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[1]とある貴族の娘の証言

「ねぇ知ってる?勇者を探す亡霊の噂」

「私は、指輪の悪魔って聞いたけど?」


 馬車での帰り道。

 揺られる馬車の中で、そんな事を言い出したのは私の上の姉でした。


 貴族の集まりに出席するために、遠くにある都市まで出向く事になった私達の父。

 普通なら、私もその姉2人も出る必要等のない集まりです。

 ですが、こういった場は他の貴族との接点を得るいい機会らしく、位の高い貴族にうまく気に入れられ婚約できれば家の権力を大きくすることが出来る。

 そのために私達は、父に連れられて行ったのです。できうるだけ着飾って。

 で、今はその帰りの馬車の中です。


「お前達。いくら貴族位が低いとはいえ、私達は貴族。そんなくだらない亡霊の噂など信じるんじゃない」


 父は昔、ベスティアの魔法師団に所属していた元軍人だったらしいです。

 だからでしょうか。

 厳格というか、少しお堅いところがあるようなのです。


「噂くらいいいじゃない。本当かもしれないんだしー」

「そうよねー。これだから、父さんといるとつまらないのよね」


 私の姉さん達はそんな父に不満があるようで、ことあるごとにつまらないと言っていました。


「お前達はそんな事だからいつまでたっても結婚できんのだ!貴族らしい立ち振る舞いと考えを持てと言っているだろうが!!」

「お、落ち着いてお父さん。姉さん達はちゃんと理解してると思うの。その、最近良くない事が多いから、面白そうな話題をしようとしただけだと思うから。だから、ね?」


 私の父もそれに反発してついカッとなってしまい、私はそれをいつも宥めに入ったりしていたのです。


「お前はほんと良い娘だな。お前だけは良い相手を探してやるからな」

「ちょっと!妹だけ良い相手ってなによ!」

「私達だってちゃんとした父さんの娘なんですけど!」

「うるさいうるさーい!お前達はもう誰でもいいからとっとと結婚しろ!もはや、この娘だけが私の癒しなんだ!」


 私はどうも父に溺愛されているようです。自覚はつい最近までして無かったんです。

 今にして思えば、私は鈍い女とすら思えます。ずっと一緒に暮らしていたのに父の姉に対する態度、私にする態度の差を考える事も気にした事もないのですから。


「ご、ごめんなさい姉さん・・・・・・」

「いいのよ。あなたが謝ることないわ。悪いのは父さんなんだから」

「そうよ?あなたは私達姉より見た目も中身も出来た、私達の自慢の妹なんだから。暗い顔なんてしないでいいの。おりゃっおりゃっ!!」

「ぷっ。あははっ。く、くすぐったいです、姉さん」


 ついでに、姉さん達にも溺愛されてたようです。


「そうだそうだ。お前が謝る必要は無い。問題なのはお前の姉達なのだから」


 その一言で姉さん達と父との間に冷たい空気が流れました。

 こうなると、どうしていいのか私にも分かりません。姉さん達や父は私を出来の良い娘だと言ってくれますが、ほんとは不出来な娘なんじゃないかと私は思ってしまうのです。


「むしろ、ほんとはこの娘を結婚などさせたくない!!させてたまるか!!」


「「それだけは賛成するわ!!」」


「あ、あはは・・・・・・」


 本当に、どうしていいのか分からない、私は不出来な娘なのです・・・・・・。


 私はむしろ姉さん達を尊敬してました。自分の気持ちや考えを外に出すことが出来て、それでもうまくやっていけてしまう姿に。

 私には出来ません。私は素直で優しいと言われますがその反面、自分の意思と言っていいんでしょうか?それが薄い気がするのです。

 反抗も反発もしない、言われたとおりに頑張るだけ。もちろん、それで褒めて貰えますし不満も無いのです。でも、自分から動く事が出来ません・・・・・・。


 昔、尊敬する姉さん達に言われた事が今でも胸に引っ掛かっているのです。


 目の前に出された丸いケーキ。姉さん達と私で3人。

 どう切り分けようか悩み、幼い私は手を止めます。綺麗に3等分に切るにはどうすればいいかと。ですが、姉は即決でした。私からケーキ用の包丁を取り上げ、迷う事無く縦に半分横に半分に切りました。

