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1 『街の様子』

一章より長い予定です。主人公が段々強くなっていく編、です。

 退院までの時間は、想定よりも短かった。早綾が目覚めた次の日には、三人まとめて医療施設から追い出されることと相成った。医者曰く、負傷者が多いから健常者は部屋を空けてくれ。真正面からの退院要請だった。

 迷宮都市の医療施設は公共施設ではない。有志たちが結託して、世のため人のためと興した会社だ。厳密には違うし──金は遠慮なくとるが──志はボランティアに近い。負傷者が治療を乞えば手当てはする。金銭に乏しい者は治療分を施設で働かせ、逃げ出す者は容赦なく叩き潰すと聞く。噂では用心棒として、上級の冒険者パーティを雇っているらしい。『医療』施設の看板に偽りありな気がしなくもない。

 迷宮都市唯一の医療施設『テーリベッヘの穴蔵』。

 迷宮の裏手に建つ豆腐型の建物には、様々な格好の冒険者たちでごった返していた。


「……生き残りは二人か。こっちの男は滅多刺しになってら。恰好からすると、下級かこいつら?」

「青銅級らしいぜ。最近調子よかった五人パーティだったか。……ギルドから立ち入り禁止って言われてんのに、迷宮に入ったのが運の尽きだな」

「ただの馬鹿──って言うのは、出来ないね。あたしらには『冒険者』しかないんだ……稼ぎ場所の迷宮を塞がれちまったら、貯金ない下級らは一か八かで挑むしかないんだろうねぇ。あたしらも、時期にそうするしかなくなるかもしれない」

「……もう迷宮は下級冒険者の場所じゃないって訳だ」


 広い灰色の玄関にて数十人の冒険者が屯していた。怪我している者も、そうでない者も多種多様だ。

 担架で奥へ運び込まれる冒険者へ、口々に嘲笑や同情を話し合っている。


 ──本当に、迷宮都市が変わっていってるんだ……。

 

 それらを横目で見つつ、早綾は受付で入院料金を銀貨で払おうとする。辛気臭い雰囲気が充満する穴蔵から、一刻も早く外へ出たかった。病室に籠り切りでは実感が湧かなかった、変貌の現実味がひしひしと感じられる。まともに直視するのは早綾にとって辛い。

 そうして受付に立つ男の顔を何の気なしに見て──絶句する。


「……銀貨十二枚と銅貨八枚。耳揃えて払いな」

「ひえっ」


 身長は早綾が見上げるぐらいであり、半裸、スキンヘッドの巨漢──受付の風貌がそれだった。

 暴力行為も厭わない穴蔵の方針を思い出す。もしかしたらこの人が噂の用心棒だろうか。

 受付の凄まじい眼光で顔を真っ青にしながら、尻尾を巻いて後にした。


「おっそいよーサーヤ!」

「ご、ごめん!」


 外で彼を待っていたのは、日差しを浴びる二人の少女。

 あっははと、底抜けに明るく笑う、新品の白ローブを被った少女──イルル。

 そして呆れ顔をする、継ぎ接ぎの布でできた長袖短パンの少女──エトナだ。

 今日からイルルを正式にパーティの一員に加え、三人パーティとなる。


「あんなにビクビクしなくてもいいのにー、お金は沢山あるんだしっ」

「……いや、イルルちゃん。でも受付の人の顔が完全に」

「ええ。確実に『逃げ出そうものなら、入口に到達するまでに五回は殺す』という顔でしたね」

「……そんなに極端な顔ではなかったと思うけど……」


 澄まし顔でとんでもない言い草のエトナだった。

 思わず、後方で遠くなる穴蔵の方面を気にしてしまう。聞こえてはいないだろうが、よくも堂々と口に出せるものだ。……ただ受付の風貌が、やたらに強面だったのは事実だった。五歳ほどの子供が見たなら、泣き喚く騒ぎになっていただろう。余談だが早綾も泣く一歩手前だった。

 そうだったかなー、とケロリとした顔でイルルは言う。


「あの人がお医者さんだったらおもいろいけどねっ! お医者さんってすっごく優秀な人なんでしょ? 治癒魔術を修めてる人なんて珍しいし、たぶんカーディフ大学通った人だろーしっ」

