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第1話 過去と安息

 音を立てて降り注ぐ雨粒が、二人の男を濡らしていく。

 しかしそんなものは意識の外のようだった。


「なんでお前まで裏切ったんだよッ!」


 五月蝿く聞こえる雨の音に負けないくらいに、誠は叫ぶ。

 しかし向かい合う男はまるで意味がわからないと言うような様子だった。


「なんで……ですか。そんなの決まっているでしょう? 娘の為ですよ」


 娘の為と言われて少し考える。


「娘……ああ、確かにいた――」

「違うッ! あんなのは私の娘では無いッ! あれは唯の――化け物だ」


 突然の剣幕に思わず誠はたじろいて、ぬかるみに足を取られかける。


「何を、言ってるんだ……? だって、お前、娘が可愛いって言っていただろ」

「……えぇ、そうですよ。でも、あの娘は私達の本当の娘じゃないんですよ。ですが、都合がいいので利用させてもらいました。お陰で実に簡単に事を運べました」

「何の話だよ……」


 既に誠にはこの男の言っていることが分からなくなっていた。

 あの娘は利用されていた……? 

 確かにそう言ったのだ。

 でも、何の為に?


 その疑問を悟ったかのように、男は答えた。


「私の娘は10歳の頃に死んでいるんですよ。でも、私は――私達は諦めきれなかった。だから創ろうとしたんですよ……娘を」

「人を……創る? そんなの出来るわけが――」

「いいえ、私は創りましたよ。……けれど、それでは不完全なんですよ」


 人を創ったと言った男は、少し悲しそうに言った。

 けれど、同時に次の疑問が浮かんだ。


「それで何故俺を殺そうとする?」

「言ったでしょう? 不完全だと。そして、それを完全にする為に貴方の心臓が欲しいのですよ。心臓は生命力の源であり、魔力の根源です。それさえあれば私の娘は完全になる。ご理解頂けましたか?」


 この話を聞いてから薄々気づいてはいたが、やはり狂っている。

 始めから終わりまで自分の為にしか動いていない。それに当の本人は娘の為と言っているのが尚気持ち悪さに拍車をかける。


 けど、結局お前も――いや、お前達も同じなんだな。


 熱くなっていた頭が冷えていき、冷静な思考を徐々に取り戻していく。

 けれど、俺は殺されるわけにはいかない。


「理解? そんな常識的な言葉を使わないでくれ。反吐が出る」

「はあ……これだから野蛮な異世界人は困ります。人の愛がわからないなんてやはり化け物だ。あの王女が言っていた通りです」

「お前が愛を語るなよ」


 こいつらはみんな同じだ。

 心の底まで腐って、欲望に取り憑かれた豚だ。


 心の中で笑いが込み上げてくるのと同時に、あの娘が言っていた言葉を思い出す。


『……今の私は幸せ……こんなに良い家族に恵まれたから……』


 背格好からは想像出来ない深さのある言葉が、あの娘の特徴的な間のある声音で再生される。

 あの時は確かに笑っていたかな。

 最後にもう一つだけ聞かなければならない。


「それで、あの娘はどうなったんだ」


 氷のように冷たい声で男へ言う。

 でも、俺は薄らとわかっていたのかもしれない。それでも、止められなかった。

 僅かでもその可能性があるのなら、そう思ってしまった。


 そしてその男から返ってきた答えは――



 ◇



「っくそ、嫌な夢を見たな……」


 愚痴を零して地面に敷いた毛布の上にある体に掛けていた外套を退けて起きあがる。

 どうやら丁度朝日が昇った頃らしく、その光が大地を照らす。

 今は日本で言うところの6月頃ではあるが、朝特有の清々しい空気を全身に浴びる。まだ涼しさを感じる風が、汗でびっしょりと濡れた服に吹きつけて、体の熱を奪っていくがそれも今は心地いい。

 暫くそうしていただろうか、隣から声がかけられた。


「マコト様、おはようございます」

「おはよう、ディア。大丈夫だったか?」

「火も大丈夫ですし、魔物が近寄ってくる気配も無かったですよ」


 交代で火の番と見張りをしていた為、ディアは既に起きていた。

 ぱっちりと開かれた緋色の瞳と、風に乗ってふわりと揺れる白銀の髪が、陽の光を反射して宝石のような輝きを見せる。


「やっぱり、ディアは可愛いよな」

「ふえっ!? 突然どうしたんですかっ!」

「ん? いや、初めて会った時はあれだったから、色々整えると美人だと思って」


 今のディアは乱れていた部分が整っただけと言えばそれだけなのだが、客観的な意見としても十分な美人だ。女性としては少し高めの身長で、白銀の髪を靡かせているその格好は、男が見れば殆どが二度見するだろう。


