインを求めるクラスメイトに邪魔されることなく、持ってきた弁当を食べた。だが、食べ終わったあたりから、何人かがサイン色紙を持ってやってきてサインをねだってきた。これを、雪乃は迷惑だからやめてあげなさいと言って追い払おうとしたが、別にサインぐらい構わない、むしろあんまり無下に断ってクラスメイトからの印象を悪くするのもなーと思った俺は、雪乃を制止し、クラスメイト達の要望に応えて希望者全員にサインを書いてあげることにした。

 

 だが、これがいけなかった。なんと、俺がサイン会をやっているという噂は学年中に広がり、他クラスの生徒まで俺にサインを求めてやってきたのだ。その数、総勢約100人強。1学年300人だから、大体学年の三分の一がサインを求めてやってきたのだ。多すぎだろこれ。どれだけ人気なのよ俺。ていうか、東條兄弟嫌われすぎじゃねえか?


 流石に、ここまで多いとなると断っても別にいいと思うが、まあサイン書いてやるだけでみんなからの印象良くなるなら安いものかと思った俺は、100人分以上の数のサインを書き、さっきようやく昼休み終了ギリギリのところで全員分書き終えたのだった。おかげで、腕が疲れた、プルプルする。というか、『柊 遼河』って地味に画数多いんだよ、『きた はじめ』とかそういう画数少ない名前に生れたかった。俺は生れてはじめて自分の名前に不満を抱いたのだった。


キーンコーンカーンコーン


 チャイムの音が鳴る。ほんとギリギリだな。ていうか、次の授業なんだったけ。


 ツンツンと前の席のゆりねの背中をつついて、俺は


「次、何の授業だっけ」と聞いた。


「えっと、5限だから、倫理の授業だね」


 そう言ってゆりねは黒板の左端を指さす。あっ、時間割表貼ってあったわ。

 

「倫理、倫理っと。あった」


 鞄の中から教科書を見つけ出す俺。ちょうどその時、ガラガラと教室の扉が開き、男の中年くらいの教師が入ってきた。ん?なんか見たことある顔の教師だな?誰だっけ?

 だが、その疑問はすぐに解消された。

 教壇に立った教師は、


「はじめまして、いや入学式で顔を合わせた生徒もいるかな?これから1年間、このクラスの倫理を担当する古賀和だ。よろしく」


と自己紹介をした。


 げっ、古賀和って俺が入学式の時の模擬戦でムカついたから魔術で気絶させたあの審判の古賀和じゃないか。一応、試合の時に東條兄に、模擬戦の俺の行為は全部もみ消してやると言われたが、お互い印象最悪じゃねーか。これから、一年間毎週こいつと顔を合わせなきゃならないのか。たまったものじゃない。やっぱり俺学校辞めようかな?


「それでは、早速授業を始める。教科書の三ページを開いて」


 平坦な抑揚のない声でそう告げる古賀和。俺の高校生活最初の、なんだか居心地の悪い授業が始まった。


*   *   *


「ソクラテスは、無知の知を提唱し~」


 相変わらず、抑揚のない声で淡々と授業を進める古賀和。正直、教科書をただ読み上げているだけで授業としてはかなりつまらない。周りの席の奴も結構寝ている。だが、これは俺にとってはむしろ好都合な授業だ。もし、生徒を当てまくる教師だったら、俺が当たったときは模擬戦のときの因縁もあるし非常に気まずいことになるだろう。ずっとこのスタイルで授業するならなんとか一年乗り切れそうだ。


 だが、そううまくはいかなかった。古賀和は突然、教科書から目を離し、教室を見渡した。それに気づいた俺は、目を合わすまいと机に突っ伏して寝たふりをした。だが、これがいけなかった。


「寝てる奴が多いな。オイ、起きろ!」

 

 教科書でバンバンと机をたたきながら、そう怒鳴る古賀和。


「起きたか?起きたら、さっき寝てた奴は俺の前に来て謝罪しろ!」


 めんどくさい奴だなー。謝罪って、普通に起こしてそのまま授業を続ければいいのに。


 机に突っ伏しながら横目でちらりと他のクラスメイトを見る。


 すると、さっきまでウトウトしていたおとなしそうな女子生徒が立ち上がって古賀和の前に行った。


「すみません、先生。さっき寝てました」


 真面目な子だな、ちょっとウトウトしてただけじゃないか。あんなの、公立中なら寝てる範疇に入らないぜ。


「はぁ?すいませんじゃねえだろ、アホが!もういい、出ろ!」


 そう言って、古賀和は思いっきりバンと黒板を叩いた。いや、キレすぎだろ。せっかく丁寧に謝ってるのに可哀想じゃないか。


「えっ....」


「えじゃないわアホが!出ろって聞こえないのかボケが!」


 机を思いっきり蹴る古賀和。なんでそこまでキレるのか?泣きそうになってるじゃん女の子。

 

「す、すいませんでした!」


 震えた声で女子生徒はそう謝り、恐怖のあまりか目に涙を浮かべながら教室から出て行った。


「おい他ァ!寝てた奴はよ俺に謝罪して教室から出ろやアホ!」


 女子生徒を教室から出したことで、勢いづいた古賀和。他の寝ていた生徒も教室からつまみ出す気だ。


 だが、俺はまだ机に突っ伏したままでいることにした。今起きたら目立つし、真っ先に古賀和の目の敵されるだろう。


 なるべく、古賀和とは顔を合わせたくないと思った俺は、古賀和の怒りが収まるまでこのまま寝たふりでやり過ごす作戦をとった。なあに、何人か寝ていた奴が謝って教室から出ればあいつも気が済んで授業を再開するだろう。その時に、起きればいい。