「……えっと。その名前よく聞くけど、カーディフ大学ってどんなところなの?」

「えーそんなことも知らないの、ダメだなぁもうサーヤっ」

「簡単に言えば、魔術師、錬金術師のための学術機関ですね。大陸中の魔術を掻き集め、保存し、開発、発展させる魔術技術の最先端でもあります。普通の魔術師はそこに憧れるもの……イルルはそうではないようですが」

「だってカーディフって、卒業してからの進路が豪華になるぐらいしかないしー、あたし就職に困ってないからいらないしー……」


 なかなかに世知辛い話をしている。

 就職活動など早綾にとって縁遠い話だった。あくまで学生の身で、とりあえず大学にも入学する予定だったからであるが──何やら疎外感が甚だしい。

 異世界に転移してからも、職云々から遠ざけられていた。それもこれも早綾が貧弱すぎたからだ。迷宮都市での路上生活では、嫌と言うほど職の厳しさを味わったが。

 他にも疎外感の理由はある。女子同士の会話らしくはないが、異性の会話に割り込めないのだ。

 見た目格好まさしく女子のそれだが、早綾は健全な男子高校生だった。


 ──でも、二人とも仲良くなってくれててよかった。


 きっと早綾の目に入らぬうちに、打ち解け合ったのだろう。女の子は仲良くなるのが不思議なほど早い──早綾は高校での光景を思い出す。男に憧れる彼だったが、こういう距離感の狭さは羨ましい。

 話が切れた頃合いを見計らって、これからのことを早綾は切り出した。


「とりあえず、これからどうするかだけど──」

「迷宮都市領主さんにお宅訪問っ?」

「それは明日です。馬車で迎えに来るらしいですよ。迷宮の異常事態の皺寄せが領主官邸に押し寄せているようで、退院の今日は無理だったそうです。……ここからでもその大騒ぎが見えますね」


 エトナが街道の先に指し示す、高い壁で隔絶された場所。その壁の上から見える、立派なレンガ造りの建物が領主官邸だ。その周囲には、遠目に確認できるほど人が取り囲んでいた。うへぇ、とはイルルが零した呻きだが早綾も同意する。

 見たところ暴力沙汰にまで発展していないものの、あの渦中に行くには勇気がいる。

 急な迷宮の高難度化が招いた混乱は計り知れない。

 ただ実際に早綾はそのさまを目にしていないため、詳しいことは言えないのだが。


「まぁ、まずやるべきことは情報収集でしょう。私とイルルの情報もあくまで施設内での聞き伝てなので」

「それなら固まるより手分けしたらいいねっ! ──と、サーヤはどう思う?」

「え……うん。いいんじゃないかな」

「それでは──迷宮付近はイルル、サーヤは迷宮通り、私はそれ以外ということで。待ち合わせは、日暮れに熱血さんの店で。良いですか?」

「問題ないよーっ、それじゃ出発出発!」


 あれ、二人で流れるみたいに決定していく……。

 それぞれ別方向に歩みを進める少女二人に、早綾は一人立ち止まってしまう。

 仲間が増えたことの弊害だ。今までは二人だったが今日からは三人。二人が話し合えば必然的に一人余る。早綾がリーダーシップを発揮する柄ではないせいで、方針決定に参加できない。つまり余るのは早綾ということになる訳だ。

 正確には「二人がしっかりしているから早綾が口出しする意味がない」だが。


 ……なんだかちょっと寂しいな。けど、だから僕もしっかりしなくちゃ。


 両頬をぱちりと叩いて「よし!」と気合を入れる。

 うだうだ考えても始まらない。ともかく頑張って情報を集めよう……。



 ※※※※※※※※※※



 早綾が向かった先は、迷宮都市のメインストリートである迷宮通りだ。

 軒を連ねる武具店や飲食店、薬屋、宿屋などは全て冒険者関連の建物。昼時や宵口ともなると、通りは冒険者でごった返すのは常だった。しかし、今となっては大概の店は閉まっている。通りに人は平時と比べるまでもなく疎らだが、嫌な緊張感だけは漂っていた。通りがかる飲食店を少し覗くと、思った以上に客は詰めていた。ただ活気や陽気さは影を潜め、真面目腐った顔を突き合わせている。