 でもいつもはクールなディアも、突発的な事には弱いらしい。天然な部分もあるらしく、時折こういった反応を見せてくれる。


「からかわないで下さいよ、マコト様。……私は水浴びに行ってきますね。見に来たかったら来てもいいですよ?」

「行かねぇよ、早く行ってこい。俺は飯の準備でもしてる」

「はーい。楽しみにしていますねっ」


 いつものようなやり取りをしてそれぞれがやるべき事をする。

 水浴びの度に誠を誘惑するディアだが、一度たりとも見に行ったことは無い。


 ……本当に、断じて、神に誓ってもいい。


 そういう欲が全く無いとは言わないが、今はそんな事に現を抜かしている暇は無い。


 ――もう手が届く所まで来ているんだ。


 そう実感して薄い嗤いが込み上げる。

 ようやく一人……いや、二人だろうか。()()と言っていたんだ、そう考えて良いだろう。

 あの日から望んできた復讐相手が、もうそこにいるんだ。

 それにあんな夢まで見たあとだからか、黒く粘つく感情が鍵を掛けていた思い出と共に溢れ出る。


 お前は今、どんな顔で生きているんだろうな。

 どうせ幸せそうな仮面を被って、穢れた本性を隠しているんだろうな。


 ……だが、それも今のうちだ。

 俺は……俺だけは知っている、覚えている。

 お前が犯した罪も、お前が望んだことも。そして、あの娘のことも。


 だから、俺もお前らを食い物にしてやるよ。

 肉の一欠片、骨の一本、血の一滴に至るまで、全て。

 恐怖に震えるお前に希望をチラつかせて、奪い去ってやるよ。


 そんな事を考えていると、ゴポゴポという音が聞こえてきた。

 初めはなんの音がわからなかったが、どうやら誠が作っていたシチューが煮える音だった。


「危ねぇ、焦がすとこだった」


 朝食が無くなる危機感を覚えながら、木製のへらで鍋で煮込んでいたシチューをかき混ぜる。

 するとミルクの優しい香りが漂い、色とりどりの野菜が見え隠れする。


「……よし。味もいいだろ」


 人差し指の先っぽに少しだけシチューを付けて味見をする。


「今日はシチューですか?」

「ああ、朝寒くて温かいものが食べたくなってな」

「ふぅーん。……それより私も味見をしたいですっ」


 いつの間にか水浴びから帰っていたディアがいた。

 水に濡れて艶やかさを増した髪と、水滴が伝うミルク色の肌がチラリと視界に入る。


「あ、ああ。……ほら」

「…………」


 誠は気恥しいのを抑えながら、へらにシチューを付けて味見をさせようとする。

 しかし、ディアは見ているだけで一向に味見をする気配がない。


「味見しないのか?」

「…………はぁ。味見はもういいです。早く食べてしまいましょう」


 ディアはぷいっとそっぽを向いて、結局味見をしなかった。

 ……何がしたかったんだろうか。

 つくづく女性の行動はわからないと誠は思う。

 けれど、まずは朝食にしよう。腹が減ってはなんとやらだ。

 手早く器に盛り付けてスプーンを添える。それと買っておいたパンも付け足す。

 野営で作っているとは思えない豪勢ぶりだとは思うが、どうせ今日で目的地に着くので食糧の問題は考えなくていいのだ。

 それに、食は人の心を豊かにする。どんな顔で言っているのかと言われそうだが、実際満足に食事が出来ないと精神面にも影響をきたす。

 それで昔揉めたことがあり、それからは一番気を使っていることだ。


 ……それも、演技だったんだろうか。


 またしても誠の手が止まってしまった。

 気が立っているからか、小さなきっかけでふと思い出してしまう。


「……そんなの、わかってるだろ。全部、嘘なんだよ」


 言い聞かせるようにそう呟く。


「……あぁーっ、くそ。さっさと食べるか」


 乱暴に自分の分を盛り付けて、ディアの元へと運ぶ。

 こんなことは、食べて忘れよう。


「「――戴きます」」


 二人で挨拶をして食べ始める。

 旅が始まってすぐに、ディアに何ですかと聞かれていた挨拶だが、意味を話すといつの日からかディアも俺と一緒に戴きますをするようになった。

 自然と共に生きるエルフだから何か思うところでもあったのだろう。


 うん、やっぱりいい出来だ。

 味は然ることながら、旅の途中で狩っていたフォレストボアの肉も噛み切れるくらいには柔らかくなっている。本来はスジが多くて簡単には噛みきれないが、蜂蜜を染み込ませておくと多少柔らかくなるのだ。


「やっぱり美味しいですね、マコト様の料理」

「伊達に何年も作ってないからな」


 さらに一口頬張る。

 温かさが身に染みるなあと、しみじみと思う。


 そうしている時だった。


「――何か来る」


 この場所に接近する何かを見つけた。

 和んだ雰囲気が一変して戦闘のそれに移り変わる。

 一瞬にして張り詰める空気が、場を支配するが現れたのは――


「おなか……へっ…………た……」


 10歳程の少年がばたりと倒れる光景だった。

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