 それでは4等分で、残り一つはどうするの?と聞いたら早く食べ切った者勝ちよ!といい、笑顔で楽しい遊びにしたのです。私は感動し姉を尊敬し憧れた。でも、私はそんな姉の喜ぶ顔が見たかったから早く食べる事はせず、普通に食べたのです。

 そしたらこう言われました。


『そんな風に譲ってばかりじゃ、いつか大事な物をとり逃すわよ?』


 そう言って残っていたケーキを勝ち取った姉が私に言って、乗っていたいちごを私の口に突っ込みました。とても甘く酸味もちょっとあって、とても美味しかったと記憶しています。


 その大事な物がなんなのか分かりません。しかし、『大事な物をとり逃す』それはきっと私にとって怖くて嫌な事なのは分かります。

 ですが、私は結局どうすればいいのか分からないまま育ちました。


「でー、亡霊の話なんだけどー」

「またか・・・・・・。この場では許すが、他ではするなよ!」

「はいはい。わかってますよーっと。それで、私が聞いた亡霊はなんでも勇者の話をしていると、音も気配も無いのにいつのまにか背後に立っていて『今、勇者って聞こえたんですけど?』って聞いてくるらしいのよ。それも小さな子供がよ?怖くない?」

「こ、怖いです!」


 私は実は怖い話が苦手なんです・・・・・・。夜一人でお手洗いに一人で行けなくなるくらいでして・・・・・・。


「怖そうであるけど甘いわね。もっと、こう怖そうな演出や言い方しないとね」

「私もそうは思ったけど、怖がられ過ぎちゃうのもよくないでしょ?」


 姉達は私の方を見ました。

 ほんとに良い姉さん達です。私を気遣ってくれていました。

 私はそんな姉さん達に、心配はいらないんだって思って欲しくて強がりを言ってみます。


「大丈夫です。私だっていつまでも子供じゃないんですよ?」

「ダメね。あなたはいつまでも大事な妹なんだから、大人扱いなんて100年後だろうとしてあげないわよ」


「「うんうん」」


 えー、どうやら家族の中での私の扱いはそんな感じなようです。

 しかも満場一致で・・・・・・。


「少しは大人だと言うなら、ちょっと試しに怖めに話してあげるわ。指輪の悪魔の話を、ね・・・・・・」


 ゴクリ。


 私は思わず唾を飲み込んでいました。

 にやりと笑った姉がちょっぴり怖く見えてしまったから・・・・・・。


「とある冒険者が武者修行の為に、森の奥まで魔獣を狩りに出かけた時の話。しかし、普段ならそこで1匹や2匹の魔獣に出会っていいはずでした。なのに、ただの1匹の魔獣にも出会えません。冒険者はこのままでは修行にならないと、普通なら避けて当然のさらに森の奥。そんな危険な所に向かう事にしたのです。森は深い、木々が太陽を遮り昼だというのにまるで夜を思わせる森の奥地。耳を済ませても何も聞こえない。踏んだ枯葉の音すら大きく聞えてしまうほど、何もないのが恐ろしくつい恐怖を感じるそんな場所で・・・・・・」

「きゃーー!」

「ええと、まだ出だしなんだけど・・・・・・?」

「ぷっ。もう、ほんとに怖がりなんだから。でも、そういうとこもカワイイと思うわ」

「ご、ごめんなさい。このあと、何か来るんじゃないかと思ったらそれだけで怖くなって・・・・・・」

「というか、出だしで長すぎよ。雰囲気だけは出てるけどね。もう少し短く出来ない?このままじゃ、一人で寝れなくなるわね」

「安心しろ。その時は父さんが添い寝してあげよう!」


「「娘に欲情とかサイテーー!!」」


「欲情って!お前達は父親を何だと思っているんだ!!」

「へんたい?」

「なんだとぅ!!」

「家で新しく働きだしたメイドに手を出したって話を聞いたわね」

「あ、そういえば、その話私も聞いたわ」


 父は揺れる馬車の中、無言で膝を床に着け頭を下げていました。


「・・・・・・ごめんなさい!許してください!妻にだけは言わないでーーー!!」


 姉さん達は勝ったと言わんばかりの悪い顔をしていましたが、私はそれが冗談といいますか少し驚かせてやろう程度の物だとすぐに分かり、私はホッとしたのです。

 もし、母にでも知られれば父の命は無かったかもしれませんから。

 しかし、姉さん達はどこでそのような情報をしいれてくるのでしょうか?私も同じ家に住んでいる筈なのに不思議です。


「父さんの女性関係はどうでもいいの。ただ、自慢の妹に何かしたら許さないからね?」

「当然だろう!私にとっても大事な娘だからな!」


 溺愛され、甘やかされて育った身ではありますが、姉さん達を尊敬し父から多くの事を学ばせてもらっている日々。

 問題はあるようですが、私は父も姉さん達もこの家族が大好きです。


 ガタンッ!