 どうも仕事場に行けないため、多くの冒険者は外を出歩いていないようだ。


 ──だったらギルドとか迷宮周辺が気になるけど……イルルちゃん担当だったね。


 大通りに点在する掲示板には『有志求む! 第一層探索大隊』の羊皮紙が張っていた。目を通した限りでは、大きく変貌した第一層探索の人員を募集しているようだ。ギルド長と迷宮都市領主の意向で、迷宮が立ち入り封鎖中なのは文面から窺える。おそらく無駄に死亡者を増やさぬよう、モンスターの強さ、大まかな罠の解除、第二層への階段を調査するための措置だろう。

 募集している探索隊は、それらの調査員として編成される。

 こんな事態になるまでも、新たな階層が発見されるたびに──一層上までの立ち入り封鎖や探索隊の編成など──執り行われたものの、第一層を塞ぐ事態は異例である。到達階層が一層二層だった、迷宮都市の黎明期以来となるのではないだろうか。

 この分だとギルド、迷宮周辺に人が集中していそうだ。

 探索隊に参加すると報酬もあるため、暇を持て余す大勢の冒険者が入るだろう。

 何にせよ、いまだ石級冒険者の早綾たちには関係のない話だが。


 ──うわ小さい文字で鉄級冒険者以上って書いてる……足手纏いが沢山いても困るんだろうね。


 アトラ=ナクアを打倒したと言えど、所詮は石級冒険者だ。ランク最下級にして最弱。全員瀕死での勝利だったが、もっと上の冒険者ならアトラ=ナクアを楽々倒せるに違いない。早綾たちが出張るような仕事ではないだろう。足手纏い筆頭の自覚は、半年間の冒険者生活で身に染みていた。

 それに……と早綾は視線を落とす。

 エトナたちに冒険者以外の、安定した職業への転換も切り出そうと考えていた。


 ……さっきはトントン拍子に話が終わっちゃって言えなかったけど、お金はもう十分あるんだ。これなら生活費をあんまり考えずに、勉強して、他の危なくない職業に就けるようになる……はず。


 不安定な冒険者稼業に拘る理由はどこにもない。当初より早綾は冒険者生活から抜け出したかった。性根と反した職業。何も儘ならない実力。だから肉体労働以外に就きたいと願っていた。迷宮都市内で言えば、商店の見習い、薬師の見習い……飲食店の従業員だけはエトナに止められたことがあったか。ともあれ、生活費さえ考慮に入れなければ職種は結構幅広い。必ずしも冒険者を続けなくてもいい。合わない職によるストレスがなくなるのだから、迷う理由などありはしない。

 普通に、これまでの早綾の論理で言えばそうだ。そのはずだ(・・・・・)

 けれども心の奥底から、誰かが怖気の走る声音で囁いてくる。


 ──更ナル血ヲ。更ナル闇ヲ。更ナル修羅ヘ。堕チロ。同化セヨ。融ケロ。オ前ハ私ダ。私ハオ前ダ……。


 本能的な震えが生じる。微かな囁き声だが精神を削る。──だが、心地よい(・・・・)

 戦闘へ駆り立てようとする不可解な心の動き。

 それが胸中に浸透し、根を張り、毒々しい思考回路に浸食される。

 血を求める修羅……同化……お前とは僕のことか……私とは誰のことだ……その答えはない。延々と脳内に刻み込まれる言葉。甘美で蕩けてしまう魅力があった。思わず手を伸ばしてしまうような魅惑が。

 腰に帯びる布に包んだオルドニクスが人知れず輝いて──。


「……おぉい、お嬢ちゃん。聞こえてますかぁぁ?」


 話しかけられて、早綾はふっと意識を取り戻した。

 どうにも道中で膝を折っていたらしい。自らながら驚いてしまう。

 奇異の瞳が通りがけの人々に向けられており、早綾は恥ずかしさで走り出したくなる。


「ちょいちょい、逃げないでぇぇ。……ダイジョブ、ワタシ、コワクナイ」

「!? え、えーっと。すみません!」


 襟首を掴んで引き止められ、一旦逃走を断念する。

 深呼吸して混乱を鎮めた。そうして改めて話しかけてきた女性を見上げる。


 全体的に陰のある印象を持った、二十代半ばほどの女性だ。腰付近まで伸ばされた紺青の髪が、紫色の目の片方を隠しているせいだろうか。目鼻立ちも整っており、ミステリアスな女性を地で行く容貌だ。身長も早綾より高い。胸部の膨らみも大人を象徴している。パーティメンバーの他二人とは比ぶべくもない。……なぜだか少し寒気がした。気のせいだと良いのだが。

