第十三話 修二の異変
意識を失ったミケさんを、母のもとへと運んだ。
調べた結果、眠っているだけと聞かされ、ホッとする。
廊下をウロウロしていた父に、すぐさま質問された。
「勉、何かあったのか?」
「妖狐について話しをしていたら、突然気を失ってしまったんだ」
「どの妖狐だ?」
「玉藻の前」
「ああ」
妖狐の中でも有名で、父も知っていた。
俺はいつもやっている『妖怪大辞典』というアプリゲームの人気キャラなのでしっかり把握していたのだ。
玉藻の前は絶世の美女の姿でさまざまな男のもとに姿を現し、たちまち虜にしてしまう。
──神として降臨し千人もの国王の首を欲したり、日本だけにとどまらず、世界の国王のもとに降り立って傾国の妃となったり。
時は平安時代の後期。
玉藻の前は天皇の寵愛を一身に受けていた。
そんな中で、天皇の体調が悪化する。
天皇付きの陰陽師が、玉藻の前の正体に気づいた。同時に、体調不良の理由も玉藻の前にあると。
玉藻の前は討伐軍に敗れ、石と化す。その石に近づくと命を奪われることから、『殺生石』と呼ばれていたようだ。
「勉、ずいぶんと詳しいな」
「ゲームで得た知識だけれど」
「しかし、玉藻の前か……」
「父さんは、なんで知ってたの?」
「玉藻の前は、稲荷神社の神として祀られているんだよ」
「玉藻の前が、神!?」
数少ない狐の神様の一柱が、玉藻の前。
玉藻稲荷神社は栃木県にあり、玉藻の前が討伐された鏡が池を神域としているようだ。
「玉藻の前……神様だから、大丈夫だよね? うちの街に来て荒ぶってないよね?」
「……」
父は俺から視線を逸らし、明後日の方向を見る。
神様には和魂と荒魂の二面性がある。
いくら神として祀られていた玉藻の前といっても、人々にとって善き神様であるとは限らないのだ。
「明日、蘆屋大神様にお話を伺ってみよう」
「ああ……うん」
陰陽師なので、きっと玉藻の前についても知っているはず。
しかし、なんだか嫌な予感がするのだ。
理由はわからないけれど。
ただ、わかることは、相手が伝説級の妖狐であれば勝手に調査するのは危険だということ。
蘆屋大神への相談は、絶対に必要だろう。
嫌な予感が当たりませんようにと、祈るばかりだ。
翌日、ミケさんは目覚めたと知らされる。しかし本調子ではないようで、念のため一日休ませるようだ。
母は朝から大きな五人用の土鍋に、ミケさん用のお粥を作っていた。
いくらなんでも作りすぎでは? と思ったが、突っ込む元気はなかった。
一日中学校でぼんやりと過ごす。
途中、飯田に「進展はあったか?」と聞かれたが、今現在で報告できることは何もないので、首を横に振っておく。
放課後、彼女と腕を組んで帰宅する修二を見かけた。
後ろ姿は、ごくごく普通の幸せそうなカップルだ。
「おい、水主村」
「ん?」
振り返った先にいたのは、数学教師の西野だ。
「なあ、あいつ、山田、大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?」
「さっき、サッカー部を辞めるって、退部届を提出してきたんだ」
「え!?」
「なんでも、実家の饅頭屋の手伝いで忙しいって」
「いやいや、今の時期に忙しいって、ありえないですよ」
修二の実家が営む饅頭屋が忙しいのは、お花見シーズンと年末年始、それからお盆の時期くらいだ。
今の時期は、特に何もないはずだ。
「あいつ、跡取りなのか? もしかして、修業を始めるとか」
「いや、修二の実家は、兄さんが継ぐはず」
修二は小学生のころからサッカーが大好きだった。
そんな修二が、サッカー部を辞めるなんてありえない。
「それに、来年は三年生だから、県大会に出るのも最後かもしれない、楽しみにしているって言っていたのに」
「だったら、おかしいな。彼女ができて、おかしくなったか?」
「……」
「まだ、サッカー部の退部届は正式に受け付けたつもりはないが──あ、おい!」
気づいた時には、走り出していた。
校門を抜けたあたりにいた修二に、追いつく。
「おい、修二!」
肩を掴んで振り向かせる。
修二は、以前見た時よりげっそりしているように見えた。
「修二、お前」
「トム、どうしたんだ?」
「どうしたじゃない。サッカー部を辞めたって聞いて……」
「ああ、そのことか。先輩が厳しいから、辞めたんだよ」
「そんなことで、辞めたのか?」
「そんなことって」
修二はムッとした表情を向ける。
いつも明るい修二が、滅多に見せない表情だった。
「部活動をしたことがないトムに、大変さがわかるわけないだろう!?」
「!」
突き放すようなことを言われ、返す言葉が見つからなくなる。
たしかに、俺は部活動をしたことがないので、先輩後輩付き合いの大変さは知らない。
しかし、三年生は受験があるからそのうち引退するだろう。それに、上下関係の付き合いは中学生の時にもあったはずだ。今さらどうして? と思う。
ここで、修二の彼女大森歌恋に凝視されていることに気づいた。
ゾッとするような、鋭い目線に額に汗が浮かぶ。
この感覚には、覚えがあった。
それは、あやかしを目の前にした時のような。
大森歌恋──彼女は何者なのか。
今は、深入りしないほうがいいだろう。
そう思って、一言「ごめん」と謝罪し、この場から去った。