 そんな時でした。

 馬車の車輪が大きめの石にでも乗ってしまったのでしょう。馬車が一際大きく揺れたのです。もし、この揺れがなければ私の人生が変わる事は無かったでしょう。


「今のはなかなか大きな揺れだったわね。みんな大丈夫?」

「私は大丈夫。ぜんっぜん平気」

「私も大丈夫だ」

「あー、父さんには聞いてないから」

「ひどっ!!」

「ねぇ、顔色が悪いけどあなた大丈夫?」


 私は顔を青くしていたんでしょうね。

 私の顔を覗くようにして姉さん達が心配をしてくれました。

 でも、私は先程の揺れがきっかけで緊急事態と言いますか。お恥かしい事に両手でスカートの上からある部分を押さえていて、正直見られたくない心境でした。


「もしかして・・・・・・」


 長年の付き合いからでしょうか?姉さん達はすぐに私の事を察してくれました。

 でも、私は恥かしさで顔が熱くなるのを感じました。気持ちとしては火が出そうなほどです。


「ふむ」


 私が恥かしそうにしていたからでしょう。父も何かを察したようです。

 ただ、それは間違いでいてとてもデリカシーに欠け酷い勘違いでした。先に言っておきますが違いますからね?


「なるほど・・・・・・。お漏らしか」

「!!」


 私はつい大声で否定しそうになりましたが、耐えるのに精一杯で大声が出せませんでした。お腹に力を入れるわけにはいきませんので・・・・・・。


「何言ってるの!?違うでしょう!!御花を摘みに行きたいだけよ!」

「仮にそうだったとしても、言わずに見なかったことにするのが紳士ってものでしょう!!これだから父さんはダメなのよ!!」


 私は恥かしくて、とても恥かしくて下を向くことしか出来ませんでした。

 もうやめてください。私のその・・・・・・、こんな恥かしい事で言い争わないで欲しい!そんな気持ちでした。


「わ、悪かった・・・・・・。家まではまだまだ距離もあるし、近くの茂みにでも――」

「何言ってるの!!私達の自慢の妹にお外でさせる気なの?信じられないわ!!」

「まったくだわ!貴族らしい立ち振る舞いはどこいったのかしら?」

「しかしな。私が魔法師団にいた頃は、貴族であろうと男だろうと女だろうと緊急時には外で――」

「そんなのは、軍人のする事でしょ!!私達の自慢の妹は、貴族で乙女なの!わかる!?」

「もう、デリカシーに欠け過ぎててついうっかりメイドに手を出した件を言ってしまいそうだわ!!」

「それだけはやめてーーー!!!!」


 姉さん達の反対を受け、父は近くの町に向かうように馬車を操る人に指示を出してくれました。

 私としては必要であれば貴族である事なんて気にしなくていい、そう思っているのだけど姉さん達のイメージを壊したくなくて父を擁護する事が出来ませんでした。

 ごめんなさい。不出来な娘でごめんなさい。と、言葉には出来ませんでしたが心の中で父に謝罪をしました。


「では、私がこの娘を連れて行ってくる。お前達はこのまま馬車で待機してなさい」


 近くの町に着いた私達。

 ですがすでに夜も遅く、家に明かりがついておらずその町は静まり返ってました。

 ただ、父が言うには夜遅くでも宿屋や酒場は営業している事が多いらしいです。

 母には庶民の酒場なんて私達が行くような所じゃないわ!と言っていたので、ちょっとだけドキドキします。


「もう、私達の事はいいからとっとと連れて行ってあげて!」

「まったくだわ!」

「ひどっ!」


 私はそんな父のとなりで、両手でお腹の下を押さえていました。

 傍から見たら、なんてみっともない姿なの!と言われるかもしれません。


「ね、姉さん達。行って来ます・・・・・・」

「ええ、大丈夫だから。すぐ戻ってきてね」

「いってらっしゃい!」

「父さん悲しい!!」


「「とっとと行け!!」」


 私は父の後ろをやや内股になりながらも歩きました。

 やがて、明るい光と男達の騒がしい声が聞こえてきます。

 そして父は店の前で立ち止まり酒場初体験の私に注意をしたのです。


「よく覚えておきなさい。酒場では酔った男が女性にちょっかいをかけたりする事があるから気をつけなさい。具体的には相手にする気が無い事を態度で示すのだ。でないと面倒な事になるからね」

