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幕間 『そして少女たちは』

ほのぼのガールズトークです。時系列的には前話の少し前です。

 石造りの通路は無愛想だと、少女は思う。もしかしたら蔓延する厳粛かつピリついた空気が、そう思わせている原因かもしれない。自国の病院施設ならば、至る所から陽気な笑い声が木霊するのに。膨れっ面になりかけながら、傷だらけの身体を動かす。槍で穿たれた腹部は未だ痛む。完全に穴も塞がっていないのだ。

 憂う少女はそれでも夕日色の髪を跳ねさせて、殺風景な通路にせめてもの彩りを加えていく。

 度々通りがかる医師たちは、そんな様子の少女に怪訝と苛立ちの視線を向けた。ただ構ってる暇はないと、忙しげに通路を右往左往と大騒動だ。皆一様に厳めしい顔つきである。収容量が足りないだの、一部屋に最低八人は寝かせられるだの、退去できる者は片っ端から退去させろだの、非常に厳しい言葉が交わされていた。

 病院生活も三日目。意識を失って一週間経った今では、少し迷宮都市の情勢が分かってくる。


 ──まぁーいっか! あたしたちには、もっと考えることあるしねっ!


 適当に流した少女──イルル・ストレーズは目的地へと到着する。

 半ば突き飛ばすみたく扉を開け放つと、ずかずか遠慮なくとある一室へと踏み入れた。

 四方を灰色に囲まれた部屋で、奥の寝台に腰掛ける灰髪の少女……エトナ・ボルカチオは見るからに顔を渋らせる。手記を筆していたようだが、イルルの姿を目にした途端に閉じた。

 そんな彼女に構わず、イルルは弾けるみたく笑う。


「エトナさーん! おはよっ!」

「……病院では静かに」



 ※※※※※※※※※※



 エトナ・ボルカチオとイルル・ストレーズ。

 二人の険悪な関係──と言うより、エトナが一方的にイルルに冷淡なだけだったのだが──は、アトラ=ナクア戦の後にだいぶ解消された。塩対応が軟化したのは喜ばしいことだ。久々に女友達ができたのである。仲良くしていきたいと思うのは当然だった。

 こうして今日も、暇潰し代わりの世間話に興じる。


「じゃあサーヤが起きたら、あたしも晴れて仲間に入るって訳だね!」

「……そうせざるを得ませんね」


 やたー、と嬉しがるイルル。不愉快そうにぴくりと眉を動かすエトナはこの際無視する。

 迷宮都市は以前の常識は消え去った。細々と低戦力、小規模のチームで生活を営むには力不足にすぎる。ならば既に死地を共にしかけたイルルを、正式にメンバー加入させるのは納得の流れだろう。イルルからすれば願ったり叶ったりだ。

 彼女は主に男衆に囲まれて育ってきた。最近ではたった一人で、路上を乞食みたく這い回っていたのである。一緒に生活する仲間がいる……それも同性の。賑やかさを第一とするイルルとしては、それだけで幸せだった。

 エトナが何かしら呟くと、愚痴めいた内容の話が始まる。


「サーヤと言えば、あの男……クルヴァンが張っているおかげで様子を見に行けないんですよね……」

「あーあの人。やっぱりサーヤの方にも行ってるんだ」


 クルヴァンという黒尽くめの不審者は、早綾以外の二人に接触済みだった。エトナには迷宮内で既に、イルルには医療施設で目覚めた直後に。きっと早綾の元にも彼は訪れているに違いない、いや、未だ意識不明から戻らぬ彼にはこれからか──などと思っていたが、まさか部屋に駐在しているとは。

 謎の青年であるクルヴァンの話に移り変わったとき、イルルは「そーだ」と零す。


「そー言えば、なんでモンスターが王冠被ってたり財宝提げてたりとかしてたんだろー? おしゃれ?」

「件の『第一階層主』──クルヴァンから聞いています。撒き餌、だったようですね。金銀財宝を提げたモンスターを迷宮に放ち、欲に目が眩んだ冒険者たちを集める誘蛾灯の役割。……彼が言うことには、それだけではないようですが」

「んー? 他になにかあるの?」

「ふざけてるようにしか思えませんが──『餞別』だ、そうですよ」


 なのでほらこの通り、と寝台の下の空間からエトナは大荷物を引っ張り出す。

 商人が見れば呻くほどの財宝の山だ。色取り取りの宝玉を象嵌した王冠、ブレスレット、ネックレス等々……窓から伸びる日差しを受けて、豪華絢爛に輝いた。アトラ=ナクアが身に飾っていた装飾品の数々である。クルヴァンが律儀にも全て回収し、エトナの元に渡していたのだ。

