(4)
宇宙に地下鉄の駅まで送ってもらい、福岡市の中心地、天神へ向かう。
天神という地名はおそらく太宰府天満宮の祭神、菅原道真公から取られているのだろうが、正式な地名は福岡市中央区天神だ。
横断歩道が青になると『とおりゃんせ』のメロディが鳴り響き、凄まじい量の人が、片道五車線という超幅広の道路の横断を一気に開始する。
それを横目に見ながら福岡天神駅の階段を昇っていく。
西鉄大牟田線は天神駅が始発となっていて、商業ビルの三階からホームにつながっている。
二十台ほどだろうか。ずらりと並ぶ改札を人がどんどん通っていく様子は圧巻で、首都圏とあまり変わらない気がする。
(まぁ、ここ、九州で一番大きな街だもんね……)
なんとなく女性が多いような気がする。皆が皆おしゃれで、薫はノーブランドのTシャツとジーンズという、いかにも普段着でウロウロしている自分を少し恥じる。
対して瑛太はTシャツはTシャツでもスポーツブランドものだし、ジーンズは前に散財によって手に入れたブランドもの。並ぶと余計に気の抜けようが際立って恥ずかしい。
そそくさと乗り込んだ大牟田行きの電車は空いていて、薫はほっとする。
椅子に座るなり、
「今日、かなり暑いから気をつけろよ?」
タオルで汗を拭きつつ、瑛太はリュックからペットボトルを取り出すと薫に手渡した。
「え、これいつ買ったの?」
そんな暇はなかった気がするので、薫は驚く。
「出掛けにばあちゃんが『薫に飲ませてやって』って持たせてくれたから、遠慮なく貰っておいた」
どうして薫ではなく瑛太に渡すのだろうと思っていると、
「おまえ、昔から飲めって言われないと飲まないだろ」
と文句を言われる。そうかなあ? と思いつつありがたく薫はいただくことにした。飲んでみると結構のどが渇いていることに気がつく。
電車が滑らかに動き出す。過ぎていくビルの森を眺めていると、瑛太がうつらうつらしはじめた。昨夜の夜更かしのせいかもしれない。
「瑛太寝るな! カミサマでてきたらまた散財されるよ!」
「……そうだった」
瑛太はあくびをすると椅子に座りなおす。
しょうがないなあと思いながら、薫は旅先が九州になったときから気になっていたことを問う。
「そういえばさあ」
「……なに?」
「太宰府天満宮で意味があるの?」
「なんで?」
「なんでって――だって瑛太が言ってたじゃん。総本社じゃないと意味ないとかなんとか。だったらさっきの筥崎宮でも、あんまり意味ないんだよね? やっぱり宇佐八幡宮まで行かないとだめってことじゃない? じゃあどうやって行く?」
真っ先に宇佐に行くのなら、九州を選んだわかるのだが、瑛太は先に筥崎宮に参拝し、さらには太宰府へ行こうとしている。不可解だ。
「んー……」
瑛太は少し逡巡した後、ため息を吐いた。
「ちょっと話を整理してみていいか」
望むところだと薫は頷く。
「今まで、八神に絞って動いてただろ? でもそれって、俺たちに与えられた手がかりが少なかったからだった。それはいいか?」
薫は頷く。出発点はあの社一つ。屋敷神だというヒントだけだった。
「でも、今までの神社巡りで、他のヒントが出てきたわけだろう?」
「天照大神に拒絶反応が出るとか?」
「ああ。それが一番の手がかりだ。だけどこの間俺、神明神社に行っても、神社に足を踏み入れることさえできなかった。ってことは、今の段階で伊勢には行けない。一番のヒントに近づけないとなると手詰まりだって思った」
薫は渋い顔になる。
「けど、よく考えてみると、天照大神と須佐之男はかなり近しい神なんだよな。姉弟だから縁は強いはずなのに、祭神が須佐之男の二ノ宮神社で、拒絶反応はまったく起こらない。となると、血筋ではない何かで拒絶反応が起こっているってことは確定だと思う」