「は、はい・・・・・・」


 母が言ってた事も合わさり、私は酒場に入る覚悟をして無言で頷きました。


「では、行こう」


 酒場の中は静かで暗かった町中とは違い、まるで別世界でした。明るい店内。陽気に笑いお酒を飲む男達。雰囲気だけなら、楽しそうな場所に見えました。

 そんな中をカウンター席の方に向かう父とその後ろをスカートの前を押さえ恥かしそうにしながら歩く私。

 そんな私を見た男達は次々に声を掛けてきました。


「ひゅー!別嬪さんじゃないかー!なぁ、飲むならこっちで飲もうぜ!!」

「いやいや!こっちおいでよ!奢ってやるからさぁ!!」


 私はその大声に驚き、そしてちょっと怖くなりさらに半歩程父に近寄ります。

 父は何も気にする事無くカウンターにいた店主らしい男に声をかけました。


「すまないがお手洗いはどちらかな?」

「ああ、それなら右側の奥にあるよ。男女兼用だけどな」

「・・・・・・仕方ないか。すまないが使わせて貰おう」

「チッ・・・・・・。ひやかしかよ」


 父と私を見て、飲みに来た訳ではない事を悟ると店主の態度が悪くなりました。

 その様子を見ていた他の客からも面白くないと言う様な態度が目に付き、ここに来た時に楽しそうと思った自分の甘さを知り、怖くなって私は父の服を掴みました。

 ですが、父はそれでも何も気にした様子も無く話を続けます。


「私と娘は飲み来た訳じゃないが、ただのひやかしと思われるのも良くないな」


 最初からそのつもりだったのでしょう。父は懐からお金の入った袋をカウンターに無造作に置き話を続けます。


「このお金でここにいる者達にサービスしてやってくれ」


 店主はお金を数え終わると大声で、こう叫びました。


「お前ら!今日はこの人の奢りだ!!全部唯で飲み食いしていけ!!」


「「「うおおおおおおお!!やりぃーーーーーーーーーー!!!!」」」


 大歓声が上がりました。まるで店の中が爆発したかのような歓声です。

 そして、先程までの悪い態度も面白くないという態度も消えうせ、みなさんが父に感謝の言葉を送ったのです。先程まで姉さん達に言い負かされていた人とは思えない、立派な人に見えたのです。


「さぁ、行こう」

「は、はい!」


 私は父を改めてカッコイイそう思いました。


 男女兼用と言っていたお手洗いは薄い板でいくつも仕切られ左右に並んでいました。

 照明の数も少なく、仕切られたうちの一つに入り薄い扉を閉めるとより暗くて怖かったです。

 救いなのは酒場の男達の騒がしい声が響いているのと、下の隙間から父の靴が見えた事でした。


「あのー。お父さん・・・・・・」

「どうした?」

「ここ暗くて怖いので扉を開けたままにしてもいいですか・・・・・・?」


 私はダメ元でそう言いました。勿論、とても恥かしい事を言ったのは自覚していたのですが、あのような明かりの乏しい所では怖くてあれだけ出したかった・・・・・・あ、あれが出てくれないのです。

