第十四話 葛葉三狐(くずはみけつ)
その日の夜、父とミケさんと共に、蘆屋大神にお伺いを立てることにした。
お隣さんからハム子さんも借りた。神饌として捧げる食材もバッチリ買ってきた。
暗い道を、三人で歩く。
父が照らす懐中電灯の光が、月のようにぼんやりと地面に映し出されていた。
「夜は、街灯が少なくて、不気味だな……」
俺とミケさんは夜目が効く。そのため、父の言葉には同意できない。
夜の神社の中へと入る。
楼門前にいる狐太郎と狐次郎は、今晩は真面目な儀式だと分かっているからか、石像のまま微塵たりとも動かない。
拝殿を通り過ぎ、本殿の裏へと回り込む。そこに、蘆屋大神がいるのだ。
神饌を並べ、塩を撒いて周囲を浄化させる。
準備が整ったら、ミケさんが神降ろしの舞いを踊った。俺と父は、楽器で演奏する。
ミケさんは柄の付いた儀式用の鈴、神楽鈴を持って舞う。
リン、リン、リンと澄んだ鈴の音が、夜の神社に響き渡った。
強い風が吹いたのと同時に、ハム子さんの様子が変わる。
ぽてっと倒れたかと思えば、すぐにむくりと起き上がった。
そして、のっしのっしと歩いてきて、俺達に命じた。
『おい、身共だ。人間よ、ここから出せ』
蘆屋大神がハム子さんに降り立ったようだ。
すぐさま、父がケージの中から出す。
父の手のひらの上で、蘆屋大神は問いかける。
『して、今度は何用だ?』
「はっ。この神社に、再び異変が起きておりまして」
『別に、異変はなにもない。実に、平和ではないか』
「そ、それが、参拝客が、大幅に減っているのです」
『ああ──それは確かにあるな。しかし、半世紀より前は、こんなもんだったぞ』
そうなのだ。神社の参拝者は、じいさんの代でドッと増えた。
じいさん一人の手腕だったのだ。
「父が亡くなったから参拝者が減ったと、私も思っておりました。しかし、そうではなかったのです」
『と、言うと?』
「どうやら、この神社を故意的に陥れようとする存在があるようで」
『ほう?』
蘆屋大神の目つきが鋭くなる。
先ほどまでハム子さんは愛らしかったのに、どうやったらそのような目つきができるのか。
『おい人間、詳しく教えろ』
「はっ。まだ、確証はないのですが、大きな力を持つ、妖狐が入り込んでいるのではないか──」
『ありえぬ!!!!』
雷のような怒りがこもった叫びだった。ビリビリと体が震え、喋れなくなる。
もしかして、蘆屋大神が作った結界の中に妖狐が入ってきたと言ったので、怒ったとか? そう思ったが、違った。
『身共は妖狐が一番好かぬっ!!』
冷静になってよくよく考えてみたら、蘆屋大神のライバル安倍晴明は妖狐の血筋だという謂れがあったような。
その繋がりで、妖狐が大嫌いなのかもしれない。
と、そんなことを考えていたら、蘆屋大神が目の前にやって来て平伏する俺の額に小さな拳を作ってパンチしてきた。
『おい、お前、考えていることは、身共に筒抜けだと、忘れているな!?』
「す、すみません、忘れておりました」
『ったく、どいつもこいつも……』
ちなみに、ハム子さんの体から繰り出されるパンチは、まったく痛くなかった。
「あの、では、この町に、妖狐はいない、ということでよろしいでしょうか」
『いるわけないだろうが!』
「よかったです」
我々の敵は、妖狐玉藻の前ではなかった。
では、何がここの神社をガランとさせているのか。勇気を出して、蘆屋大神に質問してみる。
「あの、それでそのー、ここに、何か、あやかし的な存在がやってきている? というわけではない、ですよね?」
怒られたら怖いので、やんわりと質問してみた。
蘆屋大神は「ふん!」と鼻を鳴らし、不機嫌な声色で答えてくれた。
『身共の結界は完璧だ。この神社に影響を与えるあやかしなど、入って来られるわけがないだろう』
「そ、そうですよねえ~」
だったら、敵は何者なのか?
紘子が言っていた「女狐」発言も引っかかる。
『女狐といえば、こいつも女狐だぞ』
蘆屋大神が指差したのは、先ほどから平伏し続けているミケさんだった。
以前より、蘆屋大神と相性が悪いので、事前に発言はしないと決めていた。
女狐と呼ばれたミケさんが、今どんな気持ちなのかは分からない。
けれど、個人的に引っ掛かったので、神様相手に物申してしまう。
「ミケさんは、女狐ではなく、狐の神使です」
『元、神使だろう。今は神格を感じられぬ』
「……」
人の料理を食べすぎて、人に近くなったと稲荷神から指摘があった。
悪いのは、俺達だ。ミケさんは悪くない。
それなのに、女狐呼ばわりをするなんて。
『おい、女狐。お前は、自分の名前の意味を、深く考えたことがあるのか?』
それは、どういう意味なのか?
ミケさんの本名は、葛葉三狐だ。
綺麗な響きのある名前だと思っているだけだったけれど……。
『三狐──、一つは玉藻の前、あと二つはなんだ?』
それは、どういう意味なのか。
尋ねる前に、ハム子さんの体が傾き、ぽてんと転がってしまった。
どうやら、蘆屋大神は帰ってしまったようだ。
そろそろと起き上がったが、ミケさんは平伏の恰好のまま動こうとしない。
「ミケさん、大丈夫?」
「……」
「ミケさん?」
ぶつぶつと、何か呟いている。
「ミケさん?」
もう一度名を呼ぶと、ミケさんの体が狐と化した。
以前見たような、大きな大きな、黒い狐──妖狐である。
「ミケさん!?」
もう一度名を呼んだら、ミケさんは切なげな声で鳴いた。
そして、くるりと踵を返し、走って逃げてしまう。
「ミケさん、待っ」
「勉、止めなさい!」
父に止められ、ミケさんを追うことはできなかった。




