第十二話 恋とはどういうものですか?
一週間後に、玉砂利を清める儀式を行うらしい。母と紘子が舞を奉納するのだとか。
母の舞が披露されるのは十五年ぶりらしい。
参拝者には山田の家で作っている団子を配布するとのことで、本格的なイベントを開催する。
果たして、一週間でどれだけ人が呼べるのか。
「勉の友達も、誘ってくれ」
「わかった」
「紘子も、友達を──」
「私は嫌。舞を奉納しなきゃいけないから、知り合いがいたら気が散る」
「そ、そうか」
紘子は相変わらず、ツンツンしていた。
思春期だとわかっているけれど、当たりが強すぎる。
尻尾が二股に分かれていたので狐が憑いたのかと思いきや、そうではなかった。
紘子の大きすぎる神力が抑えきれずに暴走しただけのようだ。
しかし、気になる点がある。紘子が言った「女狐」という発言。
修二の彼女、大森歌恋に向けた言葉のように思えたけれど……。
触らぬ神に祟りなしというか、触らぬ紘子に祟りなしの状態だが、勇気を出して聞いてみた。
「あの、紘子、さっき言っていた女狐って?」
明らかにギョッとした表情を見せたのに、ふいっと顔を逸らす。
こういう状態になったら、話さないだろう。即座に諦めることにした。
代わりに、ミケさんに相談することにした。
「女狐、ですか」
「そう。人の間では、悪口というか、この、女狐め! みたいな罵り言葉として使われるんだけれど」
狐につままれる、という言葉が古くからあるように、狐は悪い意味で使われる場合が多い。
女狐という言葉はポジティブな意味では使わないだろう。
「でも、紘子はそういう罵りを他人に対してしないかなと」
「そう、ですね」
「でも、紘子、修二のこと好きだったみたいだから、可愛さ余って憎さ百倍みたいな感じにもなったのかなと」
「それも、ありうるかと」
人は恋をすることによって、浮かれたり、愚かになったりする。ミケさんはそう呟いたあと、ハッとした。
「人、だけではないですね。狐鉄……とむの祖父も、恋に溺れて身を滅ぼしました」
「うん」
当時、美少女巫女だったばあさんに一目惚れし、じいさんは神使の役割を放棄して、人になってしまった。
そんなじいさんの子孫である俺達だって、恋をすることによって愚かなことをしてしまうのかもしれない。
「とむ、恋って、どのような状態をいうのでしょうか?」
「うーーん」
ミケ氏、その質問は大変難しいものである、と言いたい。
恋とはどんなものなのか。
俺だって、知りたい。
恋ではなく鯉だったら、説明できるけれど。
日本でよく見かける白に朱色の模様が入った綺麗な鯉は、外来種らしいよ、とか。
話が逸れた。恋について、真剣に考えてみる。
俺の初恋は、幼稚園の時だったか。相手はニ十歳年上の先生だった。
優しくて、可愛くて。けれど、ライバルは二十人くらいいたように思える。
毎日代わる代わる園児は先生に結婚してほしいと求婚していた。
控えめで恥ずかしがり屋な俺は、木を陰にして先生を見つめるばかりだった。
切なくも、美しい思い出である。
「とむ、どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない。うん、そうだな……恋は、その人のことがどうしようもなく好きで、目が合っただけで恥ずかしくなって、ずっと一緒にいたくて、夜もその人のことを考えて眠れなくなる状態、とか?」
「もはや、病気ですね」
「恋の病ともいうからね」
「恋の病は、治ったらどうなるのですか? 気持ちが冷めて、相手に興味がなくなってしまうのですか?」
「いや、恋の病は、治ったら愛になるんだと思う」
「愛、ですか」
自分で言っておいて、猛烈に恥ずかしくなった。
恋の病が治ったら愛になるとか、どの口が言うんだ。
ミケさんが繰り返したので、余計に恥ずかしくなってしまった。
「恋という不安定な感情は、途中で壊されると大変なことになるのですね」
「まあ、そうだね」
「ひろこは、辛かったでしょうに……」
「うん」
紘子は感情をめったに表に出さない。物心ついた時から、クールな性格だった。
しかし、今回の失恋は、感情を剥き出しにするほど衝撃的なものだったのだろう。
相手を女狐と罵るくらいに。
「それにしても、女狐、ですか……」
相手はうちの神社の悪口を言っていた大森歌恋である。
その繋がりに、引っかかりを覚えた。
「なんか、おかしいかな」
「私も、そう思います」
違和感を覚える核たるものを、糸を手繰り寄せるようにして導き出す。
すると、一つの可能性が思い浮かんだ。
「大森歌恋に、狐が憑いている、という可能性は?」
「ありえますね」
稲荷神社がある広範囲に、あやかしが入れないように結界が張ってある。
強力なあやかしでも、入れないようになっているのだ。
稀代の陰陽師、蘆屋大神特製の結界だ。ちょっとやそっとでは、侵入できるわけがない。
「ただ、人に狐が憑いている、という状態であれば、結界内に潜り込むことも可能かもしれません。もしも、本当に狐憑きだとしたら、きっと名だたるあやかしが関わっているでしょう」
「ええー……」
なぜ、名だたる妖狐がかかわっているのか。謎が深まる。
「有名な妖狐って、玉藻の前とか?」
「そうですね。日本三大妖狐といえば──」
「いえば?」
ミケさんのほうを見ると、目を見開いて額にびっしょりと汗をかいていた。
「ミケさん?」
「あ──……わ、私は──……」
ミケさんは目を見開いたまま、倒れ込んでしまった。
「え、うわっ、ミケさん!?」
何が起きたというのか。ミケさんを横抱きにして、母のもとへと運んだ。




