第9話 暗闇の行軍 Ⅰ
「…………予想していたとはいえ魔物が全く近寄ってこないのは一周まわって気持ちが悪いな」
呆れたように周囲を照らす魔光石を眺める。
淡い光を放つその石は本当に効果があったらしい。
その証拠として誠も起きることがなかったし、ディアもぐっすりと寝ているようだった。
「んんっ…………っ、マコト様……」
「起きたか、ディア。よく寝れたか?」
寝起きの筈のディアは、誠を見て安心したような素振りを見せた後に、こんなことを聞いてきた。
「えっと……マコト様、『嫉妬』ってなんのことかわかりますか?」
「『嫉妬』? 何かあったのか」
『嫉妬』という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべたのはやはり邪神のことだ。
しかしそれがどうしてディアの口から出てきたのかがわからない。
「実はさっき夢の様なものを見て、そこで『嫉妬』と言っていた黒い靄と話をしていたんです」
「……そうか。なあ、マモン」
(なんだ、主よ)
「邪神って封印されているはずなんだよな。なら何故ディアに干渉出来たか分かるか」
邪神というのはてっきり封印されていると外部への干渉は出来ないものだと思っていたので、詳しそうなマモンに聞いてみることにした。
しかし帰ってきたのは意外な答えだった。
(封印が万全ならば外界に干渉することは出来ないはずだ。……ということは封印が綻びつつあるということだろう)
「だったら俺に何の干渉も無かったのが気になるな」
(それは恐らくだが親和性の問題だろう)
「親和?」
ディアが首を傾げて呟く。
誠も今までに聞いたことの無い言葉だった為、マモンの言葉に更に耳を傾ける。
(親和と言うのはな、それぞれの邪神が持つ特性に似通ったものに惹かれることでな。我が主と契約して力を行使させられるのも親和性が高いからだな)
「てことは私は『嫉妬』との親和性が高い、と?」
(そうなのだろうな)
ディアは嫉妬との親和性が高いということはもしかすれば契約を交わせるということなのだろうか。
しかし実際にあってみなければわからないだろう。
(親和性が高いと言うのは何も悪いことではない。我と主のように契約を結び、力を手にすることも出来る)
「力……『嫉妬』の力がもし手に入るなら私は契約をしたいです。使えるものは何でも使うべきです」
「確かにどうせ解放するならディアに契約して貰った方がいいな」
(然りだな)
元々邪神を解放するつもりだったので、それでディアに力が付くならやらない手はないだろう。
「なら休憩は終わりだ。ディア、レベルは幾つになってる?」
「私は……18ですね」
「俺は23……一応進めないことも無いだろうがここからは明かりが無くなる。常に全方位を警戒するのは精神的に面倒だが行くしかないしな」
「大丈夫です。きっと『嫉妬』の元に辿り着いて契約をしてみせます」
力強く息巻くディアは気合十分といった具合だ。
それなら俺も気合いを入れていこう。
ここからは何があるかわからない。
それからの探索は慎重にではあったが順調なものだった。
誠が【探知】で魔物を接近前に見つけ、ディアが魔法による先制攻撃、そこから二人で追い討ちをかけて魔物を狩っていた。
「しかし下の層まで来ているせいか面倒なやつが増えてきたな。素早くて小さいゴブリンアサシンだったり急所以外が硬すぎるロックワームとか」
「本当に嫌になりますね。倒せるとはいえ数で攻められると厄介です」
一体一体は相手にならないものの、如何せん数が多いのだ。
そのせいで余計に手数が増えてしまっている。
「ディア、まだいけるか?」
「私はまだまだ余裕ですよ」
「なら進めるうちに進んでおこう。何があるかわからない状態で進むのは怖いが、立ち止まるのはもっと怖い」
出来ればこれからも魔光石がある場所を探して休みたいというのもあるが、それは高望みというものだろう。
この環境で魔物を気にせずに休めるというのはそれだけで非常に価値がある。
一応さっきの場所にあった魔光石を砕いて持ってこようとしてみたが、砕くと光が消えてしまい効果が無くなるようだった。
魔力を込めればまた光り出すのだが、これでは意味が無いので諦めることにしたのだ。
それからも何度か戦闘をこなしたが、無傷で切り抜けることが出来た。
誠に関しては数字以外の部分での経験があるのでこの程度には引けを取らないのは当然だが、ディアも難なく戦闘をこなしていた。
森で過ごしていたこともあって暗闇での戦闘には慣れているのかもしれない。
しかしここで誠が突然立ち止まった。
「どうしたんですか?マコト様」
「いやな、正面から人が凄い速度で迫ってくるんだが」
誠が【探知】で捉えたそれは、どうやら魔物ではなく人のようだ。
しかもこの暗闇の階層にいるということはそれなりに高レベルの筈だ。
そんな人がそこまでになる理由が気になったのだ。
「おい!お前ら逃げろ!」
「いやぁぁぁぁあ!」
「お前ら少しは黙れ!」
