(3)
「これから大宰府行くんね? じゃあ昼ごはん食べてからにしんしゃい。うどん食べに連れてっちゃる」
祖母に言われて素直に頷いた。うどんというフレーズには飛びつかざるをえなかったのだ。
旅の醍醐味である『食』だけれど、薫が福岡で瑛太に食べさせたいものと考えた時に、真っ先に思いつくのがうどんだった。
福岡のうどんは全国的にはさほど有名ではないのかもしれないけれど、独特の味わいで好きなのだ。瑛太に食べさせてやりたいと思ったのだった。
助手席の祖母はなんだか機嫌がいい。薫は少し考えて合点した。
(そうだよね。瑛太はばあちゃんを助けたんだもんね。嬉しいよね!)
薫の大事な祖母だ。ああやってかばってくれたことが嬉しくて、顔が緩んでしまう。
祖母は行きつけのうどん屋さんに薫たちを連れていく。
おすすめの『ごぼ天うどん』を全員で頼んで待つと、二分くらいででき上がりを運んでくる。ファストフードも真っ青だ。
「つゆが透明……?」
瑛太が不思議そうに目を瞠る。
「こっちのつゆ、昆布だしに塩なんだよ。ちょっと変わってるけど、うまいぞ」
宇宙も好物なので、ニコニコしながら割り箸を割る。そして柚子胡椒と七味唐辛子を大量に投入している。
せっかくの味がわからなくなるんじゃあ……とげっそりしている薫の前で、瑛太が何も入れずに一口、口にした。
「……コシがない?」
「うん。そうなんだよ。それがいいの」
薫は柚子胡椒を少しだけ入れて、ごぼうの天ぷらをつゆにつける。天かすを追加して食べるのがお気に入りだ。
ふわふわの麺をすする。家の近くで食べられるうどんはたいていがこしのある讃岐うどんなので、食感が大分違う。けれど楽に噛み切れて、つゆとよく絡むこの麺が薫は好きだった。母がわざわざ取り寄せて、昔から食べていた味だからかもしれない。
麺を食べ終わる頃に、たっぷりつゆを吸った天ぷらを食べるのもまた好きだった。
旨みたっぷりのかしわご飯――鶏とごぼうと人参の混ぜ込みご飯だ――のおにぎりを食べると満腹だ。
満足して瑛太を見ると、彼もまんざらではない様子。自分の好きなものを気に入ってもらえるとほっとする。
「大宰府にはどうやって行くんね?」
瑛太は旅行の日程ノートを開くと、行程を口にする。
「福岡市営地下鉄で天神まで行って、そこから西鉄大牟田線に乗り換えて、二日市で更に太宰府線に乗りかえればいいそうです」
ちなみにこのあたりは休みで帰ってきていた陸が、以前のように細かく指定していった。かなり羨ましそうだった。
「宇宙兄も来る?」
薫が尋ねると、「んー?」と宇宙は少し考え込んだ後、瑛太の方をちらりと見て、
「やめとくー。デートの邪魔したくないし」
と言う。
「はぁ?」
何を言ってんのこの勘違い兄貴、とムッとしていると、
「そやね。邪魔せんで、宇宙は部屋の片付けしときんしゃいね。朝、布団たたみに行ったときに見たけど、なんねあれは。あれは人を泊めていい部屋やなか。あのまんまやったら、今晩の夕食抜きやけんね」
と祖母まで言い出した。
「えええええ」
宇宙がうへえ、と顔をしかめるが、薫の方が顔をしかめたい。
「ちょっと、宇宙兄、ばあちゃんまで誤解させるのはやめてよね! めんどくさくなるんだよ! 特に陸兄が!」
「あー、はいはい」
文句を言っても馬耳東風男にはまったく届くことはない。
「じゃあ、留守番するから、梅が枝餅買ってきてね~」
ため息を吐きつつ見ると、瑛太は何も言わずに、氷の溶けてしまったお冷を飲んでいた。