 前に姉さんが言っていました。生き物には優先順位というものがあるそうです。それも本能的なものにも。かゆみより痛みが勝り、眠気よりも痛みが勝るように・・・・・・。

 生き物は危険を感じると本能的に他の本能的なものを後回しにする事があるようなのです。

 きっと、私は怖さからそのような状態に陥ったのでしょう。


「ダメだ。それはいけない事だから我慢なさい」

「は、はい・・・・・・」


 やはりダメでした。

 その時でした。外から女性の悲鳴のような声が響いてきたのです。

 それも私の良く知る姉に似た声の・・・・・・。


「お前はここにいなさい!私は戻って様子を見てくる!」

「えっ」


 父は私を残し駆け出していきました。

 姉の事は勿論気になるのですが、ここにいて欲しいという気持ちもあったのです。

 父を引き止める言葉が出ないまま、父は行き私は一人となったのです。


「あ、はい・・・・・・」


 とても怖かったです。知らない町で初めての酒場での暗いお手洗い。

 早く済ませたいのに、思い通りにいかずに一人なる不安。


 そんな中、外から爆発音が響いてきました。それも1度や2度ではありません。

 そして、酒場で騒いでいた男達の楽しそうな声が怒号に変わり、やがて静かな静寂へと代わったのです。

 私の心臓はバクバクと音を立てていました。

 静かになったのに戻ってこない父。なぜか静かになった酒場。


「だ、だれもいないの、ですか・・・・・・?」


 私の不安に満ちた声が異様に大きく響いた気がしました。

 まるで姉の話していた深い森のようです・・・・・・。


 『夜を思わせる森の奥地』


 『耳を済ませても何も聞こえない』


 『踏んだ枯葉の音すら大きく聞えてしまう』


 『何もないのが恐ろしくつい恐怖を感じるそんな場所・・・・・・』


 コツ、コツ、コツ・・・・・・。


 私が恐怖心と戦っていると、誰かが歩いてくる音が聞こえてきました。

 私は最初父が戻ってきたのだと安堵したのですが、実はそうではなかったのです・・・・・・。


「さっき、こっちの方から誰かの声が聞こえたような・・・・・・」


 男の子のような声でした。

 私の脳裏に姉の言ってた勇者を探す亡霊がよぎり、私は無意識に足を持ち上げて下から見えないようにしました。


 コツ、コツ、キィー・・・・・・。コツ、コツ、キィー・・・・・・。


 誰かの歩く音と周囲の扉が開けられていく音が聞こえ、私は目を閉じ体を便座の上で丸めました。

 早く終わって!夢なら覚めて!そんな事を念じながら・・・・・・。


 コツ、コツ・・・・・・。


 そしてその足音は私の目の前まで来たのです!


 ガッ!!ドン!ドン!ドン!!


「あはっ。あはははははっ!いるんでしょ?そうでしょ?そうなんでしょ!!ねぇ!!勇者さん!!!!」

「わ、私は勇者なんかじゃないです!帰って!!」


 私の体は小刻みに震え、私は耳を塞ぎ目を瞑りながらそう言ったんです!


 ドン!ドン!ドン!!


 扉を叩く音がしばらく続きましたが、それも止み。私は安堵したのです。今度こそ諦めて帰ったのだと思い・・・・・・。


「良かった。諦めてくれたんですね・・・・・・」


 私は丸くなってた体を解き、目を開けました。


「ねぇ。試させてくれないかな」

「キャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 男の子が目の前にいたのです!扉の鍵は掛けていたはずなのに!扉は閉まったまま、男の子が前にいたのです!!


 ちょろ、ちょろ、ちょろ・・・・・・。


 驚きと恐怖が同時に来たせいか、私は失禁して泣き出してしまったのです。

 私は泣きました、男の子が怖くて。

 私は泣き続けました、貴族にあるまじき醜態を人前でしてしまって。

 母が知れば激怒するでしょう。父が知れば落胆するでしょう。尊敬する姉さん達が知ったら、もう私を自慢の妹と言ってくれないでしょう。

 私は涙が止まりませんでした。


「はぁ・・・・・・。なんでそんなに泣いてるの?」


 ついには、目の前の男の子にまで呆れられてしまったようでした。


「ご、ごめ、ごめんなさい。こ、こんなはしたない姿を、わ、わた、しは晒す訳には、いかなかった、ので・・・・・・」

「はしたないって何が?」

「な、なにがって、ひ、人前で、漏らして、しまっ、たから・・・・・・」


 私は泣きながら、なんとか言葉を口にしました。ただ、不思議に感じたのは目の前の男の子が私を気遣っている風だったのです。


「怖がらせてしまったのは悪かったけど、漏らしたというのは大丈夫じゃない?」

「・・・・・・えっ?」

「ここはトイレだよ?出す物を出すところだ。それを出して何がダメなのさ?」


 ドキッ!