大騒ぎしながら三人の冒険者と思しき人物が走ってきた。
どうやら何かに追われているらしい。
この反応は恐らくあいつだろう。
普通の人なら戦いたくない魔物だ。
「おい、お前ら。一応聞くが何に追われている」
「何って、ヴァンパイア・スパイダーだよ! あれは手に負えるやつじゃねぇ! 悪いことは言わねぇからお前らも逃げろ!」
「やっぱりか。確かにあれは厄介だが戻っている時間もないからなぁ」
頭を掻きながら気の抜けた調子で対応する。
ヴァンパイア・スパイダーは赤黒い色の体で素早く動く大きな蜘蛛だ。
虫が嫌いな者が見れば一度でトラウマになるレベルの気持ち悪さを誇る魔物だ。
そして厄介と言った理由がヴァンパイア・スパイダーの血にある。
この血は腐食性が強く、体に触れれば肉が溶け落ちてしまうほどのものだ。
更にヴァンパイア・スパイダーは血を吸うと力を増す特性があり、力をつける前に対処しなければとんでもなく強い個体が生まれてしまうのだ。
「ディア、どうする?」
「どうするとは、一度戻るかということですか?」
「ああ、倒せないことはないが面倒だ。少し真面目に戦わないとならないからな」
「ですが時間がない以上はやるしかないと思いますよ」
ディアの意見は戦うべきというものだった。
確かに時間はない、それに面倒と言うだけで倒せない相手では無い以上引き返したくないのは誠の同じだった。
「ならやるぞ。ディアはダメージを与えることは考えなくていいから動きを止める魔法を放て。それからあいつの血には当たるなよ」
「問題ありません……と言いたいですが数秒程だと思います」
「いや、十分だ。数秒止められるなら俺が片付けられる」
神剣を抜き、誠が前へ出てディアが後ろへ引く。
【探知】で調べてみればどうやらヴァンパイア・スパイダーに恐れて周囲には他の魔物は居なくなっているようだ。
それなら横槍が入る心配も戦っている最中に強化されることもなくやりやすい。
状況を整理していると正面に赤黒い巨体が姿を現した。
カサカサと動くそれは誠達を見たかと思うと、甲高い声を上げ威嚇する。
「来たぞ!」
「――いきます【暴風よ 荒れ狂え】『ステルク・ウィンド』」
ディアが放つ魔法は高密度の風の砲弾として襲いかかる。
その魔法はヴァンパイア・スパイダーへと直撃し、僅かにノックバックを発生させて動きを止める。
その隙に誠も自身に強化魔法をかけて走り出す。
「『ブーステッド・ドライブ』!」
無詠唱で発動した誠の強化魔法は筋力・敏捷を20%増加させる昔から使い慣れた魔法だ。
その強化されたステータスに後押しされるように誠の体は風をきってヴァンパイア・スパイダーへと駆けていく。
ものの一瞬で間合いに入った誠にヴァンパイア・スパイダーは反応が追いついていないようだ。
「まずはその前脚からだ」
既に鞘から抜かれていた神剣を水平へ一閃、すると少し遅れてバランスを失った巨体が前へ倒れる。
しかし誠はそのまま後ろへ回り込み急ブレーキをかけて反転、そして今度は壁走りで距離を詰める。
誠の狙いは依然倒れたままのヴァンパイア・スパイダーの首だ。
しかしいくら神剣とはいえリーチの問題で首を落とすことは出来ない。
――なので、剣身を伸ばすことにする。
「『魔力刃』」
その一声で神剣が透明な刃に覆われていく。
これは【魔力操作】の応用で魔力によって神剣に魔力の刃を付けさせたものだ。
誠は壁から跳躍し、勢いを乗せた透明な刃をヴァンパイア・スパイダーの首へ落とす。
すると豆腐を切ったように首と胴体が別々になり、断面から血が吹き出す。
正しく一瞬の戦闘だったが、誠の顔には僅かに疲労の色が見える。
「っと、あぶねぇ。……にしても我ながら上手くいったものだな」
首を落とした後直ぐに離れていた誠は一人で愚痴を漏らす。
実際昔ならここまでする必要はなかったと考えてはいたが、一先ずは倒せた事実を嬉しく思うべきだろう。
その代償として普通の戦闘の数倍はMPを使ってしまったが、それは仕方ないと割り切る。
「マコト様!大丈夫ですか!?」
「ああ、この通りピンピンしてるぞ」
「そうですか。……一人で走っていったから少しだけ心配しましたけど無駄だったみたいですね」
どうやらディアは俺のことを心配していたらしい。
だが、それは筋違いというものだ。
「あのなぁ、俺はこんなとこで死ぬつもりなんて全く無いぞ。俺が……いや、俺達が死ぬのは復讐を果たした後だ。それ以外は絶対に認めないし、何より自分自身が許さない。そうだろう?」
「…………そう見えないからこうして心配しているんですけどね。……ですがそれには同感ですね。こんな所で死んでしまったら私は私自身を怨み続けるでしょう」
俺達にはどうしても死ねない理由がある、それが周囲からは絶対に認められないであろう目的だったとしても。
「さて、それじゃあ魔物達が離れてるうちに行くぞ」
「はい、マコト様」
二人はヴァンパイア・スパイダーの血溜まりに目を向けることなく進んでいくのだった。




