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神様の名前探し 2  作者: 山本風碧
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(6)

 その後、萱田はこちらが困惑するくらいたくさんのありがとうを言って、去っていった。

 さっきの宮地嶽神社と、それから瑛太が言っていた、香椎宮それから宇美八幡宮にも参拝したいと意気込んでいた。



 いつの間にか雨は止んでいる。

 再度参拝を試みるため、水たまりを避けながら本殿に向かうけれど、先程のことが気になっているのか、瑛太の足取りは重い。


「っていうか胃が痛い……んだけど……」


 顔色も悪い。最初やってきたときとは大違いの様子に、「瑛太、無理しちゃだめだよ」と止める。


「だけど、ここまで来て何も収穫ないのは困る」


 瑛太は頑張っていたが、やがて手水舎のところで力尽きる。


「これ以上、近づけない……アイツ、めっちゃ嫌がってる、足動かねえ……」


 何がいけないのだろうと考えていると、瑛太はふと顔を上げた。


「そうだ。高宮斎場たかみやさいじょう……は行けないかな」

「高宮斎場?」

「三女神が降臨されたと言われる古代斎場が、山の中にある」

「……や、やま?」


 伏見稲荷での山登りを思い出して、顔をひきつらせる薫だったが、瑛太は「いや、十分位で行けるところらしいし」と薫の懸念を払う。


 本殿を避けるように大回りして、玉砂利の道を進んでいると、途中、車道に行き当たる。

 なんだろうと左側を見ると、案内板に「第二宮・第三宮」と出ていた。


「沖ノ島の沖津宮と大島の中津宮にはなかなか参拝できないから、田心姫神と湍津姫神をここでもお祀りしてあるらしい」


 じゃあ参拝しよう? と薫は言いかけて、瑛太の強張った顔を見る。


「やっぱり、こっちも無理な感じ?」


 だが、本殿ほど苦しげではないし、足も動いている。また違った反応で不思議だと思った。


「そこまでひどくない。どちらかと言うと神明神社に近いかも。スマホで調べたら、伊勢神宮の式年遷宮で古殿を移築したものらしい……から、どちらかと言うとその関係かな。気になるけど……ちょっと無理そう」


 瑛太は少し興味を惹かれる様子を見せるが、とことん天照大神と相性が悪いらしい。仕方ないので薫だけで参拝を済ませる。

 社の前に構えた鳥居を見て、まっすぐだ、と思う。確か神明鳥居とか言っていたと思うが、鳥居の形もいろいろで面白い。


 高宮斎場への参道は木々に囲まれている。雨に濡れているのもあって、空気がひんやりとしていて心地よかった。とても真夏だとは思えない。

 歩きながら、瑛太が眉間にしわを寄せ、ぶつぶつと呟く。


「どうにも収穫なしになりそうだな。でもなんでだろう……同じ天照大神から生まれた姉妹なのに、反応が違うのって。本宮じゃないからか?」

「やっぱり血じゃないってことだよ。それがわかったから収穫はあったんじゃない? ――そうだ、あと気になったんだけど」


 励ましつつ、薫はカミサマが祭神だけでなく雷が苦手かもと告げる。雷が落ちたとたん、瑛太から逃げ出したのだから。


「雷、か。雷の神様といえば武御雷、それと菅原道真も雷神として有名だけど……」

「え、でも大宰府では全然平気そうだったよね?」


 ということは、カミサマが恐れたのは雷ではなかったということだろうか?


 考えながら階段を上る。岩を組んで作れらた階段は、ひどく趣がある。だが、濡れているせいで気を抜くと滑りそうだ。


 途中、橋がかけてあり、その上を爽やかな風が横切っていた。


 蝉の声があちらこちらで聞こえる。だが、それが大きく聞こえないのは、木々が風で揺れてさざめいているからだろう。


 樹木のあいだから海が見える。風は海からここまで届いているように思えた。


 やがてたどり着いた斎場を前に、薫は心が凪いでいくのがわかる。


「人が最初に祈りを捧げようとした場所。心霊が宿ると信じられていた場所。神名備かむなびっていうんだ。ここに神が降臨していると皆信じて祀っていた」


 瑛太が言う。彼の顔は穏やかだけれど、ここには天照大神の影響力は及んでいないのだろうか。

 木々の間から漏れた日の光が、ちょうど斎場の中央あたりに落ちている。苔むした岩が、白い線を描いた光に照らされる様は神々しく、薫も今、ここに神が降りてきているのではないかと思う。


 自然に手を合わせたくなる。昔から人は、美しいものに対して畏怖を感じていたのかもしれない、だからこそ、その場所を守ろうと神として祀ったのかもしれない。なんとなしにそう思いながら目をあける。