瑛太はそこで古事記と日本書紀のムック本を取り出す。
「さっき筥崎宮で、俺、ちょっと気分が悪くてさ、なんかわけもわからないのにイライラして。それ、なんか神明神社に行ったときとちょっとだけ似てた」
そういえばと思い出す。筥崎宮で瑛太には刺々しい雰囲気があった。
「だから、もしかしたら祭神に、なにか天照大神と関わりがあるのかって考えたんだけど……」
瑛太は関係図の書かれたページを開いて、天照大神をまず指差し、その後に応神天皇――誉田別命を指差した。
「遠い……ねえ」
天照大神から数十人の子孫を挟んで名前がある。途中、ページまで変わってしまうくらいで、直接結ぶ線は見当たらない。
「八幡の祭神、誉田別命は天照大神の子孫だけど、十五代ってことは結構遠縁な気がするんだよな。神話の中でも、直接関わり合いがないし」
「じゃあ天照大神以外に別の原因があるってこと?」
「それを確かめるためにも、太宰府天満宮には行っておきたい。天照大神からアプローチするのであれば、天神が正解とは考えづらいから、天照大神をヒントにしていいのかどうかの試金石にはなると思う。まぁ、もし天神で反応があれば、天照大神と縁のある神だと絞ってしまうのはやめることになるから、頭は痛いけど。でも、やらない訳にはいかない。屋敷神に関わる八神を潰す意味でも」
「八神の線は残しておくんだね?」
瑛太は憂鬱そうな顔になる。
「屋敷神に例の八神が多く祀ってあるってのも事実なんだ。金も暇もないから焦って横道にそれたくなるけど、急がば回れとも言うし。……消去法に頼るのが、結局は一番確実だとは思うんだよな」
瑛太が一見関係なさそうな九州に来た理屈はわかった気がする。だが――。
「でも、だとしても、太宰府天満宮って、総本社じゃないんだよね? 北野天満宮って言ってたじゃん」
瑛太はそこでわずかに笑う。
「いや? ――実は、太宰府天満宮の言い分では、太宰府天満宮が総本社って言ってるんだよな」
「え、どういうこと?」
「北野天満宮と太宰府天満宮も天神――菅原道真公を祀ってある神社ってのはいい?」
薫は頷く。そのあたりはさすがの薫でも聞いたことがあった。
「菅原道真は政権争いに敗れて、大宰府に左遷された後、没した。その後京の都では、道真を左遷に追いやった藤原時平が死に、さらには皇太子であった保明親王が若くして死去される。
その後も普通では考えられないほどの不幸は続き、祟りを恐れた朝廷は、最終的に天満宮を建立し、彼を祀ったんだ。それが北野天満宮の建てられた理由。だけど、道真は大宰府で没し、そこに霊廟が建てられた――それが後々、大宰府天満宮となった。建てられた時期、理由などを挙げては北野天満宮も太宰府天満宮もうちが総本社だと譲らない」
「そうなんだ」
意外な裏話に薫は、神社でもそういうどっちが偉い、どっちが本物、みたいな俗なことがあるのかとなんだかおかしくなる。
「ただ――どちらが総本社かはこの際関係なくて、流されて晩年を過ごした太宰府の思い出のほうが多くて濃いんじゃないかって俺は思ったんだ」
そこまで話した時、電車が二日市駅に到着する。ぞろぞろと降りていくのについて薫たちもホームに出る。
熱気に逃げそうになるけれどぐっと我慢し、階段を昇降して太宰府行きのホームへと向かう。
観光客だろうか。ぽつぽつと外国人の姿が見えるけれど、制服姿の高校生もいる。
「今日暑かね~」
「ホント、こがな暑いの、ずっと続いたらまじ死ぬけん」
祖母と同じく方言だけれど、少しだけイントネーションが違う。よそ者であることが身にしみて、なんとなく居心地の悪さを感じた薫は口をつぐんだ。