 安っぽい生地のエプロンをかけており、どこかの店の従業員なのかもしれない。

 彼女は眉根を寄せて、軽い口調ながら心配そうな面持ちで尋ねてくる。


「顔色悪かったけど、二日酔いなの?」

「……そういうものですね」


 自分でもよく分からない……とは言えない。

 飲み方には気を付けたが良いよ、と女性の助言を受け止めつつ、逃げ出そうと背後を見る。

 知らない人につき警戒中だった。以前、金を騙し取られたときも同様の手口だったのである。


「それじゃあ僕はこれで──」

「待て待て、逃げないで、ホント、お願いだからぁぁ! お客さん連れてこないと師匠にどやされるからぁあ!」


 無理に振り解こうかとも思ったが、あまりにも必死だったため話を聞くことにした。涙目になって、しがみついてくるのだ。「もう二日もやってるのぉぉ……!」「なんでもするから話だけ聞いてぇぇ!」「話聞いてくれたら良いこと、良いこと教えるからぁぁ!」等々。なかなか追い詰められている。

 髪の長さも災いして、うっかり井戸やらテレビから出てきそうなホラーを感じる。

 と言うか、非常に大人げない。早綾が接してきた大人のなかでもトップレベルの駄目な大人感があった。


 女性が泣きながら言うことには「迷宮封鎖の影響で、ただでさえ少なかった客足がゼロになった」「師匠こと店主に『最低でも一人、客を連れてこなかったら飯抜き』を宣告された」「頑張って昨日からやっているものの、他の店の客引きも大通りに大勢出ていてとられてしまう」「そこに、近寄りがたい雰囲気の女の子が来て、他の客引きも出遅れているようだった」「この機を逃すまいと近付いた」らしい。まるで誘拐犯の言い分である。ちなみに、反省も後悔もしていないらしい。

 そもそも僕は女の子じゃないし……話の腰を折りたくないため口には出さないが。


 ──うーん騙そうとしてる演技にも見えない……むう。まぁ僕にそういうの見抜ける目はないんだけどね。でも、熱血さんの店とその裏手にある武具店以外に行くとこないし……ちょっと行ってみようかな。

 

 とことん甘い。また金を騙し取られる可能性は頭にあったものの、見捨てるのは可哀想だ。エトナから「これだからサーヤは」と、くどくど一時間説教されそうである。けれど理由なく捨て置くのも心ないし、気分が悪い。心中でエトナに詫びながら、女性の後をついていくことにした。 

 その旨を伝えると女性は比喩でなく飛び上がって喜んだ。「やっとごはんが食べられるぅぅ!」……切実な事情を叫んでいた。更に駄目な大人感が増した。

 先ほどまでの態度とは一転して、上機嫌の女性は「店はこっちだよ」と近くの脇道へ案内してくれる。

 女性の店は大通りにはないようだ。依然として警戒を保ったまま、早綾は彼女の背を追った。


 騙されても一応、魔剣で護身はできる。身体能力も飛躍的に上昇するため、逃走には苦労しないはずだ。

 それに情報も得られるし……自分に言い訳をしておく。


「店はここ。ちょっと裏道にある、臭い、店主がアレなのが珠に瑕だけどぉぉ、良い店なんだから!」


 瑕多くない? 大丈夫? とは突っ込んではいけない。

 とある店の前で微笑む女性は「さぁ上がって上がって、いらっしゃいませぇぇ」と口遊む。

 幸薄そうな外見だが、笑顔は明るい人である。


 到着したのは、苔生してカビが端々に見受けられる外装の店。二階建てだが古びた木造の建物だ。裏通りのため昼下がりにしては薄暗く、幽霊でも出てきそうな雰囲気を醸している。迷宮通りから逸れた立地にあるため、普段から人通りも少ないだろうことは察しやすい。

 怪談の類に弱い早綾としては引き返したいが、ここまで来てUターンすると碌なことにならないだろう。

 まず間違いなく、目の前で笑う女性が号泣する。


 だから早綾は意を決した。中途半端に三段だけある階段を上って、所々塗装が剥げた緑の扉を開く。

 その扉の上には店名として──『魔導具店ダーグレイック』の文字が躍っていた。



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