 隣では、瑛太がひどく真剣な顔で目を閉じていた。




 参拝を終え、階段へと向かう。老夫婦が互いに互いを労りながら階段を登って来て、薫達を見てにこやかに挨拶をしてくれる。


「デートでここまで登ってくるのは珍しかね」

「可愛いカップルさんやったねえ」


 すれ違ってすぐ遠慮ないおしゃべりが聞こえてくるのが気まずい。薫はとっさに先程浮かんだ疑問を口にした。


「え、瑛太って、いつもお祈り長いけど、いつもどんな願い事をしてるの? やっぱり、カミサマのこと?」


 こうして問いかけるのは何度目だろうか。瑛太は躊躇ったように視線を彷徨わせる。


 だが、彼は小さくため息を吐いたあと、「たくさん。俺、強欲だから」とだけ口にした。

 これはもう言うつもりはないのだろう。しょうがないなと薫が肩を落とすと、瑛太は少し困ったようにため息を吐く。そして、やがてぽつりと言った。


「……祈りってさ、願いとは違うんだろうな」


 瑛太は薫に背を向けると足をすすめた。


 祈りと願い。違いについてなど考えたことはなかった。何を言うのだろうと、薫は彼の言葉を待つ。


「俺さ、随分長い間、神様なんていないって思ってたし、願いを叶えてくれないなら信じてもしょうがないって思ってたんだけど」

「知ってる」


 笑ってしまえるのは、過去形だったからだ。


「伏見稲荷でおもかる石を持ち上げた時に、神様ってのは人を前へ向かせてくれる力だと思った。あのときは信じてみよう、前を向こうって思った。でもさ。時間が経つにつれてだんだんうじうじ悩みだして、元の……なんていうか、後ろ向きな自分に戻っていったんだよな。それが嫌でさ」

「そうなの?」


 というか、悩みがあるのなら薫に言えばいいのに。そう言うと、瑛太はため息を吐いて話を元に戻した。


「萱田さん見てて気がついたんだよな。あの人、妹さんの病気っていう大きな悩みがあった。だけど、ただ神社で治してくれって願うんじゃなくて、御朱印を揃えて、妹さんの元気な顔を見ようって行動した。御朱印集めって、スタンプラリーとか揶揄されるけどさ、萱田さんは自分の望む未来を見据えて、ちゃんと自分の足で歩いていた」


 まぁ、態度には問題あったともうけどな、と苦笑いしながら瑛太は階段を降りる。一歩先を行く彼は、「たまに滑るから気をつけろ」と心配そうに、時折見上げてくる。


「『ずっと』前に進み続けること――未来を『ずっと』見つめ続けることこそが実は難しいんだよな。どうしても誘惑に負けるし、わかれ道で迷うし、失敗に怯えるし。萱田さんだって、これが無駄だったらとか考えなかったわけがないし、怒られてやめようって思ったこともあっただろうし。俺だって、たどり着きたい未来はあるけど、迷いが捨てきれない。だけど……祈るときには、こうありたいと思う未来がはっきりと見える」


 瑛太は立ち止まり、木々の間から見える海を見た。先程の雨はどこに行ったのだろう、と不思議に思えるほどに凪いだ海と空だった。


「だからこそ、人は祈るんだろうなって思ったんだ。これから歩んでたどり着くはずの、未来を見失わないために」


 迷いなく紡がれる言葉は、薫の心にもすっと染み込んでいく。と同時に、先程の瑛太の不可解な行動にも納得する。


「……だから御朱印をあげたんだ?」


 あれは感謝の気持ちだろうか。そう思って見つめると、瑛太は気まずそうに前を向いた。


「俺も萱田妹のために祈りたくなっただけ」

「そっか」


 だんだん、心がほかほかになってくるのがわかる。御朱印をあげる行為は、本来ならば褒められたものではないのだろうけれど、よくできました! と頭をなでてあげたくなる。

 一歩先に階段を降りる瑛太の頭はすぐそこだった。大分伸びて、もはやソフトモヒカンでは無くなった頭に手を伸ばすと、彼は不満そうに薫を見上げて、すんでのところで手を掴んで遮った。


「そういう褒め方は、もう要らない」


 いつまでも姉貴面しやがって。そう文句を言いつつ、瑛太は手を掴んだそのままで、階段を慎重に降りていく。


 最初は少々強引に掴んだのに、その手はいつの間にか薫を労るように包んでいる。

 思えばずっとそうだったかもしれない。ふと気がついて、薫は目を見開く。

 一方的に守ってあげているつもりだったけれど、守ってもらっていることに気がつかなかったのかもしれない。

 思い当たったとたん、心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚に見舞われた。


(え、今の、なに)


 薫が戸惑ったそのとき、手が離れる。どうしたのだろうと思って見上げると、彼の視線の先には買い物を終えたらしい宇宙がいた。


 宇宙は薫たちを見てニヤニヤと笑う。

 そして小さく「瑛太はお利口だな。うんうん、順番が大事」と呟く。

 なんのこと? と思わず見上げたけれど、瑛太の顔は逆光でよく見えなかった。




 瑛太は神門の前まで戻ると、空を見上げる。


「俺、もう一回だけチャレンジしてくる。ここまで来て参拝せずに帰れない」


 無謀だと薫は思ったが、瑛太は頑として譲らない。

 仕方がないので、まず薫が参拝をしてくる。そして何事もないのを確認したあとに瑛太が第二陣で参拝に向かうことにした。


「もしだめだったらすぐ戻ってくるんだよ」


 雷が落ちようならば、すぐ避難できるように神門のすぐ外で待機する。

 だが構えた割には空は穏やかだった。さっきのは偶然だったのだろうかと思えるくらいに、穏やかな参拝を済ませた瑛太はしきりに首を傾げる。


「あれ……ホントなんだったんだろ……ただの偶然か? それともアイツの気まぐれか……そっちかな」


 つぶやきつつ、駐車場へと向かう。

 そして二つめの御朱印を授与してもらい、車に乗り込んだ。

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