 私の心臓が強く脈うち目から涙が止まりました。


「泣き止んだ所で悪いんだけど、手を貸してくれるかな?」


 私が左手を差し出すと男の子は私の手を取り、銀に輝く指輪を取り出したのです!

 私は悟りました。男の子が私に求婚をしてくれているのだと!

 みっともなく泣き腫らした私の顔を気にせず、失態を晒してしまった相手なのに気にせず。


 私の心臓がドキドキと跳ねて、私はどうしようもなくトキめいてしまっていたのです!トイレの中で。


 私はドキドキが止まりませんでした。男の子の指輪が私の指にはまろうとした時、私は不覚にも自分のドキドキに負けて気絶してしまい、気が付いたら朝になっていました。


 お手洗いから出て酒場の方に戻ると、これが死屍累々というものなんでしょうか?飲んでいたと思われる男達は床で倒れて寝ていました。

 足の折れた椅子や割れたガラスが散らばっていて、危ないなぁと思いつつそれらを避けて私は外へ出ます。


「ああ!良かった!心配したのよ!!」


 外へ出ると、すぐさま姉さん達が私をみつけて心配して声をかけてくれました。


「ごめんなさいね。すぐにでも探しに行きたかったのだけど、父さんがまだ目を覚まさなくて・・・・・・」

「えっ!お父さん大丈夫!?」


 姉さん達は父を介抱しているようでした。日頃はいがみあう事もありますが、やっぱり家族なんだなぁと改めて思いました。


「心配いらないわ。呼吸もしてるし気絶してるだけよ。けど、本当に実在してたなんてね・・・・・・」

「そうなのよ!勇者を探す亡霊が現れて、父さんの炎の魔法をものともせずにあっというまに父さんを組み敷いて気絶させちゃったの!」

「私達も抵抗はしたんだけど・・・・・・そのあとに続くように気絶させられちゃって・・・・・・あなたは大丈夫だった?」

「大丈夫です。・・・・・・気絶はしてしまったみたいですけど怪我もないです」

「そう、良かった。本当に無事でよかったわ」


 めったに泣く事のない姉さん達でしたが、この時ばかりは目に涙を浮かべてました。

 不謹慎かもしれませんが、姉さん達のその涙はとても綺麗で美しいと私は思います。私なんてわんわん泣いていて綺麗も何もあったものではありません。私の方が見た目がいいと言われるものの、やっぱり美しさでも姉さん達には敵わないなと思うばかりです。


「はっ!あの亡霊はどこにっ!!」


 父が無事に目を覚ましました。本当に良かったです。


「大丈夫よ。もうどこかに行ったわ」

「そ、そうか。おお!お前も無事だったか!急な事とはいえ一人にしてしまってすまなかった」


 私は果報者ですね。これだけ心配してくれる良い家族がいるのですから。

 だから、私は心配は要らないとばかりに笑って答えました。


「いいえ!大丈夫です!むしろ素敵な人に出会いました!」


「「は・・・・・・?」」


「あ、あなた何を言っているの?」

「あの方は、怖がり醜態を晒した私に銀の指輪をだし求婚して下さったのです!」

「え、えーと、・・・・・・あの方ってだれなの?」


 ここが決め所です。私は最高に可愛く見えるように笑って言ったのです。


「勇者を探す亡霊の男の子です!!」


 父も姉さん達も顎がはずれたかのように、なぜか口を開けてました。

 ですが、私は気にしません。すでにみんな無事なのは確認できてますから。なので将来の伴侶になってくださる素敵な男の子に心を躍らせるのです。


「あの子は大丈夫と言ったけど・・・・・・。変よ!絶対変!ちっとも無事じゃないわ!!」

「え、ええ。そうね・・・・・・」


 そして父と姉さん達は口を揃えて叫んでいました。


「「自慢の妹(大事な娘)が壊れたーーーーーー!!!!」」


 私、分かったのです。姉が言っていた、私にとっての『大事な物』が!!


「ああ、亡霊さん。あなたが勇者を探す追っかけなら、私は亡霊を探す追っかけになりましょう!!待っていてください!亡霊様!!」


「「様!?」」


 こうして、私は勇者を探す亡霊様に出会いそのおかげで、自分のすべき道を見つける事ができたのでした。

キャラ崩壊は嫌いじゃない。

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