 おお、と感嘆の声を漏らすイルル。頭を抱えるエトナは溜息をする。


「しばらくは生活に困ることはありませんが……いえ、こうなると別のことも考えられますが」

「?」

「それはサーヤが目覚めてからでも問題ありませんね」


 自己完結したエトナは話を戻し、しばらく財宝の使い道や世間話辺りをぐるぐると回る。

 今後必要な物品やら予定やらを話し合い終えると、イルルは話題としてエトナに振った。


「エトナさんとサーヤって昔馴染みなんでしょ? なんか、思い出話とかっ」

「思い出話……ですか。これでも二年の付き合いなので、昔馴染みと言うのか分かりませんが……」


 だが間違いなく、エトナは早綾の傍に最も長くいる人間だろう。

 イルルは早綾のことを知りたかった。今後道を同じくする仲間の情報が得たい、などと打算的なものではない。語弊を恐れずに言うと、ごく単純に早綾へ好意を抱いているからだ。勿論、好意といえども文字から受け取る印象より、もっと幼稚なものである。気に入った──という意味合いが大きい。

 アトラ=ナクア戦で見せた早綾の『決断』と『不屈』。どこぞの誰かとは違う、気弱な印象が抜け切らないものの柔らかい物腰。数日前まで遡れば、浮浪者同然だったイルルに無料で飯を提供し、迷惑そうな顔を一つも見せずに仲間入りを認めてくれた恩。気に入る理由に事欠かなかった。

 だからこそ仄かに微笑むエトナが「でも、どうしてですか?」と聞いた際、素直に答えた訳である。


「そーだね。あたし、サーヤのこと好きだしっ」

「──は?」


 気のせいか、室内温度が五度ほど下がった心地がする。

 ぶるりと身体を震わせるイルルに、「ねぇ」とエトナはスカイブルーの双眸を近付けてきた。

 宝石みたく光っていたはずの瞳は、どこか淀んだように見える。


「あなた……サーヤのこと、どう思っているのですか?」

「へ?」


 唐突な頓狂にすぎる問いかけに、イルルはぽかんと口を開ける。

 対するエトナは真剣そのものの表情だ。いや寧ろ、少し微笑んでいる気がする……表情が固定されているような違和感があるけれども。

 何のこともなさげにイルルは「そーだなぁ」と灰色の天井を見つめる。


「どうって……好きだよ? いざってときに頼りになるし、格好いいし。怪物と戦ってるときも、本当の本気っていうのがビシビシ伝わってきて……でも女の子(・・・)だよね?」

「──そうですね。ええ、そうですか。それなら、いいんです」

「それにすっごく優しいし……」

「暗に私が優しくないと言いたいんですか。……まぁ、いいです」


 疑問符が頭上に浮かぶイルルを放置して、エトナは「そろそろ私は外に出てきます」と立ち上がった。

 彼女は手元で弄んでいた謎の手記を懐に仕舞い、さっさと部屋を後にしようとする。

 そこでイルルは待ったの声を上げた。


「あっ、エトナさん! あたし思ってたことあるんだけど──」

「何ですか? 手短にお願いしますよ」

なんであのとき(・・・・・・・)()抜いたの(・・・・)?」


 ──瞬間、鉛のように重苦しい空気が室内に満ちた。

 動作を止めたエトナは、平たい声音で聞き返してくる。


「……何のことでしょうか?」

「そりゃー、ほらっ。あたしとサーヤが倒されたあと、エトナさんが立ち上がって一人で戦ってるとき。あたし、見る『眼』だけはあるんだー」


 イルルは赫色の瞳を指差して笑みを作った。

 彼女には審美眼や魔眼と呼べるものは備わっていない。しかし自国での経験から、相手の意思が本気か否かの判別は付く。早綾は真なる本気で奮闘していたが、戦闘終盤以外のエトナは演技にしか思えなかった。反面、早綾が決起し立ち上がったあとは、真剣さを滲ませてアトラ=ナクアの退路を塞いでいた。このちぐはぐさがイルルは理解できない。初めて自らの『見る目』を疑ったものだ。

 それではまるで「自らの危機を自らが演出した」ことになるまいか──。

 イルルには全く解せやしない。だからこその問いかけだった。

 ただこれは明確な根拠のない問いかけだ。……しかし対するエトナは閉口したままである。


「だからどうしてかなーって。あたし、こういうのよくわかんなくて──」

どうでしょうね(・・・・・・・)


 答えをはぐらかす返答だった。肯定も否定もなく、実質的には首肯に同じ。意味のない言葉だった。

 思考の空白を突いて、そそくさとエトナは扉から出て行ってしまう。

 イルルは問い詰めようと呼び止めかけたが、扉外からの声に封殺される。


「……サーヤには秘密ですよ? 彼に背負わせる面倒事を(・・・・)増やさないで(・・・・・・)ください」


 閉じかけた扉の隙間から覗くのは、おぞましいまでの殺気。

 殺意に満ちた、真っ黒な(・・・・)瞳だった。

 



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