 だが、そんな俺の目論見は甘かった。なんと、古賀和の恫喝にビビったのか知らないが、寝ていた生徒が続々と席を立ち上がり、古賀和に謝罪し教室から出て行ったのだ。えええ、こんなに出ていくのか。これだと、現在進行形で寝ている俺が滅茶苦茶目立つじゃないか。


 起きるタイミングを見失った俺は再び、横目で周囲を確認してみる。俺以外でまだ寝ているのは....俺の隣の席の男子生徒、確か名前は山本だったけ、だけだ。


 うーん、どうしよう。今起きて、何食わぬ顔で教室に居座り続けるか?でも、それやって古賀和にバレたら結構面倒なことになりそうだ。じゃあ、他の奴みたいに素直に謝りに行くか?でもなんかそれも癪に触るな。そもそも、俺はあいつに話しかけたくないね。


 ん?隣の山本が何やら俺にグーサインを送っている。


「粘ろうぜ!」


 ひそひそ声で山本はそう言った。なるほど、それも一理ある。こうなったら、授業終わりまで突っ伏したまま粘ってやるぞ!


 だが、そんな作戦はあっさりと打ち破られた。古賀和が机に突っ伏している俺たちに気が付いたのだ。


「オイ、窓側後ろ!まだ寝とるんか、ボケ!オイ!はよ、ここ来て俺に謝れや!」


 ブチ切れた古賀和が関西弁混じりで怒鳴りつけてくる。


「りょ、遼くん。起きてよ。先生怒ってるよ!」


 前の席のゆりねが、慌てて机に突っ伏している俺を起こしてくる。だが、俺は起きないぞ。そして絶対謝らない。ゆりねを傷つけた奴に謝ってやるもんか。


「オイ、お前らふざけんなよ!ほんまは起きとるんやろ。俺を馬鹿にしとるんか!謝りに来いや!」


 ついに、怒りが頂点に達した古賀和は、怒鳴りながらこちらへ近づいてくる。


「起きろや、アホ!」


 そう言って、古賀和はまず、山本の机を蹴った。


「痛ええええ!」


 蹴られた衝撃で机に顔を打ったのか、山本が鼻のあたりを抑えて痛がる。


 あー、このパターンは俺も蹴られるやつだ。まあいい、古賀和に頭を下げて謝るより100倍マシだ。


「おい、お前もしつこいねん。起きろや、アホ!」


 そう言って、古賀和は突っ伏している俺の髪を掴んで頭を持ち上げた。オイオイ、蹴るんじゃないのか。髪を引っ張るのかよ。ふざけるな、毛根が痛むだろ。将来ハゲたらどうするんだ!


「先生!髪は、髪だけはやめてあげてください。遼くんの大切な毛根がダメになっちゃいます!」


 古賀和に抗議するゆりね。流石、ゆりねだ、俺の将来のことまでちゃんと考えてくれている。


 だが、古賀和はゆりねの方に振り返って、


「うるさい!黙ってろ、この落ちこぼれが!俺に口答えする気か!」


 と怒鳴りつけた。


 流石に、教師がそんな風に生徒を落ちこぼれだのと断定し、侮辱するようなことはいかがなものなのか。しかも、俺の姉を侮辱するのは腹が立つ。そう思った俺は、


「落ちこぼれは言い過ぎじゃないか。大体、さっきから、キレすぎだろ。倫理教師の癖に、自分の感情も制御できないのかよ。」


と少しきつめの言葉で抗議する。あんまり、こいつには関わりたくなかったが、ゆりねを馬鹿にされたんだ、これくらい言ってやらないと。


「おっ、バトルか!遼さん!」


 さっき机を蹴られて鼻を打った山本が、ティッシュで鼻血を抑えながら、野次を飛ばしてきた。


「おい、お前も俺に口答えするのか!?俺は教師だぞ!」


 俺の抗議や山本の野次にキレたのか、古賀和は俺の方に振り返り、そう怒鳴った。だが、俺の顔を見た古賀和は急に態度を豹変させた。


「お、お、おま、お前は....」


 あれっ、さっきまであんなに威勢よく怒鳴りつけていたのに、なんで急にそんな震えた声でどもりだしたんだ?


「も、もしかして、ひ、ひ、ひい、ひい、ひっ、りょ、りょっ、りょ」


 冷や汗を流しながら、ひい、と、りょを震えた声で連呼する古賀和。もしかして、「お前は、柊 遼河か?」と聞きたいのか?なら、普通に聞けばいいのに。何をそんなに苦しそうな表情で言っているのだ?


「もしかして、俺の名前を聞いているのか?俺は、柊 遼河だけど....」


 あー、もしかして今日初回の授業だし、生徒の名前と顔、覚えてないんだな。そう思った俺は素直に名前を言ってやる。


だが、古賀和は、


「ひっ、ひっ、柊 遼河....」


と俺の名前を震えた声で復唱したのみだった。


「ああ、そうだが」

 

「ひっ、ひっ、ら、ら、....キエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 突然、古賀和が悲鳴をあげたかと思えば、古賀和はバタリとその場に倒れて、白目を剥いて口から泡をふきだした。


「うぉっ、どうしたどうした!」


 隣の山本が驚いた声をだす。俺もびっくりだ。なぜ急に倒れた。


「なんだ、何かあったのか」


「あっ、古賀和の奴気絶して倒れてるぞ!」


「うわ、やばっ!」


「あたし、保健室の先生呼んでくる!」


 教室の中の騒ぎを聞きつけたのか、外に出されていた生徒もぞろぞろと中に入って来る。

 それにしても、なんで急に倒れた?別に、俺が模擬戦の時みたいに魔術で気絶させたわけじゃないぞ?

 不可解な理由で倒れた古賀和を俺は、さっきまでの腹立たしい感情を忘れて、ただ茫然と見下ろすしかなかった。













 







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